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平和な日々
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### 平和な日々
カズとマサシが一緒に暮らしだして、早一ヶ月。
平穏な日々を二人で過ごしていた。
「おはよう、マサシ。朝食の用意できてるよ」
アクビを噛み殺しながらパジャマ姿で部屋から出て来たマサシに、カズが声をかける。
「待って。先に顔を洗って目を覚ましてくる」
そう言って、洗面所に消えたマサシの後ろ姿を見送りながら、カズはリビングの席に着く。
このマンションは、カズの資産で購入したものだ。
カズとマサシの部屋の他にも、来客用の部屋も数室用意してある5LDKのマンションだ。
これくらい簡単に購入できるほど、カズの資産は有り余っていた。
「おはよう。ようやく目が覚めた」
そう言いながら戻って来たマサシは、リビングの自分の席に腰を下ろす。
「さ、食べようか」
カズがそう言うと、二人揃って手を合わせ、
「頂きます」
と声を合わせる。
朝日が柔らかくリビングのカーテンを透かし、木目調のテーブルの上に淡い光を落としていた。
カズは静かに箸を動かしながら、目の前のマサシの表情をそっと覗き見た。
彼の頬が少し緩んでいて、朝食の味噌汁の香りに思わず微笑んでいた。
その仕草に、カズの胸の奥がじんと温かくなる。
「今日の味噌汁、具だくさんだね。わかめと油揚げに、じゃがいもまで入ってる。カズ、手間かけてるじゃん」
マサシが箸を止めて笑う。
カズもそれに応えるように口の端を上げた。
「好きだって言ってたから。毎日少しずつ、覚えてるんだよ」
マサシは少し驚いたように目を瞬かせた後、静かに頷いた。
「⋯⋯ありがとな。こんな風に誰かに気遣ってもらうの、久しぶりだ」
その言葉に、カズの心に微かな痛みが走った。
マサシの過去には、誰にも話したがらない影がある。
それはカズも知っている。
ただ、今はそれを掘り返す必要はない。
彼がここにいて、笑っている。
それだけで十分だった。
朝食を終え、二人はそれぞれのルーティンを始める。
カズは書斎へ向かい、今日も原稿の続きに取り掛かる。
彼は売れっ子の小説家で、今執筆中の恋愛ものは来月の連載開始が決まっている。
一方のマサシは、フリーランスのグラフィックデザイナーとして、在宅で仕事をしている。
リビングの片隅に設えた作業スペースで、ノートパソコンの前に座り、静かにマウスを動かしている。
昼下がり、カズは一区切りついた原稿を保存し、窓の外を見た。
空は青く、風がカーテンを揺らしている。
ふと、マサシの姿が目に入る。
彼はソファに座り、膝にノートパソコンを乗せたまま、うたた寝していた。
髪が少し伸びてきて、額にかかっている。
カズは思わず立ち上がり、そっとブランケットを持って近づいた。
「⋯⋯疲れてるのかな?」
そっとマサシの肩にブランケットをかけ、その手がふと止まる。
マサシの指の関節に、薄い傷跡が残っている。
それは、彼がまだ自宅にいた頃の名残だと、カズは知っていた。
何も言わず、そっとその手をそっと見つめる。
そして、静かに部屋を出た。
午後三時、マサシが目を覚ました。
「⋯⋯寝てた?」
「うん。疲れてたみたいだね」
カズがコーヒーを淹れながら言うと、マサシは苦笑いを浮かべた。
「ごめん、集中しすぎて意識飛んだわ。でも、ブランケットありがとう」
「気にしないで。無理すんなよ」
マサシは立ち上がり、カズの隣に並ぶ。
二人で窓の外を眺める。
街の喧騒が遠くから聞こえる中、このマンションだけがまるで時間の流れが違うかのようだった。
「ねえ、カズ」
「ん?」
「今日、外に行かない? 久しぶりに、外の空気吸いたいなって」
カズは少し驚いたが、すぐに笑顔になった。
「いいよ。どこに行きたい?」
「⋯⋯公園とか、どう? 木があって、鳥の声が聞こえるようなところ」
「了解。じゃあ、ちょっと準備して出かけようか」
二人は軽い外出の準備を整え、エレベーターで地下駐車場へ。
カズの所有する黒のルークスに乗り込む。
車は静かに街へと向かう。
到着したのは、街の緑地帯にある大きな公園。
桜の季節は過ぎていたが、新緑が眩しいほどに茂り、散歩する人々や犬の散歩をする家族の姿が目に入る。
「⋯⋯懐かしいな」
マサシがぽつりと言った。
「昔、こうやって公園で昼寝してたんだ。誰にも邪魔されない場所だったから」
カズは黙って隣に立ち、その言葉を受け止めた。
「でも、今は違うだろ? 君には帰る場所がある。オレがいる」
マサシは少し目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯うん。あるよ。カズがいてくれるなら、どこだって帰る場所になる気がする」
その言葉に、カズの胸が熱くなった。
彼はマサシの手をそっと握った。
「これからも、ずっとこうしていこうな」
二人はベンチに並んで座り、風に吹かれながら沈黙を楽しんだ。
時折、マサシが笑いながらカズの肩をつつく。
カズはそれに応えて、小さな冗談を言う。
まるで何年も前からこうして過ごしてきたかのような自然な距離感。
日が傾き始めた頃、二人は再び車に乗り込んだ。
「⋯⋯今日、楽しかった」
マサシが言う。
「オレもだよ。また来ようか」
「うん」
帰り道、カズはふと尋ねた。
「マサシ、もしよかったら⋯⋯来週、オレの編集者と会ってみない? 君のイラスト、紹介できるかもと思って」
マサシは驚いたように目を見開いた。
「え? 俺が? でも、そんな⋯⋯」
「君のポートフォリオ見たよ。すごくセンスある。才能あるって、本気で思ったんだ」
マサシは言葉を失い、しばらく窓の外を見つめていた。
「⋯⋯ありがとう。でも、本当にいいの?」
「もちろん。君の力、信じてるよ」
その言葉に、マサシの目に微かに光が宿った。
「⋯⋯わかった。やってみる」
家に帰ると、夕食の準備を二人で始めた。
カズが野菜を切っている間に、マサシが鍋をかき混ぜる。
キッチンはいつも以上に活気に満ちていた。
「ねえ、カズ」
「なに?」
「もし、俺が仕事始めたら⋯⋯生活費とか半分ずつにしようかと思ってるんだけど」
カズは手を止めた。
「⋯⋯それ、無理にしなくていいよ。オレは大丈夫だから」
「でも、そうじゃないだろ? 俺はカズの慈善事業の対象じゃなくて、パートナーだろ?」
その言葉に、カズは思わず笑った。
「⋯⋯そうだね。ごめん。そうか、パートナーか」
「うん。だから、ちゃんと分かち合いたい」
カズは頷き、マサシの手を取った。
「わかった。じゃあ、これからは二人で、ちゃんと話し合って決めよう」
夜、風呂上がりに二人はリビングでテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。
マサシがふと、カズの肩にもたれかかる。
「⋯⋯カズ」
「ん?」
「俺、昔は信じてなかったんだ。こんな平和な日々が、自分にも訪れるって」
カズはテレビの音を小さくし、マサシの頭をそっと撫でた。
「でも、今はここにいる。これからも、ずっと一緒にいよう?」
「うん⋯⋯絶対に」
静かな夜。
星が窓の向こうに瞬く。
二人の呼吸が重なり、やがてマサシはまた眠りに落ちた。
カズはその横顔を見つめながら、心の中で誓う。
——守る。
この日々を、この笑顔を、絶対に。
そして、彼はノートを取り出し、新しい小説の一行を書き記した。
「人は、誰かの温もりを知った瞬間から、本当の強さを持てるのだ」
カズとマサシが一緒に暮らしだして、早一ヶ月。
平穏な日々を二人で過ごしていた。
「おはよう、マサシ。朝食の用意できてるよ」
アクビを噛み殺しながらパジャマ姿で部屋から出て来たマサシに、カズが声をかける。
「待って。先に顔を洗って目を覚ましてくる」
そう言って、洗面所に消えたマサシの後ろ姿を見送りながら、カズはリビングの席に着く。
このマンションは、カズの資産で購入したものだ。
カズとマサシの部屋の他にも、来客用の部屋も数室用意してある5LDKのマンションだ。
これくらい簡単に購入できるほど、カズの資産は有り余っていた。
「おはよう。ようやく目が覚めた」
そう言いながら戻って来たマサシは、リビングの自分の席に腰を下ろす。
「さ、食べようか」
カズがそう言うと、二人揃って手を合わせ、
「頂きます」
と声を合わせる。
朝日が柔らかくリビングのカーテンを透かし、木目調のテーブルの上に淡い光を落としていた。
カズは静かに箸を動かしながら、目の前のマサシの表情をそっと覗き見た。
彼の頬が少し緩んでいて、朝食の味噌汁の香りに思わず微笑んでいた。
その仕草に、カズの胸の奥がじんと温かくなる。
「今日の味噌汁、具だくさんだね。わかめと油揚げに、じゃがいもまで入ってる。カズ、手間かけてるじゃん」
マサシが箸を止めて笑う。
カズもそれに応えるように口の端を上げた。
「好きだって言ってたから。毎日少しずつ、覚えてるんだよ」
マサシは少し驚いたように目を瞬かせた後、静かに頷いた。
「⋯⋯ありがとな。こんな風に誰かに気遣ってもらうの、久しぶりだ」
その言葉に、カズの心に微かな痛みが走った。
マサシの過去には、誰にも話したがらない影がある。
それはカズも知っている。
ただ、今はそれを掘り返す必要はない。
彼がここにいて、笑っている。
それだけで十分だった。
朝食を終え、二人はそれぞれのルーティンを始める。
カズは書斎へ向かい、今日も原稿の続きに取り掛かる。
彼は売れっ子の小説家で、今執筆中の恋愛ものは来月の連載開始が決まっている。
一方のマサシは、フリーランスのグラフィックデザイナーとして、在宅で仕事をしている。
リビングの片隅に設えた作業スペースで、ノートパソコンの前に座り、静かにマウスを動かしている。
昼下がり、カズは一区切りついた原稿を保存し、窓の外を見た。
空は青く、風がカーテンを揺らしている。
ふと、マサシの姿が目に入る。
彼はソファに座り、膝にノートパソコンを乗せたまま、うたた寝していた。
髪が少し伸びてきて、額にかかっている。
カズは思わず立ち上がり、そっとブランケットを持って近づいた。
「⋯⋯疲れてるのかな?」
そっとマサシの肩にブランケットをかけ、その手がふと止まる。
マサシの指の関節に、薄い傷跡が残っている。
それは、彼がまだ自宅にいた頃の名残だと、カズは知っていた。
何も言わず、そっとその手をそっと見つめる。
そして、静かに部屋を出た。
午後三時、マサシが目を覚ました。
「⋯⋯寝てた?」
「うん。疲れてたみたいだね」
カズがコーヒーを淹れながら言うと、マサシは苦笑いを浮かべた。
「ごめん、集中しすぎて意識飛んだわ。でも、ブランケットありがとう」
「気にしないで。無理すんなよ」
マサシは立ち上がり、カズの隣に並ぶ。
二人で窓の外を眺める。
街の喧騒が遠くから聞こえる中、このマンションだけがまるで時間の流れが違うかのようだった。
「ねえ、カズ」
「ん?」
「今日、外に行かない? 久しぶりに、外の空気吸いたいなって」
カズは少し驚いたが、すぐに笑顔になった。
「いいよ。どこに行きたい?」
「⋯⋯公園とか、どう? 木があって、鳥の声が聞こえるようなところ」
「了解。じゃあ、ちょっと準備して出かけようか」
二人は軽い外出の準備を整え、エレベーターで地下駐車場へ。
カズの所有する黒のルークスに乗り込む。
車は静かに街へと向かう。
到着したのは、街の緑地帯にある大きな公園。
桜の季節は過ぎていたが、新緑が眩しいほどに茂り、散歩する人々や犬の散歩をする家族の姿が目に入る。
「⋯⋯懐かしいな」
マサシがぽつりと言った。
「昔、こうやって公園で昼寝してたんだ。誰にも邪魔されない場所だったから」
カズは黙って隣に立ち、その言葉を受け止めた。
「でも、今は違うだろ? 君には帰る場所がある。オレがいる」
マサシは少し目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯うん。あるよ。カズがいてくれるなら、どこだって帰る場所になる気がする」
その言葉に、カズの胸が熱くなった。
彼はマサシの手をそっと握った。
「これからも、ずっとこうしていこうな」
二人はベンチに並んで座り、風に吹かれながら沈黙を楽しんだ。
時折、マサシが笑いながらカズの肩をつつく。
カズはそれに応えて、小さな冗談を言う。
まるで何年も前からこうして過ごしてきたかのような自然な距離感。
日が傾き始めた頃、二人は再び車に乗り込んだ。
「⋯⋯今日、楽しかった」
マサシが言う。
「オレもだよ。また来ようか」
「うん」
帰り道、カズはふと尋ねた。
「マサシ、もしよかったら⋯⋯来週、オレの編集者と会ってみない? 君のイラスト、紹介できるかもと思って」
マサシは驚いたように目を見開いた。
「え? 俺が? でも、そんな⋯⋯」
「君のポートフォリオ見たよ。すごくセンスある。才能あるって、本気で思ったんだ」
マサシは言葉を失い、しばらく窓の外を見つめていた。
「⋯⋯ありがとう。でも、本当にいいの?」
「もちろん。君の力、信じてるよ」
その言葉に、マサシの目に微かに光が宿った。
「⋯⋯わかった。やってみる」
家に帰ると、夕食の準備を二人で始めた。
カズが野菜を切っている間に、マサシが鍋をかき混ぜる。
キッチンはいつも以上に活気に満ちていた。
「ねえ、カズ」
「なに?」
「もし、俺が仕事始めたら⋯⋯生活費とか半分ずつにしようかと思ってるんだけど」
カズは手を止めた。
「⋯⋯それ、無理にしなくていいよ。オレは大丈夫だから」
「でも、そうじゃないだろ? 俺はカズの慈善事業の対象じゃなくて、パートナーだろ?」
その言葉に、カズは思わず笑った。
「⋯⋯そうだね。ごめん。そうか、パートナーか」
「うん。だから、ちゃんと分かち合いたい」
カズは頷き、マサシの手を取った。
「わかった。じゃあ、これからは二人で、ちゃんと話し合って決めよう」
夜、風呂上がりに二人はリビングでテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。
マサシがふと、カズの肩にもたれかかる。
「⋯⋯カズ」
「ん?」
「俺、昔は信じてなかったんだ。こんな平和な日々が、自分にも訪れるって」
カズはテレビの音を小さくし、マサシの頭をそっと撫でた。
「でも、今はここにいる。これからも、ずっと一緒にいよう?」
「うん⋯⋯絶対に」
静かな夜。
星が窓の向こうに瞬く。
二人の呼吸が重なり、やがてマサシはまた眠りに落ちた。
カズはその横顔を見つめながら、心の中で誓う。
——守る。
この日々を、この笑顔を、絶対に。
そして、彼はノートを取り出し、新しい小説の一行を書き記した。
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