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とある宰相義子の嘆願、
しおりを挟むセドリック様は、俺の唯1つの光明だった。
俺が父と、いや養父と家族になったのはまだ6歳の時の話。
養母の弟だった俺の実父ダレル男爵と、平民上がりの実母は、馬車での移動中落石に巻き込まれ2人とも俺を1人残し呆気なく死んでしまった。
そして実父母と仲の良かった養父母はそれを大層悲しみ、俺を引き取って実父母の代わりに育てる事を決めたのだった。
その当時養父母の元には子供が2人いたが、どちらも性別は女で、その事を養母は義理の父であるワイマール辺境伯に厳しく叱責され続けていた。
跡取りを産めない嫁など要らないから男爵家に返せ、とまで言われていたらしい。
しかし養父は養母の事を心から愛しており、だから辺境伯から養母を守る為に領地から離れ、王城に勤める事を選んだのだ。
そんな時に俺を引き取る事になり、2人は俺をワイマール家の跡取りにしようと考えた。
その事を知った辺境伯は烈火の如く怒り狂ったらしい。
それも当然だ。
俺はダレル家の血は継いでいても、ワイマール家の血は一切継いでいないのだから。
それに俺の実母が元平民だった事も余計に辺境伯の癇に障ったのだろう。
俺の顔を見る事も拒絶し、偶然にも会う機会があっても俺の存在は完全に無視、お祖父様などと呼ぼう物なら杖で叩きのめされた。
そして数年後、弟が産まれた事で事態は一変した。
今まで顔を見せる事など一度も無かった辺境伯が、掌を返したように養母に優しくなり、弟に会いたい一心で王都にある我が家に何度も訪れるようになった。
姉と妹には関心など見せない癖に、弟には数え切れないほどの贈り物を送る猫可愛がり様。
流石に養父母もそれには呆れていたが、それでも以前よりも格段に辺境伯との関係は向上し、養母も漸く心に平静を取り戻す事が出来たようだった。
勿論、俺に対しての扱いは一切変化しなかった事は言うまでもない。
養父は宰相に登り詰めた今も領地の管理は全て現役のワイマール辺境伯に任せ、王都での宰相の職に専念している。
けれども、いつかは領地に戻り辺境伯を継がなくてはならない。
養父はそうなった時、宰相の地位を俺に継いで欲しいと言った。
まだ弟が産まれる前は俺だってそうしたいと思っていたのだ。
だが、状況は既に変わってしまった。
俺よりも優秀で、何よりも養父母の血を継いでいる弟が彼等の持つもの全てを享受すべきだと思う。
養父に憧れている弟ならば宰相の地位も、辺境伯の地位もきっと上手く勤め上げる事ができるだろう。
それで良い、養父母の子供になれただけで俺は十分に幸せだったのだから。
「君は中洲に取り残された子猫みたいな目をしてるね」
「セドリック殿下⁉︎」
初めてセドリック様に出会ったのは、同世代の御令息達に囲まれていた真っ最中の事。
彼等は何処から聞きつけてきたのか俺が養父の実子ではない事を知っていたようだった。
そして、俺を弟が産まれた事で用済みになったゴミだと寄ってたかって見下し、ご丁寧にも嘲笑いに集まって下さったらしい。
随分と暇な事だ。
別に半分以上は事実なのだから、俺はそんな事で傷ついたりはしない。
それなのに、突然セドリック様にそんな事を言われて思わずカッとなってしまった。
「一体どう言う意味でしょうか」
「ああ、悪いね。君がさっきの下衆な暴言で傷ついてる、だなんて言ってるわけじゃないんだけど、勘違いさせてしまったかな。うーん、何て言えば良いだろう。君は私と似ている気がする、と言えば良いのかな」
いつの間か周囲を囲んでいた御令息方は姿を消していて、俺は1人のセドリック様を睨みつけていた。
その最中、急にそんな事を言われたものだから、俺は毒気を抜かれてしまって随分と呆けた顔になっていたと思う。
それから俺がセドリック様に懐くまで、そんなに時間はかからなかった。
自分でも気がつかない内に、何処かで俺は養父の跡を継ぐと言う明確な目標を失った空虚に苛まれていて。
それを無理矢理自分は養父母の元にいられて幸せなんだと誤魔化していたのだ。
そんな本心を俺よりも先に見抜いてしまったのがセドリック様だったから。
とても優秀で、他人の心の機微には人一倍聡い癖に、自分の心には不思議と鈍感で。
兄上であるハイリッヒ様を誰よりも敬愛しているのに、その婚約者を愛してしまった愚かな人。
セドリック様がハイリッヒ様の為に自ら周囲全てを敵としてしまったのなら、私は唯一彼の方の味方になろう。
それを俺の新たな人生の目標にしよう。
そう思った。
「兄様は父様のように宰相にならないの?」
「俺はセドリック様の近くにいて差し上げたいから宰相にはならないよ。だから、ロイズが父様の跡を継いで宰相になってくれ。ロイズは父様を尊敬しているんだろ?」
「うん、じゃあ僕父様みたいなカッコいい宰相になる!」
まだ幼い弟は俺が実の兄でない事は知らない。
俺が養子に入ったのは弟が生まれる前の話なのだから無理もない話だろう。
だからこそ、弟にとっては優しい祖父である辺境伯が俺を冷遇するのが不思議で仕方ないようだ。
辺境伯はどうやら弟に色々吹き込んでいるみたいだが、今のところ弟がそれを真に受けている様子はない。
弟は本当に良い子なんだ。
でも、それもいつかは変わってしまうかも知れないと思うと不意に恐怖に襲われる。
まさに今セドリック様が変わろうとなさっているように。
「ねぇ、マルクス。彼女、次はどうやって私を楽しませてくれるかな」
「はい?」
「こんなにワクワクするのは久しぶりだよ。そうだな、それこそ義姉上に出会った時以来かもね」
「セドリック様」
「マルクスがどんなに嫌がっても私は彼女を逃す気はないよ。これは私だけじゃなく王国の為でもあるのだから」
ある時からセドリック様は優秀な人間を密かに取り込み始めた。
その事自体は、なんら問題ではない。
むしろ今まで俺しか信用せず、本心を殻に閉じ込めてしまっていたセドリック様の世界が少しでも広がる事はいい事だ。
セドリック様が俺以外の人間を簡単に心から信用出来るとも思っては居ないけど、味方がいるに越した事はないから。
だが、あの女はダメだ。
少しは頭が回るようだし、分は弁えているようだが、取り立てて目立つ事もなく、更にあの平凡顔。
それなのにセドリック様は何故か興味を持たれて。
それだけだったらまだ許容も出来た。
けれども、最近あの女の事を話すセドリック様の表情は、ヴィローサ様と話している時の表情に何処か似ている事に気がついてしまった。
あの女は美しく、聡明なヴィローサ様とは正反対だと言うのに。
特にこれから接触を図ろうと調査を進めていた者達に相次いであの女が接触していたと報告が上がってからは、それが著しくなった様に思う。
その報告をセドリック様は面白いだなんて言っていたけれど、俺は得体の知れない物を感じて余計にあの女へ警戒心を募らせた。
出来るだけ表情には出さず、けれども注意深く監視しなくてはならない、と。
きっと俺が何を進言しても楽しんでいるセドリック様は耳を貸しては下さらないだろうから。
俺が彼の人を守らなくてはいけない。
その為ならば、俺自らあの女の懐へ飛び込んでやってもいい。
全ては俺に新しい未来を与えてくれたセドリック様の為に。
だって俺は彼の方の唯一の味方になると誓ったのだから。
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