続・性春時代

あかいとまと

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25.

帰宅、そして創作開始

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### 帰宅、そして創作開始

 夜になってマンションに到着した三人は、そのままソファに崩れ落ちた。

「何か疲れた~」

 そう言ってソファに埋もれるマサシに、カズが、

「紅茶でも淹れるね」

 そう言って、キッチンへと消える。

 ハヤトも、部屋の入り口に荷物を置いた後、マサシの隣に座り込む。

「明日からまたマンガを描かなくちゃ⋯⋯」

 そう言って、顔をしかめるマサシにハヤトが言った。

「骨休めになったんだかどうか」

「そりゃあ、なったさ。でも、何となく疲れたな~」

 そこに、紅茶のカップを三つトレイに乗せてカズが現れた。

「帰り道、運転を交代でずっと車を走らせっ放しだったからね」

「まぁね」

 ハヤトも、それにはうなずく。

「まっ、でもいい気分転換にはなったな」

 カズがそう言うと、紅茶のカップに手を伸ばしながら、マサシも、

「うん。気分転換にはなった」

 と応える。

 カズは、紅茶のカップをハヤトに手渡しながら、

「ハヤトはどうだった?」

 と尋ねる。

「俺は⋯⋯久し振りにまともに寝たような気がする」

「なら、良かった」

 カズはそう言うと、紅茶を一口飲む。
 そして――。

「二人とも、今日はゆっくり休めよ。そして、明日からは創作開始だ!」

 と宣言する。

 夜が更けても、部屋にはまだ静けさが完全には戻っていなかった。
 紅茶の香りがほんのりと残り、ソファの上には三人の寝そべった跡がくっきりと残っている。
 カズは最後まで起きていて、カップを洗い、テーブルを片付け、カーテンを閉めた。
 そして、そっと寝室のドアを閉める前に、ふと立ち止まり、小さく呟いた。

「明日から、また始まるんだよな⋯⋯」

 翌朝、朝日が窓の隙間から差し込む頃、カズはすでにキッチンに立っていた。
 鍋に水を張り、米を研いで炊飯器にセット。
 冷蔵庫から卵とほうれん草を取り出し、フライパンにバターを溶かす。
 朝の静けさの中、調理器具の軽い音が心地よく響く。
 彼の創作活動は、いつもこうして朝の食事作りから始まる。
 料理は、頭を整理する儀式のようなものだった。

「目玉焼きは半熟で⋯⋯トーストはカリッと焼いて⋯⋯」

 カズの手さばきは確かで、無駄な動きがない。
 彼は小説を書く前に、必ず誰かのための食事を作る。
 それは、自分以外の誰かに何かを届けるという行為が、物語を紡ぐ原動力になるからだ。
 物語は孤独な作業だが、その中で誰かの温もりを感じたい――そんな思いが、彼の朝のルーティンを支えていた。

「おはよう、カズ。いい匂いだな」

 ハヤトが寝ぼけ眼でキッチンに現れた。
 髪は乱れていて、パジャマのままの姿がどこか少年のようで、カズは思わず笑った。

「おはよう。さ、座って。すぐできるよ」

「マサシはまだ?」

「うん、さっき部屋から寝息が聞こえてた」

「そっか⋯⋯まあ、無理もないよな。昨日の運転、最後まで彼が握ってたし」

「うん。でも、今日はゆっくりさせてあげよう。創作は、心が整ってからが大事だ」

 カズの言葉に、ハヤトはうなずきながらテーブルについた。
 ほどなくして、トーストに目玉焼き、ほうれん草のソテー、味噌汁、そして紅茶が並ぶ。
 シンプルだけど、心のこもった朝食だ。

「ありがとう。こういうの、久々に食べた気がする」

「どういたしまして。オレも、こうやって誰かのために作ってるときが、一番落ち着くんだ」

 二人が朝食を食べ終えた頃、ようやくマサシが部屋から顔を出した。
 目はまだ半分閉じていて、スウェットの裾を引っ張りながらキッチンへと歩いてくる。
 今日も股間のモノは元気そうだ。

「⋯⋯朝ごはん、ある?」

「あるよ。温めておくね」

 カズが再びコンロに立ち、残っていた卵で目玉焼きを焼く。
 マサシはテーブルに座ると、深いため息をついた。

「⋯⋯昨日の疲れ、まだ残ってるな。でも、なんか、心地いい疲労感ってあるよな」

「それ、気分転換の証拠だよ」

 ハヤトが笑いながら言う。

「まぁね。でも、今日からまた描かなきゃ⋯⋯締め切り、来週なんだよね」

「大丈夫。オレたちも、ちゃんとサポートするから」

 カズがマサシの前に朝食を置き、そっと背中を叩いた。

「まずは、ちゃんと食べて。それから机に向かおう」

 朝の光がテーブルを照らし、三人の影が壁に重なり合っていた。



 午前中、それぞれの部屋に分かれて創作が始まった。

 カズは自分の部屋の机に向かい、ノートパソコンの電源を入れる。
 画面には、前回までに書いた小説の続きが表示されている。 
 タイトルは『雨音の向こう』。
 ある雨の夜、駅のホームで出会った二人の男女が、偶然の会話から少しずつ心を開いていく物語。
 カズはその続きを書こうとしていたが、なかなか言葉が出てこない。

「⋯⋯ここから、どうしようかな」

 彼は窓の外を見た。
 空は曇りがちで、遠くで雷の音が聞こえる。
 雨が近い。
 そんな天候は、物語の雰囲気にぴったりだ。
 彼は深呼吸し、キーボードに指を置いた。

> 「君は、なんでこんな夜に一人でいるの?」  
> 彼女の声は、雨音にかき消されそうだった。  
> でも、僕にははっきりと聞こえた。  
> まるで、ずっと前から待っていたかのように。

 カズの指が、少しずつ早くなる。
 言葉が紡がれ、情景が広がっていく。
 彼は主人公の視点に没入し、心の奥底にある寂しさや、でもどこか希望を抱いている感情を丁寧に描写していく。
 時折、立ち上がって紅茶を淹れ、戻ってくる。
 創作中も、彼の手は止まらない。

 一方、ハヤトの部屋では、静かにペンが紙を走っていた。
 彼もまた、小説を書いていた。
 テーマは「記憶の断片」。
 ある男が、事故で記憶を失った後、古い手紙や写真を通して、自分の過去を少しずつ取り戻していく物語。
 ハヤトは、感情の機微を丁寧に描くことにこだわっていた。

「⋯⋯ここは、もっと静かに書こう。言葉を減らして、情景で語らせる」

 彼は一文を何度も書き直し、削り、再び書き加える。
 机の上には、赤ペンで修正された原稿が山のように積まれている。
 彼の創作スタイルは、カズとは対照的に「削ぎ落とす」ことに重きを置いている。
 余計なものをすべて取り払い、本質だけを残す――それが彼の美学だった。

 マサシはリビングのソファに陣取り、スケッチブックを広げていた。
 彼のマンガは、SF風の青年漫画。
 宇宙を舞台にしたサバイバルストーリーで、今週は中盤のクライマックスシーンを描く予定だ。
 ペン先からインクがにじむ音だけが、部屋に響く。

「⋯⋯このコマ、構図がイマイチだな」

 彼は鉛筆で何度も下書きを繰り返し、キャラクターの表情に力強さを込める。
 特に主人公の目――そこには、絶望と決意の狭間にある光を描きたい。
 彼はグラフィックデザイナー時代の経験を活かし、動きのあるコマ割りを意識している。

「⋯⋯よし、これでいい」

 ようやく一枚の見開きページが完成した。
 彼はスケッチブックを遠くに離し、じっと見つめた。
 満足げにうなずき、次のページに取りかかる。



 昼過ぎ、カズが再びキッチンに立った。
 今度は昼食だ。
 冷蔵庫を覗き、残り物の鶏肉と野菜を使って、簡単なパスタをつくることにする。
 にんにくをオリーブオイルで香り立て、トマト缶を加え、茹で上がったパスタをからめる。
 最後にバジルをちぎって散らし、完成。

「できたよ~!」

 彼の声に反応して、ハヤトとマサシがそれぞれの部屋から顔を出す。

「いい匂い⋯⋯マジで癒されるわ」

 マサシが伸びをしながら言う。

「創作中って、つい食事抜きがちになるけど、ちゃんと食べておかないと頭が回らないよ」

 カズが三人分のパスタを皿に盛り、テーブルに並べる。
 ハヤトは自分の皿を見て、少し驚いた。

「⋯⋯俺の分、バジル少なめだな」

「うん。前々から、ハヤトがあんまり香草系が苦手だって言ってたの、覚えてたから」

 ハヤトは少し驚き、そしてじんわりと胸が温かくなった。

「⋯⋯ありがとう。そんなこと、覚えててくれたんだ」

「当たり前だよ。オレたち、ずっと一緒にやってきてるんだから」

 マサシも、口をもごもごさせながら言った。

「カズのご飯、マジで心の栄養だわ。これ食べて、また描ける気がする」

 カズは照れくさそうに笑った。

「じゃあ、今日もがんばろう。創作も、食事も、全部、ちゃんと続けていこう」

 三人は、それぞれの皿を前に、少しだけ長い沈黙を挟んだ。
 その沈黙には、言葉以上の絆が宿っていた。



 午後も創作は続く。
 カズは小説のクライマックスに差し掛かり、主人公がついに彼女に告げるシーンを書いている。

> 「俺は⋯⋯君の声を聞いて、初めて“帰る場所”ってものを知ったんだ」  
> 雨はまだ止まず、でも、胸の中のざわめきだけが、静かに溶けていった。

 彼はその一文を書き終え、深く息を吐いた。
 目頭が少し熱くなる。
 自分自身の過去の記憶が、物語と重なっていた。
 でも、今はそれも力に変えられる。

 ハヤトは、主人公が最後に見つけた一枚の写真のシーンを書いていた。
 写真の中には、幼い自分と、もう会えないはずの母親が写っている。

> 「⋯⋯覚えてない。でも、この笑顔だけは、心のどこかでずっと待ってたんだ。」

 彼はペンを置き、天井を見つめた。
 無音の中、ただ鼓動だけが聞こえる。
 書くことは、時に自分自身と向き合うことでもある。

 マサシは、最終ページの構図を練っていた。
 主人公が仲間の死を受け入れ、新たな星へと飛び立つシーン。
 彼はコマの配置を何度も変えて、感情の流れを最適にする。

「⋯⋯ここに、一コマ、無音の風景を入れよう」

 宇宙の静けさ。
 星の光。
 それだけで、読者に伝わるはずだ。



 夜になり、カズは再びキッチンに立った。
 今夜は、簡単な鍋料理。
 具だくさんの味噌仕立てで、体が温まるようにと、根菜類をたっぷり入れる。
 三人は食卓を囲み、今日一日の創作の進捗を語り合った。

「オレ、ついにクライマックス書けたよ」

「俺も、最終章の伏線を全部回収できた」

「マサシは?」

「来週の掲載分、完璧に仕上げたぜ!」

 カズは嬉しそうに笑った。

「よかった。みんな、ちゃんと前に進めてる」

「カズのご飯があるから、さ。これがなかったら、絶対途中で心折れてる」

「⋯⋯俺も、そう思うよ。カズの料理って、ただの食事じゃなくて、“続ける力”なんだよな」

 カズは、その言葉に目を伏せた。
 そして、静かに言った。

「⋯⋯オレも、二人がいるから、書けるんだ。一人じゃ、きっと途中でやめてたよ」

 三人は、鍋の湯気越しに顔を見合わせ、笑った。

 夜が深まる中、それぞれの部屋から、まだペンの音やキーボードの音が聞こえていた。
 創作は終わらない。
 でも、それ以上に――。

 彼らの物語は、これからも、続いていく。





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