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愛すべきおバカたち
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「……嘘だろ」
雪翔は呆然と呟く。
「おはよう、雪翔!」
眼力のやたらと強い男子中学生、両宮 遼太郎が爽やかで元気いっぱいの挨拶で飛び出してきたのだ。
「今日も美しいな! ほら見ろ、月も太陽もお前の美しさに身を隠してしまうほどだ」
朝だから月が出ていないのは当たり前で、太陽は曇天だから隠れてしまってるだけだろというツッコミさえできず隣にいる亜梨華たちと顔を見合わせた。
――いわゆるストーカーってやつじゃないか!?
まさか昨日の今日で待ち伏せされていたとは。
しかし当の本人は実に良い笑顔である。
「昨日は本当に失礼な事をしたな。先週末にイギリスから帰国したんだ。こんな魅力的な人と結婚出来るなんて夢みたいでつい浮かれて会いに来てしまった」
「はぁ……」
雪翔はふと昨日の自宅でのことを思い出していた。
『話が違うじゃないの!』
父親の書斎から聞こえてきた金切り声はもしかしなくとも母親のものである。
『仕方ないだろ、僕だってちゃんと聞かされてなかったんだから。それならむしろお義父さんの方が……』
『んまぁ! お父様のせいにするつもり!? 信じられない!!』
どうやら先方から聞いていた話とはまったく違ったらしい。
元々、海外を転々としながら育った大っぴらにされていない長男の存在であった。
そして両宮家にはすでに婿入りをした姉が二人いること。会社やらなんやらの引き継ぎ手には事欠かないと。
長男とはいえ、取り入る旨みはさほど大きくないということを彼らは今さら知ったのである。
「あのさぁ」
どう切り出して良いものか分からぬままに雪翔は口を開いた。
「君はその……もう少し考えた方がいいと思う」
まだ若いというより幼いから理解しにくいだろうが結婚は一生のこと。自分のような特に旧家であるとかじゃない、年上で平均以下のオメガで妥協する必要はないのではないかということをオブラートに幾分か包んで諭してみる。
「雪翔さん」
数秒だけ目をぱちくりとさせた少年、もとい遼太郎は言った。
「つまり俺では貴方に釣り合わないと」
「違う違う、逆だよ。逆!」
その表情があまりにも悲しそうで。まるで叱られ見捨てられるのを恐れている犬のようなしょんぼり具合に慌ててしまう。
「ぼ、僕は歳上だし!」
「姉さん女房は男のロマンだ」
「でも勉強もスポーツも並以下だよ?運動神経なんて最悪だし」
「そんなものは関係ない。大切なのは性格だろう」
「性格って……僕はそりゃあ性悪だよ、もうみんながドン引くくらいにね」
多少大袈裟に言っても彼の方から諦めてもらわなきゃいけない。
なにせ明るい未来のある青少年の未来のためだ。こんなハズレくじのような婚約をさせるわけにはいかない。
しかし遼太郎は小さく頬を膨らませた。
「多少年下だからといって幼い子どもではない」
そうしてすぐ下を向く。
「雪翔さんから見ればそうかもしれないが」
――まずい。
泣かせてしまったかもしれないと思った。
それは本意ではないのだ。それにこんな場面を他人に見られたらまたどんな尾びれ背びれがつくか、考えるだけでゾッとした。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃないんだ。別に君のことを子ども扱いするつもりもなくてね……ええっと……やっぱり幸せになって欲しいから」
「幸せって、俺に?」
「うん! そうだよ。だから僕なんてやめ――」
「それはプロポーズだな」
「へ?」
感無量といった様子で顔を輝かせる遼太郎にとんでもない墓穴を掘ったことを知る。
「いやそういうんじゃ……」
「一緒に幸せになろう! 愛してるぞ、雪翔」
なんたるポジティブモンスター、いや帰国子女というのはこういうものなのか?
それにしてもまずいことになったと幼なじみ達の方を振り返ると。
「いい加減にしろクソガキ」
ゴンッ、と痛そうな音がした。
「い゙っ!?」
両手で頭を抑えうずくまる遼太郎と拳を固めて苦々しい顔をした響也が立っていた。
ちなみに亜梨華は止めるわけでもなく肩をすくめてみせただけである。
「なにをする! お父様にもぶたれたことないのに」
よほど痛かったらしい。涙目で抗議する様はやはり中学生。
しかし高校生、つまり響也の方は手加減も大人げのある対応もしてやるつもりは微塵もないようで。
「うるせぇ、甘ったれのガキのくせに一丁前に愛を語るな」
「ガキとはなんだ、俺はもうすぐ十三歳だぞ!」
「はぁ? この前まで小学生だろうが。つーかチン毛も生えそろってないようなガキがイキってんじゃねぇよ」
「チン毛!? は、生えとるわい! 貴様こそどうせ小さいクセに!!」
「はぁぁぁぁ? 小さいってナニのことかよ!? 自慢じゃねぇがオレのはビッグマグナムだからな! 見たらトラウマになるぜ」
「ふん、どうだか。じゃあ見せてみろ、今ここで。どうせ嘘だろうけどな」
世界一アホみたいな喧嘩が勃発した。
「よーしっ、ガタガタ震えて泣いても知らねぇぞ! テメェみたいなチン毛まばらなガキチンポには悪いがな」
「だれがガキチンポだ!! 陰毛だってボーボーだぞ! みせてやるっ!!」
「おーおー、みせてみろよ。指さして笑ってやる」
そんなことを怒鳴り合いながらいよいよスボンに手をかけはじめた男二人。
「「このおバカども!!!!」」
雪翔と亜梨華の同時ツッコミ (物理あり)が炸裂して、見事にひっくり返ったのであった。
雪翔は呆然と呟く。
「おはよう、雪翔!」
眼力のやたらと強い男子中学生、両宮 遼太郎が爽やかで元気いっぱいの挨拶で飛び出してきたのだ。
「今日も美しいな! ほら見ろ、月も太陽もお前の美しさに身を隠してしまうほどだ」
朝だから月が出ていないのは当たり前で、太陽は曇天だから隠れてしまってるだけだろというツッコミさえできず隣にいる亜梨華たちと顔を見合わせた。
――いわゆるストーカーってやつじゃないか!?
まさか昨日の今日で待ち伏せされていたとは。
しかし当の本人は実に良い笑顔である。
「昨日は本当に失礼な事をしたな。先週末にイギリスから帰国したんだ。こんな魅力的な人と結婚出来るなんて夢みたいでつい浮かれて会いに来てしまった」
「はぁ……」
雪翔はふと昨日の自宅でのことを思い出していた。
『話が違うじゃないの!』
父親の書斎から聞こえてきた金切り声はもしかしなくとも母親のものである。
『仕方ないだろ、僕だってちゃんと聞かされてなかったんだから。それならむしろお義父さんの方が……』
『んまぁ! お父様のせいにするつもり!? 信じられない!!』
どうやら先方から聞いていた話とはまったく違ったらしい。
元々、海外を転々としながら育った大っぴらにされていない長男の存在であった。
そして両宮家にはすでに婿入りをした姉が二人いること。会社やらなんやらの引き継ぎ手には事欠かないと。
長男とはいえ、取り入る旨みはさほど大きくないということを彼らは今さら知ったのである。
「あのさぁ」
どう切り出して良いものか分からぬままに雪翔は口を開いた。
「君はその……もう少し考えた方がいいと思う」
まだ若いというより幼いから理解しにくいだろうが結婚は一生のこと。自分のような特に旧家であるとかじゃない、年上で平均以下のオメガで妥協する必要はないのではないかということをオブラートに幾分か包んで諭してみる。
「雪翔さん」
数秒だけ目をぱちくりとさせた少年、もとい遼太郎は言った。
「つまり俺では貴方に釣り合わないと」
「違う違う、逆だよ。逆!」
その表情があまりにも悲しそうで。まるで叱られ見捨てられるのを恐れている犬のようなしょんぼり具合に慌ててしまう。
「ぼ、僕は歳上だし!」
「姉さん女房は男のロマンだ」
「でも勉強もスポーツも並以下だよ?運動神経なんて最悪だし」
「そんなものは関係ない。大切なのは性格だろう」
「性格って……僕はそりゃあ性悪だよ、もうみんながドン引くくらいにね」
多少大袈裟に言っても彼の方から諦めてもらわなきゃいけない。
なにせ明るい未来のある青少年の未来のためだ。こんなハズレくじのような婚約をさせるわけにはいかない。
しかし遼太郎は小さく頬を膨らませた。
「多少年下だからといって幼い子どもではない」
そうしてすぐ下を向く。
「雪翔さんから見ればそうかもしれないが」
――まずい。
泣かせてしまったかもしれないと思った。
それは本意ではないのだ。それにこんな場面を他人に見られたらまたどんな尾びれ背びれがつくか、考えるだけでゾッとした。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃないんだ。別に君のことを子ども扱いするつもりもなくてね……ええっと……やっぱり幸せになって欲しいから」
「幸せって、俺に?」
「うん! そうだよ。だから僕なんてやめ――」
「それはプロポーズだな」
「へ?」
感無量といった様子で顔を輝かせる遼太郎にとんでもない墓穴を掘ったことを知る。
「いやそういうんじゃ……」
「一緒に幸せになろう! 愛してるぞ、雪翔」
なんたるポジティブモンスター、いや帰国子女というのはこういうものなのか?
それにしてもまずいことになったと幼なじみ達の方を振り返ると。
「いい加減にしろクソガキ」
ゴンッ、と痛そうな音がした。
「い゙っ!?」
両手で頭を抑えうずくまる遼太郎と拳を固めて苦々しい顔をした響也が立っていた。
ちなみに亜梨華は止めるわけでもなく肩をすくめてみせただけである。
「なにをする! お父様にもぶたれたことないのに」
よほど痛かったらしい。涙目で抗議する様はやはり中学生。
しかし高校生、つまり響也の方は手加減も大人げのある対応もしてやるつもりは微塵もないようで。
「うるせぇ、甘ったれのガキのくせに一丁前に愛を語るな」
「ガキとはなんだ、俺はもうすぐ十三歳だぞ!」
「はぁ? この前まで小学生だろうが。つーかチン毛も生えそろってないようなガキがイキってんじゃねぇよ」
「チン毛!? は、生えとるわい! 貴様こそどうせ小さいクセに!!」
「はぁぁぁぁ? 小さいってナニのことかよ!? 自慢じゃねぇがオレのはビッグマグナムだからな! 見たらトラウマになるぜ」
「ふん、どうだか。じゃあ見せてみろ、今ここで。どうせ嘘だろうけどな」
世界一アホみたいな喧嘩が勃発した。
「よーしっ、ガタガタ震えて泣いても知らねぇぞ! テメェみたいなチン毛まばらなガキチンポには悪いがな」
「だれがガキチンポだ!! 陰毛だってボーボーだぞ! みせてやるっ!!」
「おーおー、みせてみろよ。指さして笑ってやる」
そんなことを怒鳴り合いながらいよいよスボンに手をかけはじめた男二人。
「「このおバカども!!!!」」
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