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第53話:フェイの動揺とリオの戸惑い
第53話:フェイの動揺とリオの戸惑い
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森の奥、静寂が呼吸する場所――。
そこには、木の年輪が語るような温もりを帯びたログハウスが、月光を吸い込んだ苔の上で静かに佇んでいた。
その横、切り立った岩肌に沿って湧き出る温泉は、地の奥深くで眠っていた星の記憶を溶かし、湯気とともに空へと還す。
石と木で築かれた離れの脱衣所は、屋根の隙間から差し込む月明かりが、木製のベンチに銀の線を描いている。
湯気はまだ、朝露よりも薄く、夜露よりも重い――まるで、何かが今まさに、変容の淵から戻ってきたばかりの、その余韻そのものだった。
「⋯⋯今日も、湯に浸かるか」
フェイ・アストレアは、石の縁に腰を下ろし、右手の甲を軽く叩いた。
指先には、騎士団長としての硬さと、少年時代の記憶が混ざった柔らかな皺がある。
彼の声は低く、落ち着いている。
しかし、その瞳の奥には、今朝からずっと消えない、微かな乱れがあった。
――リオの背丈が、自分の肩に並んだこと。
――その胸板の厚みが、自分の手のひらで測れるほどに、確実に増していたこと。
――そして、何より、その身体の「変化」が、単なる成長ではなく、星の守護者の血が目覚めた証だったという事実が、彼の理性を、静かに、しかし確実に削っていた。
「うん! 温泉、最高だよね!」
ネロが、小さな体を弾ませて脱衣所へ駆け込んだ。
茶色の髪は、湯気で少し湿り、翡翠色の瞳は、まるで森の奥にひっそりと光る蛍のように、澄んでいた。
11歳――まだ、声も高く、歩幅も小さく、笑うと頬に小さなエクボが浮かぶ。
けれど、その目には、星の道を歩いた者だけが持つ、静かな重みがある。
彼は、シュウの弟であり、養子であり、そして、この家で誰よりも無邪気に「今」を生きる存在だった。
「リオ、早く! 湯、冷めちゃうよ!」
「⋯⋯あ、うん。今、着替える」
声は、確かに低くなった。
けれど、そのトーンには、まだ少年の柔らかさが残っている。
黒髪は、以前より少し長く、首筋にかかる。
茶色の瞳は、静かに揺れている。
12歳――黒狼族の末裔でありながら、人間に近い容姿を持つ半獣人。
だが、今やその「人間らしさ」は、どこか、不思議なほどに、鋭く、深く、男の形へと移り変わっていた。
リオは、自分の身体を見下ろした。
手のひらを広げ、指をゆっくりと握り直す。
筋肉の張りが、以前とは違う。
肩のラインが、服の上からでも分かるほどに、鋭く浮かび上がっている。
そして――
(⋯⋯アソコも、確かに⋯⋯)
彼は、一瞬、顔をそらした。
いや、正確には、そらさざるを得なかった。
なぜなら、その変化は、単なる「大きさ」の問題ではなく、身体全体のバランスが、まるで別次元の規則で再構築されたかのように、一貫して「強さ」へと収斂していたからだ。
星の守護者の血――それは、単なる力の覚醒ではなく、身体そのものが、星々の軌道に合わせて再編されたという、驚愕の事実だった。
「⋯⋯リオ、何見てんの?」
ネロが、裸のまま、腰にタオルを巻き、リオの横に立った。
彼の視線は、リオの下腹部へと自然と滑り、そして、一瞬、目を丸くした。
「⋯⋯え? リオ、それ⋯⋯」
「⋯⋯?」
リオは、まだ着替えの途中だった。
シャツを脱ぎ、ズボンのベルトを外そうとしていた。
その手が、一瞬、止まった。
「⋯⋯何?」
「⋯⋯アソコ、ほんとに大きくなってるよ!」
ネロは、まったく悪気なく、指をさした。
その声は、驚きと、どこか興味津々の純粋な好奇心に満ちていた。
11歳の少年にとって、「大きさ」は、単なる比較の対象であり、それ以上でも以下でもなかった。
彼は、シュウの腕の太さを測ったり、フェイの剣の長さを数えたりするのと同じ感覚で、リオの身体の変化を、ただ「事実」として受け止めていた。
「⋯⋯えっ?」
リオは、思わず手を止め、顔を真っ赤に染めた。
「そんな⋯⋯ちょっと⋯⋯」
「ちょっとじゃないよ! 全然、違う!」
ネロは、タオルを片手で押さえながら、もう片方の手で、自分の腰のあたりを指し示した。
「俺の倍は⋯⋯いや、三倍はあるかも! シュウ兄ちゃんよりは小さいけど、でも、シュウ兄ちゃんって、特別だから! でも、リオのは、普通の人がいきなりこうなるって、ありえないよね?」
「⋯⋯ネロ、黙ってろ」
その声は、低く、静かだった。
けれど、その一言で、脱衣所の空気が、一瞬、凍りついた。
フェイが、石の縁から立ち上がっていた。
黒い騎士服は、すでに脱ぎ捨てられ、白いシャツの下に、鍛え抜かれた胸板が、月明かりを受けて微かに光っていた。
彼の目は、リオをじっと見つめていた。
その視線は、落ち着いていた。
けれど、その奥には、まるで渦巻く星雲のように、理性と衝動が激しく交錯していた。
「リオ⋯⋯」
フェイは、一歩、前に出た。
その足音は、木の床に、重く響いた。
「⋯⋯それは、ちょっと、成長し過ぎではないか?」
声は、冷静そのもの。
けれど、その声の震えは、耳を澄ませば、確かに聞こえた。
彼の右手は、無意識に、腰に巻いたタオルの端を握っていた。
指の関節が、白くなっていた。
リオは、一瞬、言葉を失った。
彼は、フェイの顔を見上げた。
――その目には、驚きも、嘲笑も、いやがりも、なかった。
ただ、純粋な、そして、どこか苦しそうな、理解の試みがあった。
「⋯⋯えっ? でも、兄さんのよりは小さいと思うけど?」
「シュウ様のは特別なのです!」
フェイは、思わず声を上げた。
その声は、まるで、自分自身の理性を守るための、最後の砦のように響いた。
「⋯⋯しかし、リオ⋯⋯本当に大きくなったな⋯⋯」
「⋯⋯どこを見て言ってんですか?(笑)」
リオは、照れくさそうに笑った。
けれど、その笑みは、どこか、不安を隠すためのものだった。
彼は、自分の身体を、まだ完全には受け入れられていなかった。
それは、単なる「大きさ」の問題ではなく、自分が、もう「子ども」ではなく、何か別の、まだ名前のない存在へと、静かに、しかし確実に移り変わっているという、微かな恐怖だった。
「でも、リオのアソコ、ほんとに大きくなってるよ!」
ネロが、再び、無邪気に叫んだ。
その声は、脱衣所の静寂を、まるで石を投げ入れた池のように、波紋を広げた。
「⋯⋯ネロ」
フェイは、深く息を吸い、そして、ゆっくりと吐いた。
彼の視線は、リオの顔から、その胸、その腰、そして、その下へと、一瞬だけ滑り落ちた。
その瞬間、彼の耳は、真っ赤に染まった。
そして、彼は、その視線を、すぐに、天井へと向け直した。
「⋯⋯これは、星の守護者の血が、身体の“基盤”を再構築した結果だ⋯⋯」
フェイは、自分自身に言い聞かせるように、静かに呟いた。
「⋯⋯筋肉の密度、骨格の密度、内臓の配置⋯⋯すべてが、星々の重力と、その軌道に合わせて、最適化された⋯⋯」
「⋯⋯え?」
リオは、その言葉に、思わず聞き返した。
「⋯⋯最適化?」
「⋯⋯つまり、戦闘において、最も効率的な身体⋯⋯というより、星の力と、最も調和する身体⋯⋯」
フェイは、言葉を選びながら、ゆっくりと説明した。
「⋯⋯だから、単なる“成長”ではない。これは、リオの身体が、星の道で得た“記憶”を、物理的に、現実に落とし込んだ結果だ⋯⋯」
「⋯⋯星の記憶⋯⋯?」
リオは、自分の手を見つめた。
その手のひらには、星の道で、ルミナの光を受けて、微かに残る、銀色の紋様があった。
それは、今も、静かに、脈を打っていた。
「⋯⋯つまり、俺の身体は、星の力と、ちゃんと⋯⋯繋がってる?」
「⋯⋯繋がっている。そして、その繋がりが、身体のすべてを、再設計した⋯⋯」
フェイは、その言葉を、静かに、しかし、重く、告げた。
その声には、驚きではなく、畏敬があった。
そして、どこか、自分自身の無力さを認めざるを得ない、静かな諦めがあった。
「⋯⋯でも、フェイさん⋯⋯」
リオは、小さく、しかし、はっきりと、言った。
「⋯⋯俺、まだ、この身体に、慣れてない⋯⋯」
その一言で、フェイの胸が、ぎゅっと締めつけられた。
彼は、リオの顔を見つめた。
その茶色の瞳には、涙はなかった。
けれど、その奥には、どこか、子どもの頃の、無邪気な自分を、まだ探しているような、静かな迷いがあった。
「⋯⋯リオ」
フェイは、一歩、前に出た。
そして、その手を、リオの肩に置いた。
その手のひらには、騎士としての硬さがあった。
けれど、その力は、優しく、そして、確かな重みで、リオの肩を包んだ。
「⋯⋯俺は、お前が、どんな姿になっても、リオ・タチバナだと、信じている」
「⋯⋯フェイさん⋯⋯」
「⋯⋯だから、焦らなくていい。この身体も、この心も、お前自身のものだ。誰かに合わせる必要はない。ただ、お前が、お前らしく、生きていればいい」
その言葉は、リオの胸の奥に、静かに、深く、染み込んだ。
彼は、小さく、頷いた。
「⋯⋯うん」
その瞬間、脱衣所の扉が、静かに開いた。
「⋯⋯あれ、皆んな、もう集まってたか」
シュウが、白い浴衣を着て、そこに立っていた。
彼の髪は、少し湿っていて、その目には、どこか、優しい、そして、どこか、深い、静かな光があった。
「⋯⋯兄さん」
リオは、思わず、その声を漏らした。
その声には、安堵と、どこか、小さな、甘えがあった。
「⋯⋯うん。来たよ」
シュウは、静かに、部屋の中へと入ってきた。
彼の視線は、リオの身体を、一瞬だけ、静かに見渡した。
そして、その目には、驚きも、戸惑いも、なかった。
ただ、純粋な、そして、どこか、誇らしげな、静かな光があった。
「⋯⋯リオ、本当に、格好良くなったな」
「⋯⋯兄さん、また⋯⋯」
「事実だよ」
シュウは、笑った。
その笑みは、どこか、少年の頃の、無邪気な笑みと、大人の、静かな確信が、混ざり合った、不思議な笑みだった。
「⋯⋯でも、フェイ、お前、今、何を真剣に考えてた?」
シュウは、フェイの顔を見つめ、静かに、尋ねた。
「⋯⋯何でもありません!」
フェイは、思わず、声を上げた。
その声は、どこか、高すぎた。
彼の耳は、再び、真っ赤に染まった。
「⋯⋯え? フェイさん、何が?」
ネロは、首を傾げた。
その目には、純粋な疑問と好奇心しかなかった。
「⋯⋯いや、何でもない。ただ、リオの身体の変化について、少し、考えていた」
「⋯⋯フェイさん、大丈夫? 顔、赤いよ?」
「⋯⋯大丈夫だ。ただ、湯気が、少し、熱いだけだ」
フェイは、静かに、そう答えた。
けれど、その声の奥には、どこか、自分自身の理性が、今まさに、崩れ落ちようとしている、静かな、そして、どこか、滑稽な、危機感があった。
「⋯⋯じゃあ、みんな、湯に浸かる?」
ネロは、タオルを外し、裸のまま、温泉へと駆け出した。
その小さな身体は、月明かりを浴びて、まるで、小さな星のように輝いていた。
「⋯⋯リオ、行こう」
シュウは、リオの手を取った。
その手のひらは、温かく、そして、どこか、確かな重みがあった。
「⋯⋯うん」
リオは、小さく頷いた。
そして、その手を、しっかりと握り返した。
温泉の湯は、温かく、静かに、身体を包み込んだ。
湯気は、月明かりを受けて、銀色の霧のように、ゆっくりと、空へと昇っていった。
その中で、リオは、自分の身体を見下ろした。
その胸板は、確かに厚く、その腕は、確かに太く、その脚は、確かに長かった。
そして、その間には、確かに、以前とは比べものにならないほどに、大きく、そして、力強く、存在しているモノがあった。
「⋯⋯リオ」
シュウは、静かに、リオの横に座った。
その声は、湯気の中に、静かに溶けていった。
「⋯⋯お前は、もう、子どもじゃない」
「⋯⋯うん」
「⋯⋯でも、子どもだった頃の、お前の優しさも、お前の弱さも、お前の笑顔も、全部、今も、ここにある」
「⋯⋯兄さん⋯⋯」
「⋯⋯だから、この身体が、どんなに変わっても、お前は、お前だ。俺の息子であり、家族だ。それだけは、絶対に、変わらない」
その言葉は、リオの胸の奥に、静かに、そして、確実に、根を張った。
彼は、小さく、頷いた。
そして、その目には、涙はなかった。
けれど、その瞳の奥には、どこか、静かな、そして、確かな、光が、灯り始めた。
「⋯⋯うん。俺は、リオ・タチバナだ」
その一言で、温泉の湯気が、まるで、祝福のように、静かに、空へと昇っていった。
月明かりは、その湯気を照らし、銀色の光を、静かに、そして、確実に、リオの身体に、降り注いだ。
――その光は、星の記憶を、身体に刻み、そして、新しい日常へと、静かに、導いていた。
(⋯⋯おかえり、リオ。これからは、この身体で――この家で、生きていけ)
湯気の向こうで、シュウは、静かに、そう呟いた。
その声は、風に乗り、星へと、静かに、届いていった。
そこには、木の年輪が語るような温もりを帯びたログハウスが、月光を吸い込んだ苔の上で静かに佇んでいた。
その横、切り立った岩肌に沿って湧き出る温泉は、地の奥深くで眠っていた星の記憶を溶かし、湯気とともに空へと還す。
石と木で築かれた離れの脱衣所は、屋根の隙間から差し込む月明かりが、木製のベンチに銀の線を描いている。
湯気はまだ、朝露よりも薄く、夜露よりも重い――まるで、何かが今まさに、変容の淵から戻ってきたばかりの、その余韻そのものだった。
「⋯⋯今日も、湯に浸かるか」
フェイ・アストレアは、石の縁に腰を下ろし、右手の甲を軽く叩いた。
指先には、騎士団長としての硬さと、少年時代の記憶が混ざった柔らかな皺がある。
彼の声は低く、落ち着いている。
しかし、その瞳の奥には、今朝からずっと消えない、微かな乱れがあった。
――リオの背丈が、自分の肩に並んだこと。
――その胸板の厚みが、自分の手のひらで測れるほどに、確実に増していたこと。
――そして、何より、その身体の「変化」が、単なる成長ではなく、星の守護者の血が目覚めた証だったという事実が、彼の理性を、静かに、しかし確実に削っていた。
「うん! 温泉、最高だよね!」
ネロが、小さな体を弾ませて脱衣所へ駆け込んだ。
茶色の髪は、湯気で少し湿り、翡翠色の瞳は、まるで森の奥にひっそりと光る蛍のように、澄んでいた。
11歳――まだ、声も高く、歩幅も小さく、笑うと頬に小さなエクボが浮かぶ。
けれど、その目には、星の道を歩いた者だけが持つ、静かな重みがある。
彼は、シュウの弟であり、養子であり、そして、この家で誰よりも無邪気に「今」を生きる存在だった。
「リオ、早く! 湯、冷めちゃうよ!」
「⋯⋯あ、うん。今、着替える」
声は、確かに低くなった。
けれど、そのトーンには、まだ少年の柔らかさが残っている。
黒髪は、以前より少し長く、首筋にかかる。
茶色の瞳は、静かに揺れている。
12歳――黒狼族の末裔でありながら、人間に近い容姿を持つ半獣人。
だが、今やその「人間らしさ」は、どこか、不思議なほどに、鋭く、深く、男の形へと移り変わっていた。
リオは、自分の身体を見下ろした。
手のひらを広げ、指をゆっくりと握り直す。
筋肉の張りが、以前とは違う。
肩のラインが、服の上からでも分かるほどに、鋭く浮かび上がっている。
そして――
(⋯⋯アソコも、確かに⋯⋯)
彼は、一瞬、顔をそらした。
いや、正確には、そらさざるを得なかった。
なぜなら、その変化は、単なる「大きさ」の問題ではなく、身体全体のバランスが、まるで別次元の規則で再構築されたかのように、一貫して「強さ」へと収斂していたからだ。
星の守護者の血――それは、単なる力の覚醒ではなく、身体そのものが、星々の軌道に合わせて再編されたという、驚愕の事実だった。
「⋯⋯リオ、何見てんの?」
ネロが、裸のまま、腰にタオルを巻き、リオの横に立った。
彼の視線は、リオの下腹部へと自然と滑り、そして、一瞬、目を丸くした。
「⋯⋯え? リオ、それ⋯⋯」
「⋯⋯?」
リオは、まだ着替えの途中だった。
シャツを脱ぎ、ズボンのベルトを外そうとしていた。
その手が、一瞬、止まった。
「⋯⋯何?」
「⋯⋯アソコ、ほんとに大きくなってるよ!」
ネロは、まったく悪気なく、指をさした。
その声は、驚きと、どこか興味津々の純粋な好奇心に満ちていた。
11歳の少年にとって、「大きさ」は、単なる比較の対象であり、それ以上でも以下でもなかった。
彼は、シュウの腕の太さを測ったり、フェイの剣の長さを数えたりするのと同じ感覚で、リオの身体の変化を、ただ「事実」として受け止めていた。
「⋯⋯えっ?」
リオは、思わず手を止め、顔を真っ赤に染めた。
「そんな⋯⋯ちょっと⋯⋯」
「ちょっとじゃないよ! 全然、違う!」
ネロは、タオルを片手で押さえながら、もう片方の手で、自分の腰のあたりを指し示した。
「俺の倍は⋯⋯いや、三倍はあるかも! シュウ兄ちゃんよりは小さいけど、でも、シュウ兄ちゃんって、特別だから! でも、リオのは、普通の人がいきなりこうなるって、ありえないよね?」
「⋯⋯ネロ、黙ってろ」
その声は、低く、静かだった。
けれど、その一言で、脱衣所の空気が、一瞬、凍りついた。
フェイが、石の縁から立ち上がっていた。
黒い騎士服は、すでに脱ぎ捨てられ、白いシャツの下に、鍛え抜かれた胸板が、月明かりを受けて微かに光っていた。
彼の目は、リオをじっと見つめていた。
その視線は、落ち着いていた。
けれど、その奥には、まるで渦巻く星雲のように、理性と衝動が激しく交錯していた。
「リオ⋯⋯」
フェイは、一歩、前に出た。
その足音は、木の床に、重く響いた。
「⋯⋯それは、ちょっと、成長し過ぎではないか?」
声は、冷静そのもの。
けれど、その声の震えは、耳を澄ませば、確かに聞こえた。
彼の右手は、無意識に、腰に巻いたタオルの端を握っていた。
指の関節が、白くなっていた。
リオは、一瞬、言葉を失った。
彼は、フェイの顔を見上げた。
――その目には、驚きも、嘲笑も、いやがりも、なかった。
ただ、純粋な、そして、どこか苦しそうな、理解の試みがあった。
「⋯⋯えっ? でも、兄さんのよりは小さいと思うけど?」
「シュウ様のは特別なのです!」
フェイは、思わず声を上げた。
その声は、まるで、自分自身の理性を守るための、最後の砦のように響いた。
「⋯⋯しかし、リオ⋯⋯本当に大きくなったな⋯⋯」
「⋯⋯どこを見て言ってんですか?(笑)」
リオは、照れくさそうに笑った。
けれど、その笑みは、どこか、不安を隠すためのものだった。
彼は、自分の身体を、まだ完全には受け入れられていなかった。
それは、単なる「大きさ」の問題ではなく、自分が、もう「子ども」ではなく、何か別の、まだ名前のない存在へと、静かに、しかし確実に移り変わっているという、微かな恐怖だった。
「でも、リオのアソコ、ほんとに大きくなってるよ!」
ネロが、再び、無邪気に叫んだ。
その声は、脱衣所の静寂を、まるで石を投げ入れた池のように、波紋を広げた。
「⋯⋯ネロ」
フェイは、深く息を吸い、そして、ゆっくりと吐いた。
彼の視線は、リオの顔から、その胸、その腰、そして、その下へと、一瞬だけ滑り落ちた。
その瞬間、彼の耳は、真っ赤に染まった。
そして、彼は、その視線を、すぐに、天井へと向け直した。
「⋯⋯これは、星の守護者の血が、身体の“基盤”を再構築した結果だ⋯⋯」
フェイは、自分自身に言い聞かせるように、静かに呟いた。
「⋯⋯筋肉の密度、骨格の密度、内臓の配置⋯⋯すべてが、星々の重力と、その軌道に合わせて、最適化された⋯⋯」
「⋯⋯え?」
リオは、その言葉に、思わず聞き返した。
「⋯⋯最適化?」
「⋯⋯つまり、戦闘において、最も効率的な身体⋯⋯というより、星の力と、最も調和する身体⋯⋯」
フェイは、言葉を選びながら、ゆっくりと説明した。
「⋯⋯だから、単なる“成長”ではない。これは、リオの身体が、星の道で得た“記憶”を、物理的に、現実に落とし込んだ結果だ⋯⋯」
「⋯⋯星の記憶⋯⋯?」
リオは、自分の手を見つめた。
その手のひらには、星の道で、ルミナの光を受けて、微かに残る、銀色の紋様があった。
それは、今も、静かに、脈を打っていた。
「⋯⋯つまり、俺の身体は、星の力と、ちゃんと⋯⋯繋がってる?」
「⋯⋯繋がっている。そして、その繋がりが、身体のすべてを、再設計した⋯⋯」
フェイは、その言葉を、静かに、しかし、重く、告げた。
その声には、驚きではなく、畏敬があった。
そして、どこか、自分自身の無力さを認めざるを得ない、静かな諦めがあった。
「⋯⋯でも、フェイさん⋯⋯」
リオは、小さく、しかし、はっきりと、言った。
「⋯⋯俺、まだ、この身体に、慣れてない⋯⋯」
その一言で、フェイの胸が、ぎゅっと締めつけられた。
彼は、リオの顔を見つめた。
その茶色の瞳には、涙はなかった。
けれど、その奥には、どこか、子どもの頃の、無邪気な自分を、まだ探しているような、静かな迷いがあった。
「⋯⋯リオ」
フェイは、一歩、前に出た。
そして、その手を、リオの肩に置いた。
その手のひらには、騎士としての硬さがあった。
けれど、その力は、優しく、そして、確かな重みで、リオの肩を包んだ。
「⋯⋯俺は、お前が、どんな姿になっても、リオ・タチバナだと、信じている」
「⋯⋯フェイさん⋯⋯」
「⋯⋯だから、焦らなくていい。この身体も、この心も、お前自身のものだ。誰かに合わせる必要はない。ただ、お前が、お前らしく、生きていればいい」
その言葉は、リオの胸の奥に、静かに、深く、染み込んだ。
彼は、小さく、頷いた。
「⋯⋯うん」
その瞬間、脱衣所の扉が、静かに開いた。
「⋯⋯あれ、皆んな、もう集まってたか」
シュウが、白い浴衣を着て、そこに立っていた。
彼の髪は、少し湿っていて、その目には、どこか、優しい、そして、どこか、深い、静かな光があった。
「⋯⋯兄さん」
リオは、思わず、その声を漏らした。
その声には、安堵と、どこか、小さな、甘えがあった。
「⋯⋯うん。来たよ」
シュウは、静かに、部屋の中へと入ってきた。
彼の視線は、リオの身体を、一瞬だけ、静かに見渡した。
そして、その目には、驚きも、戸惑いも、なかった。
ただ、純粋な、そして、どこか、誇らしげな、静かな光があった。
「⋯⋯リオ、本当に、格好良くなったな」
「⋯⋯兄さん、また⋯⋯」
「事実だよ」
シュウは、笑った。
その笑みは、どこか、少年の頃の、無邪気な笑みと、大人の、静かな確信が、混ざり合った、不思議な笑みだった。
「⋯⋯でも、フェイ、お前、今、何を真剣に考えてた?」
シュウは、フェイの顔を見つめ、静かに、尋ねた。
「⋯⋯何でもありません!」
フェイは、思わず、声を上げた。
その声は、どこか、高すぎた。
彼の耳は、再び、真っ赤に染まった。
「⋯⋯え? フェイさん、何が?」
ネロは、首を傾げた。
その目には、純粋な疑問と好奇心しかなかった。
「⋯⋯いや、何でもない。ただ、リオの身体の変化について、少し、考えていた」
「⋯⋯フェイさん、大丈夫? 顔、赤いよ?」
「⋯⋯大丈夫だ。ただ、湯気が、少し、熱いだけだ」
フェイは、静かに、そう答えた。
けれど、その声の奥には、どこか、自分自身の理性が、今まさに、崩れ落ちようとしている、静かな、そして、どこか、滑稽な、危機感があった。
「⋯⋯じゃあ、みんな、湯に浸かる?」
ネロは、タオルを外し、裸のまま、温泉へと駆け出した。
その小さな身体は、月明かりを浴びて、まるで、小さな星のように輝いていた。
「⋯⋯リオ、行こう」
シュウは、リオの手を取った。
その手のひらは、温かく、そして、どこか、確かな重みがあった。
「⋯⋯うん」
リオは、小さく頷いた。
そして、その手を、しっかりと握り返した。
温泉の湯は、温かく、静かに、身体を包み込んだ。
湯気は、月明かりを受けて、銀色の霧のように、ゆっくりと、空へと昇っていった。
その中で、リオは、自分の身体を見下ろした。
その胸板は、確かに厚く、その腕は、確かに太く、その脚は、確かに長かった。
そして、その間には、確かに、以前とは比べものにならないほどに、大きく、そして、力強く、存在しているモノがあった。
「⋯⋯リオ」
シュウは、静かに、リオの横に座った。
その声は、湯気の中に、静かに溶けていった。
「⋯⋯お前は、もう、子どもじゃない」
「⋯⋯うん」
「⋯⋯でも、子どもだった頃の、お前の優しさも、お前の弱さも、お前の笑顔も、全部、今も、ここにある」
「⋯⋯兄さん⋯⋯」
「⋯⋯だから、この身体が、どんなに変わっても、お前は、お前だ。俺の息子であり、家族だ。それだけは、絶対に、変わらない」
その言葉は、リオの胸の奥に、静かに、そして、確実に、根を張った。
彼は、小さく、頷いた。
そして、その目には、涙はなかった。
けれど、その瞳の奥には、どこか、静かな、そして、確かな、光が、灯り始めた。
「⋯⋯うん。俺は、リオ・タチバナだ」
その一言で、温泉の湯気が、まるで、祝福のように、静かに、空へと昇っていった。
月明かりは、その湯気を照らし、銀色の光を、静かに、そして、確実に、リオの身体に、降り注いだ。
――その光は、星の記憶を、身体に刻み、そして、新しい日常へと、静かに、導いていた。
(⋯⋯おかえり、リオ。これからは、この身体で――この家で、生きていけ)
湯気の向こうで、シュウは、静かに、そう呟いた。
その声は、風に乗り、星へと、静かに、届いていった。
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チート能力? 攻撃魔法?
いいえ、彼が手にしたのは「茶道具一式」と「陶芸セット」が出せるスキルだけ。
「私がすべき事は、戦うことではありません。一服の茶を出し、心を整えることです」
ゴブリン相手に正座で茶を勧め、
戦場のど真ん中に「結界(茶室)」を展開して空気を変え、
牢屋にぶち込まれれば、そこを「隠れ家カフェ」にリフォームして看守を餌付けする。
そんな彼の振る舞う、異世界には存在しない「極上の甘味(カステラ・羊羹)」と、魔法よりも美しい「茶器」に、武闘派の獣人女王も、強欲な大商人も、次第に心を(胃袋を)掴まれていき……?
「野暮な振る舞いは許しません」
これは、ブレない茶道家が、殺伐とした異世界を「おもてなし」で平和に変えていく、一期一会の物語。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
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俺は異世界転生者カドマツ。
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例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
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※小説家になろう様にも掲載しています。
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