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前菜 開店準備に大車輪!
第14話 君惑ひたまふことなかれ
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私はあの二人とは根本的に違う。
私は彼らのように腕っ節が強いわけでもない。
私は彼らのように育ちがよかったわけでもない。
私は彼らのように誉れを求めていい身分じゃない。
そもそも私は、男じゃない。
私は、女だ。
それもスラムでその日暮らしをするのがやっとの、貧民だ。
決して剣を手にしていい身分じゃない。
顔も覚えぬうちに親と死に別れ、教会に保護されながらもその不足を補うために日々盗みを働きながら汚い路地を走り回っていた、ただの無力な女、クロエ・ヴィダル。
そんな私が、なんの間違いか、あのかたに出会った。
スラムの浄化計画だったそうだ。
スラムの人間に人権などないからきっと軍隊が送り込まれて皆殺しにされるんだと、大人たちはいっていた。
私はそれを信じてしまい、教会へ視察にきたあのかたを、刺そうとした。
子供の手にちょうどいいような、研ぎすぎて痩せ細った果物ナイフで。
それを横からひょいとつまみ上げたのはヴィクトールどの――今のゼルーグどのだった。
「あのなあお嬢ちゃん、あの人は食い物じゃないんだぞ。腹壊すぞ」
そういって彼は笑っていたが、周りは大騒ぎだ。シスターたちは地面に額を叩きつけて謝り、おつきの騎士たちは剣に手をかけ私に殺気を浴びせかける。
それらを制して、あのかたは問われた。
「君の夕食にされてしまうようなことを、私はしてしまったのかな」
私が正直に答えると、あのかたは大笑いされた。
「それが本当なら私が罰するべきは君の正しい行動を邪魔した彼だな。ヴィクトール、放してやれ」
そのときの私には説明されてもわからなかったが、あとで理解したところによると、スラムの浄化計画とは貧富の格差を少しでも縮めるために国が救済を行い、戦争で減少の一途を辿る労働者を増やすのが一番の目的だったらしい。
政治のせの字も知らないころだったから、理解したときは恥ずかしさで首を吊りたくなったものだ。
だけど、このお陰で私はあのかたに拾っていただくことができた。
あのかたの館でメイドとして住み込み、社会に出て恥ずかしくない教養と知識と技術を教わることになったのだ。
しかし、この一件でわかるように手の早かった私は、メイドには向いていなかった。
家事自体は問題なく覚えられたが、接客やら人づき合いやらがどうしてもできなかったのだ。
そこで、相変わらず無知な私は直談判した。
「私を兵士にしてください」
ああ……
本当に……
なんてことをいったのだろう……
それなのにあのかたは笑って、
「うん、そのほうがいいかもな」
そういって、ゼルーグどのに預けてくださったのだ。
ただ、今となってはこちらの道のほうがよほど苦しかったのではないかと思う。
そもそもわが国……だった国では、女は騎士はおろかあらゆる軍務に就くことが許されていない。そうなると当然、私は奇異の目で見られ、貧民のガキが体で取り入ったとか女のくせにとかいろいろいわれるわけだ。
女のくせにとか!
女のくせにとか!!
女のくせにとか!!!
何度殺してやろうと思ったことか。
そもそも貧民のガキの体に惑わされるようなお人ではないことぐらい、あのかたの部下ならわかるだろうに!
……まあ、嫉妬もあったのだろうと、今なら理解できる。
なにせあのかたの腹心であるゼルーグどののもとで鍛えられ、しかもどうやら弓の才があったらしいから、部分的には他の男どもの上を行っていたのだ。
そういう理由もあって、私はとうとう貞操の危機にまで追い詰められ、無我夢中で抵抗し逃げ出したところをあのかたに発見され、再び救われた。
あのときのあのかたの怒りを、私は忘れない。
戦場以外では決して見せないといわれていたあのお姿を、うっすらとだがまとわれたのだ。
やつらは当然処罰された。命だけは取られなかったが婦女暴行未遂という騎士としては最大級の汚名を堂々と公表され、実家に送り返されたのだ。
これをきっかけに私はあのかたの直属となり、ゼルーグどのやリエルどのと一緒に行動できるようになった。
真に高貴なかたとは、どうしてああも高貴なのだろう?
私など本当にただの貧民のガキで、お情けを受けてからも迷惑をかけっ放しなのに、あのかたは私のために本当に怒ってくださり、護ってくださる。
兵士となったからには私がお護りしなければならないのに!
だから私は、それまで以上に武芸に励んだ。
励みすぎてあのかたにも呆れられた。
だけどいいんだ。
いつか必ず、このご恩に報いるのだから。
果たして、そのときはやってきた――のかどうかはわからないが、今こうしてあのかたのそばにいるのは私たち三人だけだ。
三人だけ……
むふふ……
「今ごろあいつはあの怪物と二人っきりでよろしくやってることだろうしなあ」
その声が聞こえたとき、私は反射的に声のほうに矢を放っていた。
「てめっ、わざと狙いやがったな!?」
知らんっ。
斬り合い殺し合いというのは相手がこうきたら自分はこうやって、などと考えるようなものではない、敵がいれば殺す、ただそれだけだ――そう教えてくださったのはあなたですよ。
……許さない。
あれだけは、許さない……
私たちの、私たちだけの安息の日々をぶち壊しにした、あの魔女だけは……
ああ、どうかわが主よ、わが王よ。
今しばらくご辛抱ください。
必ずやあなたの忠臣が魔の手からお救い申し上げます。
あゝ王よ
君を仰ぐ
君惑ひたまふことなかれ
キミ マドヒタマフコト ナカレ
私は彼らのように腕っ節が強いわけでもない。
私は彼らのように育ちがよかったわけでもない。
私は彼らのように誉れを求めていい身分じゃない。
そもそも私は、男じゃない。
私は、女だ。
それもスラムでその日暮らしをするのがやっとの、貧民だ。
決して剣を手にしていい身分じゃない。
顔も覚えぬうちに親と死に別れ、教会に保護されながらもその不足を補うために日々盗みを働きながら汚い路地を走り回っていた、ただの無力な女、クロエ・ヴィダル。
そんな私が、なんの間違いか、あのかたに出会った。
スラムの浄化計画だったそうだ。
スラムの人間に人権などないからきっと軍隊が送り込まれて皆殺しにされるんだと、大人たちはいっていた。
私はそれを信じてしまい、教会へ視察にきたあのかたを、刺そうとした。
子供の手にちょうどいいような、研ぎすぎて痩せ細った果物ナイフで。
それを横からひょいとつまみ上げたのはヴィクトールどの――今のゼルーグどのだった。
「あのなあお嬢ちゃん、あの人は食い物じゃないんだぞ。腹壊すぞ」
そういって彼は笑っていたが、周りは大騒ぎだ。シスターたちは地面に額を叩きつけて謝り、おつきの騎士たちは剣に手をかけ私に殺気を浴びせかける。
それらを制して、あのかたは問われた。
「君の夕食にされてしまうようなことを、私はしてしまったのかな」
私が正直に答えると、あのかたは大笑いされた。
「それが本当なら私が罰するべきは君の正しい行動を邪魔した彼だな。ヴィクトール、放してやれ」
そのときの私には説明されてもわからなかったが、あとで理解したところによると、スラムの浄化計画とは貧富の格差を少しでも縮めるために国が救済を行い、戦争で減少の一途を辿る労働者を増やすのが一番の目的だったらしい。
政治のせの字も知らないころだったから、理解したときは恥ずかしさで首を吊りたくなったものだ。
だけど、このお陰で私はあのかたに拾っていただくことができた。
あのかたの館でメイドとして住み込み、社会に出て恥ずかしくない教養と知識と技術を教わることになったのだ。
しかし、この一件でわかるように手の早かった私は、メイドには向いていなかった。
家事自体は問題なく覚えられたが、接客やら人づき合いやらがどうしてもできなかったのだ。
そこで、相変わらず無知な私は直談判した。
「私を兵士にしてください」
ああ……
本当に……
なんてことをいったのだろう……
それなのにあのかたは笑って、
「うん、そのほうがいいかもな」
そういって、ゼルーグどのに預けてくださったのだ。
ただ、今となってはこちらの道のほうがよほど苦しかったのではないかと思う。
そもそもわが国……だった国では、女は騎士はおろかあらゆる軍務に就くことが許されていない。そうなると当然、私は奇異の目で見られ、貧民のガキが体で取り入ったとか女のくせにとかいろいろいわれるわけだ。
女のくせにとか!
女のくせにとか!!
女のくせにとか!!!
何度殺してやろうと思ったことか。
そもそも貧民のガキの体に惑わされるようなお人ではないことぐらい、あのかたの部下ならわかるだろうに!
……まあ、嫉妬もあったのだろうと、今なら理解できる。
なにせあのかたの腹心であるゼルーグどののもとで鍛えられ、しかもどうやら弓の才があったらしいから、部分的には他の男どもの上を行っていたのだ。
そういう理由もあって、私はとうとう貞操の危機にまで追い詰められ、無我夢中で抵抗し逃げ出したところをあのかたに発見され、再び救われた。
あのときのあのかたの怒りを、私は忘れない。
戦場以外では決して見せないといわれていたあのお姿を、うっすらとだがまとわれたのだ。
やつらは当然処罰された。命だけは取られなかったが婦女暴行未遂という騎士としては最大級の汚名を堂々と公表され、実家に送り返されたのだ。
これをきっかけに私はあのかたの直属となり、ゼルーグどのやリエルどのと一緒に行動できるようになった。
真に高貴なかたとは、どうしてああも高貴なのだろう?
私など本当にただの貧民のガキで、お情けを受けてからも迷惑をかけっ放しなのに、あのかたは私のために本当に怒ってくださり、護ってくださる。
兵士となったからには私がお護りしなければならないのに!
だから私は、それまで以上に武芸に励んだ。
励みすぎてあのかたにも呆れられた。
だけどいいんだ。
いつか必ず、このご恩に報いるのだから。
果たして、そのときはやってきた――のかどうかはわからないが、今こうしてあのかたのそばにいるのは私たち三人だけだ。
三人だけ……
むふふ……
「今ごろあいつはあの怪物と二人っきりでよろしくやってることだろうしなあ」
その声が聞こえたとき、私は反射的に声のほうに矢を放っていた。
「てめっ、わざと狙いやがったな!?」
知らんっ。
斬り合い殺し合いというのは相手がこうきたら自分はこうやって、などと考えるようなものではない、敵がいれば殺す、ただそれだけだ――そう教えてくださったのはあなたですよ。
……許さない。
あれだけは、許さない……
私たちの、私たちだけの安息の日々をぶち壊しにした、あの魔女だけは……
ああ、どうかわが主よ、わが王よ。
今しばらくご辛抱ください。
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