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 千年聖女に、人間に手を出してはいけない。人は人に危害を加えるものに容赦しない。神獣とて、どこまで赦されるかわからないから。
 そう、影艶かげつやに言い聞かせた自分。
 出来るだけ穏便に。千年聖女を葬ることは決定事項だが、自分が犯人だとバレないように、事を済ませるつもりだった。追われる身となるのは面倒だから。影艶と二人、森の奥でひっそり生きるのもいい。それでも、面倒ごとは少しでも減らすべきだ。そう思って準備をして来たのに。
 「シラユキッ、危ないからこっちへっ」
 思考に没頭していると、弟が私の手を引き、影艶から離そうとする。邪魔をするなと、私はその手を乱暴に振り払う。それでも諦めない弟を結界魔法で追いやろうとすると、兄が弟を引きずって行ってくれた。
 再び影艶に視線を戻す。もがき苦しむ影艶を見て、全身の血が逆流する。
 ああ、冤罪じゃない。全然冤罪じゃないよ。自分が生き残るための通過儀礼でもない。本気でコイツを殺したい。
 こんなものが聖女だって?
 聖女の名に相応しい心を持った者がどれだけいるんだろう。この中に、一人でもいい。聖女の名を冠していい者がいるのか。サリュアこの女は間違いなく違う。愛も慈悲もない。我欲に溺れたクズ。
 殺意を込めた目を向ける。
 「な、何よ!全然言うことを聞かないそいつが悪いんじゃない!なんで抵抗しているのよ!出来るのよ!」
 サリュアクズが喚く。落ち着こうと、ひとつ、深呼吸をする。
 「何度も言った。影艶かげつやに手を出すな、と」
 精神に干渉する魔法は、抵抗すると、異常なまでに魔力と体力を奪われる。なぜ抵抗出来るかって?影艶だから、抗えているだけ。
 濃密な魔力を練り上げる。
 「な、ん、なのよ、その力」
 サリュアが引きつった顔で後退あとずさる。
 「破滅願望の持ち主だとは。気付いてやれなくて悪かったよ」
 少しでも冷静にならなくては、と細く長く息を吐く。そして、小さく小さく、右手に魔力を集め、治癒の力を込める。
 「影艶!大人しくしろ!」
 もがき苦しむ影艶が、ピタリと静止した。苦痛に耐えているのだろう。体を震わせながら、全身で呼吸をしている。
 早く、その苦しみだけは確実に取り除く魔法を。
 右手とは別に、左手で創った解除魔法を影艶の額に乗せる。みるみる纏わり付いていた嫌な気配がなくなっていった。影艶の苦悶の表情が緩んでいく。自然と口元が緩む。
 「いい子。大丈夫。影艶は、私の。私に断りなく、どこかへ行くことは許さない」
 ピンポン球くらいの大きさに集約した、魔力の塊。私は魔力量がそんなに多くはない。全魔力の三分の二を込めた治癒玉。体が大きく、魔力量も凄まじい影艶を全快させるのは無理だ。だから、動ける程度の治癒を。
 「口を開けて、影艶」
 ゼエゼエとまだ荒い呼吸をする影艶が、震えながら懸命に口を開ける。
 「がんばって飲み込んで、影艶」
 口の奥に治癒玉を置くと、影艶は震える舌先で私の唇を舐めた後、ゴクリと嚥下した。それを確認して、安堵の息が漏れる。いつもより熱い舌に、涙が出そうになった。影艶にくちづけると、またサリュアと向き合う。
 「千年聖女様」
 サリュアの肩がビクリと跳ねた。
 聖女の名に相応しい心を持った者がどれだけいるんだろう。この中に、一人でもいい。愛を、慈悲を持つ者が、聖女の名を冠していい者が、いるのか。サリュアこの女は間違いなく違う。
 「さようなら」
 まあ、私が一番聖女を名乗っちゃいけないんだけどね。
 さあ、ケルベロス様の降臨だ。覚悟しろ。


*つづく*
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