元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第8話:狩り

第8話:狩り

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    この世界に転生してからというもの、地球では2週間に1度は楽しみにしていたあの至福の瞬間が、まるで遠い記憶のように遠ざかっていた。  
    それは――カツ。  

「う~~~⋯⋯カツが食べたい! カツ、カツ、カツが食べたいっ!!」  

    俺、シュウ・タチバナは、ついに我慢の限界を迎えて、庭先で絶叫してしまった。  
    空に響くその声は、まるで魂の叫びだった。  

    15歳の肉体に宿ったのは、元は55歳の日本のサラリーマン。  
    甥っ子を育て上げ、定年退職を控えていた矢先に神様のミスでこの異世界に転生させられた。  
    チート級の魔法と戦闘能力を持ち、貴族の家に生まれ変わったが、唯一の欠点は、地球の味が恋しいこと。  

    特に、あのサクッ、ジュワッと音がして、口の中で肉汁が広がるカツ。  
    あの感覚が、ここ数ヶ月、まるで幻のように遠ざかっていた。  

「シュウ兄ちゃん、カツって何?」  

    ネロが、翡翠色の瞳をキラキラさせながら、俺の袖を引っ張った。  
    10歳の茶髪少年。
    未来を見通す「真実の瞳」を持つが、まだまだ子供らしく無邪気だ。  

「カツっていうのはな、パン粉で包んだ肉の塊を、油でじっくり揚げた食べ物なんだよ」  

    俺は膝をついて、ネロの視線の高さに合わせて、丁寧に説明した。  

「油で揚げるの? それって美味しいの?」  

    今度はリオが、黒髪をなびかせながら近づいてきた。  
    11歳の少年。
    星の守護者の末裔であり、星の力に触れる能力を持つ。  
    普段は冷静だが、食べ物の話になると目を輝かせる。  

「そりゃあもう、美味いのなんのってさ。一口食べたら、脳が震える。肉の旨味がギュッと凝縮されてて、外はパリッ、中はジュワッ⋯⋯もう、それだけでご飯3杯は食べられるよ」  

「へ~⋯⋯それなら1度食べてみたいですね」  

    フェイが、銀髪を風になびかせながら、よだれを垂らしそうな顔で言った。  
    18歳の騎士団長。
    見た目はクールだが、実は甘いものと油っぽいものが大好き。  

「ふむ。私も食べてみたいです」  

    アレン王子も、黒髪を整えながら真剣な顔で頷いた。  
    エレスティア王国の第一王子、20歳。
    星の守護者としての使命を背負いながらも、庶民の暮らしに興味を持つ、非常に人間味のある若者だ。  

「でも⋯⋯カツにできる肉が、この街では売ってない!!」  

    俺は悔しそうに拳を握りしめた。
  
「豚もないし、牛も売ってない。鳥の肉はあるけど、それじゃあカツの本質が伝わらない⋯⋯」  

    すると、森の奥から風が吹き、銀狼の姿をしたウォルフが現れた。  

「肉なら、我が森に狩りに出ているだろう? 鹿も鳥も、十分な量がある」  

「いや、それじゃだめなんだ」  

    俺は首を横に振った。
  
「鳥や鹿じゃ、脂の乗りが足りない。カツにするには、もっと⋯⋯濃厚な肉が欲しい」  

「⋯⋯それなら、オークはどうだ?」  

    突然、背後から声がした。  
    振り返ると、九尾の銀狐の姿をした大精霊ラムが、優雅に尾を揺らしながら立っていた。  
    生命樹の守護者にして、この世界の智慧者。  

「オークの肉は、確かに脂が豊富。ただし、生で食すのは危険だ。瘴気を含むこともある」  

「それなら、ちゃんと加熱すれば問題ない。それに⋯⋯俺の魔法で、瘴気は浄化できる」  

    俺は自信を持って言った。  
    神から与えられた【浄化魔法】があれば、どんな汚染も無害化できる。  

「オーク⋯⋯ですか?」
  
    フェイが眉をひそめた。  

「脂が多くて、あまり食べられたものではないと思いますが⋯⋯」  

「適度に脂が乗ってるからこそ、最適なんだよ」
  
    俺は目を輝かせた。 
 
「地球にいた頃は豚や牛のカツを食べてたけど、やっぱこの世界に来たら、オークのカツしか考えられない」  

「⋯⋯シュウ兄ちゃん、ちょっと怖い顔してるよ」 
 
    ネロが少し後ずさった。  

「いいのか? オークは戦闘民族だぞ。狩るのは危険だ」
  
    アレンが真剣な顔で言った。  

「だからこそ、全員で行く。  
俺の魔法、リオの星の力、フェイの剣技、アレンの戦略、ウォルフの嗅覚、ラムの知恵⋯⋯それに、ネロの未来の視力があれば、万全だ」  

「⋯⋯了解しました。騎士団長として、皆の安全を守ります」
  
    フェイが剣を握りしめた。  

「兄さん、俺も頑張ります!」 
 
    リオも拳を握った。  

「ふむ。面白い。私も同行しよう」  

    ラムが微笑んだ。  

「では、出発だ!」  



    森の奥深く。  
    巨大なオークの群れが、木を倒して進んでいた。  
    緑色の肌、3メートル近い巨体。
    戦斧を担ぎ、吼えるその姿はまさに蛮族そのもの。  

「⋯⋯数は10体か。中央の、角が三つあるのがリーダーだな」
  
    アレンが地図を広げ、戦略を立てる。  

「ネロ、未来の視力で、彼らの動きを教えてくれ」  

「うん⋯⋯3分後に、左の小川に水を飲みに行く⋯⋯その後、5分後に警戒を解く⋯⋯」  

「了解。そのタイミングで奇襲だ」  

    俺は静かに魔法の詠唱を開始する。  
【風の結界】――全員の足音を消す。  
【影隠れ】――森の闇に溶け込むように姿を隠す。  

    ウォルフが鼻を鳴らし、風の匂いを嗅ぎ取る。
  
「左から接近。警戒心は薄い。油断している」  

「フェイ、アレン、リーダーを狙え。リオ、ネロ、俺が魔法で混乱をかけたら、背後を取ってくれ。ウォルフ、ラムは周囲の警戒。俺が肉を回収する」  

「了解!」  

    ――そして、作戦開始。  

    俺は【精神干渉魔法】を発動。 
 
「混乱の波動」  

    オークたちの頭に、突如として幻覚が走る。
  
「うおぉぉ!? 空からパンが降ってきたぞおぉぉ!!」
  
「肉の山だあぁぁ!!」  

「今だっ!」  

    フェイとアレンが同時に飛び出す。  
    フェイの剣は銀閃のように光り、リーダーの首筋を一閃。  
    アレンの槍は星の力を宿し、二体を同時に貫いた。  

「リオ、ネロ、行くぞ!」  

    俺も魔法で加速し、ネロを背中に乗せて突撃。  
    リオは星の力を解放し、【流星の鎖】で二体を拘束。  

「ウォルフ、ラム、周囲を制圧!」  

    銀狼の咆哮と共に、残りのオークたちが震える。  
    ラムは九尾を広げ、【幻惑の霧】を展開。  

    わずか3分で、全滅。  

「⋯⋯完璧な連携だったな」
  
    アレンが息を整えながら言った。  

「でも、油断は禁物。早く肉を捌こう」  

    俺は異空間収納庫――【アストラルポーチ】から、魔法で作られたナイフを取り出した。  
    これは、俺が独自に開発した魔法道具。
    刃が常に研がれており、どんな硬い皮膚もスパッと切れる。  

「まず、皮を剥ぐ。オークの皮は硬いが、魔法で柔らかくすれば問題ない」  

【柔化魔法】をかけて、皮を剥ぎ取る。  
    すると、脂がギラリと光る濃厚な赤身肉が露わになった。  

「⋯⋯この色、この質感⋯⋯完璧だ」  

    俺の目がギラリと光った。  

「リオ、ネロ、内臓を処理してくれ。特に胃と腸は、瘴気を含むから注意だ」  

「了解!」  

    二人は手際よく内臓を摘出し、ウォルフがそれを森の奥に運んでくれた。  

「次は、部位分けだ」  

    俺は熟練の但馬牛の解体を思い出しながら、手を動かす。  
    肩ロース、モモ、バラ、ヒレ⋯⋯。  
    オークの体は大きいが、部位ごとに分けられれば、カツには最適。  

「このバラ肉、脂の乗りが半端ない⋯⋯これでカツを作れば、間違いなく神の味だ」  

「シュウ兄ちゃん、目がやばいよ⋯⋯」  

    ネロが震える。  

「さて、全員の分を確保できた。異空間に収納だ」  

【アストラルポーチ】に、冷蔵魔法をかけておいた肉を次々と収納。  
    50キロ以上はあるだろうか。  

「帰ろう。カツの時間だ」  



    ログハウスのキッチン。  
    俺は早速、調理を開始した。  

「まず、肉をカツ用にカット。厚さは2センチがベスト」  

    魔法の包丁で、バラ肉を均等にスライス。  
    その断面から、脂がジュワッと滲み出る。  

「次に、下味。塩、胡椒、ニンニクのみじん切り、そして⋯⋯魔法の香草【ルナシス】を揉み込む」  

    これは、この世界にしか生えない香草。  
    魔法の効果を高めるだけでなく、肉の臭みを完全に消してくれる。  

「30分置く。その間に、衣の準備だ」  

    パン粉は、毎日焼いている自家製のパンを乾燥させて作った。  

「このパン粉、粒がちょうどいい。揚げた時にサクッとなる」  

    小麦粉と、魔法で濾した卵液も用意。  

「さて、衣の順番は――小麦粉 → 卵 → パン粉。この順番が、サクサク感の秘訣だ」  

    俺は1つ1つ、丁寧に衣をつけていく。  
    手の動きは、まるで職人のよう。  

「油の温度は170度。魔法の温度計で正確に管理」  

    大きな鉄鍋に、大量の油を注ぎ、魔法で加熱。
  
「この油、精製魔法で不純物を除去してある。何度でも使える」  

「では⋯⋯揚げの開始だ!」  

    1つずつ、静かに油の中に肉を沈める。  

    シュワァァァァ……。 

    途端に、香ばしい匂いがキッチン中に広がる。  

「うわあ⋯⋯この音、この匂い⋯⋯」  

    フェイが鼻を鳴らした。  

「兄ちゃん、もう食べたい⋯⋯」  

    ネロがヨダレを垂らす。  

「待ちなさい。揚げ時間は3分。焦げないように、魔法で温度を均一に保つ」  

    3分後。  

「⋯⋯完成だ!」  

    金褐色に輝く、巨大なカツが鍋から上がった。  
    その表面は、完璧なサクサク感。  
    切った瞬間、肉汁がジュワッと溢れ出す。  

「おぉぉ⋯⋯これは⋯⋯神の食べ物だ⋯⋯」  

    アレンが跪いた。  

「さあ、全員分を用意した。ご飯は炊いてある。ソースは、魔法で濃縮したトマトとリンゴの甘辛ソースだ」  

    テーブルに並べられたカツ。  
    全員の前には、サクッと揚がったカツと、ふっくらご飯、そしてソースが添えられている。  

「それじゃあ⋯⋯いただきまーす!」  

    ――カツンッ!

    フォークがカツに当たる瞬間、あの伝説の音が厨房に響いた。  

「うおぉぉぉぉぉ!!」  

    全員が同時に絶叫した。  

「このサクサク感⋯⋯!」  

「中から肉汁が⋯⋯ジュワァァァ!!」 
 
「脂の甘みが⋯⋯脳が溶ける⋯⋯!」  

    ネロは目を閉じて、涙を流しながら咀嚼している。  
    リオは「星の守護者にも、こんな幸せがあるのか⋯⋯」と呟いた。  
    フェイは「これがあれば、騎士団長の職も辞められる⋯⋯」と本気で言った。  
    アレンは「王宮の料理人全員、これを作れるように訓練する⋯⋯!」と宣言した。  

「⋯⋯満足したか?」
  
    俺は満足げに笑った。  

「シュウ兄ちゃん⋯⋯これ、神の食べ物だよ⋯⋯」
  
    ネロが涙ながらに言った。  

「だが、まだある」
  
    俺はニヤリと笑った。  

「何ですか、まだあるんですか!?」
  
    フェイが食いついた。  

「実はな⋯⋯唐揚げも作ったんだよ」  

「え!? それも食べられるんですか!?」  

「ああ。しかも、特別な部位でな」  

    俺は冷蔵庫から、もう一つの皿を取り出した。  
    そこには、黄金色に揚がった唐揚げが並んでいる。  

「これは⋯⋯何の唐揚げですか?」 
 
    アレンが緊張した面持ちで訊いた。  

「オークの⋯⋯『ペニス』だ」  

    ――静寂。  

「⋯⋯は?」  

「え?」  

「⋯⋯マジで?」  

「うん。地球では、牛や豚や鳥のペニスや睾丸も普通に食べるんだよ。特に唐揚げにすると、コリコリしてめっちゃ美味しい」  

「⋯⋯コリコリして美味しかったのは、それだったんですか!?」  

    フェイが絶叫した。  

「うん。さっき食べたの、全部それ」  

「うわあぁぁぁぁ!!」  

    全員がテーブルから飛び退いた。  

「でも⋯⋯確かに、あの食感、あのコリコリ感⋯⋯確かに普通の肉とは違った⋯⋯」 
 
    リオが冷静に分析した。  

「⋯⋯俺、もう二度と唐揚げを同じ目で見られない⋯⋯」
  
    アレンが放心した。  

「でも⋯⋯」  

    ネロが小声で言った。
  
「⋯⋯結構、デカかったよね⋯⋯」  

「あぁ。人間の3倍近くの長さで、2倍の太さがある。しかも、形は人間とほぼ同じ。ただ、鱗みたいな模様がある」  

「⋯⋯羨ましい⋯⋯」
  
    フェイが、なぜか真剣な顔で呟いた。  

「⋯⋯俺も、ちょっと⋯⋯」
  
    アレンも目を伏せた。  

「ふむ。生命の根源とは、実に興味深い」 
 
    ラムが興味深げに言った。  

「ウォルフは?」
  
    俺が銀狼に訊くと、  

「⋯⋯俺は狼だから、関係ない」  

    と、照れくさそうに言った。  

「でも、美味かったぞ。コリコリして、栄養がありそうだった」  

「そうだろう? これで、今後はカツと唐揚げ、定期的に作ってやるよ」  

「シュウ兄ちゃん、神です⋯⋯」  

    ネロが跪いた。  

    俺は満足げに、カツを一口かじった。  

    サクッ。
    ジュワァ。  

    ――これが、地球の故郷の味だ。  


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