続・性春時代

あかいとまと

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試写会

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### 試写会

 マサシのマンガの新しい映画の試写会が行われた。

 今回はカズもゲストで呼ばれている。

「どんな風に仕上がっているか楽しみだな」

 そう言うマサシに、カズも、

「オレも楽しみだ」

 そう言って、にっこりと微笑む。

 会場には多田編集長も先に着いていて、二人の到着を待ち侘びていた。

「おっ、やっと来たね」

 多田はそう言うと、二人を会場へと案内した。

 『塔の向こう』の続編であるこの映画は、ハヤトの物語が主体となった完結編だ。

 一緒に名を残したいと言うハヤトの希望通りに、今回の作品は「橘カズ、高橋マサシ、杜ハヤト」の共作という形になっている。

 試写会の会場は、都心の高層ビルの最上階にある小さなシアターだった。
 窓の外には夜の東京がきらめき、その光の海がまるで物語の幕開けを祝うかのように広がっていた。
 多田編集長が二人を案内する通路は、壁一面に『塔の向こう』シリーズのポスターや原画が飾られていて、まるで過去の記憶が蘇るようだった。

「まさか、ハヤトがメインの完結編になるとはな⋯⋯」 
 
 マサシがポスターの前で立ち止まり、小さく笑った。
  
「あの頃は、ただの脇役だったのに」

 カズも隣に並び、懐かしそうに目を細めた。
  
「あいつ、昔から『俺も主役やってみたーい』って言ってたよな」

「でも、本当に主役になっちまったよ。しかも、共作って形で名前まで並んでる。編集部も、ファンも、みんな驚いてるだろうな」

 多田編集長が苦笑いを浮かべながら言った。
  
「最初は反対した人もいたよ。『続編は無理だ』『あの塔の物語は完結してる』って。でも、ハヤトの手記を見つけたとき、俺は直感した。これしかないって」

 「手記?」とカズが眉をひそめる。

「ああ。半年前、ハヤトが山奥の古民家にこもってたときの日記みたいなものだ。『塔の向こう』の最終章で消えたはずの塔が、実は別の場所に移動していたこと。そして、その塔の向こうにいる“もう一人の自分”と向き合う決意をしたハヤトの覚悟が、すべてそこに書かれていた」

 マサシは静かに目を閉じた。
  
「あの塔は、俺たちの青春そのものだったよな」

「でも、ハヤトにとっては、それ以上のものだった」 
 
 カズの声は、どこか遠くを見つめるようなトーンで続いていた。
  
「あの日、俺たちが塔の頂上で別れたあと、ハヤトは一人で戻ったんだ。誰にも言わず、夜中に。そして、塔の奥で何かを見た。――自分自身の影が、言葉を発したって」

 マサシが目を開け、カズを見つめた。
  
「それ、ハヤトから聞いたのか?」

「うん。去年の夏、海辺のバーで飲んでたときだ。あいつ、変わったよ。昔はおとなしくて、でも、すぐケンカを売って、でも心配性で⋯⋯でも、今は静かになった。でも、その静けさの奥に、ものすごい力がある」

 多田が小さく咳払いをした。
  
「その“影”との対話が、今回の映画の核なんだ。タイトルも『塔の向こう:影の彼方』。ハヤトが、過去の自分、逃げた自分、傷ついた自分と真正面から向き合い、和解する物語。そして、最後に塔が消える」

「消える?」

 マサシが眉を上げる。

「ああ。でも、悲しい終わりじゃない。塔が消えることで、やっと自由になれたって、ハヤトは言ってた。『俺たちは、塔に囚われてたんだ。でも、もういい。俺は、今ここにいる』って」

 そのとき、スピーカーからアナウンスが流れた。
  
「『塔の向こう:影の彼方』の試写会を、まもなく開始いたします」

 多田が微笑んで言う。
  
「じゃあ、いこうか。ハヤトも、もう中で待ってるよ」



 暗くなった劇場。
 銀幕に、静かな風の音が流れ始めた。  
 そして、字幕が現れる。

「この物語は、三人の友情と、一人の覚悟から生まれました」

「橘カズ、高橋マサシ、そして――杜ハヤトへ」

 カズの胸が、じんと熱くなった。  
 隣のマサシも、無言のまま、拳をぎゅっと握っていた。

 映像が始まる。  
 荒れた海岸線。
 風に吹かれる草。
 そして、一人の男が、塔の前に立っている。  
 若い頃とは違う。
 でも、間違いなくハヤトだ。  
 髪は少し白みがかっていて、目元には深い影がある。
 でも、その瞳は、昔と変わらず、どこまでもまっすぐだ。

「⋯⋯また来たよ」  

 ハヤトの声が、静かに響く。
  
「今度は、逃げない」

 塔の扉が、音もなく開く。  
 中は、記憶よりも暗く、歪んでいた。
 階段は無限に続くように螺旋を描き、壁にはかつての彼らの声がこだましていた。

「マサシ、またマンガ描いたよな?」  

「カズ、また喧嘩売ってんの?」

 ハヤトは笑いながら、一歩ずつ登っていく。  
 そして、頂上。  
 そこには、少年時代の自分――十代のハヤトが、座っていた。

「来たな」  

 影のハヤトが、薄ら笑いを浮かべる。  

「でも、お前、まだここに縛られてんのか?」

「縛られてるんじゃねえ」 
 
 大人のハヤトが、静かに答える。  

「俺は、お前を忘れてた。お前が、どれだけ頑張って、どれだけ傷ついて、どれだけ俺を守ってくれたか――全部、忘れてた」

 影が、一瞬だけ表情を崩す。

「バカだな。お前、俺がいなけりゃ、あの塔の頂上ですぐに折れてたろ? カズを守れなかった。マサシの夢を信じられなかった。俺が、お前の代わりに怒って、泣いて、叫んでたんだ」

「わかってるよ」  

 ハヤトの声が、震える。
  
「だから、今、お前に会いに来た。お前を、俺の一部として、ちゃんと迎え入れにきた」

 沈黙。  
 風の音だけが、塔の中を巡る。

 そして、影のハヤトが立ち上がる。
  
「⋯⋯じゃあ、俺、消えるよ」

「消えなくていい」 
 
 大人のハヤトが、手を差し出す。  

「一緒に、下りよう」

 その瞬間、塔が揺れた。  
 壁が崩れ、階段が解けていく。  
 でも、二人は手を繋いだまま、静かに階段を下りていく。

 最後に、塔の外。  
 朝日が昇り、海が金色に輝いていた。

 ハヤトがカメラに向かって、にっこりと笑う。 
 
「俺たちの物語は、ここからだ」



 劇場の灯りが点き、静寂が続いた。  
 やがて、拍手が起こった。
 控えめな、でも確かな拍手。  
 多田編集長は目を拭っていた。

 カズは、席から立ち上がれなかった。
  
「⋯⋯あいつ、本当に、すごいもん書いたな」

 マサシも、声を絞り出すように言った。
  
「俺たちの知らないところで、あんなに深く考えてたのか⋯⋯」

「ハヤトはな、」

 多田が静かに言う。
  
「この映画の脚本を書き終えたあと、こう言ったんだ。『これで、やっとカズとマサシに追いついた気がする』って」

 カズは、思わず笑った。
  
「追いついた? んなわけあるか。あいつ、とっくに先に行ってるよ」

 そのとき、劇場の後ろの扉が開いた。  
 一人の男が、ゆっくりと歩いてくる。  
 白いシャツにデニム。
 肩にカメラをぶら下げた、どこか旅人のような雰囲気。

「おーい、どうだった?」 
 
 杜ハヤトが、変わらない笑顔で手を振った。

 カズは立ち上がり、駆け寄っていった。
  
「バカ野郎! なんでこんな重い話書くんだよ! 泣かせる気か!」

 ハヤトは笑いながら、カズの頭をぽんと叩く。
  
「お前らが、泣いてくれたら、俺の勝ちだ」

 マサシも近づき、真剣な目でハヤトを見つめた。
  
「⋯⋯これ、映画だけじゃ終わらせないよな?」

 ハヤトは、にやりと笑った。
  
「当たり前だ。次は小説にする。今度は、俺が書く」

「へえ、作家デビューか」

 カズがからかう。
  
「でも、編集者は俺がやる。マサシが絵を担当」

「それいいな」

 マサシが笑う。
  
「また、三人で何かを作れるって、最高だ」

 ハヤトは、ふと空を見上げた。  
 窓の外、夜空に星が瞬いていた。

「俺たちの物語は、終わんねえよな」  

 そう言って、彼は小さくつぶやいた。
  
「塔は消えた。でも、道は、まだ続いてる」

 その言葉を、カズとマサシは、ただ静かにうなずいて受け止めた。  
 三人の影が、壁に重なり合い、一つの形を描いていた。

 ――それは、もう誰にも壊せない、友情の塔だった。





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