25 / 54
第五章
Ⅲ
しおりを挟む「おい。」
龍海さんの声に、周りの観客も帰り始めているのに気がつく。
「大丈夫か。」
「あ、はい…すみません。ちょっと圧倒されちゃって。」
「…そうか。」
龍海さんを待たせてしまっている。
慌てて席を立つ準備をした。
劇場を出るともう太陽は沈んでいた。
寒さを感じる季節。日が短くなった。
「食事に行こう。」
最近よく龍海さんにご飯に誘われるな。
そして段々気まずさは感じなくなっている。
でもそれは龍海さんの優しさに胡座をかいているからだ。
龍海さんにはいつも気を遣わせている。
「…お疲れじゃないですか?」
「…いいや。」
「いつも食事に連れていってくださって…無理してないですか?」
まっすぐ気持ちをぶつけ合う舞台役者の演技に当てられたのか、いつもなら言わない本音が勝手に口から出る。
「無理などしていない。」
「…」
「俺と食事は、嫌なのか。」
いつか、同じ台詞を聞いた気がする。
答えは変わらない。
「そんなことないです。」
「じゃあ行こう。」
今日はなんだか、押しが強いな。
そう思いつつ、はい、と返事をした。
何故だ…
「何にするんだ」
目の前に広げられる、聞いたことがないような料理名が並ぶメニュー表。
龍海さんは獅音さんと比べると、庶民的な方だと思っていたのに…油断していた。
連れてこられたのはフレンチ。
作法などは咎められなさそうなカジュアルな雰囲気だが、値段は張るお店。
「あの、こういうところはあまり来たこと無くて…
龍海さんにお任せしていいですか?」
「…食べられないものはないか?」
「大丈夫、だと思います…」
「分かった。」
龍海さんがウェイターに声をかけ、注文を始める。
「…舞台はどうだった。」
注文を終えた龍海さんが話しかける。
「初めて観ましたけど、凄いですね。
魔法使いの杖から火が出たの、どうやったんだろう…」
グラスに注がれた水に口をつけながら答える。
「今度聞いておこう。」
「え?」
「知り合いというのは、あの魔法使いの役で出ていた奴だ。」
「えっ、そうなんですか。凄い…」
目の前にスープが運ばれてきた。
もしかして、コースなのか…
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる