続・性春時代

あかいとまと

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七五三

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### 七五三

「ちょっと、そこのお兄さん。千歳アメはいらないかい?」

 買い物帰りのカズが神社の前を通ると、見知らぬお婆さんから声をかけられた。

「えっと⋯⋯ウチには子供がいないんですけど、いいんですか?」

 カズがお婆さんに尋ねると、お婆さんは優しく微笑みながら言った。

「成長を祝う食べ物だから大人が食べてもいいんですよ。昔から鶴は千年、亀は萬年と言うでしょう?」

 そう言って、千歳アメが入った袋をカズに手渡す。

 カズは「ありがとうございます」とお礼を言うと、自分のマンションへと急いで帰宅した。

「商店街まで買い物に行ったら千歳アメを貰ったよ。皆んなで食べない?」

 帰宅したカズがリビングで千歳アメの袋を見せると、ハヤトが、

「あ~、今日は七五三か⋯⋯」

 とボソッと呟く。

 それを聞いたマサシが、

「七五三って何? 千歳アメって?」

 と、カズに訊いてくる。

「千歳アメというのは、七五三の時に神社で配られるアメで、名前の通り『千歳まで生きられますように』という願いが込められたものなんだよ。昔から『鶴は千年、亀は萬年』って言うだろ? だから、このアメは長寿と健康を願う縁起物なんだ」

 カズはキッチンのカウンターに千歳アメを並べながら、マサシとハヤトに説明した。
 夕暮れの柔らかな光が、窓から差し込み、リビングのソファに座る二人の横顔を照らしている。
 11月15日、七五三の日。
 カズの5LDKのマンションは、いつもより少しだけ静かで、どこか神聖な空気が漂っていた。

「で、なんで七五三って言うの?」

 とマサシが尋ねた。
 彼はいつも通り、スケッチブックを膝の上にのせ、ペンを転がしながら聞いていた。
 彼の瞳は、まだ幼い頃の記憶を遠く見つめるように、どこか曇っていた。

 カズは微笑んで、鍋に水を張り、夕食の準備をしながら答えた。

「七五三は、昔から子どもが無事に成長したことを神様に感謝する行事なんだ。昔は、乳幼児の死亡率が高かったから、三歳、五歳、七歳という節目の年齢に達したことを祝う意味があった。三歳は『髪置き』といって、それまで剃っていた子どもの髪を伸ばし始める儀式。五歳は男の子が初めて袴を着る『袴儀』、七歳は女の子が初めて帯を締める『帯解き』。それぞれ、子どもが大人に一歩近づいた証なんだよ」

 ハヤトはソファに寝転がったまま、天井を見つめながら言った。

「なるほどな。だから三、五、七って奇数なんだ。陰陽道的にも、奇数は陽の数で、生命力を表すって言うし」

「そうそう。それに、11月15日は昔、『一陽来復』の日とされていて、陰が極まって陽が戻ってくる日。つまり、新しい命の始まりを祝うのにふさわしい日なんだ。だから七五三もこの日に定着したんだよ」

 マサシは少し黙り込んだ。
 彼の指が、スケッチブックの端を無意識に折り曲げていた。

「俺、子どもの頃、七五三なんて知らなかったな⋯⋯。家で祝った記憶もないし、神社に行ったこともない」

 その声は、いつもよりずっと小さくて、どこか寂しげだった。
 カズはその言葉に胸が締めつけられるのを感じた。
 彼はマサシのことをよく知っている。
 彼がどんなに苦しい過去を背負ってきたか、どんなに家族という言葉に傷ついてきたか。
 だからこそ、カズは今、この家で、この時間を、できるだけ温かくしたいと思っていた。

「でも、今なら祝えるよ」

 とカズは柔らかく言った。

「大人が食べてもいいって、お婆さんが言ってたし。千歳まで生きられますようにって、願いは誰にでも届くんだから」

 ハヤトがソファから起き上がり、カズの隣に立った。

「お前、今日の買い物でそれだけの話を聞き出してくるなんて、さすが売れっ子作家だな。取材気分か?」

「いや、ただの好奇心だよ」

 とカズは笑いながら、千歳アメを三つに分けて皿に載せた。

「それに、こういう伝統って、知れば知るほど面白いじゃん。昔の人は、命の儚さをちゃんと感じながら、それでも『生きよう』って願ってたんだよ。それが、このアメひとつにも込められてる」

 マサシはその皿を見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。
 赤と白の細長いアメ。
 竹の葉を模した包装紙が、まるで小さな祝いの旗のようだ。

「竹は、割れにくいし、まっすぐに伸びる。だから長寿の象徴なんだ。千歳アメの包みも、竹の葉の形をしてるだろ? それに、アメ自体も、昔は飴玉じゃなくて、もっと固くて、噛むほどに甘みが出るタイプだったらしい。時間をかけて味わうことで、『長く生きる』ってことを意識させたんだって」

「へえ⋯⋯」

 とマサシがアメを口に入れ、ゆっくりと頬を動かした。

「意外と、甘すぎないな」

「昔の砂糖は貴重だったから、そんなに甘くできないんだよ。でも、だからこそ、一粒一粒が特別だったんだろうね」

 ハヤトもアメを口に含み、しばらくしてから言った。

「お前ら、結局、家族って何だと思う? 血の繋がり? それとも、こうやって一緒にアメを食べて、話をすること?」

 カズは少し驚いた。
 ハヤトは普段、感情をあまり表に出さない。
 でも、今日は何かが違う。
 七五三という日が、彼の中の何かを少しだけ溶かしているのかもしれない。

「俺は⋯⋯」

 とカズは言った。

「家族って、『ここにいていい』って思える場所だと思う。血の繋がりも大事かもしれないけど、それ以上に、『あなたがいることで、この世界が少し明るくなる』って思える人がいること。それが家族なんじゃないかな」

 マサシはその言葉に、ふっと目を伏せた。
 そして、小さく笑った。

「⋯⋯俺、カズとハヤトがいなかったら、今頃どうなってたかわかんないよ。家を出て、名前を変えても、心のどこかで『自分はいらない存在だ』って思ってた。でも、ここに来て、毎日ご飯を食べて、笑って、ケンカして⋯⋯それで、やっと『生きてていいんだ』って思えるようになった」

 カズは胸が熱くなった。
 彼はマサシの頭を、そっと撫でた。

「そりゃ、オレもだよ。売れっ子作家とか言われてるけど、家に帰ればただの主夫だし、料理に失敗してマサシに呆れられたり、ハヤトに原稿催促されたり。でも、それ全部が、オレにとっては宝物なんだ」

 ハヤトはクスッと笑った。

「お前、ちょっとベタすぎるだろ。でも⋯⋯まあ、いいか。今日は特別だし」

 彼は立ち上がり、カズの作った夕食のテーブルを整え始めた。
 マサシもスケッチブックを閉じて、手伝いを始める。
 三人で並んで座り、千歳アメを隣に置いたまま、夕食を囲んだ。

「ところで、七五三って、関東と関西で祝う年齢が違うって知ってた?」

 とカズが話題を戻す。

「え? そうなの?」

 とマサシ。

「うん。関東では男の子は三歳と五歳、女の子は三歳と七歳。でも関西だと、男の子は三歳と七歳、女の子は三歳と五歳なんだって。地域によって伝承が違うから、祝い方もバラバラなんだよ」

「へえ⋯⋯それって、何で?」

「諸説あるけど、一つは『数え年』の違い。あと、昔の武士の習慣が残ってるって説もある。江戸時代、関東の武士は五歳で元服式をしたから、五歳が男の子の節目になった。関西は七歳まで子どもらしく過ごす風習があったんだって」

 ハヤトは感心したようにうなずいた。

「文化って、地域によってこんなに違うもんなんだな。でも、そのどれもが『子どもが無事に育ちますように』って願いは同じだもんな」

「そう。だから、神社で千歳アメを配るのも、その願いを形にしたんだよ。現代じゃ、子どもだけじゃなく、大人も食べていいって言われてる。成長って、子どもだけのものじゃないからね。大人だって、毎日少しずつ成長してる」

 マサシは再び千歳アメを手に取り、包装紙をくるくると指で巻いた。

「⋯⋯俺、今日、初めて『祝われた』気がした」

 その言葉に、カズとハヤトは同時に顔を向けた。

「家族に否定されてきたから、自分を祝うってことがわからなかった。でも、今日、このアメをもらって、三人で食べて⋯⋯なんか、心の奥が温かくなった」

 カズは目頭が熱くなるのを感じた。
 彼は立ち上がり、マサシの肩を抱き寄せた。

「これからも、ずっと祝ってあげるよ。誕生日も、原稿が売れた日も、ちょっと元気が出ない日も。全部、祝う価値があるんだから」

 ハヤトも立ち上がり、二人の頭の上に手をかざして言った。

「じゃあ、今日は『カズ・マサシ・ハヤトの七五三』ってことで。千歳まで、ずーっと一緒にいようぜ」

 三人は笑い合い、千歳アメをかじった。
 甘さは控えめで、でも、心まではずむほどに温かい。

 夕暮れの光が、窓辺の千歳アメの包み紙を金色に染め、まるで小さな祈りの灯のように揺れていた。

 ——成長を祝う日。
 それは、子どもだけのものじゃない。

 誰かに「生きていてくれてありがとう」「ここにいてくれてありがとう」と言われること。
 それこそが、一番の祝いなのかもしれない。

 そして、この家には、毎日がそんな祝いに満ちていたのだった。





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