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魔女であり、年齢が最早関係ないのであれば、出会ってすぐに行動に移さなかったのは何故だろう、と思って聞いてみた。
記憶の魔法は恐ろしいほど繊細で、扱いが難しいという。
ベリル伯爵家の令嬢であると国中に認識させるため、一年という時間が必要だったという。東の魔女が、国中の記憶に干渉することをたった一年でやること自体あり得ない、と呆れ、南の魔女が、どれだけローセントに執着してるのよ、とドン引いていた。ただ、昔からこの街で暮らしていた、という認識をさせるだけならまだしも、ひとつの家族の中に入り込み、違和感なく暮らしていることが、驚愕を通り越して恐怖すら感じる、と二人の魔女に詰られていた。凄すぎて叩かれるって、理不尽極まりないな、と思った。
そもそもそんな回りくどいことをせずに、他国の人間を装うなり何なりで、普通に私に接触すれば良かったのではないだろうか、と思ったが、黙っておく。
ちなみにルゥルゥが社交界に紛れていたのは、婚活中だったという。ここ百年くらい、世界中の社交界にこっそり紛れていたらしい。そして一年前に、ようやくローセントに巡り会えたのだと。
家族であるはずのルゥルゥが、実は家族ではなかったと知ったベリル家は、泣きながら、それでも家族だ、とルゥルゥをぎゅうぎゅうと抱き締めていた。本当に、ルゥルゥを愛しているんだな、と思った。確かにこんな人たちであれば、お金のために家族を差し出すことはないだろう。
それにしてもあの時、違和感を覚えるべきだった。
“昨年、王城のお茶会に参加していたときもそうでした。”
ここへ来た初日に、そう言われた。ルゥルゥは十八だと言っていたのに。王城から茶会への招待状が届くのは、十八から。一年前なら、ルゥルゥは十七。王城の茶会に参加など、出来ようはずもないのだから。
騒動だらけの今回の王太子生誕祭から戻り、盛りだくさんな今日の出来事を思う。
「呪いを、解けるのだろうか」
ローセントは、ポツリと呟く。
どの魔女よりも凄まじい使い手だと言っていた。グラスで頭に怪我を負ったとき、痛みがなくなったのは、治癒の魔法を使ってくれたのだ。眼帯も、何かの魔法がかけられていて、目を保護してくれたに違いない。だが、これまで一度も呪いについて言ってくることはなかった。
胸の痣を、シャツごと握り締める。呪いの発動まで、一ヶ月もない。きっと、呪いを解くことは叶わない。だから、ルゥルゥも、呪いには触れないのだろう。
「あと少し。まだまだ思い出を作りたいな。ルゥと、たくさん、楽しい思い出を」
ギリ、と、痣を抉るように爪を立てた。
「ねえ、ルゥルゥ、あの、お願いが、あるんだ」
庭を、二人で歩いていたとき。ローセントがそんなことを口にした。
「はい。何でも仰ってください。どんなことでも叶えますわ」
どんなことでも。ローセントはゆるく首を振ってから、ルゥルゥを見つめた。
「呪いが、発動するとき」
繋いだ手に、力を込める。
「ただ、こうして、手を繋いで、一緒に、いてくれないか、ルゥルゥ」
少し、声が震えた。
「お安いご用ですわ、ロー様」
ルゥルゥは真摯な眼差しで応えてくれた。
特別なことはしない。ただ、いつも通りの毎日を。そう、家人たちは心がけた。
誕生日が、来る。来てしまう。
奇跡を、願う。
ルゥルゥが、奇跡を起こしてくれるかもしれない。
他力本願であるとわかっている。けれど、もう、縋るしかない。数多のお伽噺で語られるような、愛が起こす奇跡を。
「ルゥ、すまない、すまない、ルゥ」
時間が、ない。もう直、日付が変わる。誕生日が、来てしまう。
部屋には、誰もいない。ふたりきり。
約束通り、手を、繋いでいる。
「ひとり、残して逝くことを、どうか、どうか赦してくれ」
たくさん、思い出を作った。きっと、それが、心の支えになってくれると、信じて。
「ルゥ、ありがとう。私と共にいてくれて。たくさん、思い出を、一緒に、作って、くれて。ルゥ、ありがとう、本当に」
ボロボロと涙が零れる。
「ごめん、ルゥ、情けなくて、ごめん。笑って別れるつもりだったんだ。こんな、情けない姿、見せるつもり、なかったんだよ」
キュッ、と握る手に力が込められる。
「私が、ルゥを、幸せに、したかった」
繋ぐ手を引き寄せ、抱き締める。
「ルゥ、愛している。愛しているよ、ルゥ」
ローセントの手がルゥルゥの頬に添えられる。ゆっくりローセントの顔がルゥルゥに近付くと、そっと唇が重なった。少しして離れたローセントは、懸命に笑った。
「ルゥと、もっと、いっしょ、に、いた、かった、なあ」
ボロボロと零れ落ちる涙に、ルゥルゥはくちづけた。
「こんな極限にならないと自分の気持ちを吐き出せないロー様が、本当に愛おしい」
今度はルゥルゥからその唇に、自身のものを重ねる。
「申しましたでしょう?どんなことでも叶えると。何でも仰ってください、と」
ルゥルゥは心の底から嬉しそうにした。
「ルゥファルゥア。わたくしの真名です、ロー様。真名を、呼んでくださいませ」
「ルゥファ、ルゥア?」
*つづく*
記憶の魔法は恐ろしいほど繊細で、扱いが難しいという。
ベリル伯爵家の令嬢であると国中に認識させるため、一年という時間が必要だったという。東の魔女が、国中の記憶に干渉することをたった一年でやること自体あり得ない、と呆れ、南の魔女が、どれだけローセントに執着してるのよ、とドン引いていた。ただ、昔からこの街で暮らしていた、という認識をさせるだけならまだしも、ひとつの家族の中に入り込み、違和感なく暮らしていることが、驚愕を通り越して恐怖すら感じる、と二人の魔女に詰られていた。凄すぎて叩かれるって、理不尽極まりないな、と思った。
そもそもそんな回りくどいことをせずに、他国の人間を装うなり何なりで、普通に私に接触すれば良かったのではないだろうか、と思ったが、黙っておく。
ちなみにルゥルゥが社交界に紛れていたのは、婚活中だったという。ここ百年くらい、世界中の社交界にこっそり紛れていたらしい。そして一年前に、ようやくローセントに巡り会えたのだと。
家族であるはずのルゥルゥが、実は家族ではなかったと知ったベリル家は、泣きながら、それでも家族だ、とルゥルゥをぎゅうぎゅうと抱き締めていた。本当に、ルゥルゥを愛しているんだな、と思った。確かにこんな人たちであれば、お金のために家族を差し出すことはないだろう。
それにしてもあの時、違和感を覚えるべきだった。
“昨年、王城のお茶会に参加していたときもそうでした。”
ここへ来た初日に、そう言われた。ルゥルゥは十八だと言っていたのに。王城から茶会への招待状が届くのは、十八から。一年前なら、ルゥルゥは十七。王城の茶会に参加など、出来ようはずもないのだから。
騒動だらけの今回の王太子生誕祭から戻り、盛りだくさんな今日の出来事を思う。
「呪いを、解けるのだろうか」
ローセントは、ポツリと呟く。
どの魔女よりも凄まじい使い手だと言っていた。グラスで頭に怪我を負ったとき、痛みがなくなったのは、治癒の魔法を使ってくれたのだ。眼帯も、何かの魔法がかけられていて、目を保護してくれたに違いない。だが、これまで一度も呪いについて言ってくることはなかった。
胸の痣を、シャツごと握り締める。呪いの発動まで、一ヶ月もない。きっと、呪いを解くことは叶わない。だから、ルゥルゥも、呪いには触れないのだろう。
「あと少し。まだまだ思い出を作りたいな。ルゥと、たくさん、楽しい思い出を」
ギリ、と、痣を抉るように爪を立てた。
「ねえ、ルゥルゥ、あの、お願いが、あるんだ」
庭を、二人で歩いていたとき。ローセントがそんなことを口にした。
「はい。何でも仰ってください。どんなことでも叶えますわ」
どんなことでも。ローセントはゆるく首を振ってから、ルゥルゥを見つめた。
「呪いが、発動するとき」
繋いだ手に、力を込める。
「ただ、こうして、手を繋いで、一緒に、いてくれないか、ルゥルゥ」
少し、声が震えた。
「お安いご用ですわ、ロー様」
ルゥルゥは真摯な眼差しで応えてくれた。
特別なことはしない。ただ、いつも通りの毎日を。そう、家人たちは心がけた。
誕生日が、来る。来てしまう。
奇跡を、願う。
ルゥルゥが、奇跡を起こしてくれるかもしれない。
他力本願であるとわかっている。けれど、もう、縋るしかない。数多のお伽噺で語られるような、愛が起こす奇跡を。
「ルゥ、すまない、すまない、ルゥ」
時間が、ない。もう直、日付が変わる。誕生日が、来てしまう。
部屋には、誰もいない。ふたりきり。
約束通り、手を、繋いでいる。
「ひとり、残して逝くことを、どうか、どうか赦してくれ」
たくさん、思い出を作った。きっと、それが、心の支えになってくれると、信じて。
「ルゥ、ありがとう。私と共にいてくれて。たくさん、思い出を、一緒に、作って、くれて。ルゥ、ありがとう、本当に」
ボロボロと涙が零れる。
「ごめん、ルゥ、情けなくて、ごめん。笑って別れるつもりだったんだ。こんな、情けない姿、見せるつもり、なかったんだよ」
キュッ、と握る手に力が込められる。
「私が、ルゥを、幸せに、したかった」
繋ぐ手を引き寄せ、抱き締める。
「ルゥ、愛している。愛しているよ、ルゥ」
ローセントの手がルゥルゥの頬に添えられる。ゆっくりローセントの顔がルゥルゥに近付くと、そっと唇が重なった。少しして離れたローセントは、懸命に笑った。
「ルゥと、もっと、いっしょ、に、いた、かった、なあ」
ボロボロと零れ落ちる涙に、ルゥルゥはくちづけた。
「こんな極限にならないと自分の気持ちを吐き出せないロー様が、本当に愛おしい」
今度はルゥルゥからその唇に、自身のものを重ねる。
「申しましたでしょう?どんなことでも叶えると。何でも仰ってください、と」
ルゥルゥは心の底から嬉しそうにした。
「ルゥファルゥア。わたくしの真名です、ロー様。真名を、呼んでくださいませ」
「ルゥファ、ルゥア?」
*つづく*
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