元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第2話:子供

第2話:子供

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 森の奥から、か細い足音が近づいてきた。

    夕暮れの静けさを切り裂くように、枯れ葉を踏みしめる音が、少しずつ、少しずつ、ログハウスへと近づいてくる。
    風が木々の間を抜け、ハーブの香りを運ぶ中、その足音は震えるように、迷いながらも、確かにこちらへ向かっていた。

「⋯⋯誰か来たな」

    俺は石窯の前でパンを焼いていた。
    薪の火が赤く揺らぎ、木の香りと発酵パンの甘い匂いが庭に広がる。
    ウォルフはいつものように縁側で丸くなって眠っていたが、耳をぴくりと動かし、目を開けた。

「⋯⋯匂いがする。子供だ」    銀狼の鼻は、人間の比ではない。
    フェイも、騎士団長としての感覚で、剣の柄に手をかけ、警戒の構えを取った。

「シュウ様、危険かもしれません」

「いや、危険じゃない」

    私は火を弱め、手を洗って立ち上がった。

「近づいてくるのは、ただの飢えと孤独だ」

    そして、森の木立ちの間から、一筋の影が現れた。

    ボロボロの布を体に巻きつけた、小さな子供。
    茶色の髪は泥と枯れ葉で固まり、翡翠色の瞳は疲れきっていた。
    足は傷だらけで、歩くのも辛そうに見える。
    それでも、彼は必死に前に進んでいた。

「どうした? 道にでも迷ったか?」

    俺が優しく声をかけると、その子はびくりと肩を震わせ、顔を上げた。
    目は怯えていたが、それでも、必死に言葉を絞り出すように言った。

「た、食べ物⋯⋯欲しい⋯⋯」

    その声はかすれていて、まるで何日も水を飲んでいないようだった。

「お腹が空いてるのか。でも、その前に風呂に入ってくれるか?」

「⋯⋯風呂?」

「あぁ。そのままでは俺の家にはあげられない。余りにも汚すぎるからな」

    俺はそう言うと、手を差し出した。

「こっちにおいで」

    一瞬、躊躇ったが、その子は私の手を取った。
    小さな手は冷たく、震えていた。

    浴室へと連れて行き、脱衣所で服を脱がせると、その姿がはっきりと見えた。

「⋯⋯君、男の子だったのか」

    ボブカットくらいの髪の長さだったため、最初は女の子かと思った。
    だが、股間には確かに男の子の証明がある。
    それでも、その身体は痩せ細り、肋骨が浮き出ていた。

「ほら、こっちに来て」

    浴室に入ると、温泉の湯をかけて、まず汚れを流した。
    石鹸を取り出し、泡立ててから、優しく全身を洗ってやる。

「何だ、これ⋯⋯いい匂いがする」

    ネロ——そう名乗ったその子は、初めての石鹸の感触に目を丸くした。

「これは石鹸と言ってな、汚れを落とすためのものだよ」

    俺は泡だらけの背中を優しく洗いながら言った。

「お前も、ちゃんと清潔にして、健康でいなきゃいけない」

    タオルでごしごしと擦り、最後に湯をかけて汚れを流す。
    すると、茶色の髪が本来の色を取り戻し、翡翠色の瞳も少しずつ輝きを取り戻していく。

「ほら、湯に入って温まりな」

「う、うん⋯⋯」

    ネロはゆっくりと湯に浸かり、肩まで沈めた。
    その瞬間、彼の全身から力が抜けていくのがわかった。
    まるで、初めての安らぎを知ったかのように。

「⋯⋯暖かい」

「あぁ。これが、安全な場所の証だ」

    しばらくして、ネロは湯から上がり、新しいタオルで体を拭いた。
    私は彼に、余っている寝間着を渡した。
    少し大きすぎるが、今はそれさえも贅沢に感じられるだろう。

    キッチンへ戻ると、パンと温めたミルク、ハーブスープを用意した。
    ネロはテーブルの前で座り、震える手でスプーンを握った。

「⋯⋯美味しい」

    一口食べた瞬間、彼の目に涙が浮かんだ。

「⋯⋯こんな美味いもの、初めて食べた」

「そうか。なら、これから毎日食べられるようにしよう」

    私はそう言い、フェイと目を合わせた。

「フェイ、相談がある」

「はい、シュウ様」

「ネロは孤児だ。家族もいない。俺たちと一緒に暮らす⋯⋯いや、俺の養子にしたい」

    フェイは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに真剣な顔で頷いた。

「⋯⋯承知しました。ですが、貴族の養子となるには、正式な手続きが必要です。ギルドを通すか、あるいは、王都の役所へ行く必要があります」

「俺は、タチバナ家当主だ。チート的な能力を持っている身として、特権も持っている。養子縁組くらい、問題にはならないだろう」

    タチバナ家——異世界に召喚された際、女神によって与えられた貴族の家柄。
    その名は、この国でも知られている。
    特に、俺がギルドに納品する「本物の王家の調合法によるポーション」が評価され、貴族たちの間でも噂になっている。

「それならば、明日、街へ行きましょう。ネロに必要なものをすべて揃え、役所で手続きを済ませます」

「ああ。それに、服も必要だ。靴も下着も」

「はい! 私が責任を持って世話をいたします!」

    フェイは胸を張った。
    彼は騎士団長としての責任感を持っているが、それ以上に、この家の一員としての誇りを持っている。

    ウォルフはまだ横たわっていたが、耳を動かし、小さく笑った。

「⋯⋯また、家族が増えたか。シュウの家は、どんどん賑やかになるな」

「あぁ。悪いことじゃないだろ?」

「悪くない。ただ、食い扶持が増えれば、お前の料理の負担も増えるがな」

「⋯⋯それは、ネロにも料理を教えればいい」

「⋯⋯俺、料理、できるようになりたい!」

    ネロが小さな声で言った。

「うん。なら、明日から教えてやる」

    翌日、私たちは街へ向かった。

    フェイは騎士団長の制服に着替え、威厳ある姿で歩く。
    ウォルフは人化の魔法で人間の姿になり、銀髪の青年として並ぶ。
    ネロは私の手を握り、緊張しながらも、新しい世界を見つめていた。

    まずは服屋へ。

「ネロ、好きな服を選べ」

「⋯⋯どれを選べばいいの?」

「全部好きにしていい」

    ネロは目を丸くし、戸惑いながらも、一つ一つの服に触れていた。
    最終的に、茶色のセーターと黒いズボン、それに革のブーツを選んだ。

「⋯⋯似合うな」

    フェイが微笑んで言う。

「は、はい⋯⋯!」

    続いて、下着、靴下、帽子、手袋。
    そして、学用品——筆記用具とノートも買った。
    ネロが読み書きを覚えていないことを知り、俺は「これから学ぼう」と言った。

「シュウ様、本当に、オレを⋯⋯家族にしてくれるんですか?」

    街の広場で、ネロが震える声で尋ねた。

「あぁ。俺の家は、血の繋がりより、心の繋がりが大事だ。お前が望むなら、タチバナ家の一員になれる」

「⋯⋯ネロ・タチバナ⋯⋯か。」

    彼は自分の新しい名前を、何度も繰り返した。

    役所では、書類を提出し、養子縁組の手続きを完了。
    俺のチート能力による「真実の印」——魂に刻まれた貴族の証——で、身分の確認は一瞬で済んだ。

「シュウ・タチバナ様、正式に、ネロ・タチバナを養子と認めました。これより、ネロ様も貴族の一員です。」

    役人が頭を下げた。

    ネロは、その場で涙を零した。

「⋯⋯オレも、貴族⋯⋯?」

「あぁ。でも、それより大事なのは、お前がここに帰ってこられることだ」

    家に戻ると、夕焼けが庭を染めていた。

    石窯の煙が立ち上り、ハーブの香りが風に乗って流れる。
    ネロは、その光景を見て、言葉を失った。

「⋯⋯こんな家、あるんだ⋯⋯」

「あぁ。そして、これからは、お前の家でもある」

    夜、囲炉裏を囲み、全員で夕食を食べた。

    ネロは初めての家族の食卓に、緊張しながらも、笑顔を見せた。

「⋯⋯シュウ兄ちゃんのスープ、最高⋯⋯」

「兄ちゃん、か。悪くないな」

    フェイは「ネロくん」と呼び、優しくスープをよそった。
    ウォルフは「小僧」と呼んだが、目は笑っていた。

    スマホで、その瞬間を撮った。

    夕焼けの中、ログハウスの庭。
    石窯、囲炉裏、テーブルに並ぶ手作りのパンとスープ。
    銀狼と銀髪の騎士、そして新しい家族の顔。

    私は静かに呟いた。

「女神さん、ありがとう。でも⋯⋯この世界で何が始まるのか、ちょっとだけ楽しみになってきたよ」

    その夜、また森の奥から、新たな気配が近づいていた。

    だが、私は慌てなかった。

    パンを焼く手を止めず、ただ、火を見つめた。

    新しい出逢いが、また一つ始まろうとしていた。

    そして、その気配の主は——。

「⋯⋯まさか、あいつが、ここに来るとはな」

    ウォルフが、遠くを見つめながら、小さく笑った。


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