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結婚編

エリアストの苦悩

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 ちょっとおバカなエリアストの話。そんなエリアストを見たくない、という方はこのまま閉じてください。
 読まなくても本編に影響はありません。


*~*~*~*~*


 クロバレイス国の王女に言われた、着物なるものを見てみようと思った。絶対似合うと言われたからではない。いや、それもあるが、あの女だけが着物を着たエルシィを想像出来ることに、殺意を抱いたからだ。
 「母上」
 珍しくエリアストから声をかけられ、夫人は目を丸くした。
 「どうしたの、エリアスト。珍しい」
 「以前エルシィにかんざしを贈った商会の場所を教えてください」
 夫人はますます驚く。自ら、贈り物をしたいので店に行きたい、と言うエリアスト。
 「ええ、構わないけど、それなら母もそこに用事があるので、一緒に出掛けましょうか」
 「ありがとうございます」
 夫人の用事は急ぎではなかったので、そのうちに、などと考えていたくらいだ。息子がそう言うのなら、自分も用事を済ませてしまおう、と考えた。



 「着物、でございますか」
 ネフェル商会会頭ティティは、目を丸くした。
 「よくご存知ですね」
 フワリと微笑み、少々お待ちください、と一旦奥に入っていった。少しして、分厚い紙の束を持って戻って来た。
 「こちらがデザイン画になります。この中から、どういったものをお望みか伺いたいと思います」
 エリアストはパラパラと紙をめくる。見たこともないデザインに、今一イメージが湧かない。そんなエリアストの困惑を読み取ったのか、ティティは声をかける。
 「いくつか実際の見本がございます。もしよろしいようでしたら、二階へ足をお運びいただけますでしょうか?」
 エリアストが頷くと、公爵夫人も興味深そうについて来た。
 「着物にも、シーンに合わせた格式がございます。けれど、この国に着物は浸透しておりません。公式な場で着用なさるということではなさそうですので、気に入った色、形、柄を選んでいただく方がよろしいかと思います。もちろん、どのタイプをお選びいただいても、生地は最高のものをご用意しております」
 そうティティは笑った。
 「変わったドレス?服?ねえ。どうやって着るのかしら」
 一枚の布にしか見えない。公爵夫人の言葉に、ティティは一人の従業員を着付けする。見る間に仕上げられた和装に、公爵夫人は感嘆の息を漏らした。
 「まあ、あの布がこんな風になるの。柄も美しいわ」
 「ありがとうございます。こちらは訪問着と呼ばれる、比較的格式の高い着物になります。下半身のみならず、上半身にも柄が入っているのが特徴です。あちらにかかっておりますものは、付け下げという訪問着の一つ下の格式のものになります。あちらは、下半身の柄と、左肩にワンポイントの柄が入った着物です」
 淀みなく答えるティティに、公爵夫人は感心する。
 「いろいろあるのねえ。着なくても、飾っているだけで絵になるわ」
 「はい、美術品となるほどの着物もあると伺っております」
 公爵夫人は興味津々に着物を見つめている。
 少しすると、エリアストが言った。
 「以前購入した簪に合わせたい。華美ではない方がいい気がする」
 「かしこまりました。では、色留袖、訪問着、付け下げの三種類の中からお選びいただければと。デザイン画をお持ちいたします」
 色留袖は、未婚、既婚問わずに着られる、第一礼装。下半身のみの柄となる。家紋が入る着物だ。家紋の入れ方によって、準礼装にもなるとのこと。
 「おもしろいわね、東の国は。他にもおもしろいものがたくさんありそう。わたくしにも着物を見繕っていただける?アリスちゃんとお揃いだわ」
 ふふ、と扇で口元を隠しながら笑う夫人は、子どものように可愛らしかった。



 「エルシィ、服を、贈りたい。一緒に採寸に行って欲しい」
 エリアストの言葉に、アリスは目を丸くする。
 「まあ、先日も贈り物をいただいたばかりですよ」
 先日ではない。半年以上前のアリスの誕生日以来だ。
 「いや、本当は毎日でも贈りたいのだが、なかなかエルシィに贈りたいと思う物が見つからない」
 少し困ったように眉を下げるエリアストが可愛らしい。アリスの頬が自然と緩む。
 「ふふ、エル様のお気持ちを、毎日たくさんいただいております」
 ふわりと笑うアリスを抱き締める。
 「そんな可愛いことを言ってくれるな。私の理性を試しているのか、エルシィ」
 「ふえ?」
 エリアストの唇と重なる。
 「エルシィ、クチ、あけて」
 真っ赤になりながらおずおずと応えるアリスの舌を絡め取った。



 ネフェル商会。
 アリスを見て、ティティはなるほど、と思った。
 あの公爵令息様が、溺愛するわけだ。
 若くして商売を成功に導いたティティは、商品と人を見る目は自負していた。アリスの雰囲気を見て、ある程度の為人ひととなりの予想はつく。
 「ファナトラタ伯爵令嬢様、お疲れになりましたでしょう。お茶をご用意いたしましたので、どうぞ、おくつろぎくださいませ。ただいまディレイガルド公爵令息様をお呼びいたします」
 アリスは微笑んでお礼を言った。
 エリアストの選んだ着物は、さすがだ。アリスに相応しい。
 裾はアリスの瞳、黎明れいめい色。そこから上に向かって淡くなるようグラデーションし、おはしょりの少し下あたりからは、エリアストの髪色、白銀になる。かんざしに合わせて、桜を基調とした柄の訪問着を選んでいた。
 「仕上がりは二週間後となります。出来上がりましたら公爵邸へのお届けでよろしいでしょうか」
 「ああ。遅めの夕方に届けるようにしてくれ」
 「かしこまりました。それでは道中お気をつけてくださいませ。ありがとうございました」



 これは、ダメだ。
 届いた着物を着せてもらったアリスを見て、エリアストは焦る。
 アリスから必死に視線を逸らすエリアストに、アリスは首を傾げた。
 「エル様?」
 ゆるく結い上げられた髪には、あの簪が揺れている。少し首をうつむかせると、衣紋えもんからアリスの白いうなじがなまめかしく誘う。それを見て、エリアストは動揺が隠せない。
 そして、妄想してしまう。
 帯はそのままに、衿が肩口まで開いたら。頂までは見えないまでも、アリスの慎ましい双丘が露わに
 「ええええ、えるしぃ」
 恐ろしいまでに動揺している。しかし妄想が止まらない。
 八掛はっかけがちらり、どころか、上前うわまえ下前したまえも乱れ、アリスの足がのぞく。そんな淫らな格好のアリスが、ベッドでコロリと転がって、少し乱れた髪が顔にかかる。潤んだ瞳に、上気した頬、いつもより熱い吐息が
 「す、すまな、えるし、ちょっと」
 顔どころか耳、首まで真っ赤なエリアスト。
 「ええ?エル様、どうなさったのですか?こんなに赤くなって」
 熟れた唇が妖艶に誘う。
 えるさま、あつい
 少し舌っ足らずなアリスが、切ない溜め息と共に
 「あの女!赦さん!!」
 暴走する妄想を振り払うように、ララに怒りをぶつけた。
 「ひえっ?」
 突然怒りを露わにしたエリアストに、アリスは驚いて肩が跳ねた。そんなアリスを隠すようにぎゅうぎゅうと抱き締めながら、側にいるのにアリスには聞き取れないほど小さな声で、ララへの怨嗟の言葉を呪文のように呟き続けた。
 あんなにも淫らなエルシィを想像しやがって!
 エリアストの暴走する妄想とは比べものにならないほど、ララの妄想は健全。帯をほどいてくるくるさせたい。ただそれだけ。だがエリアストは、そんなこと知るよしもなかった。
 そしてララも、この後エリアストに理不尽な嫌がらせを受けるなんて、知る由もなかった。


 *おしまい*

 引き続き本編をお楽しみください。
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