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9.黒き番人と主
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気が付けば、頬が濡れていた。
「ルイ……」
包まれるような温度。
それは仲間であり、恋人の温もり。
「ごめんな」
「おかしな人だな。なんで君が謝るの」
少し可笑しくなって言うと、さらにギュッと強く抱きしめられる。
……僕は忘れてしまっていた。
村人達に殺されそうになっていた僕を、引き取って育ててくれた父を。
なんて薄情なんだろう、そして
「女王陛下。僕は、一体何者なのしょうか」
知りたい。いや、知らなければならないのだろう。
己の過去を。
魔王との関係を。
―――女王は静かに頷いた。
そして再び口を開く。
「貴方は人間ではありません。しかし、どの魔物とも違う……強いていえば天界の生き物に近い」
「て、天界? それはつまり」
「そう、天使。貴方の遺伝子は、他のどの種族の生き物の特徴にないモノがありました」
この世界において、魔物や人間という括りはある。
しかし、どこからどこまでが人間界。ここからは魔界……などという境界までは明確にない。
魔物ばかりが住む地域は魔界と呼ばれてきたし、逆は人間界だ。
そんな中でも『天界』というのは空想や、創造の世界にしか存在しないらしい。
「でも、僕には羽とか生えてないし……」
……天使は羽が生えてて、確か両性具有で。
「そうね。でも貴方の能力や遺伝子の特徴は、この世界のどの種族とは異なるのよ。天使というのが不適切なら……異世界の住人、とでも言い換えましょうか」
異世界の住人。
やはり僕は記憶だけでなく、ここでも異分子なのだろうか。
寄る辺のない感情に、背中をそっと撫でるマトの体温が沁みる。
「貴方の事を知っているのは、私と……魔王です」
「!?」
「魔王は貴方に興味を持ちました。そしてあの日……奇しくも、貴方自身が彼の手に自ら堕ちてしまった」
彼女は僕の方に歩み寄る。
その左手に青白い、光を湛えて。
「女王陛下っ、それは……!」
マトがまるで僕を庇うかのように、前に進みでる。
「マト、退きなさい」
「お願いです……それだけは。彼がまた壊れちまう!」
「一部を解くだけです。魔王の呪い。私が解くことが出来るのは、ほんのわずか……それでも、真実を知らなければ」
「真実なんて……そんなに必要ですか? 俺はそう思わない。俺はこいつさえいれば……ッ!」
「……マト、悪く思わないで」
彼女は右手で素早く何かを描いた。
そしてそれは紅い魔法陣となって、弾けた。
「っ!?」
弾けた後から、転び出るように出てくるゴム人形のような生き物。
奇妙な動きで、あっという間にマトにまとわりついた。
「マト!!」
「軽い戒めの魔法です、大丈夫。怪我はさせません」
女王はそう言うと、僕のすぐ目の前に来た。
「辛いでしょうが、受け入れるのです。これが、貴方の過去なのですから」
「僕の、過去……」
何故か酷く怖かった。
戦慄く唇を、彼女の指がそっとなぞる。
「力を抜いて。大丈夫、私に任せてくれたら良いのよ」
彼女の瞳が、紫水晶のような輝きを帯びた。
「ルイっ! 逃げろ、思い出すんじゃないッ」
恋人が叫ぶ。
取り押さえているゴム人形たちに、押し潰れそうになりながら。
「マト……っ」
「逃げないで。貴方がこの国を救うただ一つの希望であり、厄災なのだから」
女王の青く光る左手が、僕の額に触れた―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
何者かに、父を殺された。
それを哀しむ暇も与えられず、僕は村を追われる。
深い森を彷徨う。
魔獣や追っ手に怯えながら、10歳の僕は蹲った。
……もう歩けない。
すぐに、優しかった父の元に逝きたいと願った。
凍てつく森の空気。
あぁ、これでやっと苦しかった人生に幕が引ける。
神の教えの前では、自殺は最大の罪。
でもこれは自殺じゃない、そう言い訳をしながら僕が土に伏せて目を閉じた……その時だった。
『グル゙ル゙ル゙ル゙』
低い唸り声。
べちゃり、と垂れた液体。
荒々しい吐息。
恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは
―――大きく黒い塊。
三つの頭を持つ、狼。
地獄の番人と言われる、ケルベロスだ。
「!」
食べられる……そう思った。
恐怖は何故か、感じずに不思議な安堵を覚える。
これで父さんの元にいける、そんな事を呟いた。
……低く呻いた獣と瞳を閉じた僕。
ふさり、と思いがけない柔らかな感触を顔に感じる。
「え?」
3頭の1つが、そっと僕の顔に擦り寄ったのだ。
見た目は硬そうな毛は、優しく僕の肌をくすぐった。
その温かさに、涙を流せば。
『ぐぅ゙ぅ゙ぅ』
少し高い唸り声と共に、もう1つの頭がペロリと顔を舌で拭った。
夜の森の下がった体温に熱さすら感じる。
慰めるような仕草の2頭と、一際高く遠吠えをする3頭目。
その高く美しい咆哮が、森に響き渡る。
「……おやおや。ケルベロス達が気に入るなんて、珍しい人間が居たものだね」
「!?」
―――その人物には、気配だとか足音というのは無かった。
まるで突然、その場に現れたかのようにそれは僕の前に立っている。
「どうしたのかな。こんな夜更けに森の奥で」
「あ……あ、あ……あ」
恐怖。
ゾッとするほどに美しい男だった。
でも一目で分かる。
『彼は人間じゃない』
男の名はメルム。
彼こそ魔界の支配者、魔王。
「怖いかい? そうか、怖いか」
メルムは何故か面白そうに、呟いた。
そしてケルベロスに一言『行くよ』と声を掛ける。
何か言いたげに、主である彼を見つめる3頭の瞳。
「大丈夫。連れていくさ」
彼の言葉に、ケルベロス達は大きく息を吐いた。
まるで安堵するかのように。
「悪いがね。私の眷属達が、君を気に入ってしまったようなんだ。来てくれるかい?」
……抗えない。
その黒い瞳。
まるで夜の闇を溶かしたような、深く吸い込まれそうな色。
無邪気にも、邪悪にも見える。その微笑み。
「は、い」
僕は頷いた。
―――これが、僕と魔王メルムとの出会いだ。
「ルイ……」
包まれるような温度。
それは仲間であり、恋人の温もり。
「ごめんな」
「おかしな人だな。なんで君が謝るの」
少し可笑しくなって言うと、さらにギュッと強く抱きしめられる。
……僕は忘れてしまっていた。
村人達に殺されそうになっていた僕を、引き取って育ててくれた父を。
なんて薄情なんだろう、そして
「女王陛下。僕は、一体何者なのしょうか」
知りたい。いや、知らなければならないのだろう。
己の過去を。
魔王との関係を。
―――女王は静かに頷いた。
そして再び口を開く。
「貴方は人間ではありません。しかし、どの魔物とも違う……強いていえば天界の生き物に近い」
「て、天界? それはつまり」
「そう、天使。貴方の遺伝子は、他のどの種族の生き物の特徴にないモノがありました」
この世界において、魔物や人間という括りはある。
しかし、どこからどこまでが人間界。ここからは魔界……などという境界までは明確にない。
魔物ばかりが住む地域は魔界と呼ばれてきたし、逆は人間界だ。
そんな中でも『天界』というのは空想や、創造の世界にしか存在しないらしい。
「でも、僕には羽とか生えてないし……」
……天使は羽が生えてて、確か両性具有で。
「そうね。でも貴方の能力や遺伝子の特徴は、この世界のどの種族とは異なるのよ。天使というのが不適切なら……異世界の住人、とでも言い換えましょうか」
異世界の住人。
やはり僕は記憶だけでなく、ここでも異分子なのだろうか。
寄る辺のない感情に、背中をそっと撫でるマトの体温が沁みる。
「貴方の事を知っているのは、私と……魔王です」
「!?」
「魔王は貴方に興味を持ちました。そしてあの日……奇しくも、貴方自身が彼の手に自ら堕ちてしまった」
彼女は僕の方に歩み寄る。
その左手に青白い、光を湛えて。
「女王陛下っ、それは……!」
マトがまるで僕を庇うかのように、前に進みでる。
「マト、退きなさい」
「お願いです……それだけは。彼がまた壊れちまう!」
「一部を解くだけです。魔王の呪い。私が解くことが出来るのは、ほんのわずか……それでも、真実を知らなければ」
「真実なんて……そんなに必要ですか? 俺はそう思わない。俺はこいつさえいれば……ッ!」
「……マト、悪く思わないで」
彼女は右手で素早く何かを描いた。
そしてそれは紅い魔法陣となって、弾けた。
「っ!?」
弾けた後から、転び出るように出てくるゴム人形のような生き物。
奇妙な動きで、あっという間にマトにまとわりついた。
「マト!!」
「軽い戒めの魔法です、大丈夫。怪我はさせません」
女王はそう言うと、僕のすぐ目の前に来た。
「辛いでしょうが、受け入れるのです。これが、貴方の過去なのですから」
「僕の、過去……」
何故か酷く怖かった。
戦慄く唇を、彼女の指がそっとなぞる。
「力を抜いて。大丈夫、私に任せてくれたら良いのよ」
彼女の瞳が、紫水晶のような輝きを帯びた。
「ルイっ! 逃げろ、思い出すんじゃないッ」
恋人が叫ぶ。
取り押さえているゴム人形たちに、押し潰れそうになりながら。
「マト……っ」
「逃げないで。貴方がこの国を救うただ一つの希望であり、厄災なのだから」
女王の青く光る左手が、僕の額に触れた―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
何者かに、父を殺された。
それを哀しむ暇も与えられず、僕は村を追われる。
深い森を彷徨う。
魔獣や追っ手に怯えながら、10歳の僕は蹲った。
……もう歩けない。
すぐに、優しかった父の元に逝きたいと願った。
凍てつく森の空気。
あぁ、これでやっと苦しかった人生に幕が引ける。
神の教えの前では、自殺は最大の罪。
でもこれは自殺じゃない、そう言い訳をしながら僕が土に伏せて目を閉じた……その時だった。
『グル゙ル゙ル゙ル゙』
低い唸り声。
べちゃり、と垂れた液体。
荒々しい吐息。
恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは
―――大きく黒い塊。
三つの頭を持つ、狼。
地獄の番人と言われる、ケルベロスだ。
「!」
食べられる……そう思った。
恐怖は何故か、感じずに不思議な安堵を覚える。
これで父さんの元にいける、そんな事を呟いた。
……低く呻いた獣と瞳を閉じた僕。
ふさり、と思いがけない柔らかな感触を顔に感じる。
「え?」
3頭の1つが、そっと僕の顔に擦り寄ったのだ。
見た目は硬そうな毛は、優しく僕の肌をくすぐった。
その温かさに、涙を流せば。
『ぐぅ゙ぅ゙ぅ』
少し高い唸り声と共に、もう1つの頭がペロリと顔を舌で拭った。
夜の森の下がった体温に熱さすら感じる。
慰めるような仕草の2頭と、一際高く遠吠えをする3頭目。
その高く美しい咆哮が、森に響き渡る。
「……おやおや。ケルベロス達が気に入るなんて、珍しい人間が居たものだね」
「!?」
―――その人物には、気配だとか足音というのは無かった。
まるで突然、その場に現れたかのようにそれは僕の前に立っている。
「どうしたのかな。こんな夜更けに森の奥で」
「あ……あ、あ……あ」
恐怖。
ゾッとするほどに美しい男だった。
でも一目で分かる。
『彼は人間じゃない』
男の名はメルム。
彼こそ魔界の支配者、魔王。
「怖いかい? そうか、怖いか」
メルムは何故か面白そうに、呟いた。
そしてケルベロスに一言『行くよ』と声を掛ける。
何か言いたげに、主である彼を見つめる3頭の瞳。
「大丈夫。連れていくさ」
彼の言葉に、ケルベロス達は大きく息を吐いた。
まるで安堵するかのように。
「悪いがね。私の眷属達が、君を気に入ってしまったようなんだ。来てくれるかい?」
……抗えない。
その黒い瞳。
まるで夜の闇を溶かしたような、深く吸い込まれそうな色。
無邪気にも、邪悪にも見える。その微笑み。
「は、い」
僕は頷いた。
―――これが、僕と魔王メルムとの出会いだ。
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