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 「サリュア、調子はどうだい」
 神殿の一室、王太子ウェンリアインがドアを叩いた。中から、金色の髪に真っ青な夏空のような瞳の愛らしい少女が顔を覗かせた。
 「ウェンリアイン様!いつも来てくださって嬉しいです!」
 ふっくらみずみずしい頬を薄ら赤く染め、満面の笑顔でサリュアはウェンリアインを部屋に招き入れる。中ではサリュアの他、聖女、聖女候補の八人が、清めの作業をしていた。
 「いつもご苦労だね。何か不自由はしていないかい?」
 穏やかに微笑むウェンリアインに、皆頬を染めてモジモジとした。十二歳で、近年最年少の候補に選ばれたサリュアは、ウェンリアインに特に気にかけてもらっていた。ウェンリアインもまた、サリュアによく話しかけている自覚はあった。
 「はい。みなさん、とても良くしてくださっています」
 ニコニコと嬉しそうなサリュアに、ウェンリアインも微笑む。
 「それは良かった。何かあったらすぐ私に言うんだよ、サリュア」
 「はい、ウェンリアイン様。ありがとうございます」
 頬を染めてお礼を言うサリュアの頭を撫でる。
 「少ししたらまた来る。清め、がんばって」
 「はい!」
 ウェンリアインが去ると、サリュアは持っていた雑巾を投げた。
 「こんなことやっても意味ないわ。開花する人はするし、しない人はしない。ていのいいハウスメイドよ。バカバカしい」
 聖女の能力を発現できることを開花という。能力とは、結界、浄化、治癒の魔法のことだ。このいずれかが使えるようになれば、聖女として認められる。認められた者は、神殿の最高神官が使える聖紋を刻む魔法で、額に聖女の証を刻まれる。使える魔法によって聖紋は変わる。使える魔法が増えれば、自ずとその聖紋は形を変えていく。
 ここへ来て二年。十四歳のサリュアは既に開花していた。修行をして、半年ほどで開花させた。それから、あれよあれよとすべての魔法を開花させる。その魔法も、他の聖女たちよりも優れていたため、千年前の聖女の再来ではないか、と言われるほどであった。未熟な精神の少女が、大人たちに顔色を窺われる。王族、して王太子であるウェンリアインからも特に気にかけられている。すると、どうなるか。
 「残りはあんたたちでやりなさい。ウェンリアイン様がいらしたら、サリュアは治癒に呼ばれたので呼んできますって言うのよ。わかったわね」
 ワガママ姫様の出来上がり。何をしても、誰も苦言を呈さないのだ。サリュアを肯定する者ばかり。次第に、サリュアは自分の思い通りにならないことに、癇癪を起こすようになる。サリュアの機嫌を損ねては大変だ。千年聖女が失われてしまう。周りはサリュアの顔色を窺って生活をするようになる。そうしてサリュアはさらにワガママになる。悪循環に陥っていた。
 サリュアは男爵家の生まれだ。決して裕福ではない家庭。それなのに、子どもは四人もいた。サリュアは二番目の子であった。いつも我慢ばかりの毎日。上の兄は家督を継ぐため厳しくも大切に育てられた。下二人は双子の弟。いつも手がかかって、両親はてんてこ舞い。ナースやメイドを雇う余裕なんてあるはずないので、家族総出で家を切り盛りする。そんな毎日に終止符が打たれた。


*つづく*
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