元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第10話:性教育

第10話:性教育

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第10話:性教育

 朝の光が、森の木々の隙間から差し込み、ログハウスの窓辺を淡く染めていた。
 鳥のさえずりと、天然温泉から立ち上る湯けむりが、静かな朝をゆっくりと満たしていく。

 俺――シュウは、テラスの木製テーブルでコーヒーを飲みながら、昨日書いた日記を読み返していた。
 紙の端には、フェイが悪ふざけで描いた落書きが貼られていて、思わず苦笑する。

「⋯⋯本当に、少しずつ大人になってきたな」

 その呟きに応えるように、キッチンからアレンの声が聞こえた。

「シュウ、朝食の準備ができました。今日のパンはフェイが焼いたものです」

「おい、それ言い方あるだろ」

「事実だ」

 軽口を叩き合う声が、家の中に響く。
 こうした何気ないやり取りこそが、この家に「家族」という形を根付かせていた。

 全員が食卓に揃ったところで、俺は一度、咳払いをした。

「⋯⋯今日は、少し大事な話がある」

 ネロとリオはパンをくわえたままこちらを見る。
 アレンとフェイは、空気の変化を察したのか、自然と背筋を伸ばした。

「身体のことについてだ」

 その一言で、場の空気が少し張り詰めた。

「成長していく中で、自分の身体や心に起こる変化に、戸惑うことが増えてくる。これは恥ずかしいことじゃない。むしろ、正しく知るべきことだ」

 ネロは視線を落とし、リオは耳まで赤くなっている。

「俺は、お前たちに間違った知識や、不安を抱えたまま大人になってほしくない。だから今日、はっきり伝える。
――身体の変化は、誰にでも起こる自然なことだ」

 沈黙の中で、フェイが小さく息を吐いた。

「⋯⋯つまり、ちゃんと教えるってことですね」

「ああ。隠したり、放置したりしない」

 アレンも、ゆっくりとうなずく。

「知識がないままだと、怖くなりますからね」

 俺はネロとリオに目を向けた。

「お前たちは、これから心も身体も大きく変わっていく。その中で、不安になったり、疑問を持ったりするのは当たり前だ。
だから、困ったら聞け。隠さなくていい」

 ネロが小さく口を開いた。

「⋯⋯兄ちゃん、わからないことがあったら⋯⋯聞いていい?」

「もちろんだ」

 その言葉に、ネロの表情が少しだけ和らぐ。

 午後。
 リビングに集まり、俺たちは改めて「成長期の身体の変化」について話をした。
 具体的な行為の話ではなく、あくまで心構えと考え方が中心だ。

「大事なのは、自分の身体を大切に扱うことだ。清潔にすること、無理をしないこと、そして――誰かと関わるときは、必ず相手の気持ちを尊重すること」

 アレンが、兄のような穏やかな口調で続ける。

「俺たちも、最初はよくわからなかった。でも、シュウに教わって、『知ること』が怖さを減らしてくれるってわかった」

 フェイも、笑いながら付け加えた。

「大人になるって、急ぐことじゃない。比べるものでもない。自分のペースでいいんだ」

 ネロとリオは、真剣な顔で話を聞いていた。

「⋯⋯なんだか、少し安心しました」

 リオのその一言に、場の空気が柔らぐ。

「それでいい」

 夜。
 風呂場の前で、ネロが小さく声をかけてきた。

「兄ちゃん⋯⋯ありがとう」

「どうした、急に」

「今日の話⋯⋯ちょっと怖かったけど、でも⋯⋯ちゃんと教えてもらえて、よかった」

「そう思ってくれたなら、それでいい」

 数日後、リオも同じように話してくれた。

「兄さん、俺⋯⋯前より、自分のことを変に思わなくなりました」

「それが一番大事だ」

 俺は彼の頭を軽く撫でる。

「自分を否定しなくていい。大人になるって、そういうことでもある」

 一週間ほど経った朝食の席で、ネロが真剣な顔で言った。

「兄ちゃん。俺、ちゃんと自分のこと考えるようにする」

「いい心がけだ」

「ルールも守る。わからないことは聞く」

 アレンが思わず笑う。

「⋯⋯随分と立派じゃないか」

 フェイも肩をすくめた。

「真面目すぎて、逆に将来が楽しみだな」

 俺はコーヒーを飲みながら、内心で安堵していた。

 ――伝わっている。
 少しずつだが、確実に。

 数ヶ月後。
 季節が巡り、家の空気も落ち着いてきた頃、アレンが相談に来た。

「シュウ⋯⋯大人としての距離感について、もう少し教えてほしい」

「いい判断だ」

 俺は真剣に答える。

「感情が伴う関係ほど、誠実さが必要だ。相手を大切に思うなら、軽く扱うな」

「⋯⋯はい」

 その表情は、もう少年のものではなかった。

 ある夜、全員で星空を見上げながら、フェイがぽつりと言った。

「ここは、不思議な家ですね」

「そうか?」

「ええ。ちゃんと向き合って、ちゃんと話してくれる」

「それが、家族だ」

 ネロが俺の腕にしがみつく。

「兄ちゃん、俺⋯⋯ここで育ってよかった」

 リオも静かにうなずいた。

「俺もです」

 俺は星を見上げ、心の中で思う。

 ――俺は元は55歳のただのおっさんだ。
 だが今は、誰かを育て、見守る役目をもう一度与えられている。

 教育は、まだ終わらない。
 けれど、この家で育った時間は、きっと彼らの中に残り続ける。

 未来へ向かって、静かに、確かに。



 その夜。
 皆が寝静まった後、俺は一人、テラスに出て夜風に当たっていた。
 森は昼とはまるで別の顔を見せ、虫の声と木々のざわめきだけが、低く重なっている。

 今日の話は、正しかったのだろうか。
 何度も、胸の中で反芻する。

 教えすぎてはいないか。
 逆に、足りなかったのではないか。

 55年生きてきて、俺は多くの「失敗した大人」を見てきた。
 そして、自分自身もまた、その一人だった。

 知らなかったから、傷つけた。
 知ったつもりで、傲慢になった。
 誰かの気持ちを想像する前に、自分の感情を優先した。

 ――だからこそ、今度は違う形で関わりたい。

 正解を与える大人ではなく、立ち止まれる場所を用意できる大人でありたい。

 ふと、背後で床板が軋む音がした。

「⋯⋯兄ちゃん」

 振り返ると、ネロが毛布を肩にかけたまま立っていた。

「どうした、眠れないのか?」

「ちょっと⋯⋯考え事」

 俺は隣に腰掛けるよう、軽く手で示す。
 ネロは遠慮がちに座り、しばらく夜空を見上げていた。

「あのさ」

 ぽつりと、ネロが言う。

「大人になったら⋯⋯全部わかるようになるの?」

「⋯⋯どうだろうな」

 正直に答える。

「わからないことは、たぶん増える」

 ネロは少し驚いた顔をした。

「え?」

「責任も、選択肢も増えるからな。でも、その代わり――考える力は、ちゃんと身につく」

 ネロは黙って頷いた。

「今日の話でさ⋯⋯」

「うん」

「俺、ちょっとだけ、自分のこと許せた気がする」

 その言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。

「それは、すごく大事なことだ」

「⋯⋯兄ちゃんは?」

「俺か?」

 夜風に混じって、昔の記憶が過ぎる。

「俺は、自分を許すのに⋯⋯ずいぶん時間がかかった」

「そっか」

 ネロは、少し考えてから言った。

「じゃあさ⋯⋯俺は、もう少し早く許せるかな」

「⋯⋯きっとな」

 少し離れた場所では、リオが同じように星を眺めていた。
 声をかけると、彼もこちらに来る。

「兄さん。俺も⋯⋯聞いていいですか」

「もちろんだ」

「もし⋯⋯好きになった人がいて、でも怖かったら⋯⋯どうすればいいですか」

 その問いに、即答はできなかった。

「⋯⋯怖いままでいい」

「え?」

「怖いってことは、相手を大事にしたい証拠だ。何も感じないより、ずっといい」

 リオは、少し安心したように息を吐いた。

「じゃあ⋯⋯間違えてもいい?」

「いい」

 はっきりと答える。

「間違えたら、考え直せばいい。そのために、話せる相手がいる」

 その時、二人は同時に俺を見た。

「⋯⋯兄ちゃんが?」

「⋯⋯兄さんが?」

 思わず笑ってしまった。

「当たり前だろ」

 少し離れた場所から、フェイとアレンも様子を見ていたらしい。
 フェイが肩をすくめる。

「ほんと、大人ってずるいよな」

「どういう意味だ?」

「こうやって、ちゃんと待ってくれる」

 アレンも静かに頷いた。

「答えを急がせないのは、勇気がいることです」

 俺は、焚き火の残り火を見つめる。

 ――教育とは、支配じゃない。
 導くことでも、型にはめることでもない。

 ただ、「ここに戻ってきていい」と伝え続けること。

 その夜、ネロは最後にこう言った。

「兄ちゃん」

「ん?」

「もし俺が、大人になって迷ったら⋯⋯また聞いていい?」

「⋯⋯何度でも」

 リオも続く。

「その時、答えがなくても?」

「ああ」

 答えがない時こそ、一緒に考える意味がある。

 星空は変わらず、静かに瞬いている。
 未来は、まだ白紙だ。

 けれど。

 もしこの家で過ごした時間が、
 彼らが誰かと向き合うとき、ほんの一瞬でも思い出されるなら。

 それだけで、この役目は報われる。

 ――さて。

 もし、あなたが彼らの立場だったら。
 もし、あなたが「聞いていい」と言ってもらえなかった過去があるなら。

 今、誰に、どんな言葉をかけてほしかっただろうか。

 この物語の続きを、
 それぞれの心の中で、少しだけ考えてもらえたなら嬉しい。

 教育は、まだ終わらない。
 物語も、人生も。


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