まほろば

田中 乃那加

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6.芥子の実ほどの

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 ……そもそも最初から違っていたのだろう。
 
「だから触るなってば」

 この男、いつになったら学習するのか。
 その日もセックスが終わった後に恭介が僕の肩に手を回す。
 そしてそれを僕が悪態吐いて叩く、の繰り返し。

「……なんで」
「あァ?」

 それがいつもなら軽口の一つ言って引っ込める手を、強硬に回そうとしてくる。
 手だけじゃない。背中を向ける僕の身体を絡めとるように、両足も総動員してくるんだ。

「おいおいおい、僕は抱き枕じゃあないぜ」
「なんで駄目なんだよ」
「きょ、恭介……?」

 後ろから抱きつかれているからか、彼の顔が見えない。だから声しか分からないが、なんだかいつもと全然違う。
 そもそも今日は、いつもの逢瀬とは違っていた。

 月一のはずだったのに。
 突然LINEのメッセージがきて驚いた。初めて通知で彼の名前が表情され、一瞬新手の詐欺かと思ったほどだ。
 そこには『なるべくはやくあいたい』と全文ひらがなで。
 なにか余程急いでいたのか、大事な要件なのかと思うのは当たり前だろう。
 まぁ例えば……別れ話、とか

 約束の日が来るまで、とんでもなく胸が痛み疼いたものだ。
 しかし彼はいつものように、僕を恭しく女の子にでもするように抱いただけだった。

「俺だって抱き締めたい」
「さっきまで抱いてただろ」

 訳の分からない奴だ。
 声から察するに、なんかすごく思い詰めているようだけれど。

 ……もしかしたら彼なりに、この不毛な関係に何か感じているのかもしれない。
 そんな思考がふと頭を擡げた。
 そろそろ潮時なのかもしれない。
 僕は苦しい胸の内で、密かな覚悟を決めた。

「なぁ、恭介」
「ん」

 背中を覆う体温が、殊更愛おしくて。離してやれなくなる前に……。

「もう、やめようか」
「え」

 唇を一度だけ噛んで。なんでもない、と引き返そうとする心を追い立てる。ちゃんと言わないと。終わらせないといけないのだから。
 開こうとする唇がひどく重かった。

「もうお互い、こういうのはやめよう」
「な、んで?」

 えらく張り詰めた声が耳元で聞こえてくる。
 息も荒い。動揺しているのか。
 でも、こういうのは僕の方が最初に切り出してやらなきゃな。
 せめて出来る、最後の優しさってやつだ。

 まぁ、優しさかもしれないけど。
 こいつは僕を嫌という程甘やかすが、僕はなにも返すことはできなかったからな。
 しかし、そのあと予想していた返事はついに貰えなかった。

「……許さない」
「え?」

 今度は僕が動揺する番だ。
 地の底から響くような。猛獣の唸り声のようなその言葉の意味を理解する前に、彼は行動を起こした。

「痛っ……!? ぅぐ……な、なに」

 突然噛み付かれた。首筋に。
 恐らく思い切り、跡どころか血まで滴ってるんじゃあないかってくらい。
 ……く、喰われる。正に捕食される恐怖だった。

 元々噛むのを好むタイプみたいだとは思ってたが、このタイミングでかぶりつくなんて。
 嫌な汗が流れた。

「なぁ、なんでそんな事言うの?」
「きょ、きょう、すけ……」

 逃げ出そうにも、手と足でぎゅうぎゅうと締め上げるこのデカい男からは無理だ。

「カノジョでも出来たの? やっぱりあの女か」
「あ? あの女って……ぅあああっッ!!」

 とぼけたと思われたのか、また噛まれた。
 痛みで視界がぼやけ、締め付けられた足が震えて涙が溢れそうになる。

「一緒に歩いてたじゃん。 可愛いね、もうカノジョ作ったんだ?」
「い、一緒に……あ」

 まさか先輩の事だろうか。
 確かにこの前、仕事終わりに彼女と会ったけど。

「か、会社の、先輩、だッ!」

 思い当たりを口をするが、それで彼が納得するのかわからなかった。
 恐怖と混乱が綯い交ぜになって、先程の悲壮感など簡単に吹き飛ばしてしまった。

「うん。知ってる」
「なんで、知って……」

 あっさりと肯定する彼の反応に、また脳が混乱を起こす。
 何が言いたいんだ、この男。

「今度は会社の先輩と付き合っちゃうんだ?」
「ち、違うッ! 彼女とは……」

 抑揚の無い声。感情が読み取れない。だからこそ怖いのだろう。
 再び噛み付かれる事に怯え、手足を動かして暴れる事もできやしない。
 子供のように泣き叫びたい心に蓋をして、できる限り冷静に話しかけようとした。
 締め上げ拘束する腕を擦りながら、宥める事しか思い浮かばない。

「な、なぁ? どうしたんだ。とりあえず一度離してくれよ。なぁ」
「駄目だよ。離さない」
「わ、分かったから! その……そんなにセフレ解消が嫌だったのか?」
「セフレ……」

 少し冷静になったのか、キツく抱き締められてた身体は解放される。
 浅い呼吸を繰り返し、さらに距離を取ろう動こうとした瞬間。

「ゥ、わぁッ!!」

 再び強く肩を押さえつけられる。体格差もあって、もうそうなると僕には押し返す力はない。
 身体に覆い被さる影と、彼の見えない表情が本当に捕食されるような心境に追い込んでいく。

「セフレ言うな」
「はァ!? な、なんなんだよっ」
「許さない、絶対に、絶対に許さない……」

 そう何度も呟くように言うと、酷く乱暴な仕草で僕の唇と彼自身のそれをぶつけるように合わせてきた。

「ンぐっ! 」

 我ながら色気がない。
 でもそれを笑うことすらせずに、彼は僕の口内を舌で犯しはじめた。

「ふ……んッ、っ……んぁ、ぅん……」

 ぴちゃりぴちゃりと淫らな水音が、この安っぽい部屋を満たした。
 自分のではない舌が、口内を我が物顔で這い回って堪らなくなる。
 歯列をなぞり、僕の舌と絡めて唾液を啜っていく。
 あっという間に僕の思考はどろどろに溶かされて、もう力は入らず腰砕け状態だ。

 ああ、もう、堕ちる……と呼吸すら奪われた意識で思う。
 唇だけは合わせないと決めていた。
 だからセックス中も頑なに拒絶していたのに。
キス、したら……多分取り返しのつかない事になる。

「初めてのチュー、どう?」

 ようやく唇を離した彼も同じ事考えていたらしい。
 答えられず、酸素を貪る僕を笑った。

「許さないから」

 何を……許さないのだろう。

「絶対に」
「な、なにを……」
 
唯一身につけていた下着越しに、彼の怒張が当てられた。尻の割れ目に沿って、これみよがしに擦り付けられる。

「おいっ! もう無理だッ……」

 さっき散々ヤッただろう、とは口に出さないが。
 どこか暗い目をした男には何を言っても無駄なようで。

「まだ駄目だよ……誠が壊れるまで抱いてあげる。分からせなきゃ」
「こ、壊れるってどういう……」
 
 聞き分けのない子幼子に言い聞かせるような優しげな声色に、ゾクリと背筋を悪寒が走る。

「待て待て待て! そういうプレイは趣味じゃ……っ」
「ごめんね?」
「やっ、やだ、むり……も、う……やめ、ろって、くっ、くそッ……や、めっ……ぅああッ……」

 この日、初めて僕は彼に力づくで強姦され続けた。
 それこそ気を失うまで。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□


散々良いようにされて。沢山泣かされて、気が狂う程に揺さぶられて……気が付いたら朝だった。
 とは言っても、早朝の鳥の声で目を覚ます。なんてことはない。
 相変わらず下卑た空気の部屋。広いだけのベッドで一人、目が覚めたのだ。

「なんだよ、これ……」

 枕元に乱雑に積んである札束。
 数十万はあるだろうか。

 いつもなら鬱陶しいくらい手を伸ばしてくる、あのデカい身体が隣にない。寒々しいものだ。
 本当に一人。取り残されちまったらしい。

「こういうのは、初めてだな」

 そんな呟きも聞くのは一人。
 悲しいとか憤りとか、そんなのはすぐには湧かなかった。
 ただ虚しい、心が黒く塗りつぶされたような。
 ……ついには娼婦扱いらしい。
 これを慰謝料か手切れ金にでもしろってか?
 女じゃあるまいし、ふざけやがって。
 でもまぁ所詮、彼にとっての僕はそんなもんだったということだ。
 ただのセフレとしての価値すらないって意味だろう。
 これは手ひどい裏切りになるか。いや、違うな。
 単なる結果だ。

「あ」

 手の甲に、ぽたりと雫が垂れた。冷たく冷たく肌を濡らした。

 「嗚呼、僕は泣いているのか」

 無関心にそう呟き、後から後から滴る涙の雫を乱暴に拭った。
 部屋には頭の悪い音楽がごく小音で流れている。
 ……ここでは声を殺して泣くことはしなくていい。





 
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