転生したのに、前世の記憶『しか』ありませんが何か?(仮)

田中 乃那加

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7.銀色の月

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 ―――血と荒廃に、満たされた大地。
 
 全てをなぎ倒した。
 叫び、狂い……そして悶え苦しんで。

 記憶の片鱗が、バラバラと形を成さずに散っていく。
 僕の故郷、生涯、出会い。
 感情すらも混ざり合って、消えていく。

 叫び、悶える姿はまさに気狂いか。
 それとも獣か。

 ―――斬る者の居なくなった剣。
 闇雲に振れども、斬るのは空のみ。
 湧き上がる憎しみの矛先は、己だ。
 何一つ護れない、殺戮の罪だけが積み上がる。

 いつしか空も荒れて、轟々と降りしきる風雨。
 叩きつけるように、頬に身体に当たっては濡らしていく。

 ……あの時もそうだった。

 手から零れ落ちるパズルのピースを拾い集めるように、僕は掌を見つめる。

 ……この手は、剣を握るモノじゃなかったんだ。

 僕は捨て子。
 辺境の村の教会で育った。
 親代わりの牧師様は、とても優しい方だったけど暮らしはいつも質素で。
 
 よく、いじめっ子達に苛められていたっけなぁ。
 それでも今思えば、この日々が一番幸せだったのかも知れない……。

 ―――僕が10歳になった日。
 牧師様は殺された。
 森から帰ってきた僕が見たのは、痩せた身体に大きく開いた穴。
 そこから流れた、おびただしい血。
 
 ……既に事切れていた牧師様父さんが、最期に口にした言葉はなんだったのだろう。
 抱き起こした僕が、泣きながら叫んだのはどんな言葉だったのだろう。

 そこからはあまり、覚えていない。
 家に入ってきた近所の人。
 歪んだ絶叫と、糾弾の声。

『人殺し』と―――。

 それから……それから……あぁ、もう、思い出したくない……全て、消してしまいたい……要らない……この穢れた身体と生命すら……!

「あぁ゙ああああ」

 僕は奇声を発する。
 そして気が付いた。
 未だ右手に燃え盛る、黒い剣。
 

 それを大きく、己の首に突き付ける。
 ……なんでも切り落とせる、その剣なら。僕のこの貧弱な首だって。

「さよなら、みんな」

 記憶を失ってから得た仲間たち。
 マト、カンナ……ジョージも。

 前世とか今世とか、異世界とか、魔王なんかも。もうどうでもいい。
 こんなモノ、多くの血を吸った両手には抱え切れないのだから。

「ッ……!?」

 ―――ジャラ、という重々しい鉄の音。
 左手を見れば。

「く、鎖!?」

 いつの間にか、僕の腕に絡みついた灰色の鎖だ。
 地面から伸びたそれは、恐ろしい程に冷たくて。
 凍てつくような感覚を植え付けながら、僕を荒廃した地に縛り付ける。

「これは……」

 ―――パチンッ!

 軽快な音。
 聞き覚えのある……指を鳴らした音。

「うあ゙ッ!?」

 足元から、幾つもの鎖が急激に伸びた。
 あっという間に、右腕や両足。胴体や首は捕らわれ、巻き付かれる。

 そしてまた重い鉄の音響かせ、大地に留め置かれ縛り付けられた。
 
「ゔぐッ、こ、これ……!?」

 ギリギリと肢体を締め上げる、幾重にも張り巡らされた鎖。
 まるで凶暴な魔物を封じる、そんな……まさか。

「ふ、封印魔法、か……っ」

 確かに、足元がぼんやり青白い光を発している。
 これは、魔法陣だ。

「ルイ」

 地に膝まづいた僕の頭上から、愛しい声がする。

「マト!?」

 必死に首を傾けて、そちらの方に視線を向ける。
 
 ……あぁ、彼だ。
 僕の愛しい人。
 仲間であり、恋人。

『本当にそうだったか―――?』

「え」

 心に差し込んだ、思考。
 それは僕自身のものなのだろうか。

 過去の多くを失った僕にとって、この魔法使いの言葉が全てだったはずなのに。
 でも何故だろう。何故、こんなにも怖いのか……恋人を信じる事が。

「……可哀想に。ひどく混乱して怯えているのね」

 彼の他に声がした。
 驚き、視線を走らせる。

「マト。封印の口付けを」

 そう穏やかに、でも厳かに言ったのは一人の女性。
 それもまた、ひどく懐かしく見覚えのある顔だった。

「ら、ランタナ……何故、君がここに」

 僕にとって最初の村にいた、宿屋の娘。
 もっとも、あの時は愛らしい栗色の髪だった。でも今は、目を見張る程の銀髪。
 緩やかなウェーブを描いたその髪は、仄かに青白く光っている。

「久しぶりね、ルイ……とは言っても、ずっと見守って来たのよ。その腕飾りと共にね」
「これ……?」

 彼女にもらった物だ。
 紫の宝玉をあしらったもの。
 金属部分は少し錆びていたので、この前磨いたのだっけ。

「大切にしてくれて、ありがとう……ほら、マト」
「はい……」

 マトは、彼女に恭しく一礼する。
 そしてまるで熱に浮かされたような表情で、僕の元に歩み寄ってきた。

「マト、何を?」
「心配するな、

 そんな囁きに心奪われた刹那。

「っ……ぅ、んん……」

 重ねられた唇。
 開け、と強請られるように舌が触れる。
 恐る恐る受け入れると、性急に深められる口付け。
 息を弾ませ、次第に夢中になった。

 歯列をなぞられ、舌同士を絡められて吸い上げられる。
 
 ……耳を塞がれた。

ちゅ、というリップ音や水音もこもって聞こえる。
 それがいっそう恥ずかしさを掻き立てて、思わず縋り付きたいと手を伸ばす。
 
 でも未だ、僕の身体は鎖でがんじがらめ。
 それでも彼に触れたいと、必死に身体を捩る。

「っは、ぁ……る、ルイ……あんまり、煽んな……っ」
 「ぁ、ああ、だ、だって君が……」

 ……死んだと思ってたから。
 すごく悲しくて、辛くて苦しかったんだぞ。

 僕は、大切な人を死なせてしまったのだと絶望して。
 それが、目の前に現れたなんて。
 経緯は分からないけど、まずは喜びに浸るのは仕方ないじゃないか。

「ふふっ、相変わらずですね。2人とも」

 笑みを含んだ言葉に、ハッと我に返る。
 
 ……そうだった。彼女がいたんだった。
 僕は他の人の前でなんて事を。

 なけなしの恥じらいで、顔が火がついたように熱い。
 
「あ、あのッ、すいません、ええっと……」
「ご心配なく、続けて下さって構わないのよ」
「い、いえ……その、すいません」

 優しげで、それでいて凛とした微笑み。
 まるで、柔らかに夜を照らす月のようだ。

 銀色の髪は長く、いつの間にか登った月の光に煌めく。

 僕がこの鎖に拘束されてから、荒れていた空は元の雲ひとつない澄んだモノに変わっていた。

「ルイ、もう戒めは必要ありませんね」

 そんな言葉と共に。

 ―――パチンッ。

 再びその音が、静寂の森に鳴り響く。
 途端、魔法陣も鎖も弾けるように掻き消える。
 僕は自由になった身体を、その腕を眺めた。
 魔剣も消えて、混乱し尽くした頭もスッキリとしている。

「手荒な事をして、すまん」

 マトが言った。

 ……そういえば指を鳴らしたのは、彼だ。
 するとこの魔法陣も彼の。


「お前が死んじまいそうだったから……」

 辛そうに目を伏せる、恋人。

 ……確かに、このまま自ら首を撥ねて死のうと思った。
 そして全て終わらせようと。でも。

「ありがとう、マト」

 ……止めてくれて。
 生きていてくれて。

 真っ直ぐに彼を見つめてそう口にした。
 すると、眩しそうな目をした彼が微笑む。

「あの狼、突然デカく黒く変化してさ。攻撃しようにも、攻撃魔法そのものを取り込んじまうからお手上げだったぜ」

 肩を竦めて、ため息を吐いた。

 そして瀕死の状態になった彼を、上位の回復魔法で救ったのはランタナだったらしい。

「でも、あの村にいたはずの君が何故……」
「言ったでしょう? その腕飾りで見守ってきた、と」
「まさか……」

 この腕飾り、ただの装飾品じゃなかったのか。
 そして、それ常に彼女に僕らの居場所や状況を教え続けてくれていたらしい。

「どうしてそんな事を」

 ……彼女は、ただの村娘じゃないということか。
 小さく笑ったランタナは、そっと呟くように呪文を唱える。

 ―――その瞬間。
 宙に、大きく紋章をかたどったような魔法陣が浮く。

「詳しいことは、

 そう言った彼女の髪が、森を吹き抜けた風に靡いた。

 
 
 
 


 


 
 


 








 
 
 
   
 
 
 

 

 
 
 
 

 

 
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