60 / 69
番外編
人騒がせなクピド4
しおりを挟む
「わ、わ、わたくしが!この歳になっても、婚約者の一人もいないことを、何とも思いませんの?!なぜ、婚約者を選ばないのか、本当にわかりませんの?!」
ハルケイス家に強制送還されたトノイアは、別れを告げたばかりで戻って来たトノイアに驚きつつ、戻って来てくれて嬉しい、と改めて歓迎された。当主たちも、有能な人材が戻ってくれたことに喜んでくれた。
だが、モノウはトノイアの姿を見て、出戻った事情を聞いて、そう叫んだ。
大人しいモノウが、顔を真っ赤に染めて大きな声を出した。そのことに、トノイアは驚いて何も言えない。そして、言われた内容に、頭が働かない。
「ばか!ばかばかばかばか!トノイアのばか!」
モノウはトノイアの胸を叩く。
「お、お嬢、様」
「どうしてよっ。どうしてわからなかったのっ」
ボロボロと涙を零してトノイアを責めるモノウに、トノイアはどうしていいかわからない。
「こ、こんな、こんな、取り返しのつかない、こんな、ひどいことに」
モノウの嘆きは止まらない。トノイアの足を見て、酷くつらそうに顔を歪める。
違う。トノイアのせいではない。自分が悪かったのだ。自分が素直にさえなっていれば。トノイアからの言葉を待つばかりで、行動を起こさず、離れていく彼を指を咥えてみているだけだった自分。自分はトノイアの性格をよく知っている。だから、たとえトノイアが自分と同じ気持ちであったとしても、彼の方から気持ちを打ち明けられるはずもなかったのに。
「ばかばかっ。トノイア、トノイアッ。もう、トノイア、トノイアあぁ」
それでも彼に甘え、彼を責めてしまう、弱い自分。彼の優しさの代償が、あまりにも大きすぎて。とても自分では抱えきれなくて。
モノウはグズグズと泣き崩れた。
わたくしは、トノイアに、何が出来るのだろう。
トノイアは、モノウの前で膝をついて、おろおろするばかり。
触れていいのか。泣き崩れるモノウに、自分が触れてもいいのだろうか。その華奢な肩を、抱き締めてもいいのだろうか。
「お嬢様」
その、涙は、どうやったら、止まる?
「モノウ、様」
久しく呼ぶことのなかった名を呼ぶと、モノウが驚いたように顔をあげる。その顔は、さらに真っ赤になった。
「私、は、自惚れても、いいのですか?」
そっと、零れる涙を掬う。
「モノウ様。私は、もう、我慢をしなくて、よろしいですか?」
壊れ物を扱うように、左手をモノウの右頬に添える。
「トノイア」
モノウが震える声で名を呼ぶと、トノイアはモノウを抱き締めた。
片足の機能を失う程度であなたが手に入ったのなら、私はなんて幸運なんだ。
トノイアは、最愛を抱き締めながら、仄暗い笑みを浮かべた。
「でも、その、寂しい、わ」
邸を出る話をしたとき、モノウ様はそう言った。
少し頬を赤く染め、伏し目がちに言うモノウ様に、高鳴る胸を誤魔化すように、困った顔で笑う。期待、したくなる。しかしすぐに自分を戒める。
モノウ様、いや、お嬢様は、ハルケイス家の一人娘。立派に伯爵家を盛り立ててくださる方が、婿入りしてくださる。自分ではない。分不相応な夢を見てはいけない。
「ありがとうございます、お嬢様。時々、手紙を書いてもよろしいですか?」
未練たらしい。
僅かな繋がりを残しておきたくてうっかり出た言葉に、しまった、と思った。
それなのに。
「もちろんよ!でも、どうしても、出ていかなくては、ダメなの?」
そんな顔をされたら、期待してしまう。もう、これ以上、あなたの側にいたら、自分が何をしでかすか、わからない。
あなたを手に入れるために、あなたに何をしでかすか、わからないんだ。
*つづく*
ハルケイス家に強制送還されたトノイアは、別れを告げたばかりで戻って来たトノイアに驚きつつ、戻って来てくれて嬉しい、と改めて歓迎された。当主たちも、有能な人材が戻ってくれたことに喜んでくれた。
だが、モノウはトノイアの姿を見て、出戻った事情を聞いて、そう叫んだ。
大人しいモノウが、顔を真っ赤に染めて大きな声を出した。そのことに、トノイアは驚いて何も言えない。そして、言われた内容に、頭が働かない。
「ばか!ばかばかばかばか!トノイアのばか!」
モノウはトノイアの胸を叩く。
「お、お嬢、様」
「どうしてよっ。どうしてわからなかったのっ」
ボロボロと涙を零してトノイアを責めるモノウに、トノイアはどうしていいかわからない。
「こ、こんな、こんな、取り返しのつかない、こんな、ひどいことに」
モノウの嘆きは止まらない。トノイアの足を見て、酷くつらそうに顔を歪める。
違う。トノイアのせいではない。自分が悪かったのだ。自分が素直にさえなっていれば。トノイアからの言葉を待つばかりで、行動を起こさず、離れていく彼を指を咥えてみているだけだった自分。自分はトノイアの性格をよく知っている。だから、たとえトノイアが自分と同じ気持ちであったとしても、彼の方から気持ちを打ち明けられるはずもなかったのに。
「ばかばかっ。トノイア、トノイアッ。もう、トノイア、トノイアあぁ」
それでも彼に甘え、彼を責めてしまう、弱い自分。彼の優しさの代償が、あまりにも大きすぎて。とても自分では抱えきれなくて。
モノウはグズグズと泣き崩れた。
わたくしは、トノイアに、何が出来るのだろう。
トノイアは、モノウの前で膝をついて、おろおろするばかり。
触れていいのか。泣き崩れるモノウに、自分が触れてもいいのだろうか。その華奢な肩を、抱き締めてもいいのだろうか。
「お嬢様」
その、涙は、どうやったら、止まる?
「モノウ、様」
久しく呼ぶことのなかった名を呼ぶと、モノウが驚いたように顔をあげる。その顔は、さらに真っ赤になった。
「私、は、自惚れても、いいのですか?」
そっと、零れる涙を掬う。
「モノウ様。私は、もう、我慢をしなくて、よろしいですか?」
壊れ物を扱うように、左手をモノウの右頬に添える。
「トノイア」
モノウが震える声で名を呼ぶと、トノイアはモノウを抱き締めた。
片足の機能を失う程度であなたが手に入ったのなら、私はなんて幸運なんだ。
トノイアは、最愛を抱き締めながら、仄暗い笑みを浮かべた。
「でも、その、寂しい、わ」
邸を出る話をしたとき、モノウ様はそう言った。
少し頬を赤く染め、伏し目がちに言うモノウ様に、高鳴る胸を誤魔化すように、困った顔で笑う。期待、したくなる。しかしすぐに自分を戒める。
モノウ様、いや、お嬢様は、ハルケイス家の一人娘。立派に伯爵家を盛り立ててくださる方が、婿入りしてくださる。自分ではない。分不相応な夢を見てはいけない。
「ありがとうございます、お嬢様。時々、手紙を書いてもよろしいですか?」
未練たらしい。
僅かな繋がりを残しておきたくてうっかり出た言葉に、しまった、と思った。
それなのに。
「もちろんよ!でも、どうしても、出ていかなくては、ダメなの?」
そんな顔をされたら、期待してしまう。もう、これ以上、あなたの側にいたら、自分が何をしでかすか、わからない。
あなたを手に入れるために、あなたに何をしでかすか、わからないんだ。
*つづく*
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
163
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる