玉の輿になるまで待てない!

田中 乃那加

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幻覚じゃないと言ってくれ

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 ――それはもう、雑に扱われた。

 古い病院みたいな建物は思いの外、中が綺麗でどこかのオフィスかと。でも大きな講堂? らしきものがあるみたいでどこか宗教っぽさがある。

 そこから妙に入り組んだ廊下や階段を引きずるように歩かされ、ようやく通されたのが小さな個室。

 というか、これはもうキレイめな独房と言ってもいいかもしれない。

「痛っ!」

 無言で部屋にぶち込まれ、すかさず扉を閉められた。
 目線辺りに辛うじて窓と言える場所があって。でも鉄格子がはまっているから、やはり牢獄なんだろうか。

「くそっ、やりたい放題しやがって」

 強かに打った腰をさすりながら毒づく。
 
「最悪だ……」

 ついに監禁までされるとは。しかも発情期真っ最中。
 さっきの奴ら、オレを車から引きずり出してここまで連れてきた若い男女は恐らくβだな。

 αならタダじゃすまなかっただろうし。

「っ……ぅ、く」

 ――これからどうすりゃいい。

 自分の身体を抱きながら、芋虫のように這いずる。
 もう力が入らない。立ってすらいられず息を乱して両足擦り合わせる姿なんて誰にも見せたくなかった。

 あのβたちにもヒート状態なのは見てれば分かったんだろう。まるで虫けらでもみるかのようなイヤな視線を向けられた。

 βの中でも、オレたちを淫売な性だと蔑む奴らもいるのは知ってる。むしろ多数の視線から伝わる嫌悪は殴られるよりあからさまだ。

 ていうか好きでΩじゃないっつーの。それを逆手にとって逞しく生きることすら批判されなきゃならないのかよ。

「くそ……」

 ああ熱い。そして熱いだけじゃなくて、疼く。

「抑制剤、飲めばよかった」

 オレのバカ。なんでわざわざ危険なことをしたんだ。
 色仕掛けなんて、寄りにもよって。でもこんなことになるなんて思わなかった。

「はぁ……ぁっ、あ……う」

 冷たい床の上すら刺激になる。

 ――誰か、誰でもいいから。

「っ、何考えてんだ」

 自分のくだらない考えに頭を打ち付けて死んでしまいたくなった。
 でも頭と身体が別の生き物になっちまったみたいなんだ。

 ただムラムラしてるとか興奮とか、そういうんじゃなくて。満たされないっていうか、すぐにでも抱いて欲しくて仕方ない。

 これが嫌で、ODさながらに抑制剤貪り食ってたっていうのに。
 
「は……ぁ、最低だ、こんなの……」

 こんなことでオレの人生ダメになっちまうのかな。
 こんな独房みたいなところに監禁されて。酷いことされたりするんだろうか。

『子を孕むのはΩの義務だ』

 連れていかれる時、あの男がそう言った。
 
 義務、義務ってなんだよ。Ωは産む機械なんかじゃない。
 好き勝手に乱暴されて良い性処理玩具でもなければ、発情期で差別されて傷つかないワケじゃない。
 同じ人間なのに。

 ――でもオレ自身どうだ。

 早々に諦めて、ハイスペック相手に婚活するんだって高望みして。
 挙句に騙されて。

 バカはオレじゃん。

『お前はα男をATMとしてしか見てない』

 そんなこと遼太郎に言われたのを思い出す。
 バチが当たったのかもしれない。高望みなんてしたから。

「っ……は……ぁ」

 ――遼太郎に会いたい。

 考え出すと止まらなくなった。
 
 すぐダンマリになるし、何考えてんのか分からんない真顔だし。でも本当は誰よりも素直で優しい奴なんだよな。

「りょ、うた……ろ」

 もう会えないんだよな。
 何気ない日常だって全部めちゃくちゃだ。
 
 母さんも美紅もきっと悲しむだろう。こんなことになって。
 でもヒート状態じゃどうにもならない。今だってなんとか他のことを考えて紛らわそうとしてるけど、いつ気が狂いそうなってもおかしくない。

「遼太郎……」
「おう」

 あ、駄目だ。
 幻聴まで聞こえてきた。いよいよ頭がおかしくなったのかも。

「おい」

 まだ聞こえてる、なにこれ怖い。
 そんなにオレってあいつに会いたかったのか。
 確かに家族と同じくらい大切な存在だったけど、それにしたって。

「瑠衣」
「ひぃぃぃっ!」

 ついに幻覚まで!?!?!? 

 目の前に、何故か深々とフードかぶった黒パーカーに下も黒ジャージ。さらに黒マスクも着用っていう黒ずくめの男。
 でもあいつだってすぐに分かった。

「なんで……そんな……幻覚……オレ、頭おかしくなったのか……」
「なにブツブツ言ってるんだ、瑠衣」

 怪訝そうな顔で見下ろしてる遼太郎、じゃないオレの幻覚。
 
 だってそうだろう。
 あいつがこんな所にいるわけないんだ。そんな漫画みたいなご都合主義、あるわけない。
 オレのことなんて忘れて、バイト先の女子大生カノジョとの青春に忙しいだろうしさ。
 単なる幼なじみってだけのフリーター男、アウトオブ眼中に違いない。

「……酷い状態だな」
 
 顔をしかめて言う彼の言葉に小さく傷付く。
 
 酷い、か。そうかも。情けなくてカッコ悪くて、最低な末路だよ。
 こんなことなら婚活なんてするんじゃなかった。
 せめてマッチングアプリじゃなくて結婚相談所とか――ってそういう事じゃないな。

「抑制剤のんでないのか」
「あ、ああ」

 おいおい、オレの幻覚なら分かりきったことを喋らせるなよ。
 どうせ抑制剤すら持たず色仕掛け、なんて企てる頭のゆるいΩだよ。

 ……うぅ、自覚してさらに傷付いてる。

「これが据え膳ってやつだな」
「え」

 普段は無表情の顔が、眉間にシワをよせて怒ってるような痛みを我慢してるような表情してる。
 もしかして発情期のフェロモンに反応してるのか。
 
「幻覚の、くせに」
「……何言ってんだ。俺は幻覚じゃないが」
「あ、そ」

 もう分かってるよ。分かってるから何も言うな。
 
 いよいよ身体が限界で、口を開けば息が乱れてそれどころじゃない。
 だから顔を寄せてきた遼太郎の首元を必死で掴む。

「っ、じゃあ夢くらいみさせろバカ」

 なにが『じゃあ』なのか分からん。でもそんなの知ったこっちゃない。 

 噛み付くように自分の唇を、彼のそれに重ねてやった。
 気分は最低。やぶれかぶれもいいとこだ。幻覚に今更あいつが出てくるのも情けないし、それを言い訳にすがりつきたくなってるのもムカつく。

 でもいいよな、幻覚だもん。発情期なんていう悪夢がみせる現実逃避。
 それにしてはリアルなのがまた悲しいけど。
 
「ふ……っ、ぅ」

 キスなんてろくにした事ないから、とりあえず思うままに舌を入れてみた。
 構うもんか。でも。

「んぅっ!? ん、ぅ……、ぁ」

 脳ミソが痺れたみたいになる。ただでさえヒート状態なのに。遼太郎とキスしてるってだけで身体がビクビクッとなって止まらないし、腰が引けておかしくなりそう。

「ぁ……んんっ……ぅ」

 ダメ、もっと欲しくなる。キスだけでイっちゃうかも。
 それくらい気持ちいい。

「っ……は、ぁ……」
「瑠衣」

 ああ。至近距離で見る遼太郎の瞳が、すごく綺麗。
 少し色素が薄くて。
 瞳だけじゃない、顔だって同じ人間ってこと忘れるくらい整ってるんだ。
 
「いい加減にしろよ」

 遼太郎が怒ったような、悲しむような声で言った。

「せっかく色々準備して、外堀埋めてからって計画してたのに」
「遼太郎……オレ、お前のこと……」

 ――欲しい。今すぐ欲しい。
 せめてその精液たねを胎に。彼の子を孕みたい。
 考えたくないけど、オレのΩとしての本能がそう叫んでるみたいだった。

「おねがい、おねがいだから」

 感情も情緒もぐっちゃぐちゃで、みっともなくすがりつく。

「遼太郎っ、オレを抱いて……!」

 これだってすぐに消える。だって幻覚だから。
 
「瑠衣」
「お願いだから、オレを遼太郎のつがいにして」

 今だけ、今だけだから。

「ったく、酷いな」

 彼が小さく笑う。

「俺が言おうと思ってた台詞せりふほとんど取られた」
「遼太郎……」
「俺のこと、してくれるよな?」

 そうして今度は彼の方から少し強引なキスをされた。

 

 

 
 




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