続・性春時代

あかいとまと

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28.

ハルの訪問

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### ハルの訪問

 とある日の昼下がりのことだった。  
 昼食を摂り終え、カズは自分の執筆机に向かおうと立ち上がったそのとき、マンションのインターホンが鳴った。

「誰だろう?」

 そう言いながら、マサシが玄関のTV付きインターフォンのモニターを確認する。
 画面に映った人物を見て、彼は思わず声を上げた。

「カズ、お兄さんだよ!」

「えっ!?」

 カズはキッチンから顔を出し、タオルを手にしたまま駆け寄った。
 モニターに映るのは、黒いTシャツにデニムを履いた、見慣れた長身の男——カズの兄、ハルだった。
 太陽を浴びたような明るい茶髪に、どこか余裕のある笑み。
 28歳とは思えないほど若々しく、でも確かな存在感を持っている。

「まさか、今から来るなんて言ってなかったのに⋯⋯」

 カズが戸惑っている間に、マサシはすでにドアロックを解除していた。

「まあ、来てるんだから仕方ないじゃん。しかも、荷物まで持って来てるみたいだし」

 確かに、ハルの足元には大きなキャリーバッグが一つ。
 カズは眉をひそめた。

「まさか⋯⋯泊まりに来るつもりか?」

「まさかじゃないよ。だって、ここしか逃げ場ないじゃん」

 ドアがノックされ、カズは渋々開けた。

「よっ! 久し振りだな」

 ハルはにっこりと笑い、カズの肩を軽く叩く。
 そして、リビングに視線を走らせると、ソファでタブレットを弄っていたハヤトを見つけ、声をかけた。

「よっ! ハヤト、久し振り。マサシくんも久し振り」

「お久し振りです」

 マサシとハヤトが声をそろえて応える。
 ハヤトは立ち上がり、ハルと軽くハグを交わした。

「元気だった? 最近、雑誌で兄貴のイラストばっかり見かけるよ。あの新連載の表紙、めっちゃカッコよかった」

「お、ありがとう。でもあれ、編集部に無理やりやらされたんだよ。『人気作家の兄貴なんだから、もっと派手にやれ』って」

「そりゃ、カズのお兄さんだもんな。期待されるのも当然だよ」

 マサシが笑いながら言うと、カズは眉間にシワを寄せた。

「俺のせいにすんなよ。こっちは毎日、三人分の家事と原稿でヘトヘトなんだから」

「ああ、ごめんごめん。でも、感謝してるよ。カズの料理、世界一だもんな」

 ハルはそう言って、冷蔵庫からサイダーを取り出し、カズに渡されたコップに注いだ。
 一口飲み、満足げに「ゴクリ」と喉を鳴らす。

「⋯⋯で、本当に何かあったのか? まさか、また親と喧嘩したのか?」

 カズが尋ねると、ハルは肩をすくめた。

「いや、何もないよ。たださ、ウチの両親が『結婚しろ』とか『孫見たい』とか、毎日のようにプレッシャーかけてくるから。もう限界。逃げてきた」

「またそれか⋯⋯」

 カズはため息をついた。
 ハルは才色兼備の人気イラストレーターだが、恋愛には無関心を装っている。
 実際は、過去に深い恋をしたことがあり、それがうまくいかなかったことで、今は「結婚なんて面倒」と言い続けていた。

「俺のところ以外に行くところは無いのかよ⋯⋯」

「あるにはあるさ。でも、久し振りにお前と話をしてみたかったからな」

 ハルはそう言って、カズの頭を軽く撫でた。
 カズはムッとして手で払う。

「子供扱いすんなよ。もう26歳だぞ」

「でも、俺から見たら弟はいつまでも弟だよ。それに⋯⋯」

 ハルは少し真剣な顔つきになり、カズを見つめた。

「お前ら、ちゃんとやってる? マサシとハヤトも含めて。三人で暮らしてて、大変じゃないか?」

「別に⋯⋯まあ、大変なときもあるけど、でも、好きだから。毎日、料理作って、洗濯して、掃除して、原稿書いて⋯⋯まあ、普通の生活だよ」

「普通の生活、か。でも、お前、昔から家族みたいなの好きだったもんな」

 ハルはそう言って、遠い目をした。

「小さい頃、俺が学校でいじめられて帰ってきた日、お前が泣きながら『兄貴、大丈夫?』って言ってくれたこと、覚えてる?」

 カズは少し驚いたように目を見開いた。

「覚えてるよ。あのとき、兄貴、顔にあざできてたじゃん。オレ、マジで泣いたよ」

「うん。でも、そのあと、お前が俺の部屋にこっそりお菓子を持ってきてくれたんだよな。それ以来、俺、カズが世界で一番好きだって決めた」

「⋯⋯今さら言ってもな」

 カズは照れくさそうに顔をそむけたが、耳が赤くなっている。

 そのとき、ハヤトが静かに口を開いた。

「ハル、もしかして⋯⋯このマンションにしばらく泊まるつもり?」

 ハルはにやりと笑った。

「どうだ? 空き部屋、あるよな?」

 マサシが苦笑いしながら言う。

「もちろん、カズのお兄さんなら歓迎ですが⋯⋯でも、カズの負担が増えるのは心配ですね」

「そこは心配いらない。俺も家事くらい手伝うよ。料理は下手だけど、洗濯と掃除は得意だし」

「⋯⋯ホントに?」

 カズが半信半疑で見つめると、ハルは真剣な顔で言った。

「うん。それに、お前らの生活、ちょっと覗いてみたかったんだ。カズが毎日どんな風に過ごしてるか。マサシとハヤトとどうやって一つの家を回してるか。俺も、そろそろそういうこと、ちゃんと学ばなきゃなって思ってさ」

 カズは少し驚いた。

「⋯⋯兄貴、変わったな」

「そりゃ、28にもなればな。もう、ただの自由気ままなイラストレーターじゃいられないよ。そろそろ、大人の責任ってやつを感じてるんだ」

 ハルはそう言って、空のコップをテーブルに置き、立ち上がった。

「じゃあ、とりあえず、部屋の片付けから手伝うよ。荷物、運ぶの手伝ってもらえる?」

 カズはしばらく黙ってから、小さくうなずいた。

「⋯⋯わかった。でも、朝ごはんは自分で作れよ?」

「了解。卵焼きくらいは焼けるから」

「⋯⋯信じてないけど、まあ、いいか」

 カズが小さく笑うと、マサシとハヤトも思わず笑った。

 その夜、四人は久しぶりに揃ってリビングで晩ご飯を食べた。
 カズの手料理——チキンのトマト煮込みに、マサシが作ってくれたサラダ、ハヤトの淹れるコーヒー。
 ハルは「久しぶりに家庭の味だ」と、何度も皿をよそった。

 食後、ハルはカズの部屋の隣の空き部屋に荷物を運び終え、ベッドに腰を下ろした。

「⋯⋯いい家だな」

 窓から見える夜景を見ながら、ハルは独りごちた。

「カズも、マサシも、ハヤトも⋯⋯ちゃんと、自分たちの生き方を掴んでる。俺も、もうちょっと真面目に生きようかな」

 その言葉を、誰も聞いてはいなかった。
 でも、風に乗って、リビングまで届いた。

 カズはソファで原稿を書きながら、ふと、兄の笑顔を思い出していた。

「⋯⋯まあ、しばらく居てもいいか」

 そうつぶやいて、微笑んだ。





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