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第一章 誰のせいでもない
誰も悪くない
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――薫――
夜の底が、少しずつ白んでいく。
基地の空気は冷たくて、胸の奥に張りつめた不安を逆にくっきり浮かび上がらせた。
櫻小隊の再編――そして最初の攻撃地点として下関攻略が選ばれた。
その作戦の“センター”に、私が選ばれた。
(どうして私なんだろう……私で、本当に大丈夫なの……?)
震える指先を隠すように、胸元をぎゅっと握った。
鼓動が痛い。
呼吸が、浅い。
逃げたいんじゃない。
ただ――潰れそうだった。
「薫ちゃん」
ふわりと肩に手が置かれ、振り向けば、茉莉奈さん。
夜明け前の薄光の中で、柔らかく笑っていた。
「そんな顔してたら、風まで緊張しちゃうよ?」
「……緊張、してます……めちゃくちゃ……」
「ううん、してていい。センターって“怖さを知って立つ場所”だもん」
すごいな、この人は。
胸の奥がぎゅっとなるくらい、温かくて、強い。
茉莉奈さんは私の手を軽く包む。
「大丈夫。薫ちゃんなら。そんなに小さな体で誰よりも努力していることをみんな知ってるよ」
その言葉が、夜明け前の静けさにそっと溶けていった。
不安の波が、一瞬だけ止まった気がした。
私は深呼吸して、コスチュームの裾をそっと整える。
純白から淡いピンクへと移ろうグラデーション。
ロングスリーブのハイネックドレスは、クラシカルなのにどこか現代的で、すっとした細身のシルエット。
軽やかな布がふわりと揺れるたび、月明かりを吸い込んで花びらみたいに見えた。
(これを着て“センター”に立つんだ……私が……)
胸の奥がまたきゅっとした。
でも、さっきより痛くない。
「薫ちゃん、行こっか。夜が明けるよ」
茉莉奈さんが微笑む。
出撃前の空気は張り詰めていて、
まるで世界が呼吸を止めて、私たちを見守っているみたいだった。
薄明りの夜明け。
錆びついた採石船が、波に軋みながら本州の海岸へと近づいていた。
潮の匂いと、油と、緊張が入り混じった空気。
私は甲板の端で、両手をぎゅっと握りしめていた。
(大丈夫……大丈夫……)
自分に言い聞かせる声は、波音にかき消されそうだった。
――そのとき。
水面が爆ぜた。
黒い影が、海から這い上がる。ヘイト。複数。
「来る――!」
誰かの叫びが聞こえた瞬間、衝撃が船体を打ち抜いた。
採石船が大きく傾き、私は投げ出される。
視界が回転し、冷たい海水が身体を包んだ。
必死にもがいて顔を上げたときには、もう仲間の姿は見えなかった。
砂浜に叩きつけられ、転がる。
「……みんな……?」
返事はない。
代わりに、ヘイトの足音が迫ってくる。
――ひとりだ。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
(また……? また、私のせいで……)
センターに選ばれた不安。
期待に応えなきゃ、足を引っ張っちゃいけない。
そんな思いが、いつの間にか「失敗してはいけない」に変わっていた。
ヘイトが迫る。
私は短剣を構え、必死に応戦するが、攻撃は重く、数も多い。
弾き、避け、防ぐ。
それだけで精一杯だった。
「っ……!」
衝撃で身体が跳ねる。砂に膝をつき、息が詰まる。
(私が弱いからだ……)
(もっと強ければ……)
(自惚れてるんじゃないよ……)
自分を責める言葉が、頭の中で渦を巻くたび、身体が重くなっていく。
オーラが、確実に薄れているのがわかった。
ふと見上げた空は、驚くほど青かった。
どこまでも、突き抜けるように。
(ああ……終わるのかな……)
その瞬間――。
「薫ちゃん!!」
聞き慣れた声が、空気を切り裂いた。
横合いから放たれた攻撃が、ヘイトを弾き飛ばす。
続けざまに、光と衝撃。
「無事だった、薫ちゃん!」
「遅れてごめん!」
仲間たちだった。
彼女たちは、私の前に立ち、何重にも陣を組む。
「今は守る。考えなくていい」
盾になる背中。
差し出される手。
胸が、熱くなる。
(……私、ひとりじゃなかった)
オーラが、ゆっくりと戻ってくる。
責める声よりも、信じる声が勝っていく。
(誰も悪くない……)
(怖かっただけ。必死だっただけ……)
私は、深く息を吸った。
胸の奥で、光が脈打つ。
「――《承認欲求!!》」
パァンッ!!
光の卵が弾け、“あるふぃー”が海風を切りながら現れた。
「薫!よく頑張ったね。ある~!」
「お願い……! 力を貸して!」
私は立ち上がり、両掌で三角形の印を結ぶ。
それを、右目にかざした。
「――お願い。ビッグウェーブ」
「いっくーよおぉ!!」
海を揺らすような轟音。
“あるふぃー”がビッグウェーブを呼び起こす。
盛り上がる水面。
壁のようにせり立つ巨大な波が、轟音とともに前進する。
「行けぇぇぇ!!」
波はヘイトを巻き込み、押し流し、すべてを白い泡に変えていった。
静寂。
仲間たちは、驚いたように、そして笑っていた。
「……すごいじゃん」
「それでこそセンターだよ」
照れくさくて、私は少しだけ視線を逸らした。
やがて、みんなは海岸を離れ、緑の丘へ向かって走り出す。
丘を越えた先が、次の戦線だ。
その背中を追いかけながら、私は静かに後ろを振り返った。
あれほど遠く感じた青空が、今は手を伸ばせば届きそうだった。
(ずっと……自分を責めてばかりだった。
でも、それじゃ前に進めない。
私を必要としてくれる人がいる――だから、私は戦う)
過去の失敗も、不安も、全部抱えたままでいい。
それでも、前に進める。
海風が吹き、コスチュームの裾が優しく揺れた。
「行こう」
小さく呟き、新たな決意を胸に、私は前を向き、戦場へと走り出した。
夜の底が、少しずつ白んでいく。
基地の空気は冷たくて、胸の奥に張りつめた不安を逆にくっきり浮かび上がらせた。
櫻小隊の再編――そして最初の攻撃地点として下関攻略が選ばれた。
その作戦の“センター”に、私が選ばれた。
(どうして私なんだろう……私で、本当に大丈夫なの……?)
震える指先を隠すように、胸元をぎゅっと握った。
鼓動が痛い。
呼吸が、浅い。
逃げたいんじゃない。
ただ――潰れそうだった。
「薫ちゃん」
ふわりと肩に手が置かれ、振り向けば、茉莉奈さん。
夜明け前の薄光の中で、柔らかく笑っていた。
「そんな顔してたら、風まで緊張しちゃうよ?」
「……緊張、してます……めちゃくちゃ……」
「ううん、してていい。センターって“怖さを知って立つ場所”だもん」
すごいな、この人は。
胸の奥がぎゅっとなるくらい、温かくて、強い。
茉莉奈さんは私の手を軽く包む。
「大丈夫。薫ちゃんなら。そんなに小さな体で誰よりも努力していることをみんな知ってるよ」
その言葉が、夜明け前の静けさにそっと溶けていった。
不安の波が、一瞬だけ止まった気がした。
私は深呼吸して、コスチュームの裾をそっと整える。
純白から淡いピンクへと移ろうグラデーション。
ロングスリーブのハイネックドレスは、クラシカルなのにどこか現代的で、すっとした細身のシルエット。
軽やかな布がふわりと揺れるたび、月明かりを吸い込んで花びらみたいに見えた。
(これを着て“センター”に立つんだ……私が……)
胸の奥がまたきゅっとした。
でも、さっきより痛くない。
「薫ちゃん、行こっか。夜が明けるよ」
茉莉奈さんが微笑む。
出撃前の空気は張り詰めていて、
まるで世界が呼吸を止めて、私たちを見守っているみたいだった。
薄明りの夜明け。
錆びついた採石船が、波に軋みながら本州の海岸へと近づいていた。
潮の匂いと、油と、緊張が入り混じった空気。
私は甲板の端で、両手をぎゅっと握りしめていた。
(大丈夫……大丈夫……)
自分に言い聞かせる声は、波音にかき消されそうだった。
――そのとき。
水面が爆ぜた。
黒い影が、海から這い上がる。ヘイト。複数。
「来る――!」
誰かの叫びが聞こえた瞬間、衝撃が船体を打ち抜いた。
採石船が大きく傾き、私は投げ出される。
視界が回転し、冷たい海水が身体を包んだ。
必死にもがいて顔を上げたときには、もう仲間の姿は見えなかった。
砂浜に叩きつけられ、転がる。
「……みんな……?」
返事はない。
代わりに、ヘイトの足音が迫ってくる。
――ひとりだ。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
(また……? また、私のせいで……)
センターに選ばれた不安。
期待に応えなきゃ、足を引っ張っちゃいけない。
そんな思いが、いつの間にか「失敗してはいけない」に変わっていた。
ヘイトが迫る。
私は短剣を構え、必死に応戦するが、攻撃は重く、数も多い。
弾き、避け、防ぐ。
それだけで精一杯だった。
「っ……!」
衝撃で身体が跳ねる。砂に膝をつき、息が詰まる。
(私が弱いからだ……)
(もっと強ければ……)
(自惚れてるんじゃないよ……)
自分を責める言葉が、頭の中で渦を巻くたび、身体が重くなっていく。
オーラが、確実に薄れているのがわかった。
ふと見上げた空は、驚くほど青かった。
どこまでも、突き抜けるように。
(ああ……終わるのかな……)
その瞬間――。
「薫ちゃん!!」
聞き慣れた声が、空気を切り裂いた。
横合いから放たれた攻撃が、ヘイトを弾き飛ばす。
続けざまに、光と衝撃。
「無事だった、薫ちゃん!」
「遅れてごめん!」
仲間たちだった。
彼女たちは、私の前に立ち、何重にも陣を組む。
「今は守る。考えなくていい」
盾になる背中。
差し出される手。
胸が、熱くなる。
(……私、ひとりじゃなかった)
オーラが、ゆっくりと戻ってくる。
責める声よりも、信じる声が勝っていく。
(誰も悪くない……)
(怖かっただけ。必死だっただけ……)
私は、深く息を吸った。
胸の奥で、光が脈打つ。
「――《承認欲求!!》」
パァンッ!!
光の卵が弾け、“あるふぃー”が海風を切りながら現れた。
「薫!よく頑張ったね。ある~!」
「お願い……! 力を貸して!」
私は立ち上がり、両掌で三角形の印を結ぶ。
それを、右目にかざした。
「――お願い。ビッグウェーブ」
「いっくーよおぉ!!」
海を揺らすような轟音。
“あるふぃー”がビッグウェーブを呼び起こす。
盛り上がる水面。
壁のようにせり立つ巨大な波が、轟音とともに前進する。
「行けぇぇぇ!!」
波はヘイトを巻き込み、押し流し、すべてを白い泡に変えていった。
静寂。
仲間たちは、驚いたように、そして笑っていた。
「……すごいじゃん」
「それでこそセンターだよ」
照れくさくて、私は少しだけ視線を逸らした。
やがて、みんなは海岸を離れ、緑の丘へ向かって走り出す。
丘を越えた先が、次の戦線だ。
その背中を追いかけながら、私は静かに後ろを振り返った。
あれほど遠く感じた青空が、今は手を伸ばせば届きそうだった。
(ずっと……自分を責めてばかりだった。
でも、それじゃ前に進めない。
私を必要としてくれる人がいる――だから、私は戦う)
過去の失敗も、不安も、全部抱えたままでいい。
それでも、前に進める。
海風が吹き、コスチュームの裾が優しく揺れた。
「行こう」
小さく呟き、新たな決意を胸に、私は前を向き、戦場へと走り出した。
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