元アラフィフ男の異世界転生記 〜新しい家族とともに異世界を謳歌する〜

あかいとまと

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第53話:フェイの動揺とリオの戸惑い

第53話:フェイの動揺とリオの戸惑い

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 森の奥、静寂が呼吸する場所――。  
 そこには、木の年輪が語るような温もりを帯びたログハウスが、月光を吸い込んだ苔の上で静かに佇んでいた。  
 その横、切り立った岩肌に沿って湧き出る温泉は、地の奥深くで眠っていた星の記憶を溶かし、湯気とともに空へと還す。  
 石と木で築かれた離れの脱衣所は、屋根の隙間から差し込む月明かりが、木製のベンチに銀の線を描いている。  
 湯気はまだ、朝露よりも薄く、夜露よりも重い――まるで、何かが今まさに、変容の淵から戻ってきたばかりの、その余韻そのものだった。

「⋯⋯今日も、湯に浸かるか」

 フェイ・アストレアは、石の縁に腰を下ろし、右手の甲を軽く叩いた。  
 指先には、騎士団長としての硬さと、少年時代の記憶が混ざった柔らかな皺がある。  
 彼の声は低く、落ち着いている。  
 しかし、その瞳の奥には、今朝からずっと消えない、微かな乱れがあった。  
 ――リオの背丈が、自分の肩に並んだこと。  
 ――その胸板の厚みが、自分の手のひらで測れるほどに、確実に増していたこと。  
 ――そして、何より、その身体の「変化」が、単なる成長ではなく、星の守護者の血が目覚めた証だったという事実が、彼の理性を、静かに、しかし確実に削っていた。

「うん! 温泉、最高だよね!」

 ネロが、小さな体を弾ませて脱衣所へ駆け込んだ。  
 茶色の髪は、湯気で少し湿り、翡翠色の瞳は、まるで森の奥にひっそりと光る蛍のように、澄んでいた。  
 11歳――まだ、声も高く、歩幅も小さく、笑うと頬に小さなエクボが浮かぶ。  
 けれど、その目には、星の道を歩いた者だけが持つ、静かな重みがある。  
 彼は、シュウの弟であり、養子であり、そして、この家で誰よりも無邪気に「今」を生きる存在だった。

「リオ、早く! 湯、冷めちゃうよ!」

「⋯⋯あ、うん。今、着替える」

 声は、確かに低くなった。  
 けれど、そのトーンには、まだ少年の柔らかさが残っている。  
 黒髪は、以前より少し長く、首筋にかかる。  
 茶色の瞳は、静かに揺れている。  
 12歳――黒狼族の末裔でありながら、人間に近い容姿を持つ半獣人。  
 だが、今やその「人間らしさ」は、どこか、不思議なほどに、鋭く、深く、男の形へと移り変わっていた。

 リオは、自分の身体を見下ろした。  
 手のひらを広げ、指をゆっくりと握り直す。  
 筋肉の張りが、以前とは違う。  
 肩のラインが、服の上からでも分かるほどに、鋭く浮かび上がっている。  
 そして――  

(⋯⋯アソコも、確かに⋯⋯)

 彼は、一瞬、顔をそらした。  
 いや、正確には、そらさざるを得なかった。  
 なぜなら、その変化は、単なる「大きさ」の問題ではなく、身体全体のバランスが、まるで別次元の規則で再構築されたかのように、一貫して「強さ」へと収斂していたからだ。  
 星の守護者の血――それは、単なる力の覚醒ではなく、身体そのものが、星々の軌道に合わせて再編されたという、驚愕の事実だった。

「⋯⋯リオ、何見てんの?」

 ネロが、裸のまま、腰にタオルを巻き、リオの横に立った。  
 彼の視線は、リオの下腹部へと自然と滑り、そして、一瞬、目を丸くした。

「⋯⋯え? リオ、それ⋯⋯」

「⋯⋯?」

 リオは、まだ着替えの途中だった。  
 シャツを脱ぎ、ズボンのベルトを外そうとしていた。  
 その手が、一瞬、止まった。

「⋯⋯何?」

「⋯⋯アソコ、ほんとに大きくなってるよ!」

 ネロは、まったく悪気なく、指をさした。  
 その声は、驚きと、どこか興味津々の純粋な好奇心に満ちていた。  
 11歳の少年にとって、「大きさ」は、単なる比較の対象であり、それ以上でも以下でもなかった。  
 彼は、シュウの腕の太さを測ったり、フェイの剣の長さを数えたりするのと同じ感覚で、リオの身体の変化を、ただ「事実」として受け止めていた。

「⋯⋯えっ?」

 リオは、思わず手を止め、顔を真っ赤に染めた。  
「そんな⋯⋯ちょっと⋯⋯」

「ちょっとじゃないよ! 全然、違う!」

 ネロは、タオルを片手で押さえながら、もう片方の手で、自分の腰のあたりを指し示した。

「俺の倍は⋯⋯いや、三倍はあるかも! シュウ兄ちゃんよりは小さいけど、でも、シュウ兄ちゃんって、特別だから! でも、リオのは、普通の人がいきなりこうなるって、ありえないよね?」

「⋯⋯ネロ、黙ってろ」

 その声は、低く、静かだった。  
 けれど、その一言で、脱衣所の空気が、一瞬、凍りついた。

 フェイが、石の縁から立ち上がっていた。  
 黒い騎士服は、すでに脱ぎ捨てられ、白いシャツの下に、鍛え抜かれた胸板が、月明かりを受けて微かに光っていた。  
 彼の目は、リオをじっと見つめていた。  
 その視線は、落ち着いていた。  
 けれど、その奥には、まるで渦巻く星雲のように、理性と衝動が激しく交錯していた。

「リオ⋯⋯」

 フェイは、一歩、前に出た。  
 その足音は、木の床に、重く響いた。

「⋯⋯それは、ちょっと、成長し過ぎではないか?」

 声は、冷静そのもの。  
 けれど、その声の震えは、耳を澄ませば、確かに聞こえた。  
 彼の右手は、無意識に、腰に巻いたタオルの端を握っていた。  
 指の関節が、白くなっていた。

 リオは、一瞬、言葉を失った。  
 彼は、フェイの顔を見上げた。  
 ――その目には、驚きも、嘲笑も、いやがりも、なかった。  
 ただ、純粋な、そして、どこか苦しそうな、理解の試みがあった。

「⋯⋯えっ? でも、兄さんのよりは小さいと思うけど?」

「シュウ様のは特別なのです!」

 フェイは、思わず声を上げた。  
 その声は、まるで、自分自身の理性を守るための、最後の砦のように響いた。
  
「⋯⋯しかし、リオ⋯⋯本当に大きくなったな⋯⋯」

「⋯⋯どこを見て言ってんですか?(笑)」

 リオは、照れくさそうに笑った。  
 けれど、その笑みは、どこか、不安を隠すためのものだった。  
 彼は、自分の身体を、まだ完全には受け入れられていなかった。  
 それは、単なる「大きさ」の問題ではなく、自分が、もう「子ども」ではなく、何か別の、まだ名前のない存在へと、静かに、しかし確実に移り変わっているという、微かな恐怖だった。

「でも、リオのアソコ、ほんとに大きくなってるよ!」

 ネロが、再び、無邪気に叫んだ。  
 その声は、脱衣所の静寂を、まるで石を投げ入れた池のように、波紋を広げた。

「⋯⋯ネロ」

 フェイは、深く息を吸い、そして、ゆっくりと吐いた。  
 彼の視線は、リオの顔から、その胸、その腰、そして、その下へと、一瞬だけ滑り落ちた。  
 その瞬間、彼の耳は、真っ赤に染まった。  
 そして、彼は、その視線を、すぐに、天井へと向け直した。

「⋯⋯これは、星の守護者の血が、身体の“基盤”を再構築した結果だ⋯⋯」

 フェイは、自分自身に言い聞かせるように、静かに呟いた。
  
「⋯⋯筋肉の密度、骨格の密度、内臓の配置⋯⋯すべてが、星々の重力と、その軌道に合わせて、最適化された⋯⋯」

「⋯⋯え?」

 リオは、その言葉に、思わず聞き返した。  

「⋯⋯最適化?」

「⋯⋯つまり、戦闘において、最も効率的な身体⋯⋯というより、星の力と、最も調和する身体⋯⋯」

 フェイは、言葉を選びながら、ゆっくりと説明した。
  
「⋯⋯だから、単なる“成長”ではない。これは、リオの身体が、星の道で得た“記憶”を、物理的に、現実に落とし込んだ結果だ⋯⋯」

「⋯⋯星の記憶⋯⋯?」

 リオは、自分の手を見つめた。  
 その手のひらには、星の道で、ルミナの光を受けて、微かに残る、銀色の紋様があった。  
 それは、今も、静かに、脈を打っていた。

「⋯⋯つまり、俺の身体は、星の力と、ちゃんと⋯⋯繋がってる?」

「⋯⋯繋がっている。そして、その繋がりが、身体のすべてを、再設計した⋯⋯」

 フェイは、その言葉を、静かに、しかし、重く、告げた。  
 その声には、驚きではなく、畏敬があった。  
 そして、どこか、自分自身の無力さを認めざるを得ない、静かな諦めがあった。

「⋯⋯でも、フェイさん⋯⋯」

 リオは、小さく、しかし、はっきりと、言った。

「⋯⋯俺、まだ、この身体に、慣れてない⋯⋯」

 その一言で、フェイの胸が、ぎゅっと締めつけられた。  
 彼は、リオの顔を見つめた。  
 その茶色の瞳には、涙はなかった。  
 けれど、その奥には、どこか、子どもの頃の、無邪気な自分を、まだ探しているような、静かな迷いがあった。

「⋯⋯リオ」

 フェイは、一歩、前に出た。  
 そして、その手を、リオの肩に置いた。  
 その手のひらには、騎士としての硬さがあった。  
 けれど、その力は、優しく、そして、確かな重みで、リオの肩を包んだ。

「⋯⋯俺は、お前が、どんな姿になっても、リオ・タチバナだと、信じている」

「⋯⋯フェイさん⋯⋯」

「⋯⋯だから、焦らなくていい。この身体も、この心も、お前自身のものだ。誰かに合わせる必要はない。ただ、お前が、お前らしく、生きていればいい」

 その言葉は、リオの胸の奥に、静かに、深く、染み込んだ。  
 彼は、小さく、頷いた。

「⋯⋯うん」

 その瞬間、脱衣所の扉が、静かに開いた。

「⋯⋯あれ、皆んな、もう集まってたか」

 シュウが、白い浴衣を着て、そこに立っていた。  
 彼の髪は、少し湿っていて、その目には、どこか、優しい、そして、どこか、深い、静かな光があった。

「⋯⋯兄さん」

 リオは、思わず、その声を漏らした。  
 その声には、安堵と、どこか、小さな、甘えがあった。

「⋯⋯うん。来たよ」

 シュウは、静かに、部屋の中へと入ってきた。  
 彼の視線は、リオの身体を、一瞬だけ、静かに見渡した。  
 そして、その目には、驚きも、戸惑いも、なかった。  
 ただ、純粋な、そして、どこか、誇らしげな、静かな光があった。

「⋯⋯リオ、本当に、格好良くなったな」

「⋯⋯兄さん、また⋯⋯」

「事実だよ」

 シュウは、笑った。  
 その笑みは、どこか、少年の頃の、無邪気な笑みと、大人の、静かな確信が、混ざり合った、不思議な笑みだった。

「⋯⋯でも、フェイ、お前、今、何を真剣に考えてた?」

 シュウは、フェイの顔を見つめ、静かに、尋ねた。

「⋯⋯何でもありません!」

 フェイは、思わず、声を上げた。  
 その声は、どこか、高すぎた。  
 彼の耳は、再び、真っ赤に染まった。

「⋯⋯え? フェイさん、何が?」

 ネロは、首を傾げた。  
 その目には、純粋な疑問と好奇心しかなかった。

「⋯⋯いや、何でもない。ただ、リオの身体の変化について、少し、考えていた」

「⋯⋯フェイさん、大丈夫? 顔、赤いよ?」

「⋯⋯大丈夫だ。ただ、湯気が、少し、熱いだけだ」

 フェイは、静かに、そう答えた。  
 けれど、その声の奥には、どこか、自分自身の理性が、今まさに、崩れ落ちようとしている、静かな、そして、どこか、滑稽な、危機感があった。

「⋯⋯じゃあ、みんな、湯に浸かる?」

 ネロは、タオルを外し、裸のまま、温泉へと駆け出した。  
 その小さな身体は、月明かりを浴びて、まるで、小さな星のように輝いていた。

「⋯⋯リオ、行こう」

 シュウは、リオの手を取った。  
 その手のひらは、温かく、そして、どこか、確かな重みがあった。

「⋯⋯うん」

 リオは、小さく頷いた。  
 そして、その手を、しっかりと握り返した。

 温泉の湯は、温かく、静かに、身体を包み込んだ。  
 湯気は、月明かりを受けて、銀色の霧のように、ゆっくりと、空へと昇っていった。  
 その中で、リオは、自分の身体を見下ろした。  
 その胸板は、確かに厚く、その腕は、確かに太く、その脚は、確かに長かった。  
 そして、その間には、確かに、以前とは比べものにならないほどに、大きく、そして、力強く、存在しているモノがあった。

「⋯⋯リオ」

 シュウは、静かに、リオの横に座った。  
 その声は、湯気の中に、静かに溶けていった。

「⋯⋯お前は、もう、子どもじゃない」

「⋯⋯うん」

「⋯⋯でも、子どもだった頃の、お前の優しさも、お前の弱さも、お前の笑顔も、全部、今も、ここにある」

「⋯⋯兄さん⋯⋯」

「⋯⋯だから、この身体が、どんなに変わっても、お前は、お前だ。俺の息子であり、家族だ。それだけは、絶対に、変わらない」

 その言葉は、リオの胸の奥に、静かに、そして、確実に、根を張った。  
 彼は、小さく、頷いた。  
 そして、その目には、涙はなかった。  
 けれど、その瞳の奥には、どこか、静かな、そして、確かな、光が、灯り始めた。

「⋯⋯うん。俺は、リオ・タチバナだ」

 その一言で、温泉の湯気が、まるで、祝福のように、静かに、空へと昇っていった。  
 月明かりは、その湯気を照らし、銀色の光を、静かに、そして、確実に、リオの身体に、降り注いだ。

 ――その光は、星の記憶を、身体に刻み、そして、新しい日常へと、静かに、導いていた。

(⋯⋯おかえり、リオ。これからは、この身体で――この家で、生きていけ)

 湯気の向こうで、シュウは、静かに、そう呟いた。  
 その声は、風に乗り、星へと、静かに、届いていった。



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