元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第15話:薬師

第15話:薬師

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 ログハウスの広いリビングに、夕暮れの柔らかな光が差し込んでいた。
 天井は高く、木の香りが鼻をくすぐる。
 囲炉裏の火が静かに揺らめき、その周りにはネロ、リオ、フェイ、アレン、ミラ、そして俺――シュウ・タチバナが座っている。
 ネロは翡翠色の瞳をきらきらと輝かせながら、リオの膝の上で丸まっている。
 リオは黒髪をなびかせ、鋭い茶色の瞳で火を見つめながら、時折ネロの頭を撫でる。
 フェイは銀髪を後ろに流し、碧眼に静かな光を宿して、火の揺らめきを眺めている。
 アレンは黒髪を少し乱し、肘を膝に付き、どこか考え込むような表情をしている。
 ミラは金髪を肩に垂らし、赤い瞳をきらめかせながら、手元の薬草を丁寧に乾燥させている。
 その横では、銀狼のウォルフが大きな体を横たえ、時折耳を動かして周囲の音に反応している。
 古代樹の護り手である大精霊ラムは、九尾の銀狐の姿で、囲炉裏の横に座り、静かに火を見つめながら、時折口を開いて知恵を語る。

 そんな穏やかな時間の中、俺はふと、今日の出来事を思い返していた。
 朝、ミラが裏庭の薬草園を発見したときの顔と言ったら、まるで子供が宝を見つけたかのようだった。
 彼女は金髪を風になびかせながら、目を輝かせて薬草を一つ一つ確かめ、その香りを嗅ぎ、葉の感触を確かめ、根を丁寧に掘り起こしては、「これは⋯⋯これは古代文献にしか載っていない幻の薬草⋯⋯!」と声を震わせていた。
 俺はその様子を見て、思わず笑ってしまった。
 彼女の純粋な喜びが、まるで光のように周囲を照らしているようだった。

 そして、彼女は早速薬草園の手入れを始めた。
 土を耕し、雑草を取り除き、水をやり、日当たりを調整し、薬草たちが最も元気に育つように細心の注意を払っていた。
 その姿はまるで、植物たちと会話しているかのようだった。
 彼女は「植物は声を出さないけれど、ちゃんと意思を持っているのよ。水が足りないときは葉を垂らして訴えるし、日光が欲しいときは茎を伸ばしてアピールする。だから、ちゃんと聞いてあげなきゃダメ」と言い、俺はその言葉に深く頷いた。
 彼女の薬草に対する敬意と愛情が、どれほど深いものか、その一言でわかった。

 昼過ぎ、ミラは俺を薬室に呼び寄せた。
 そこは、ログハウスの奥にある小さな部屋で、棚にはびっしりと瓶や壺が並び、乾燥した薬草や粉末、液体が分類されて保管されている。
 壁には古代の魔法陣の模様が刻まれており、ラムの力で常に適切な温度と湿度が保たれている。
 彼女は白衣を着て、金髪を後ろで結び、真剣な表情で俺を見つめた。

「シュウさん、今から薬の作り方を教えます。興味ありますか?」

 俺は少し驚いたが、すぐに頷いた。
 前世ではただのサラリーマンだったが、この異世界に来てから、自分の能力がどれほど特別かを日々実感している。
 女神エリシアが与えたチート能力――《全知の眼》《万象の理解》《創造の触手》――などなどは、知識を瞬時に吸収し、あらゆる技術を完璧に習得できるというものだ。
 だが、だからこそ、ただ能力に頼るのではなく、一つ一つを丁寧に学び、心を込めて作りたいと思っていた。

「ぜひ、教えてください。できれば、貧民街の人たちに安く譲れるような薬が作れたら嬉しいです」

 ミラの目が、さらに輝いた。

「それ、すごく素敵なこと⋯⋯! では、まずは基本から。薬の調合には、三つの要素が必要です。一つは『素材』、二つは『調和』、三つは『意図』。素材は言うまでもなく、薬草や鉱物、動物の一部など。調和は、それらを混ぜ合わせる際のバランス。そして、意図⋯⋯これは、作る人の心です。どんな思いで作るかが、薬の効果に直結します」

 彼女はそう言うと、まず小さな石皿を取り出し、そこに数種類の乾燥薬草を並べた。
 紫色の「ルナベリー」、青い花を持つ「アストラリス」、黒い根を持つ「ダークロート」。
 これらを丁寧に粉々にし、石のすり鉢で挽いていく。
 その手つきは、まるで舞っているかのように滑らかだった。

「挽くときは、均等に力がかかるように。急いではダメ。薬草の魂が傷ついてしまうから」

 俺は黙って見つめ、《万象の理解》の能力でその動きをすべて記憶した。
 しかし、それだけではなく、彼女の手の動き、力の入れ具合、薬草の香りの変化、音の違い――すべてを五感で感じ取ろうとした。

 次に、彼女は小さな銅製の鍋を取り出し、そこに精製水を注ぎ、弱火で温めた。
 そして、挽いた薬草を少しずつ加え、木のスプーンでゆっくりと攪拌し始めた。

「火加減が命。沸騰させず、湯気が立つくらいの温度を保つ。ここが一番難しい。でも、シュウさんならきっと大丈夫」

 俺は微笑み、彼女の言葉に応えるように、自分の手で同じ作業を始めた。
 石皿に薬草を並べ、すり鉢で挽き、銅鍋に水を注ぎ、火を弱く調整する。
 《全知の眼》が、最適な温度や時間、配合比を瞬時に教えてくれるが、俺はそれを鵜呑みにせず、自分の感覚で確かめながら進めた。

 薬草を加える順番。
 最初にルナベリーを入れ、香りが立ってきたらアストラリスを加え、色が青みを帯びてきたらダークロートを少しずつ。
 攪拌の速度は、時計回りにゆっくり、そして反時計回りに少し速く。
 その繰り返し。
 火の揺らめきと、薬液の泡の具合を見ながら、俺は集中した。

 やがて、鍋の中の液体は、淡い銀色に輝き始め、ふわりと甘く清涼な香りを放つようになった。
 ミラが目を見開いた。

「⋯⋯これ、完成間近⋯⋯? シュウさん、初めてなのに、ここまで完璧に⋯⋯?」

 俺は静かに頷き、最後に一振りの星砂を加えた。
 これは、ラムからもらった古代の魔晶粉で、薬の効果を数十倍に高める秘薬だ。
 星砂が溶け込むと、液体は瞬間的に輝きを増し、まるで星のかけらが舞っているかのような美しさになった。

「完成です」

 俺がそう言うと、ミラは手を震わせながら、小さな瓶にそれを注ぎ込んだ。
 彼女の赤い瞳には、驚きと尊敬の色が浮かんでいた。

「これは⋯⋯神級品⋯⋯! 普通の薬師が一生かけても作れないレベル⋯⋯! シュウさん、あなた⋯⋯もしかして、薬の才能があるの?」

 俺は苦笑した。

「才能というより、前世で甥っ子を育ててたときに、風邪薬とか作ってたんですよ。でも、こんなに綺麗な薬は初めてです」

 ミラはしばらく黙って瓶を見つめていたが、やがて顔を上げ、真剣な目で俺を見つめた。

「シュウさん、あなた、正式に薬師登録してみませんか? ギルドに持っていけば、間違いなく一目置かれますよ」

 俺は首を横に振った。

「いや、俺は薬師じゃない。ただ、困ってる人たちに助けになりたいだけです。でも、登録証くらいはもらっておいて、時々卸すくらいならいいかなって」

 ミラは少し残念そうだったが、すぐに笑顔になった。

「わかりました。でも、この品質、絶対にギルドに見せなきゃダメです!」

 そして、俺たち八人は、ネロとリオを連れて、街の冒険者ギルドに向かった。
 フェイは騎士団長として、アレンは王子として、ウォルフとラムも同行。
 ログハウスを出ると、夕方の空がオレンジに染まり、遠くの山々がシルエットしていた。
 街へ向かう道中、ネロは「兄ちゃんの薬、きっとみんな助かるよ!」と嬉しそうに跳ね、リオは「俺もいつか、シュウ兄さんのようにできるようになりたい」と静かに言った。

 ギルドに着くと、受付の女性が目を丸くした。

「あ、シュウ様、フェイ様、アレン王子⋯⋯! 今日は何のご用件ですか?」

 ミラが前に出て、瓶を差し出した。

「こちら、シュウ様が作った薬です。一度、鑑定していただけますか?」

 受付の女性は軽く笑った。

「また何かの冗談ですか? シュウ様が薬を作るなんて⋯⋯」

 だが、その言葉は、鑑定士が瓶を受け取り、魔法の鑑定をかけてから、一瞬で消えた。

「⋯⋯え? えぇぇぇぇ!?」

 鑑定士は目を剥き、手を震わせながら、鑑定結果を読み上げた。

「【名称】:星輝の癒し液  
【ランク】:神級  
【効果】:全回復、状態異常完全解除、生命力回復、精神安定、副作用なし  
【備考】:古代の伝説にしか記録のない完成度。素材の調和、火加減、意図の純度が完璧。製作者は神の手を持つ者か?」

 ギルド内が、一瞬で静まり返った。

 やがて、ギルドマスターが慌てて駆けつけてきた。
 彼は白髪の老人で、かつては伝説の冒険者だったと聞く。

「これは⋯⋯本物か? 本当に、シュウ殿が作ったのか?」

 俺は軽く肩をすくめた。

「はい。ミラさんに教えてもらって、初めて作りました。貧民街の人に安く譲りたいと思って」

 ギルドマスターはしばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。

「シュウ殿、どうか定期的にこの薬を納品してはいただけませんか? 報酬はいくらでも出します。いや、報酬ではなく、国を挙げて感謝いたします!」

 俺は再び首を振った。

「申し訳ありません。俺は薬師ではありません。ただ、困ってる人の役に立ちたいだけです。登録証だけもらって、時々卸す程度にさせてください」

 ギルドマスターは残念そうだったが、その意志の強さに敬意を表し、薬師登録証を発行してくれた。
 そして、俺たちはログハウスに戻り、再び薬を作った。
 今度は、風邪薬、傷薬、毒消し、疲労回復薬など、様々な種類を。
 どれも、ミラの目を驚かせる神級品だった。

 翌日、俺とミラ、ネロ、リオは貧民街へ向かった。
 小さな屋台を出し、薬を並べる。
 値段は、ギルドの半額以下。 
 人々は最初、怪しげな目で見ていたが、ミラが丁寧に説明し、ネロとリオが笑顔で接客すると、次第に集まり始めた。

「これ、本当に効くの?」

「はい! シュウ兄さんが作ったんですから、絶対大丈夫!」

「兄ちゃんの薬、神様が降りてるって言われたよ!」

 人々は半信半疑で試しに買うと、すぐにその効果に驚き、家族や隣人を連れて戻ってきた。
 アッという間に完売。
 帰宅する頃には、日が暮れていた。

 そして今夜――その穏やかな囲炉裏の時間に、突然、ログハウスの扉がノックされた。

「おーい、兄ちゃん! 開けてー!」

 聞き慣れない、しかしどこか明るい声。
 アレンが顔を上げ、笑った。

「ああ、ヨシュアか。珍しいな、来るのは」

 俺は扉を開けると、そこに立っていたのは、銀髪碧眼の若者――エレスティア王国第2王子、ヨシュア・エレスティアだった。
 彼はアレンに似ているが、もっと気さくで、どこか悪戯っ子のような雰囲気を持っている。

「兄ちゃん! 久しぶり~!」

 アレンが立ち上がり、ヨシュアと抱き合った。
 そのハグは、とても自然で、兄弟の絆を感じさせるものだった。
 だが、次の瞬間――。

 ヨシュアがアレンの手を下に滑らせ、彼の股間をポンと叩いた。

「おっ、相変わらず立派だな! これが俺たち兄弟の挨拶なんだよ、シュウさん!」

 アレンは爆笑した。

「バカヤロウ! やめろって!」

 俺は思わず目を丸くした。
 ネロは「えぇぇ!?」と顔を赤くし、リオは「⋯⋯それは⋯⋯ちょっと⋯⋯」と目を逸らした。
 フェイは冷静に「⋯⋯王子の嗜好は、存じ上げません」と言い、ミラは「えぇぇ!? そんな⋯⋯!」と顔を真っ赤にした。
 ウォルフは「⋯⋯人間の習わしは、理解しがたい」と耳を伏せ、ラムは「⋯⋯古の王族の儀礼か⋯⋯? しかし、現代では⋯⋯」と九尾を揺らした。

 そして、ヨシュアは俺に向き直ると、にっこりと笑った。

「シュウさん、初めまして! ヨシュア・エレスティアです!」

 そう言うと、彼は突然俺に抱きついてきた。
 そして、そのまま手を下に滑らせ――。

「おぉ!? シュウさんのは兄ちゃんのよりデカい!? マジで!?」

 アレンは床を打って大笑いした。

「やめろって! シュウもびっくりしてるだろ!」

 俺は呆然としたが、しかし、ヨシュアのその無邪気な笑顔と、まったく悪意のない態度に、次第に笑いが込み上げてきた。
 この若者は、本当に気さくで、飾らない。
 王族の重圧を感じさせず、ただ「人」として接してくれる。

「⋯⋯ははは、確かに驚いたよ。でも、お前、面白いな」

 ヨシュアは満面の笑みで言った。

「兄ちゃんが『シュウさん、最高の人間だよ』って言ってたから、会ってみたかったんだ。これからも、よろしくね、シュウさん!」

 俺はその言葉に、心の奥が温かくなるのを感じた。
 そして、このログハウスに、また一人、大切な家族が増えた気がした。

 囲炉裏の火が、静かに揺らめく。
 夜は更けていく。
 だが、この家には、いつも笑いと温かさが満ちている。
 俺は、この異世界で、本当に「家」を見つけたのかもしれない。


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