続・性春時代

あかいとまと

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23.

翌朝

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### 翌朝

 キッチンから芳しい香りが漂ってくる。
 目覚めたハヤトは、その香りに誘われるようにベッドから起き上がり、パジャマのままキッチンへと向かった。

「おはよう」  

 そう言って、姿を現したハヤトは、キッチンにいるカズに声をかける。
 カズはフライパンを手に、目玉焼きを静かに返しながら振り返った。

「おはよう、ハヤト。起きたのか? ちょうど朝ごはん、仕上げのところだよ」
  
「いい匂いだな。何か手伝おうか?」

「なら、リビングテーブルに皿とか用意してくれないか?」
  
「了解」

 ハヤトは冷蔵庫の横にある食器棚を開け、白い陶器の皿を三枚取り出す。
 フォークとナイフ、スプーンも揃え、リビングのテーブルに丁寧に並べ始めた。
 そのとき、ドアの向こうから小さな足音が近づいてきた。

「おはよう、カズ」
  
 マサシがパジャマ姿で部屋から顔を出した。
 髪はまだ寝ぐせのまま、目は半分閉じている。
 それでも、キッチンの香りに誘われたのか、無意識に喉を鳴らしている。

「おはよう、マサシ。今日からはハヤトが一緒に居るんだぞ?」  

 カズは笑いながらそう言い、ふとマサシの股間へと視線を滑らせた。

「はっ!」 
 
 マサシは突然の指摘に飛び上がったように身を引いて、慌てて両手で股間を隠す。

「何? いつもはあの状態で起きてくるわけ?」
  
 ハヤトがにやりと笑いながら、カズに尋ねる。

「あぁ。ほとんど毎日あの状態で起きてくるぜ」
  
 カズも肩をすくめ、悪びれず答える。

「二人とも、もうやめて!」 
 
 マサシは耳まで真っ赤に染め、声を上げる。
 頬は熱を持ち、目は泳いでいる。

「まだ若いんだし、朝勃ちくらい皆んなするだろ?」
  
 カズが平然と肩をすくめる。

「さぁ?」
  
 ハヤトも肩をすくめて、無邪気に笑う。

「もう、二人とも!」
  
 マサシが叫ぶと、カズは思わず吹き出し、フライパンを手に笑い転げる。

「ほら、マサシも食器の用意をして。そろそろ出来上がるよ」
  
 カズが笑いを堪えながら言うと、マサシは「はぁ⋯⋯」とため息をつき、渋々キッチンへと近づいた。

「⋯⋯なんで俺まで手伝わなきゃなんないの⋯⋯」  

「だって、食べるんだろ? なら手伝えよ」  

「ハヤトが来たばっかりに、朝からこんな目に⋯⋯」

 それでもマサシは、トーストを焼くオーブンから取り出した食パンを皿に載せ、バターとジャムを添える。
 ハヤトはそれを黙って見守りながら、内心「この二人、本当に仲がいいな」と感じていた。

 朝食の準備が整い、三人はリビングのテーブルを囲んだ。
 目玉焼き、ベーコン、トースト、それに新鮮なフルーツサラダ。
 カズの作る朝食はいつも手が込んでいて、ハヤトは思わず感嘆の声を漏らす。

「うまいな、これ。プロ並みだろ」

「まあ、小説の合間に料理でもしてないと、頭が煮詰まっちまうからな」
  
 カズがコーヒーを啜りながら言う。

「でも、ハヤト、今日は出版社に行くんだったよね?」 
 
 マサシが口を挟む。

「ああ、そうなんだ。新作の原稿の打ち合わせがある。編集者が待ってるってことで、午前中には着かなきゃいけない。」

「またあの怖い編集長か⋯⋯」 
 
 マサシが顔をしかめる。

「別に怖くないよ。ただ、厳しいだけだ。でも、ちゃんと原稿を読んでもらえるなら、それでいい」

「でも、あの人はハヤトの原稿をいつも絶賛してるじゃん。前回の小説、文芸賞の候補にもなったし」

「マサシ、そこまで俺の仕事のこと知ってるのか?」 
 
 ハヤトが驚いたように目を見開く。

「もちろん。カズが毎回、『ハヤトの新作、またすごい出来だぞ』って言ってるから、俺もチェックしてるんだよ。」

「へぇ⋯⋯」  

 ハヤトは少し照れくさそうに笑った。

「でも、今日の打ち合わせ、大丈夫か? 最近、ちょっと無理してないか?」 
 
 カズが真剣な目でハヤトを見る。

「⋯⋯まぁ、ちょっと睡眠不足気味だけど、大丈夫だよ。新作のラストシーンがどうしてもうまく書けなくて、昨日も夜中まで起きてたんだ」

「また徹夜かよ⋯⋯」 
 
 マサシが呆れたように言う。

「でも、ようやく昨日の夜、ラストの一行が浮かんだんだ。『彼の手の中にあるのは、希望ではなく、過去の残骸だった』⋯⋯どうだ?」

「⋯⋯うわ、重い」
  
 マサシが思わず身を引く。

「いいな。その一文だけで物語の全体像が見えてくる。編集長も気に入るはずだ」  

 カズがうなずく。

「でも、無理はするなよ。小説は書けるときに書けばいい。命より作品が大事ってわけじゃないだろう?」 
 
 カズの言葉に、ハヤトは少し黙り込んだ。

「⋯⋯わかってるよ。でもさ、ある瞬間、言葉が降ってくる感じがあるだろ? そのときを逃したら、二度と戻ってこない気がして⋯⋯」

「それはわかる。でも、俺たちも心配なんだよ」
  
 マサシが珍しく真剣な顔で言う。

 ハヤトはその言葉に胸を打たれ、静かにうなずいた。

「⋯⋯ごめん。気をつけるよ」

 朝食を終え、ハヤトはシャワーを浴びて身支度を整える。
 黒のシャツにグレーのジャケット、手には原稿をまとめたファイル。
 カズがマンションの玄関まで見送りに来てくれた。

「頑張ってこいよ。でも、無理はするな」

「うん。帰ったら、今度は俺が夕飯作るよ」

「え、マジで? 楽しみだな」
  
 カズが笑う。

「じゃあ、マサシにもよろしくな」

「ああ、伝えるよ」

 ハヤトは外へ出ると、朝の空気を深く吸い込んだ。
 春の風が頬を撫でる。
 出版社までは電車で三十分。
 原稿を抱え、彼は駅へと歩き始めた。

 一方、マンションの部屋に戻ったカズは、リビングのソファに座り、コーヒーを飲みながら窓の外を見る。
 マサシがキッチンで食器を洗っている。

「⋯⋯ハヤト、最近、ちょっと無理してるように見えるよな」 
 
 カズがぽつりと言う。

「うん⋯⋯でも、あの人、自分のことより作品を優先しちゃうタイプだもんね」

「あぁ。昔からそうだった。新人時代、原稿の締め切り前に倒れたこともあったよ」

「えっ、マジで? そんなこと知らなかった⋯⋯」

「本人は誰にも言いたくないみたいで。でも、オレはそのとき病院に付き添ったからな」

 マサシは洗い物の手を止め、カズの言葉に聞き入った。

「⋯⋯でも、今は俺たちがいる。無理させないで、ちゃんと休ませてあげないと」

「そうだな」  

 カズが微笑む。

「今度、みんなでどこかに遊びに行こうよ。ハヤトも、ちょっと気分転換が必要だと思う」

「いいね。山とか、温泉とか。自然の中なら、インスピレーションも湧きそうだし」

「それな。今度、計画立てよう」



 その頃、ハヤトは出版社のビルの前で深呼吸をしていた。
 エレベーターに乗る前に、彼はファイルを軽く叩いた。

「⋯⋯大丈夫、今回もきっとうまくいく」

 扉が開き、彼は中へと足を踏み入れた。
 廊下を歩きながら、頭の中ではもう次の小説のプロットが動き出していた。
 しかし、心のどこかで、カズとマサシの笑顔がよぎる。

「⋯⋯帰ったら、ゆっくり話そう」

 打ち合わせの部屋に入る前に、彼はそう心に決めた。  
 作品も大切。  
 でも、そこに自分を支えてくれる人がいること――。  
 それも、また、大切な物語の一部なのだと、ようやく気づき始めていた。





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