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雷仙キリト

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5話

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 いつものように大学へ行く準備を済ませてから1階へ降りると、珍しいことにカノンが先に来ていた。彼が待ち伏せしている場合、大抵は慧に何か言いたいことがある時だ。

 先日、カノンに無体を強いてしまったことに罪悪感を抱いていた慧は、そのことを責められるのだろうかと思いながら、そろりそろりと室内に足を踏み入れる。
 頭の中には様々な言い訳が浮かんでいた。

 出さずにイケる人がいるとは知らなかったんです!
 カノンさんがエロすぎるのが悪いんです!
 初めて見たら、普通漏らしたって思うじゃないですか!

……碌な返答が思い浮かばないので、黙っているのが吉だろうと判断した。

 扉は開け放たれていた。極力足音を立てないように歩いてはみたものの、カノンのように気配を消すのは簡単ではない。背後にたどり着いたところで、「ねぇ」と声をかけられる。慧はビクッと体を震わせ、息を呑んだ。
 
「君さ、確か大学生なんだよね」

 猫に話しかけている可能性も考えてはみたが、この様子だと恐らくそれはないだろう。気まずさを覚えながら口を開く。
 
「そうっすけど」
「大学に行けるってことは、それなりに実家は裕福なんじゃないの? 学業を理由とした特別在留許可証も発行されるだろうに、どうしてわざわざここへ?」

 カノンが慧の身辺を探るような質問をしてきたのはこれが初めてだった。向こうに住んでいた時から、この街の噂はちらほらと耳に入っている。互いのプライベートを詮索しないのが暗黙の了解になっているのだとか。それどころか本名すらも言わないようにしているのだとか。
 まさか、その掟を先住人であるカノンの方から破ってくるとは思いもしなかった。
 
 とは言え、新参者の慧にとっては、そんなルールなどあってないようなものだ。それでも一瞬、本当のことを話すべきか躊躇してしまったのは、カノンを信用していないからではなく、知り合ってまだ日の浅い相手に重たい話をするのはどうかと思ってしまったからだった。

 10秒ほど_____これは慧にとってはかなりの長時間だった_____悩んだ末に、慧は本当のことを打ち明けることを決心した。

「……俺の母親、モラトに殺されたんすよ。俺はまだ物心ついてないようなガキだったんで、もう何も思い出せないですけど。それ以来、父さんはモラトのことを憎んでいるんです」

 15歳の誕生日を迎えて数日後、慧の家に鑑定の結果が届いた。ギフトは本人の性質と遺伝的要因が強い。能力ギフト保持者ホルダーの両親の下に生まれた慧は、残酷にも淡々と事実を告げるその書面を見るまで、自身がよもや「能力なしモラト」であろうとは考えたことがなかった。

 それ故、父の落胆と失望も大きかった。

「DNA検査の結果は、俺と父さんが間違いなく親子であることを証明してくれた。だけど、どっちに転んだとしても父さんにとっては俺が憎い存在であることに代わりはない。……まあ、15歳のガキをいきなり放り出すっていうのも体裁が悪いんで、高校卒業までは家に置いてくれましたけどね。でもあの日以来、あの人とは一言も口をきいていません」

 絶縁の言い渡しは、使用人を介在して行われた。高校卒業と同時に鮫島家から自身の名前は消え、を求めた慧はこの街にやってきた。

 当時のこと_____といってもまだ数ヶ月も経っていないが_____を思い出すと、心が砂のように乾いていく。悲しみは通り越し、そこにあるのは客観的な事実のみだ。

「……何さ、それ」

 話を聞いたカノンの声は怒りに震えていた。

「何悟ったような言い方してんの。向こうが君を恨んでいるなら、こっちだって向こうを恨んでやればいいのに。僕だったら、顔の原型が分からなくなるくらいぶん殴ってやるね」
「恨むとか怒るとか、そういうのあんま得意じゃないんすよ。そんなことしたってキリないじゃないすか。俺がモラトだったことは事実なんですから、受け入れて前に進むしかないでしょ」

 慧の返答が気に入らなかったカノンは唇を尖らせる。
 
「君って子供なのか大人なのか分からない。いつもはあんなに子供っぽいくせに」
「俺は完全な大人って奴を生まれて一度も見たことがないですけどね」

 完璧な人間なんて存在しない。誰しもが未熟で、決して癒えることのない傷を抱え、その傷口を守るために図らずしも人を傷つける。
 他人の過ちを許せなくなってしまえば、きっと自分のことも許せなくなる。そう思っているから、慧はあまり他人に負の感情を抱くことはしない。そもそも、意識的にも無意識的にも、長時間怒りを溜め込むことができない性格だった。

「……今日俺より先にここに来てたのって、このことが聞きたかったから?」

 カノンは僅かに頷く素振りを見せた。

「ごめん。辛いこと聞いちゃったよね。でも、君みたいな人がどうしてこんなところに来なくちゃいけなかったんだろうって、どうしても気になったんだ」

 当の本人である慧以上に傷ついた様子のカノンを見ていると、どうにも申し訳なくなってしまう。この人も優しい人なのだ。やっぱり、身の上話をするのはまだ早かったかもしれない。

「最終的に話すと決めたのは俺なんだから、そんな気にしないでくださいよ。それに俺、今ではモラトもそう悪くないなって思ってるんです」

 カノンの体を背後から抱きしめる。

「俺がモラトじゃなければ、ここに来ることも、カノンさんに会うこともなかったでしょ。俺が今の俺を好きでいられるのは、カノンさんのおかげでもあるんですよ」

 触れ合った箇所から、とくとくと心臓の脈拍を感じ取る。生きているのだ。自分も、そしてカノンも。難しいことは置いておいて、今はそれだけでいいじゃないか。慧はそう思った。


 
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