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第7話:闇組織
第7話:闇組織
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ある日のことだった。
俺がトイレで用を済ませて出て来ると、風呂場から声が漏れ聞こえて来た。
「おっ⋯⋯あっ、あぁ⋯⋯」
「んっ⋯⋯あぁ、あぁぁ⋯⋯」
その声は、甘く、熱を帯びており、どこか恍惚とした響きを含んでいた。
耳を澄ませば、水音と混じり合い、湿った空気の中で律動するようなリズムが感じ取れた。
何をしているのかと思って、俺は思わず足を止め、そっと脱衣所の風呂場の戸の隙間から覗き込んだ。
そこには、フェイとアレンの2人がいた。
2人とも裸のまま、湯気に包まれた空間の中で、互いの股間を手で扱いていた。
フェイの銀髪が湯気で濡れ、背中に流れる。
アレンの黒髪は湯に浸かり、額に張り付いている。
2人の顔は赤らみ、息は荒く、瞳はとろんと潤んでいた。
「お前ら、昼間から何をしてるんだ!」
思わず声をかけてしまった。
二人はビクッと身体を震わせ、こちらを振り返った。
目が合うと、一瞬の間があった後、「あはは⋯⋯」と苦笑いを浮かべた。
「隠れてしているのは感心だが、子供たちには絶対にバレない様にしろよ?」
呆れたように俺が言うと、2人は顔を見合わせ、声を揃えて応えた。
「勿論だとも!」
「子供たちにはまだ早い!」
「約束だからな?」
俺は念を押すように言い、それから踵を返して風呂場を後にした。
庭を歩きながら、俺は小さくため息をついた。
――まったく、あいつらも随分と仲良くなったもんだよ。
アレンはエレスティア王国の第一王子。
本来なら、身分や立場を重んじ、厳格な教育を受けてきたはずの人物だ。
だが、彼は意外にも、自由な精神の持ち主だった。
フェイは騎士団長としての誇りを持つ銀髪の男。
戦場では無慈悲なまでに敵を切り捨てるが、仲間に対しては深い信義を持つ。
そんな二人が、こうして互いの身体を求め合う関係にあるとは――正直、俺も最初は驚いた。
だが、星の守護者としての絆は、人間の常識や倫理を越えるものだ。
彼らの関係は、単なる肉欲の発露ではない。
それは、戦いの果てに得た信頼。
共に死線を越えてきた者同士の、魂の共鳴。
俺はそれを、理解している。
だからこそ、怒りもしなかったし、咎める気にもなれなかった。
ただ、子供たち――ネロやリオたちには、まだ早い。
彼らはまだ、戦いの意味も、命の重さも、愛の形も、すべてを理解するには幼すぎる。
だから、俺は2人に「約束」をさせた。
――子供たちには、バレてはいけない。
そして、二人はそれを守ると、誓った。
俺は囲炉裏端へと向かった。
そこには、すでにネロとリオが座っていた。
ネロは小さな手に古びた書物を抱え、ページをめくっている。
翡翠色の瞳は真剣そのものだ。
リオは黒髪を乱し、囲炉裏の火をぼんやりと見つめていた。
彼の背後には、薄く黒い狼の影が浮かんでいた。
星の守護者の末裔としての証――再び、力が目覚めつつある証だった。
「シュウ兄ちゃん、戻ったの?」
ネロが顔を上げる。
未来を見通す眼を持つ彼は、時折、俺の行動を予知しているように振る舞うが、今回は何も言ってこなかった。
「うん。ちょっと、お風呂場で騒がしいのがいたから、注意してきたよ」
「誰が?」
リオが興味深そうに尋ねる。
「⋯⋯それは秘密だ」
俺は笑って誤魔化した。
「あ、でも、何か話があるって言ってたよね?」
ネロが書物を閉じ、真剣な目で俺を見る。
「ああ。ギルドから、新たな情報が入った」
俺は腰を下ろし、囲炉裏の火を眺めながら言った。
「王室調合ポーションの闇市場流出事件についてだ。俺たちが調査を始めた結果、最終的に辿り着いたのは――第二皇后、リューズの名だった」
「リューズ⋯⋯?」
リオが眉をひそめる。
「アレン王子の母じゃないんだよね?」
ネロが確認する。
「そうだ。アレンの母は既に亡くなっている。リューズは、父王の後添いとして迎えられた女性だ。政治的結婚で、出自は辺境の貴族。表向きは穏やかな女性として振る舞っているが⋯⋯どうやら、小遣い稼ぎに手を染めていたらしい」
「ポーションを売って、金を稼いでいた⋯⋯?」
リオが目を見開く。
「ああ。しかも、それだけじゃない。彼女が流したポーションの一部が、闇の魔術師たちの手に渡り、禁忌の儀式に使われていた可能性がある」
「まさか⋯⋯」
ネロの声が震える。
「死者を操る『冥霊召喚』の材料にされた⋯⋯?」
「その可能性が高い。ギルドの情報網によれば、最近、辺境の村で『死人が歩いている』という報告が相次いでいる。しかも、それらの死者は、王室調合ポーションの特徴的な香りを残しているという」
「⋯⋯これは、重大な事態だ」
リオが立ち上がる。
背後の黒い狼の影が、一瞬だけ大きく揺らめいた。
「アレン王子が知ったら、どうするだろう?」
ネロが尋ねる。
「すでに知っている。俺たちが調査を始めた直後、アレン自身がリューズの元を訪ね、『二度としないように』と念を押していた」
「それで、止まったの?」
「⋯⋯いや。彼女は表面上は謝罪したが、その後も密かに取引を続けていた。ギルドの密偵が、彼女の側近と闇商人の会話を盗み聞きしている」
「⋯⋯嘘だろ」
リオが歯を食いしばる。
「王室の権力者――しかも皇后が、こんなことを⋯⋯」
「人間は、欲に弱いものだ」
俺は静かに言った。
「特に、金や権力に飢えた者ほど、簡単に堕ちる。リューズは、表では優しい皇后を演じているが、裏では金に困っていた。王室の予算は厳しく、彼女の領地からの収入も減っている。だからこそ、小遣い稼ぎと称して、ポーションを闇に流していた――」
「でも、それじゃあ⋯⋯」
ネロが小さく呟く。
「死者が歩き、闇の魔術が蔓延する⋯⋯星の均衡が崩れる」
「そうだ。我々、星の守護者として、これを許してはならない」
俺は火を見つめながら、声を低くした。
「だが、ここで強引に動くのは得策ではない。リューズはまだ、表向きは無実の立場にある。証拠を突きつけなければ、王族としての権利で逃げられる。我々には、彼女を裁く力はない」
「じゃあ、どうするの?」
リオが尋ねる。
「待つ。そして、証拠を集める。彼女が再び取引を行う瞬間を、確実に捕らえる。その時こそ、ギルドと連携し、彼女の罪を暴く」
「⋯⋯アレン王子はどうするの?」
ネロが心配そうに言う。
「彼は、自分の母ではないとはいえ、リューズを『父王の妻』として見ている。その立場を否定するのは、王室への反逆に近い」
「だからこそ、アレン自身が、彼女の罪を認めさせなければならない」
俺は言った。
「感情ではなく、事実として。彼が、真実を受け入れる時――その時こそ、我々は動ける」
――夕刻。
俺たちが囲炉裏端で話を終え、それぞれの部屋に戻ろうとしたその時だった。
ドアが静かに開き、アレンとフェイが姿を現した。
二人とも、湯上がりのようで、髪は濡れている。
アレンの顔には、どこか重苦しい影が浮かんでいた。
「シュウ⋯⋯話は、聞こえていた」
アレンが言った。
「リューズが、まだ⋯⋯?」
「ああ。証拠は揃いつつある。だが、君が決断しない限り、我々は動けない」
俺は正直に答えた。
アレンは黙り込み、膝をつき、囲炉裏の火を見つめた。
「⋯⋯彼女は、父王を愛していると言っていた。だからこそ、王室のため、父王のため、自分にできることをした――と」
「それは、言い訳だ」
フェイが冷たく言った。
「死者を操る魔術に、王室のためなどという大義は通用しない。彼女のしたことは、星の秩序への反逆だ」
「⋯⋯わかってる。でも、父王が彼女を失ったら、どうなる? 彼はもう、アリシア母后を失っている。今、リューズまで失えば⋯⋯」
アレンの声が震える。
「⋯⋯それでも、守るべきものは一つだけだ」
俺は立ち上がり、アレンの前に立った。
「星の均衡。我々が守るべきは、世界そのものだ。個人の感情や、王家の事情よりも、遥かに大きなものだ」
「⋯⋯シュウ⋯⋯」
「君は王子だ。だが、今はそれ以上に――星の守護者だ。その立場を、忘れてはいけない」
アレンは、長く息を吐いた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯わかった。証拠が揃ったら、俺が彼女と向き合う。父王の前で、すべてを暴く。それが、王子としての俺の責任だ」
「よし」
俺は頷いた。
「その覚悟があれば、あとは準備だけだ」
――数日後。
ギルドの密偵から、決定的な情報が届いた。
リューズの側近が、再び闇商人と接触。
今度は、大量の王室調合ポーションに加え、『星の欠片』――星の守護者たちの力の源となる神秘の結晶の一部を、闇市場に流そうとしているという。
「⋯⋯これは、許せん」
フェイが剣を握りしめる。
「星の欠片を売ろうとするなど、もはや狂気の沙汰だ」
「星の均衡を崩す気か⋯⋯?」
リオの背後で、黒い狼の影が唸った。
「ネロ、未来の眼で見たか?」
俺が尋ねる。
ネロは目を閉じ、翡翠色の瞳を金色に輝かせた。
「⋯⋯見えた。闇商人たちが、星の欠片を使って、『星喰いの儀式』を始める。それが成功すれば、この世界の星が一つ、消える⋯⋯」
「⋯⋯それだけは、阻止する」
俺は立ち上がり、全員を見渡した。
「ウォルフ、ラム。協力をお願いできるか?」
森の守護者、銀狼のウォルフが、低く遠吠えを上げる。
「星の守護者たちの戦いに、森も共に歩む」
九尾の銀狐、大精霊ラムが、九尾を輝かせながら微笑んだ。
「幾万年の時を生き、智慧を紡いし者として――貴き者たちの正義に、光を灯そう」
「よし。全員で動く。アレン、君は最後の判断を下す。フェイ、戦闘は任せた。リオ、ネロ、君たちは星の力で儀式の阻止を。ウォルフとラムは、周囲の警戒と援護を頼む」
「了解!」
「任せろ!」
「⋯⋯俺も、全力で戦う」
アレンが剣を抜き、火のように燃える瞳で言った。
――そして、その夜。
闇市場の隠れ家へと、我々は潜入した。
月のない夜。
星さえも隠された空の下、廃墟と化した地下倉庫に、闇商人たちとリューズの側近が集まっていた。
中央には、黒い祭壇。
その上に、星の欠片が置かれ、闇の紋様が刻まれていた。
「⋯⋯間に合った」
俺は壁の陰から、その光景を凝視した。
「ネロ、儀式の停止方法は?」
「祭壇の四隅にある魔力の結節を、同時に破壊すれば、儀式は中断される」
「了解。フェイ、リオ、左と右を頼む。ウォルフ、ラム、周囲を制圧。アレン、君は中央へ。リューズの側近を捕らえ、真実を語らせる」
「⋯⋯ああ」
全員が動き出す。
静かに、しかし確実に。
フェイが銀閃を放ち、リオが黒狼の影と共に戦い、ネロが未来の眼で敵の動きを予測する。
ウォルフが森の気配を操り、敵の足を止め、ラムが九尾の力で幻を生み出す。
そして――。
アレンが、中央へと駆けた。
「⋯⋯待っていたぞ、アレン王子」
側近が笑う。
「皇后陛下のためなら、我々は喜んで星を売る。この世界が滅ぼうと、我々には関係ない」
「⋯⋯お前たちも、リューズも、星の均衡を理解していない」
アレンは剣を構え、声を震わせながら言った。
「星が一つ消えれば、世界の命の流れが狂う。人々が死に、森が枯れ、海が腐る。それがわからないのか?」
「⋯⋯我々には、金があればいい」
「⋯⋯ならば、覚悟しろ」
アレンの剣が、光を放った。
その瞬間、祭壇の四隅が、同時に砕け散った。
「なっ⋯⋯!?」
闇商人たちが叫ぶ。
黒い紋様が崩れ、星の欠片が光を失う。
「儀式、中断成功!」
ネロが叫ぶ。
「全員、撤退だ!」
俺が号令をかける。
敵たちが混乱する中、我々は速やかに撤退。
そして――。
三日後。
王城の玉座の間。
アレンは、父王の前に立ち、すべての証拠を提出した。
リューズは、顔を青ざめ、震えながらも、最後まで否定しようとした。
だが、側近の証言、闇商人の供述、そして星の欠片の回収記録――すべてが、彼女の罪を裏付けていた。
「⋯⋯王よ⋯⋯私は、ただ⋯⋯」
「黙れ」
王が静かに言った。
「お前は、星の秩序を、我が国の名誉を、踏みにじった。これ以上、口は利かせるな」
リューズは、無言のまま、侍女たちに連れられていった。
その後、彼女は幽閉され、第2皇后の地位を剥奪。
王室調合ポーションの管理は、新たに設立された監査委員会に移された。
――そして、その夜。
星の守護者たちが、再び集まった。
囲炉裏端。火が静かに燃える。
「⋯⋯終わったな」
フェイが酒杯を掲げる。
「ああ。だが、これが最後じゃない」
アレンが微笑んだ。
「闇は、常に蠢いている。我々が目を離せば、また何かが起きる」
「だからこそ、俺たちはここにいる」
俺は全員を見渡した。
「星の守護者として。世界を、未来を、守るために」
「⋯⋯約束だ」
リオが言った。
「二度と、星の光が消えることはない」
ネロが未来の眼を閉じ、静かに呟いた。
「⋯⋯次の試練は、遠くない。だが、その時も、俺たちは共に立ち向かう」
ウォルフが遠吠えを上げ、ラムが九尾を輝かせた。
風が囁く。
――星の守護者たちの絆は、もう二度と、断たれることはない。
そして、その火は――
永遠に、燃え続ける。
俺がトイレで用を済ませて出て来ると、風呂場から声が漏れ聞こえて来た。
「おっ⋯⋯あっ、あぁ⋯⋯」
「んっ⋯⋯あぁ、あぁぁ⋯⋯」
その声は、甘く、熱を帯びており、どこか恍惚とした響きを含んでいた。
耳を澄ませば、水音と混じり合い、湿った空気の中で律動するようなリズムが感じ取れた。
何をしているのかと思って、俺は思わず足を止め、そっと脱衣所の風呂場の戸の隙間から覗き込んだ。
そこには、フェイとアレンの2人がいた。
2人とも裸のまま、湯気に包まれた空間の中で、互いの股間を手で扱いていた。
フェイの銀髪が湯気で濡れ、背中に流れる。
アレンの黒髪は湯に浸かり、額に張り付いている。
2人の顔は赤らみ、息は荒く、瞳はとろんと潤んでいた。
「お前ら、昼間から何をしてるんだ!」
思わず声をかけてしまった。
二人はビクッと身体を震わせ、こちらを振り返った。
目が合うと、一瞬の間があった後、「あはは⋯⋯」と苦笑いを浮かべた。
「隠れてしているのは感心だが、子供たちには絶対にバレない様にしろよ?」
呆れたように俺が言うと、2人は顔を見合わせ、声を揃えて応えた。
「勿論だとも!」
「子供たちにはまだ早い!」
「約束だからな?」
俺は念を押すように言い、それから踵を返して風呂場を後にした。
庭を歩きながら、俺は小さくため息をついた。
――まったく、あいつらも随分と仲良くなったもんだよ。
アレンはエレスティア王国の第一王子。
本来なら、身分や立場を重んじ、厳格な教育を受けてきたはずの人物だ。
だが、彼は意外にも、自由な精神の持ち主だった。
フェイは騎士団長としての誇りを持つ銀髪の男。
戦場では無慈悲なまでに敵を切り捨てるが、仲間に対しては深い信義を持つ。
そんな二人が、こうして互いの身体を求め合う関係にあるとは――正直、俺も最初は驚いた。
だが、星の守護者としての絆は、人間の常識や倫理を越えるものだ。
彼らの関係は、単なる肉欲の発露ではない。
それは、戦いの果てに得た信頼。
共に死線を越えてきた者同士の、魂の共鳴。
俺はそれを、理解している。
だからこそ、怒りもしなかったし、咎める気にもなれなかった。
ただ、子供たち――ネロやリオたちには、まだ早い。
彼らはまだ、戦いの意味も、命の重さも、愛の形も、すべてを理解するには幼すぎる。
だから、俺は2人に「約束」をさせた。
――子供たちには、バレてはいけない。
そして、二人はそれを守ると、誓った。
俺は囲炉裏端へと向かった。
そこには、すでにネロとリオが座っていた。
ネロは小さな手に古びた書物を抱え、ページをめくっている。
翡翠色の瞳は真剣そのものだ。
リオは黒髪を乱し、囲炉裏の火をぼんやりと見つめていた。
彼の背後には、薄く黒い狼の影が浮かんでいた。
星の守護者の末裔としての証――再び、力が目覚めつつある証だった。
「シュウ兄ちゃん、戻ったの?」
ネロが顔を上げる。
未来を見通す眼を持つ彼は、時折、俺の行動を予知しているように振る舞うが、今回は何も言ってこなかった。
「うん。ちょっと、お風呂場で騒がしいのがいたから、注意してきたよ」
「誰が?」
リオが興味深そうに尋ねる。
「⋯⋯それは秘密だ」
俺は笑って誤魔化した。
「あ、でも、何か話があるって言ってたよね?」
ネロが書物を閉じ、真剣な目で俺を見る。
「ああ。ギルドから、新たな情報が入った」
俺は腰を下ろし、囲炉裏の火を眺めながら言った。
「王室調合ポーションの闇市場流出事件についてだ。俺たちが調査を始めた結果、最終的に辿り着いたのは――第二皇后、リューズの名だった」
「リューズ⋯⋯?」
リオが眉をひそめる。
「アレン王子の母じゃないんだよね?」
ネロが確認する。
「そうだ。アレンの母は既に亡くなっている。リューズは、父王の後添いとして迎えられた女性だ。政治的結婚で、出自は辺境の貴族。表向きは穏やかな女性として振る舞っているが⋯⋯どうやら、小遣い稼ぎに手を染めていたらしい」
「ポーションを売って、金を稼いでいた⋯⋯?」
リオが目を見開く。
「ああ。しかも、それだけじゃない。彼女が流したポーションの一部が、闇の魔術師たちの手に渡り、禁忌の儀式に使われていた可能性がある」
「まさか⋯⋯」
ネロの声が震える。
「死者を操る『冥霊召喚』の材料にされた⋯⋯?」
「その可能性が高い。ギルドの情報網によれば、最近、辺境の村で『死人が歩いている』という報告が相次いでいる。しかも、それらの死者は、王室調合ポーションの特徴的な香りを残しているという」
「⋯⋯これは、重大な事態だ」
リオが立ち上がる。
背後の黒い狼の影が、一瞬だけ大きく揺らめいた。
「アレン王子が知ったら、どうするだろう?」
ネロが尋ねる。
「すでに知っている。俺たちが調査を始めた直後、アレン自身がリューズの元を訪ね、『二度としないように』と念を押していた」
「それで、止まったの?」
「⋯⋯いや。彼女は表面上は謝罪したが、その後も密かに取引を続けていた。ギルドの密偵が、彼女の側近と闇商人の会話を盗み聞きしている」
「⋯⋯嘘だろ」
リオが歯を食いしばる。
「王室の権力者――しかも皇后が、こんなことを⋯⋯」
「人間は、欲に弱いものだ」
俺は静かに言った。
「特に、金や権力に飢えた者ほど、簡単に堕ちる。リューズは、表では優しい皇后を演じているが、裏では金に困っていた。王室の予算は厳しく、彼女の領地からの収入も減っている。だからこそ、小遣い稼ぎと称して、ポーションを闇に流していた――」
「でも、それじゃあ⋯⋯」
ネロが小さく呟く。
「死者が歩き、闇の魔術が蔓延する⋯⋯星の均衡が崩れる」
「そうだ。我々、星の守護者として、これを許してはならない」
俺は火を見つめながら、声を低くした。
「だが、ここで強引に動くのは得策ではない。リューズはまだ、表向きは無実の立場にある。証拠を突きつけなければ、王族としての権利で逃げられる。我々には、彼女を裁く力はない」
「じゃあ、どうするの?」
リオが尋ねる。
「待つ。そして、証拠を集める。彼女が再び取引を行う瞬間を、確実に捕らえる。その時こそ、ギルドと連携し、彼女の罪を暴く」
「⋯⋯アレン王子はどうするの?」
ネロが心配そうに言う。
「彼は、自分の母ではないとはいえ、リューズを『父王の妻』として見ている。その立場を否定するのは、王室への反逆に近い」
「だからこそ、アレン自身が、彼女の罪を認めさせなければならない」
俺は言った。
「感情ではなく、事実として。彼が、真実を受け入れる時――その時こそ、我々は動ける」
――夕刻。
俺たちが囲炉裏端で話を終え、それぞれの部屋に戻ろうとしたその時だった。
ドアが静かに開き、アレンとフェイが姿を現した。
二人とも、湯上がりのようで、髪は濡れている。
アレンの顔には、どこか重苦しい影が浮かんでいた。
「シュウ⋯⋯話は、聞こえていた」
アレンが言った。
「リューズが、まだ⋯⋯?」
「ああ。証拠は揃いつつある。だが、君が決断しない限り、我々は動けない」
俺は正直に答えた。
アレンは黙り込み、膝をつき、囲炉裏の火を見つめた。
「⋯⋯彼女は、父王を愛していると言っていた。だからこそ、王室のため、父王のため、自分にできることをした――と」
「それは、言い訳だ」
フェイが冷たく言った。
「死者を操る魔術に、王室のためなどという大義は通用しない。彼女のしたことは、星の秩序への反逆だ」
「⋯⋯わかってる。でも、父王が彼女を失ったら、どうなる? 彼はもう、アリシア母后を失っている。今、リューズまで失えば⋯⋯」
アレンの声が震える。
「⋯⋯それでも、守るべきものは一つだけだ」
俺は立ち上がり、アレンの前に立った。
「星の均衡。我々が守るべきは、世界そのものだ。個人の感情や、王家の事情よりも、遥かに大きなものだ」
「⋯⋯シュウ⋯⋯」
「君は王子だ。だが、今はそれ以上に――星の守護者だ。その立場を、忘れてはいけない」
アレンは、長く息を吐いた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「⋯⋯わかった。証拠が揃ったら、俺が彼女と向き合う。父王の前で、すべてを暴く。それが、王子としての俺の責任だ」
「よし」
俺は頷いた。
「その覚悟があれば、あとは準備だけだ」
――数日後。
ギルドの密偵から、決定的な情報が届いた。
リューズの側近が、再び闇商人と接触。
今度は、大量の王室調合ポーションに加え、『星の欠片』――星の守護者たちの力の源となる神秘の結晶の一部を、闇市場に流そうとしているという。
「⋯⋯これは、許せん」
フェイが剣を握りしめる。
「星の欠片を売ろうとするなど、もはや狂気の沙汰だ」
「星の均衡を崩す気か⋯⋯?」
リオの背後で、黒い狼の影が唸った。
「ネロ、未来の眼で見たか?」
俺が尋ねる。
ネロは目を閉じ、翡翠色の瞳を金色に輝かせた。
「⋯⋯見えた。闇商人たちが、星の欠片を使って、『星喰いの儀式』を始める。それが成功すれば、この世界の星が一つ、消える⋯⋯」
「⋯⋯それだけは、阻止する」
俺は立ち上がり、全員を見渡した。
「ウォルフ、ラム。協力をお願いできるか?」
森の守護者、銀狼のウォルフが、低く遠吠えを上げる。
「星の守護者たちの戦いに、森も共に歩む」
九尾の銀狐、大精霊ラムが、九尾を輝かせながら微笑んだ。
「幾万年の時を生き、智慧を紡いし者として――貴き者たちの正義に、光を灯そう」
「よし。全員で動く。アレン、君は最後の判断を下す。フェイ、戦闘は任せた。リオ、ネロ、君たちは星の力で儀式の阻止を。ウォルフとラムは、周囲の警戒と援護を頼む」
「了解!」
「任せろ!」
「⋯⋯俺も、全力で戦う」
アレンが剣を抜き、火のように燃える瞳で言った。
――そして、その夜。
闇市場の隠れ家へと、我々は潜入した。
月のない夜。
星さえも隠された空の下、廃墟と化した地下倉庫に、闇商人たちとリューズの側近が集まっていた。
中央には、黒い祭壇。
その上に、星の欠片が置かれ、闇の紋様が刻まれていた。
「⋯⋯間に合った」
俺は壁の陰から、その光景を凝視した。
「ネロ、儀式の停止方法は?」
「祭壇の四隅にある魔力の結節を、同時に破壊すれば、儀式は中断される」
「了解。フェイ、リオ、左と右を頼む。ウォルフ、ラム、周囲を制圧。アレン、君は中央へ。リューズの側近を捕らえ、真実を語らせる」
「⋯⋯ああ」
全員が動き出す。
静かに、しかし確実に。
フェイが銀閃を放ち、リオが黒狼の影と共に戦い、ネロが未来の眼で敵の動きを予測する。
ウォルフが森の気配を操り、敵の足を止め、ラムが九尾の力で幻を生み出す。
そして――。
アレンが、中央へと駆けた。
「⋯⋯待っていたぞ、アレン王子」
側近が笑う。
「皇后陛下のためなら、我々は喜んで星を売る。この世界が滅ぼうと、我々には関係ない」
「⋯⋯お前たちも、リューズも、星の均衡を理解していない」
アレンは剣を構え、声を震わせながら言った。
「星が一つ消えれば、世界の命の流れが狂う。人々が死に、森が枯れ、海が腐る。それがわからないのか?」
「⋯⋯我々には、金があればいい」
「⋯⋯ならば、覚悟しろ」
アレンの剣が、光を放った。
その瞬間、祭壇の四隅が、同時に砕け散った。
「なっ⋯⋯!?」
闇商人たちが叫ぶ。
黒い紋様が崩れ、星の欠片が光を失う。
「儀式、中断成功!」
ネロが叫ぶ。
「全員、撤退だ!」
俺が号令をかける。
敵たちが混乱する中、我々は速やかに撤退。
そして――。
三日後。
王城の玉座の間。
アレンは、父王の前に立ち、すべての証拠を提出した。
リューズは、顔を青ざめ、震えながらも、最後まで否定しようとした。
だが、側近の証言、闇商人の供述、そして星の欠片の回収記録――すべてが、彼女の罪を裏付けていた。
「⋯⋯王よ⋯⋯私は、ただ⋯⋯」
「黙れ」
王が静かに言った。
「お前は、星の秩序を、我が国の名誉を、踏みにじった。これ以上、口は利かせるな」
リューズは、無言のまま、侍女たちに連れられていった。
その後、彼女は幽閉され、第2皇后の地位を剥奪。
王室調合ポーションの管理は、新たに設立された監査委員会に移された。
――そして、その夜。
星の守護者たちが、再び集まった。
囲炉裏端。火が静かに燃える。
「⋯⋯終わったな」
フェイが酒杯を掲げる。
「ああ。だが、これが最後じゃない」
アレンが微笑んだ。
「闇は、常に蠢いている。我々が目を離せば、また何かが起きる」
「だからこそ、俺たちはここにいる」
俺は全員を見渡した。
「星の守護者として。世界を、未来を、守るために」
「⋯⋯約束だ」
リオが言った。
「二度と、星の光が消えることはない」
ネロが未来の眼を閉じ、静かに呟いた。
「⋯⋯次の試練は、遠くない。だが、その時も、俺たちは共に立ち向かう」
ウォルフが遠吠えを上げ、ラムが九尾を輝かせた。
風が囁く。
――星の守護者たちの絆は、もう二度と、断たれることはない。
そして、その火は――
永遠に、燃え続ける。
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音爽(ネソウ)
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美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
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水神飛鳥の異世界茶会記 ~戦闘力ゼロの茶道家が、神業の【陶芸】と至高の【和菓子】で、野蛮な異世界を「癒やし」で侵略するようです~
月神世一
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異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
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かの
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世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
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