元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第3話:大精霊ラム

第3話:大精霊ラム

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    森の奥からだんだんと気配が近付いてきた。
    感じる限り悪意は感じず、どちらかと言えば神聖なるものに近い。
    俺、シュウ・タチバナ15歳は、パンを焼く手を止めて窓の外を見やる。
    月明かりの下、銀色の尾が九つ揺れる姿がゆっくりと姿を現した。
    銀狐の大精霊——ラム。古代樹である生命樹の護り手であり、この世界の根源的な存在の一つ。
    その瞳は星空のように深く、知恵に満ちており、一歩歩くたびに地面が花を咲かせ、空気が甘く澄んでいく。
    ネロは目を丸くして立ち上がり、

「な、なにあれ⋯⋯?     狐?  でも、尾が九つ⋯⋯」

    と声を震わせた。
    フェイは剣の柄に手をかけつつも、すぐにそれを下ろした。

「これは⋯⋯伝説にしか出てこない存在。大精霊ラム⋯⋯。こんなところに現れるなんて、一体どういうことだ」

    ウォルフは鼻を鳴らし、

「昔、森の奥で会ったことがある。気難しいが、悪者じゃない。ただ、人間の家に近づくなんて、珍しいな」

    と呟いた。

    ラムは静かに近づき、石段の前で止まった。
    その姿は優雅で、威圧感があるのに、なぜか安心感も与える。
    そして、人語を発した。
    声は女性のようで、どこか遠くの風のように澄んでいた。

「⋯⋯ここには、命の香りが満ちている。火の温もり、食の喜び、そして——家族の絆。久しぶりに、心が安らぐ場所に出逢ったようだ」

    シュウは少し戸惑いながらも、丁寧に頭を下げた。

「大精霊ラム様。突然の訪問、驚きました。ですが、どうぞ、お入りください。今、スープができたばかりです」

    ラムは微かに目を細め、

「シュウ・タチバナ⋯⋯神の選ばれし者。そして、この子は⋯⋯?」

    とネロに視線を向けた。
    ネロはびくっとして、思わずフェイの背後に隠れた。

「あ、あの⋯⋯ネロです。シュウ兄ちゃんの⋯⋯弟です⋯⋯」

    と震える声で答える。
    ラムは静かに笑った。

「ふむ。魂の色が綺麗だ。まだ幼いけれど、心は清らか。学ぶ意欲も、強いようだ」

    ネロは顔を赤らめた。

    その夜、ラムは家族の一員として迎え入れられた。
    シュウが手作りのパンとスープを差し出し、ラムはそれを静かに味わった。
    一口飲んだ瞬間、彼女の瞳がきらりと光った。

「このスープ⋯⋯命の泉の恵みが溶け込んでいる。君の魔法の才能、侮れないな、シュウ」

「え?  いや、別に特別な魔法は使ってないですよ。ただ、いつも通りに野菜を煮ただけですけど⋯⋯」

「ふむ。だが、君の手にかかれば、魔法が自然と宿る。それは、神の加護の証だ。君は、無意識に『生』を尊重している。その心が、魔法を呼ぶのだ」

    シュウは驚いた。
    確かに、毎日パンを焼くとき、スープを作るとき、無意識に「美味しくありますように」「みんなが元気でありますように」と願っていた。
    それが、魔法になっていたのか。

    翌朝、ラムはネロに呼びかけた。

「子よ、学びたいか?     文字も、魔法も、この世の理も。私は、幾万年の知恵を持っている。それを、君に分け与えよう」

    ネロは目を輝かせた。

「本当ですか!?     やりたいです!     僕、シュウ兄ちゃんやフェイさんみたいに、立派になりたいんです!」

    ラムはうなずき、

「では、まずは『言の葉』から始めよう。言葉は、魔法の根幹。文字を知らねば、魔法の書も読めぬ。そして、魔法の言葉を正しく発せねば、術は暴走する」

    早速、ラムは庭の地面に光る文字を描いた。
    それは、この世界の古代語——エーリア語。ネロはそれを一生懸命に写し取り、発音を真似る。
    最初は「ルゥーナ」「カーリス」「ミゼルト」という音さえもぎこちなかったが、三日目には、簡単な呪文を唱えるまでに成長した。

    ある日、ラムが「風の小さな精霊を呼んでみよ」と言うと、ネロは震える手で杖(木の枝だが、フェイが魔力が通るように加工したもの)を掲げ、「ミゼルト・アエール!」と叫んだ。
    すると、ほんの小さな風が吹き、庭の花びらがくるりと舞い上がった。
 ネロは飛び跳ねて喜んだ。

「出た!     出たよ!     僕、魔法、使えた!」

「ふふ、初歩だが、立派だ。君の魔力の質は、純粋で歪みがない。訓練を続ければ、いずれ大魔法も扱えるだろう」

    とラム。
    シュウは微笑みながら見守り、

「ネロ、お前、もう立派な魔法使いだな」

    と褒めた。
    ネロは照れくさそうに頭を掻いた。

    だが、学びは魔法だけではない。
    ラムは「世界の成り立ち」「星の巡り」「命の循環」など、哲学に近い話も語った。
    ネロは最初は難しくて分からず、「えー、それってどういうことですか?」と何度も聞いたが、ラムは決して苛立たず、一つ一つ丁寧に例え話で説明した。    
    ある日、「なぜ、人は死ぬのか」とネロが尋ねたとき、ラムは静かに答えた。

「死は、終わりではない。命の輪の一部だ。君が食べたリンゴも、土に還り、新しい木を育てる。魂も同じ。消えるのではなく、別の形で世界に還る。だから、悲しむべきことではなく、感謝すべき巡りなのだ」

    ネロはしばらく黙り、やがて、

「⋯⋯じゃあ、ママもパパも、どこかで、新しい命になってるのかな」

    と呟いた。
    ラムはその頭を優しく撫でた。

「きっと、そうだろう。君の記憶の中に、君の心の中に、ずっと生き続けている」

    フェイも、ネロの成長に驚いた。

「剣の才能は最初からあったが、魔法の才能も並々ならぬものだ。このままいけば、10歳にして、王国の魔法士団でも一目置かれるだろう」

    ウォルフは「小僧、意外と根性あるな。銀狐の教えを、ちゃんと飲み込んでる」と、珍しく褒めた。
    シュウは毎晩、ネロの宿題を手伝い、ラムの教えを復習するのを手伝った。
    時には「シュウ兄ちゃん、これどういう意味?」と難しい哲学の言葉を聞いてくるので、シュウも本を引っ張り出して一緒に調べたりした。
    そんな日々の中で、ネロは文字を読み書きできるようになり、簡単な魔法は自在に使い、戦闘魔法も「ファイア・ボール」まで習得した。

    ある雨の日、ラムはネロに「今日は、実践だ」と言い、森の奥へと案内した。
    そこには、迷い込んだ小さな森の精霊がいて、足をくじいていた。
    ラムは「癒しの魔法をかけてみよ。命を救う魔法こそ、最も尊い魔法だ」と教える。
    ネロは緊張しながらも、手をかざし、「ルミエーラ・グレイス」と唱えた。
    淡い光が精霊の足を包み、傷が癒えていく。
    精霊は喜びの声を上げ、ネロの頬にキスをして消えた。
    ネロは涙を浮かべて、

「⋯⋯助かった⋯⋯。僕、本当に、誰かを助けられた⋯⋯」

    シュウはその背を抱きしめた。

「ああ、ネロ。お前は、立派な魔法使いだ。そして、立派な人間だ」

    そんなある日、ラムがシュウに言った。

「シュウよ、君の才能も、無限に近い。だが、君はまだ、自分の力を信じていない。神の加護があるとはいえ、君自身の心の強さが、真の力を生むのだ」

    シュウは黙って薪を割っていたが、やがて、

「⋯⋯俺、ただの15歳の少年ですよ。チートがあるって言われても、どう使えばいいか、まだ分からない」

    ラムは微笑んだ。

「だからこそ、学びは続く。ネロだけでなく、君もまた、成長し続けるのだ。この家は、学びと愛の場所。そして、新たな伝説の始まりでもある」

    夜、囲炉裏の火が揺れる中、ネロはラムに「ラムさん、俺たち、これからもずっと一緒にいられますか?」と聞いた。
    ラムは九つの尾を優しく揺らし、「ああ。私は、この家に宿る。君たちの笑い声が、私の力となる。だから、どうか——学び続け、愛し続け、そして、夢を見続けてくれ」ネロはうなずき、シュウとフェイ、ウォルフも微笑んだ。
    スマホのカメラを向け、また一枚の写真が撮られた。
    銀狐の大精霊、銀狼、銀髪の騎士、15歳の転生者、10歳の孤児だった子供。
    そして、囲炉裏の火。
    この小さな家で、世界の未来が、静かに動き出していた。


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