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10.慈愛の半神
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―――魔界。
どんな世界だろうと戦々恐々としたが。
でも予想と違っていて、そこはさほど怖い所ではなかった。
ただ人間が居らず、魔物や魔獣が暮らす世界。
海には人魚が泳ぐ。
城の庭の草木。
妖花や、小さな妖精達がお喋りや遊びに興じている。
そして森にはさらに多くの魔獣達が、自然と共に生きていた。
唯一の人間だった僕だけど、皆すごく優しくて。
美しい歌や物語を聞かせてくれたり、豊富な知識を分けてくれたり。
狩りや乗馬を教えてくれたりもした。
僕は多くの事を、人間ではない彼らから学んだ。
知識や力だけじゃない。
愛情や友情まで、ここで育んだと思う。
―――もちろん。魔王、メルム様も良くしてくれた。
広い城に、多くの従者と共に暮らす魔界の王。
聡明で穏やかな主だと、皆が口を揃えて言う。
……僕は、すごく驚いた。
だって、魔王や悪魔。
魔界の話は父さんの語る聖書でしか知らなかったから。
そこには常に闇に覆われた世界で、蠢く虫のように醜悪な住人たちが描かれている。
恐ろしげな声と姿で、人間達を喰らったり地獄へ引き摺り込もうとする……そんな種族。
だから常に、神に縋い。救いを求めて、生きろと教えられてきた。
でも。
……悪魔や魔物より、村人達の方が醜悪で邪悪だった。
少なくても、僕にとっては。
「ルイ、おいで」
「はい……メルム様」
いつも優しく僕の名を呼ぶ。
導かれるように、手を伸ばしながら歩み寄る。
「可愛いルイ。キスを、させておくれ」
「えぇ」
頷くと、彼は嬉しそうに微笑む。
……この笑みだけは、僕の前でしか見せない。
優越感に、僕まで笑顔になる。
―――頬と、額。そして伏せた瞼。
それぞれに口付けられた。
ゆっくりと、僕を怖がらせないように優しく。
それから僕を膝の上に乗せて、本を呼んでくれるんだ。
低く、ゆったりとした。それでいて甘い声で。
遠い国の物語や、魔獣についての本も。
あと、異国の言葉で書かれた物も読んでくれたっけ。
……書斎は、いつも僕と彼だけの時間だった。
「ルイ、愛してる」
いつからだろう。
メルム様は、そんな言葉を掛けるようになった。
それは多分、親が子に感じるものと同じだと思う。
だって彼はそんな時決まって、僕の頬にキスをしたから。
村の子供たちの母親達も、もちろん父さんも……皆、子供には優しいキスをするから。
―――悪夢に魘されて、泣いて起きた夜があった。
城の中をシーツを引き摺って彷徨う。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
嗚咽が止まらない。
怖くて悲しくて、死んでしまいたい程の絶望。
「っ、ぅ、ぐすっ……」
すると目の前を黒くて大きな毛むくじゃらが覆った。
「ケルベロス……」
甘えるように低く呻いて、やっぱり柔らかな身体を擦り寄せてくる。
顔を撫でる、その毛並みに涙を擦り付けて。
それでもまるで、猫のように喉を鳴らしてくれる彼ら。
3つの頭は、それぞれ違う性格と名前を持っていた。
僕の大切な友達。
そう……いつでも彼らは僕を慰めてくれる。
「ルイ。どうした?」
心なしか青ざめて、メルムが駆け寄ってきた。
その頃にはすっかり涙も引いていたから。
少し照れくさくて、顔を伏せた僕を彼は大きな腕で抱き締めた。
そして顔まで覗き込まれるから、仕方なく口を開く。
「怖い夢を……見てしまったんです」
でももう大丈夫、と言う前に。
「わっ!?」
悲鳴を上げた。
メルム様が突然、僕を抱き上げたからだ。
横抱き、つまりお姫様抱っこをされた。
「っ、な、何するんですか!?」
「部屋、行く」
珍しく固い声の彼に、僕まで緊張してしまう。
なんか怒らせただろうか、と黙っていたら。
「怖くないように、魔法をかけてあげるだけだ」
と、ようやくいつもの声で答えてくれて歩き出した。
―――広い廊下を、ケロベロス達と共に移動する。
途中でダークエルフの従者に会うが、メルム様は素知らぬ顔で通り過ぎた。
従者は少し苦笑いして『犯罪ですよ』と、よく分からない事を言う。
「はんざい?」
「ルイは知らなくていい……ったく、私を何だと思っているんだ」
と、魔界の王らしからぬ愚痴を言うものだから。
少し可笑しくなって、クスクスと笑った。
「むぅ、ルイまで。私は大人だぞ」
「えぇ分かってますよ……僕が大好きな大人の一人です」
……そう。
人間の大人たちには、酷い目に会わされてきた僕だけど。
ここでは、僕を大切にしてくれる。
誰も穢れたモノを見る目で見ないし、ヒソヒソと悪口を言う者もいない。
ここでも、村でも異分子であった僕なのに。
「メルム様」
「うん?」
小さく名を呼んでも、ちゃんと答えてくれる。
欲張りな僕は、我儘を言った。
「メルム様の……お部屋じゃダメ、ですか?」
「……」
「一緒に、眠りたいです」
「……」
「ご、ごめんなさい」
我儘言って、呆れられたかな。
そう思って恐る恐る、顔を覗き込む。
「ルイ。君って子は……」
「!?」
足を止め、呻くように言ったその顔。
……薄ら紅く染まっていた。
なんだか僕まで恥ずかしくなって、二人して紅くなって黙り込む。
「……ふっ、あはははっ!」
突然笑いだしたのは、メルム様だった。
初めてこんな明るく声を上げて笑ったものだから、ビックリしてしまう。
その顔がまた可笑しかったらしい。
今度は彼がクスクスと笑って、頷いた。
「よし、一緒に寝よう」
「はい! メルム様」
「愛してるよ、ルイ」
「僕もです!」
とにかく笑ってくれる。
大好きな人が、僕を愛してくれる。
……僕はまだ、何も知らない子供。
愛情。
それはこの世で一番深く禍々しい感情、それを知らなかった―――。
どんな世界だろうと戦々恐々としたが。
でも予想と違っていて、そこはさほど怖い所ではなかった。
ただ人間が居らず、魔物や魔獣が暮らす世界。
海には人魚が泳ぐ。
城の庭の草木。
妖花や、小さな妖精達がお喋りや遊びに興じている。
そして森にはさらに多くの魔獣達が、自然と共に生きていた。
唯一の人間だった僕だけど、皆すごく優しくて。
美しい歌や物語を聞かせてくれたり、豊富な知識を分けてくれたり。
狩りや乗馬を教えてくれたりもした。
僕は多くの事を、人間ではない彼らから学んだ。
知識や力だけじゃない。
愛情や友情まで、ここで育んだと思う。
―――もちろん。魔王、メルム様も良くしてくれた。
広い城に、多くの従者と共に暮らす魔界の王。
聡明で穏やかな主だと、皆が口を揃えて言う。
……僕は、すごく驚いた。
だって、魔王や悪魔。
魔界の話は父さんの語る聖書でしか知らなかったから。
そこには常に闇に覆われた世界で、蠢く虫のように醜悪な住人たちが描かれている。
恐ろしげな声と姿で、人間達を喰らったり地獄へ引き摺り込もうとする……そんな種族。
だから常に、神に縋い。救いを求めて、生きろと教えられてきた。
でも。
……悪魔や魔物より、村人達の方が醜悪で邪悪だった。
少なくても、僕にとっては。
「ルイ、おいで」
「はい……メルム様」
いつも優しく僕の名を呼ぶ。
導かれるように、手を伸ばしながら歩み寄る。
「可愛いルイ。キスを、させておくれ」
「えぇ」
頷くと、彼は嬉しそうに微笑む。
……この笑みだけは、僕の前でしか見せない。
優越感に、僕まで笑顔になる。
―――頬と、額。そして伏せた瞼。
それぞれに口付けられた。
ゆっくりと、僕を怖がらせないように優しく。
それから僕を膝の上に乗せて、本を呼んでくれるんだ。
低く、ゆったりとした。それでいて甘い声で。
遠い国の物語や、魔獣についての本も。
あと、異国の言葉で書かれた物も読んでくれたっけ。
……書斎は、いつも僕と彼だけの時間だった。
「ルイ、愛してる」
いつからだろう。
メルム様は、そんな言葉を掛けるようになった。
それは多分、親が子に感じるものと同じだと思う。
だって彼はそんな時決まって、僕の頬にキスをしたから。
村の子供たちの母親達も、もちろん父さんも……皆、子供には優しいキスをするから。
―――悪夢に魘されて、泣いて起きた夜があった。
城の中をシーツを引き摺って彷徨う。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
嗚咽が止まらない。
怖くて悲しくて、死んでしまいたい程の絶望。
「っ、ぅ、ぐすっ……」
すると目の前を黒くて大きな毛むくじゃらが覆った。
「ケルベロス……」
甘えるように低く呻いて、やっぱり柔らかな身体を擦り寄せてくる。
顔を撫でる、その毛並みに涙を擦り付けて。
それでもまるで、猫のように喉を鳴らしてくれる彼ら。
3つの頭は、それぞれ違う性格と名前を持っていた。
僕の大切な友達。
そう……いつでも彼らは僕を慰めてくれる。
「ルイ。どうした?」
心なしか青ざめて、メルムが駆け寄ってきた。
その頃にはすっかり涙も引いていたから。
少し照れくさくて、顔を伏せた僕を彼は大きな腕で抱き締めた。
そして顔まで覗き込まれるから、仕方なく口を開く。
「怖い夢を……見てしまったんです」
でももう大丈夫、と言う前に。
「わっ!?」
悲鳴を上げた。
メルム様が突然、僕を抱き上げたからだ。
横抱き、つまりお姫様抱っこをされた。
「っ、な、何するんですか!?」
「部屋、行く」
珍しく固い声の彼に、僕まで緊張してしまう。
なんか怒らせただろうか、と黙っていたら。
「怖くないように、魔法をかけてあげるだけだ」
と、ようやくいつもの声で答えてくれて歩き出した。
―――広い廊下を、ケロベロス達と共に移動する。
途中でダークエルフの従者に会うが、メルム様は素知らぬ顔で通り過ぎた。
従者は少し苦笑いして『犯罪ですよ』と、よく分からない事を言う。
「はんざい?」
「ルイは知らなくていい……ったく、私を何だと思っているんだ」
と、魔界の王らしからぬ愚痴を言うものだから。
少し可笑しくなって、クスクスと笑った。
「むぅ、ルイまで。私は大人だぞ」
「えぇ分かってますよ……僕が大好きな大人の一人です」
……そう。
人間の大人たちには、酷い目に会わされてきた僕だけど。
ここでは、僕を大切にしてくれる。
誰も穢れたモノを見る目で見ないし、ヒソヒソと悪口を言う者もいない。
ここでも、村でも異分子であった僕なのに。
「メルム様」
「うん?」
小さく名を呼んでも、ちゃんと答えてくれる。
欲張りな僕は、我儘を言った。
「メルム様の……お部屋じゃダメ、ですか?」
「……」
「一緒に、眠りたいです」
「……」
「ご、ごめんなさい」
我儘言って、呆れられたかな。
そう思って恐る恐る、顔を覗き込む。
「ルイ。君って子は……」
「!?」
足を止め、呻くように言ったその顔。
……薄ら紅く染まっていた。
なんだか僕まで恥ずかしくなって、二人して紅くなって黙り込む。
「……ふっ、あはははっ!」
突然笑いだしたのは、メルム様だった。
初めてこんな明るく声を上げて笑ったものだから、ビックリしてしまう。
その顔がまた可笑しかったらしい。
今度は彼がクスクスと笑って、頷いた。
「よし、一緒に寝よう」
「はい! メルム様」
「愛してるよ、ルイ」
「僕もです!」
とにかく笑ってくれる。
大好きな人が、僕を愛してくれる。
……僕はまだ、何も知らない子供。
愛情。
それはこの世で一番深く禍々しい感情、それを知らなかった―――。
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~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
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