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番外編

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 ~ナツ~

 アキは時々劣等感に見舞われるらしい。俺に対して。俺からすればふざけんなって話だ。
 俺がなんでこんなに努力しているか。
 大事な幼なじみを守るために決まっている。
 きっかけはアキなんだ。忘れているっていうか、当然のことだと思って覚えてないのかもしれないけどな。
 幼少期の俺は貧弱だった。女顔のせいもあって、はっきり言って儚い美少女にしか見えなかった。よく男児にからかわれていた。今思えば、惚れられていたのではなかろうか。まあどうでもいい。それをよく庇ってくれたのがアキたち幼なじみだ。中でもアキは、俺と同じように貧弱のくせに、いつも俺を背中にしてくれていた。同い年とは思えないほど体が成長している奴って学年に一人はいるよな。小さい内ってそういう奴がガキ大将。二回りは体格の違うガキ大将相手に、いつもアキは自分を奮い立たせて俺を守ってくれた。
 その背中が震えていることに気付いたのはいつだっただろう。
 なんてかっこいいんだって、くやしくなった。同時に、俺もこうなりたいって強く思った。その精神が、心根が、ひどく眩しかった。どんなものからも守れるようになりたいって思ったんだ。よくある話だろ。でもこれ、実際やられるとかなりクルんだよ。
 打算なく人を助けられるアキに敵う日は来ないと思う。
 でも俺は俺のやり方でおまえたちを守るよ。
 すべてを守ることは出来ないけど、この手の届く範囲くらいは守れるように。





 ~どうでもいい話~

 第三王子がヘンタイと呼ばれる前は、まともな人間だった。今もナツ以外の前ではまともと言えばそうだけど。まあそれもどうでもいい。
 ナツ至上主義、そんな王子が、なぜ一番仲のいいオレたちに嫉妬の目を向けないか。
 ヘンタイだからだ。
 意味がわからない?
 優しいナツ様ではダメなんだよ。
 ナツはオレたちに優しい。オレには辛辣なところもあるけど、そういう時だけジェラスィ~のジェくらいの感情は芽生えるらしい。だけど、手を上げることはないからいいんだって。手を上げない方がいいんじゃないかな。どういう神経してるんだろう。





 ~星に願いを~
 *この話は最終学年時の話です。ちょっとオトナのお話*

 「こっ、これはっ」
 「ああっ、神様っ」
 「こんな、こんなことってっ」
 「なんのごほうびですのおおおおおおぉぉぉ!!」

 卒業まであと半年と迫ったある日、ナツとフユが登校して来たときのことだ。シュナ様ファンクラブ陣が、決して二人の邪魔をしないよう遠巻きに見守る中、異変に気付く。
 最初に馬車を降りてきたのは、フユことゼン=コウキアノス公爵令息。いつもほんわかとした笑みを浮かべる柔和な令息。の、はず。
 次に降りてきたのは、ナツことシュナ=ダリアード男爵令嬢。言わずと知れた、学園一、いや、国一番、世界一のイケメン。の、はず。
 「フユ、疲れてないか」
 コウキアノス公爵令息様が、凜々しい。息も出来ないほどに。
 「ありがとう、なっちゃん。大丈夫だよ」
 シュナ様が、天使。紛う事なき地上に降りた最後の天使。
 ファンクラブ陣の動揺が広がる中、続いてアキことアスラ=カーネイス侯爵令息の馬車が到着。ハルことリュカリアーナ=ローゼイン公爵令嬢と一緒にご登校だ。
 「おはよー、ナツ、フユ」
 「おはよ、フユ、なっちゃん」
 「ああ、おはよう、アキ、ハル」
 「おはよう、ハルちゃん、アキちゃん」
 そこでアキとハルが首を傾げた。
 「ナツ?」
 「なんだ」
 コウキアノス公爵子息が返事をする。
 「フユ?」
 「えへへ、そうだよ、ハルちゃん」
 ダリアード男爵子女が返事をする。
 少しの間。
 天地を揺るがす叫びが響いた。

 「なにかきっかけがあると思うのよね」
 生徒会室で会議が始まった。議題は、ご主人様とご婚約者様のご神体入れ替わりについて。誰が議題を付けたかは秘密だ。ご神体って何だ。意味が違う。というかなんでいるんだ。卒業したはずの人物よ。速攻で追い出されていましたが。
 「まあ、俺は不便していないからこのままでも構わない」
 ナツが元自分の体を膝に横抱きして、ずっと離さない。隙あらば、隙がなくともキスの雨を降らせている。
 「中身が違うとこんなにも愛らしいものなんだな」
 自分を美少女だと思っていなかったナツ様。ナツ様曰く、フユになった途端、他の追随を許さない可愛さになったとのこと。ゼンの体のフユもやばいくらい可愛かったのに、自分が中身になった途端、一個も可愛くないそうだ。傍から見れば、元々超イケメンだったコウキアノス公爵令息が、天元突破のイケメンへと変貌している。俺様気質とフユへの愛とのギャップがやべーと、感想の語彙が残念になるほど言葉が出てこないイケメンさだ。
 「なっちゃん、フユが意識失いかけてるから、それ以上ちゅーは止めてあげて」
 「体が勝手に動く」
 「理性を取り戻して」
 アキが、オレの嫁カッコイイ、とキラキラしている。
 「朝起きたらこうなっていた、としか言いようがないからな。きっかけねぇ」
 ふーむ、とナツが考える。すると、瀕死のフユが怖ず怖ずと手を上げた。
 「あ、あの、もしかすると、なんだけどね」
 心当たりがあるようだ。
 「なにかあるのね?フユ」
 「あの、昨日の夜ね」
 眠れなくて、カーテンを開けて星を見ていたらしい。すると流れ星が見えた。ちょっと嬉しくなると、また星が流れた。少しするとまた。前世まえでいうところの流星群にあたったのだろう。それで色々と前世おもいでが蘇ってきたらしい。カッコイイナツとか男前のナツとかイケメンのナツとか。そんなふくふくとした温かい気持ちで眠りについたという。
 「流れ星、ね」
 アキが呟く。よくある話だ。願かけのおまじない。フユが何かを願ったワケではないが、ナツが男であった前世ころの思い出が作用したのだろう。
 「まあ、本人たちも気にした様子がないから、少し様子見だね」
 「そうねぇ。ホントウチの幼なじみたちは大物だわ」
 ハルの言葉にアキは笑った。

 入れ替わりの件は瞬く間に学園中に広まった。隠せるはずもない。目立ちすぎるのだ、ナツ様は。イケメン美少女だったシュナ=ダリアードは、その見た目通り、綿菓子のようにふわふわほわほわの雰囲気で、癒しオーラを振り撒いている。癒し系イケメンだったゼン=コウキアノスは、余すところなく全開イケメンオーラを迸らせ、立っているだけでご令嬢たちは鼻血を出して倒れる始末だ。中身と見た目が完全に一致した形だ。
 「フユに何の用」
 休み時間はおろか、授業中でもフユを離さずぴったりと寄り添うナツ様。声をかけてきた男子生徒を軽く睨む。それだけで男子生徒は可哀相に、号泣しながら去って行った。ただ、先生からの伝言があっただけなのに。先生の人選ミスとしか言い様がない。
 「なっちゃん!次は運動の時間!フユから離れなさい!」
 ハルおかんが登場。ナツは子どものようにプイ、とそっぽを向く。
 「こんなに可愛いから。誘拐されたら困るから」
 謎の言い訳をし出す。
 「なっちゃん?」
 ハルおかんの後ろに般若が見えます。それでもちょっとぷるぷるしながらフユを離さない。ハルは溜め息をついて、ナツにこそっと言った。するとどうでしょう。あれほどまでに頑なだったナツ様の手が、なんとフユから離れたのです。
 「いいな、フユ。知らない人について行っちゃダメだ。ハルから絶対離れるな。出来るな?」
 真剣なナツに、フユはほにゃっと笑って頷いた。
 実はこの時、ファンクラブ陣に、新たな属性が芽生えていた。もちろん、シュナ様とコウキアノス公爵令息様のカップリングは絶対だ。だが、おやつ。おやつって必要ですわ。
 リュカリアーナ=ローゼイン公爵令嬢様に怒られて、子どものような態度になるシュナ様。やべぇ。涎を抑えきれないファンクラブの面々が、そこかしこで目撃されたという。

 「ナツッ」
 カーネイス侯爵令息様が満面の笑顔でシュナ様とハイタッチをする。
 「なにか、なにかないの?」
 「この瞬間を納めるなにかを」
 運動の時間、イケメン二人が絡み合っている。
 時々神のいたずらで体操服の裾からチラリするシュナ様のお腹が尊い。
 顔を近付けて話をするイケメン。破顔するイケメン。シュナ様の腰に抱きつくカーネイス侯爵令息様の頭をよしよしするシュナ様。
 鼻血を流しながら、ファンクラブの子たちは頬を、顔を真っ赤に染めている。
 先程はおやつを用意していただきました。今度はデザートですか?もちろん全力でいただきますわ!

 「由々しき事態でしてよ」
 「ええ、これは早急に解決されねばなりません」
 「ですが」
 「お黙りなさい!」
 「反論は受け付けなくてよ!」
 「わかっておりますわ!ですが敢えて言わせていただきます!」
 「もう少し夢を!見させてくださいませ!」
 「例え本日が命日になろうとも!」
 「みなさん」
 「そう、ですわ」
 「そうですわね」
 「死なば諸共、でしてよ!」
 わあああああああ!!
 入れ替わりで、もうファンクラブの面々は瀕死だった。シュナ様はシュナ様のお体で良かったのだと実感する。入れ物と中身が一致すると、大勢の人間が死ぬかも知れないという現実を見せられた。ゆえに、なんとかせねばと意気込んだものの、結局はこのままで、という結論に達する。夢を見ながら逝けるなんて、素晴らしいご褒美だと気付いたようだ。

 放課後、たくさんのご令嬢たちに見送られながら、ナツとフユは帰宅した。
 公爵邸に着くと、人払いをして二人きりで自室に籠もる。公爵家と男爵家、身分違いではあったが、ナツが光属性持ちのため、聖女もしかしたら大聖女になれることを鑑みて、公爵家は婚約を承諾していた。もしダメなら白紙にしようと考えているのだろう。白紙になることは絶対にないが。
 「フユ」
 シュナの顔をしたフユの頬に手を添える。フユは大きなその手に擦り寄った。
 「ホント、なんでそんな可愛いことするの」
 ナツはそのまま唇を重ねた。唇を離さないまま軽々と横抱きにして、そのままベッドに横たえる。淫靡な水音が響く室内に、フユの愛らしい声が漏れる。ようやく離れた唇を繋ぐ糸を、ナツはペロリと舐めた。
 「の体の方が、慣れてるせいか抱きやすいな」
 うっとりと見つめながら、耳に、首筋に舌を這わせる。
 「フユ、抱き潰すけどごめんな?」
 フユは真っ赤になって、ナツの首に抱きついた。

 ちなみに入学式、出会ったその日にナツ様はフユを美味しくいただいていました。もちろん、ナツ様が主導権を握って。

 一夜の夢を見せてくれた流れ星。
 翌日、元に戻った二人に、がっかりしたような安心したような、そんなみなさまでした。
 今後も何かしら世間を騒がせながら、四人は仲睦まじく過ごしていくのでしょう。


 *次話で最終話となります*


 いかがでしたでしょうか。
 この世界は婚前交渉は認められていません。
 お泊まりも婚前交渉もバレないようにナツ様が工作しています。
 




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