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番外編
ディレイガルド当主の若かりし日 中編
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翌日の放課後。十六時を前に、闘技場は学生がごった返していた。何かあったときのために、教員たちも総動員している。
闘技台には騎士服に身を包んだ二人の姿がある。手にしているものは本物の剣。男の矜持をかけた、真剣勝負。
時間が来た。
「見届け人は私、ユーシエス・カイアレイン。ライリアスト・カーサ・ディレイガルドが勝者ならば、アイリッシュ・カイアレインを。ベリル・コーサ・リスフォニアが勝者ならば、ディレイガルド公爵家を。間違いないか」
「ああ、間違いない」
「間違いありません」
いつも穏やかな笑みを浮かべているライリアスト。闘いとは無縁そうな雰囲気で、物腰も柔らかい。今も間違いなくいつも通りだった。それなのに。
「それでは両者の健闘を祈る。始め!」
笑みが、消えた。
いつもとまったく違う雰囲気のライリアストに、周囲の音が消える。
真剣を持つ手は下がったまま、コツコツとベリルに近付くライリアスト。ベリルは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。本能が警鐘を鳴らしている。それでも、逃げることは出来ない。互いの矜持を賭けたのだ。
ベリルはグッと体勢を整え、剣を構えた。
「いい顔だ」
そう言うと、ライリアストは一気に加速してベリルの懐に入り込む。ベリルは構えた剣で何とか止める。金属のぶつかり合う音が響いた。
「左腕」
そう言うと、ライリアストは交わる剣を滑らせ、柄でベリルの左腕を殴打する。
「ぐっ」
ベリルの口からくぐもった声が漏れる。ベリルは剣を横に振って、ライリアストを間合いの外に追い出すと、瞬時に体勢を整えた。だが、ライリアストの動きが速い。
「左脇」
いつの間にか懐に入られ、またも柄で左の脇腹を殴られる。
「右脇」
右足、左足、左肩、右肩。剣を交えながらも、隙のある部分を的確に殴打していく。
「右腕」
「がっ」
ガシャン。
ベリルの手から剣が落ちた。すかさずライリアストは剣を一閃。
「チェックメイト」
ピタリとベリルの首の左側に剣を添えた。ベリルは右手でライリアストの剣を掴もうとしていた。剣を落としても尚、起死回生の策を考えていた。その目はまだ、諦めていなかったのだ。だがライリアストの剣の方が早かった。
圧倒的だった。
国境の防衛を任される一族の身。生半可な鍛え方などしていない。お貴族様のお綺麗な剣など、遊びにもならない。そう思っていた。それなのにどうだ。ライリアストに手も足も出なかった。今の短い時間で、自分は一体何回死んでいたのだろう。
少しして、ベリルが両手を挙げた。
「負けました」
その言葉に、周囲が二人を讃える歓声を上げた。
本来であれば、命を賭けねばならない決闘。学生故、それは許されない。だが、誓いは本物。今後この決闘について、何の異議も唱えてはならない。それに反した場合、本来の決闘の結末を迎えることになる。
「ベリル」
互いに握手をすると、ライリアストがその手を離さないままベリルを呼ぶ。
「はい」
「気に入った。コーサを賜る辺境伯の嫡男なだけある」
ベリルは目を見開く。
「アイリッシュ以外のものなら何でもやろう。おまえが欲しいものは何だ」
ベリルは苦笑いをした。
「嫁です。辺境の地に嫁いでくれる人って、なかなかいないんですよ」
他国と接する領地故、どうしても血生臭い話がついて回る。おまけに王都から離れているため、貴族の女性はそっぽを向いてしまう。
ふむ、とライリアストは考えた。
「候補は何人かいる。追って連絡をしよう」
そう言って、二人の手は離れた。
勝者のライリアストにアイリッシュが近付く。
「おめでとうございます。ライリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息様」
美しいお辞儀をするアイリッシュに、ライリアストは微笑んだ。
「強引なことをした。アイリッシュ、今はキミの気持ちに添わないかも知れない」
ライリアストはアイリッシュを見つめた。
「けれど約束しよう、アイリッシュ。キミの気持ちに添わないことをするのはこれで最後だ」
アイリッシュの前に跪く。そっとその手を優しく掬い上げる。
「どうか、私の妻に」
目を閉じ、その甲に唇を寄せる。希うように、そっと落とされたくちづけ。
「よろしく、お願いいたします、ディレイガルド公爵令息様」
顔を上げると、目元を赤く染めたアイリッシュが、恥ずかしそうに視線を逸らした。ライリアストは立ち上がると、優しくその体を抱き締めた。
「幸せになろう、アイリッシュ」
歓声の渦に包まれた。
*後編につづく*
闘技台には騎士服に身を包んだ二人の姿がある。手にしているものは本物の剣。男の矜持をかけた、真剣勝負。
時間が来た。
「見届け人は私、ユーシエス・カイアレイン。ライリアスト・カーサ・ディレイガルドが勝者ならば、アイリッシュ・カイアレインを。ベリル・コーサ・リスフォニアが勝者ならば、ディレイガルド公爵家を。間違いないか」
「ああ、間違いない」
「間違いありません」
いつも穏やかな笑みを浮かべているライリアスト。闘いとは無縁そうな雰囲気で、物腰も柔らかい。今も間違いなくいつも通りだった。それなのに。
「それでは両者の健闘を祈る。始め!」
笑みが、消えた。
いつもとまったく違う雰囲気のライリアストに、周囲の音が消える。
真剣を持つ手は下がったまま、コツコツとベリルに近付くライリアスト。ベリルは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。本能が警鐘を鳴らしている。それでも、逃げることは出来ない。互いの矜持を賭けたのだ。
ベリルはグッと体勢を整え、剣を構えた。
「いい顔だ」
そう言うと、ライリアストは一気に加速してベリルの懐に入り込む。ベリルは構えた剣で何とか止める。金属のぶつかり合う音が響いた。
「左腕」
そう言うと、ライリアストは交わる剣を滑らせ、柄でベリルの左腕を殴打する。
「ぐっ」
ベリルの口からくぐもった声が漏れる。ベリルは剣を横に振って、ライリアストを間合いの外に追い出すと、瞬時に体勢を整えた。だが、ライリアストの動きが速い。
「左脇」
いつの間にか懐に入られ、またも柄で左の脇腹を殴られる。
「右脇」
右足、左足、左肩、右肩。剣を交えながらも、隙のある部分を的確に殴打していく。
「右腕」
「がっ」
ガシャン。
ベリルの手から剣が落ちた。すかさずライリアストは剣を一閃。
「チェックメイト」
ピタリとベリルの首の左側に剣を添えた。ベリルは右手でライリアストの剣を掴もうとしていた。剣を落としても尚、起死回生の策を考えていた。その目はまだ、諦めていなかったのだ。だがライリアストの剣の方が早かった。
圧倒的だった。
国境の防衛を任される一族の身。生半可な鍛え方などしていない。お貴族様のお綺麗な剣など、遊びにもならない。そう思っていた。それなのにどうだ。ライリアストに手も足も出なかった。今の短い時間で、自分は一体何回死んでいたのだろう。
少しして、ベリルが両手を挙げた。
「負けました」
その言葉に、周囲が二人を讃える歓声を上げた。
本来であれば、命を賭けねばならない決闘。学生故、それは許されない。だが、誓いは本物。今後この決闘について、何の異議も唱えてはならない。それに反した場合、本来の決闘の結末を迎えることになる。
「ベリル」
互いに握手をすると、ライリアストがその手を離さないままベリルを呼ぶ。
「はい」
「気に入った。コーサを賜る辺境伯の嫡男なだけある」
ベリルは目を見開く。
「アイリッシュ以外のものなら何でもやろう。おまえが欲しいものは何だ」
ベリルは苦笑いをした。
「嫁です。辺境の地に嫁いでくれる人って、なかなかいないんですよ」
他国と接する領地故、どうしても血生臭い話がついて回る。おまけに王都から離れているため、貴族の女性はそっぽを向いてしまう。
ふむ、とライリアストは考えた。
「候補は何人かいる。追って連絡をしよう」
そう言って、二人の手は離れた。
勝者のライリアストにアイリッシュが近付く。
「おめでとうございます。ライリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息様」
美しいお辞儀をするアイリッシュに、ライリアストは微笑んだ。
「強引なことをした。アイリッシュ、今はキミの気持ちに添わないかも知れない」
ライリアストはアイリッシュを見つめた。
「けれど約束しよう、アイリッシュ。キミの気持ちに添わないことをするのはこれで最後だ」
アイリッシュの前に跪く。そっとその手を優しく掬い上げる。
「どうか、私の妻に」
目を閉じ、その甲に唇を寄せる。希うように、そっと落とされたくちづけ。
「よろしく、お願いいたします、ディレイガルド公爵令息様」
顔を上げると、目元を赤く染めたアイリッシュが、恥ずかしそうに視線を逸らした。ライリアストは立ち上がると、優しくその体を抱き締めた。
「幸せになろう、アイリッシュ」
歓声の渦に包まれた。
*後編につづく*
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