玉の輿になるまで待てない!

田中 乃那加

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幻覚だと言ってくれ

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「ちょっ!? ど、どこ触ってんだ」
「触らなきゃできないだろ」

 あ。たしかに。
 でも悲しいかな童貞でさらに処女のオレには、刺激が強すぎる。

「んんっ、あ……ぅ……んぅ」

 必死で声をおさえようと手で口をおおう。
 すると。

「キスしたい」

 そう言ってまた強引に口付けられる。
 脳ミソが焼き切れるようなって、こういうことを言うんだと思った。
 遼太郎の指先が、舌が、吐息すら触れるたびに感じてしまってどうしようもない。

「はぁ……ぁ、おかしくっ、なりそう」
「あんまり煽るな」

 オレよりなんかすごく辛そうな顔をしながらも、慎重に服を脱がせてくれる彼が愛しくてたまらない。
 
「りょ、たろ……はやく……」
「だから煽るなって、くそっ」

 こんな遼太郎もはじめてだ。まるで肉食獣みたいな獰猛な表情してるくせに、その目はすごく優しかった。

「はぁっ……ぁ、んん、ぅ」

 身体中まさぐられて触れられて、口付けられて。まるで確かめるように怖々と、その度にありえないくらい感じて身悶えてしまう自分が恥ずかしい。

 でも。

「すごいことになってるな」

 下着をおろした遼太郎がゴクリと喉を鳴らしたのが、妙に耳に残る。

「っ、あんま、見んな……!」

 いたたまれなくなってそう叫ぶと。

「そりゃあ無理だ。瑠衣のことは全部知りたいから」
 
 なんてこの状況じゃなきゃ羞恥心で死ぬんじゃないかって台詞を平気で吐きやがる。
 でもヒートっておかしいもので、こんな言葉すら嬉しくて仕方ない。

「遼太郎……のも、みせて」

 そう言って手を伸ばす。
 
 ――こんな状況おかしい。

 分かってる。分かってるはずだけど、もうやめられない。
 
 いつ誰が入ってくるか分からない場所。しかもいるはずのない相手なのに。

「んぅ……」
「おいっ、なにしてんだ」

 彼のを手で探りながら体制を入れ替える。そしてありえないことだけど、それをなんの躊躇もせずに口に含んだ。

「瑠衣、やめろ! 離せ!!」

 なぜか幻覚の遼太郎は慌てたように声をあげると、オレの頭をどけようとしてくる。
 そんなに嫌かと一瞬悲しくなるが、構うもんか。どうせ現実じゃないし、やりたいようにやってやることにした。

「んぁ……ふ、ひ、きもち……いいか……?」
「る、瑠衣。やめろ、こんな事」

 表面上の造りだけは同じ男だ。無我夢中で吸い上げて舌を這わせる。
 不思議と嫌悪感とかは無い。むしろ彼が感じてくれることを思えば、ずっと咥えていても良いとすらおもった。

 ていうか幻覚ってすごい。
 ここまでリアルな感触や匂いとか。もうオレの方が疼いて仕方ない。

「瑠衣」
「んぅ……っ、!」
「もういい。イってしまいそうだ」
「な、んで」
「今度はで頼む」
「!」

 勢いよく床に押し倒された。背中が呻くほど痛かったけど、すぐそれどころじゃなくなる。

「ぅあっ!?」
「すごいな。こうなってんのか」
「りょ、遼太郎!! ちょっと待て、待てってば!」

 足を開かされ、自分でもなかなか直視しない所をあらわにされた。
 そして止めるヒマもなく。

「慣らした方がいい、んだよな」
「うぁ゙っ!!」

 いきなり指入れてきやがった。
 信じられん、二本だぞ!? 処女なのに! そりゃ自分でしたこともあるけど、でもそんな他人の指で――って。

「ひぃ、んんっ、んぁ、な、なんれぇ!?」

 気持ちいい、だと。自分でした時は前と一緒に触らなきゃ異物感で気持ち悪いだけだったのに。
 入口からもうどうしようないくらい熱くて気持ちよくて、さらに下半身が濡れるのがわかった。

「なるほど、本当に濡れるんだな」

 冷静に観察されてるのがムカつく。さっきまでオレにフェラされてびびってたクセに!
 つーか、なんでこうも思い通りにならなんだ。

 相変わらず酒で酔ったみたいに身体は上手く動かせないし、でも早くセックスしたくてたまらなくなるし。
 なのに遼太郎は変に優しいし。
 こんなん発情期終わって目が覚めたら、その後の現実に死にたくなるの確定じゃないか。
 いっそ、このまま死にたい。

「おい泣くな」

 ……泣いてる、のかオレ。
 手すら動かすのが億劫で顔も拭えないでいると、やつの長くて綺麗な指が目元に触れた。

「嬉し泣きじゃないなら泣くな」
「っ、な、なに勝手なこと言ってんだよ、ばか」

 ある意味嬉し泣きだっつーの。これが現実ならな。
 でも贅沢言ってられないか。

 いまだ焦らそうとしてくる、やつの目を見つめた。

「指じゃ、ヤダ」
「瑠衣」
「はやくれてくれ」

 せめて今すぐにでもつながりたい。だからそう強請ねだると。

「後で言い訳も泣き言も弁解も、一切聞かないから」

 そう言って指を抜く。

「……同意はとったからな」

 そう言うのと、両脚をさらに大きく開かされ鈍い痛みと脳を焼くような快感に言葉を失うのは同時だった。

 ――あ、これ今すぐ死んでもいいかも。

 本気マジでそう思った。
 色んな意味で。




 ※※※

「――お、生きてた」

 目より先に耳に飛び込んできた声。
 聞き覚えがある、その緊張感皆無で失礼極まりない言い方。

「西森さーん」
「……」

 ああ、これも幻聴か。それとも走馬灯ってやつ。
 どっちにしてもロクでもない。
 
 でも発情期で死ぬことは無いと思うから、もしかしたら夢の可能性もあるか。
 
「あれ? 目覚ましたと思ったんだけどなァ」

 オレは瞼を閉じ続けた。
 だって現実直視したくない。あんな幸せな幻覚を味わったら、その落差で精神的に死ねる。

「おーい」

 ちょっ、なんかすごい力で身体揺すられてんだけど!?
 しかも結構痛い。身体中が筋肉痛みたいな。特に腰……いや尻の辺りに違和感が。

「わざわざ起こさなくていいわよぉ」

 また聞き覚えのあるそんな声が聞こえてきた所で、はじめて自分の今いる状況に気づいた。

 ――低いエンジン音と振動。恐らく車の中。

 よくよく注意すれば独房みたいな小部屋の冷たい床でなく、それなりに広いシートの上に寝てるっぽい。
 だけど頭の部分が少しおかしい。

 枕? クッション? にしては硬い気がする。

「だって起きてる方が退屈しないじゃん。ね、西森さん」
「退屈って、アンタねぇ」

 飄々とした物言いに、呆れたように返したのもオレが知ってる人物だ。

は知らないかもだけど。この人、とてつもなくチョロくてアホで危機感のない大馬鹿者だから」

 ひ、ひどい。いくら幻聴だからってここまで言わなくていいのに。
 ていうかなんで今度は雅健が出てくるんだよ。しかもすごいディスってくるし。
 
 それがあながち間違ってないのがムカつくし、情けないんだけど。

「そろそろ寝たフリやめてください」
「……」
「強情張ってると、舌入れてキスするぞコラ」
「!!!」

 慌てて跳ね起きた。
 そして気づく、膝枕されてた。

「なんだやっぱり寝たフリしてたんじゃないっスか」
「だだだっ、だって! キスするなんて言うから!!」

 いくら現実逃避したくても、そんなこと言われたら起きるしかないだろ。
 キスなんて、遼太郎からの (幻覚だけど)で充分だし。

「キスごときでここまで反応されると、逆に恥ずかしいっスよ」
「うっ」
 
 悪かったな、恥ずかしい奴で。隣でニヤつく男を睨みつつ、ふと辺りを見わたした。

「ここは……」

 やっぱり車の中だ。しかもこれまたデカくて高そうな。オレは車種とか全然分からないし、中を見る限りだけど。

「あら起きたのね。でもあんまり無理しちゃダメよ」
「せ、先生?」

 やっぱりそうだ。運転席から聞こえた声にそっちを覗き込むと。

「!?!?!?!?」

 顔が違うッ!!!
 いや正しくいうと、格好が違いすぎる。かっちりとしたスーツにオールバックに撫で付けた髪。
 極めつけはあの派手めなメイクがないこと。つまりいつものハリウッド女優顔負けの美人 (女装)じゃなくて、ガッツリ男の顔だった。

「!!!」
「あはは、ショックうけてら」

 横から雅健あたるが口を挟むがそれどころじゃない。

「いやその……い、いつもと雰囲気? がちょっと違うなって……」

 ちょっと雰囲気なんてレベルじゃないけどな。
 美形は美形だけど、百八十度違う。中性的だけど、れっきとした男性だって分かる格好。

「ふふ、言いたいことは分かるわ。これはなの」
「副業?」

 まるで分からない。そもそもなんで彼らがここにいるんだろう。
 
 たしか……と記憶を探れば、オレは騙されて妙な施設に監禁されたところまでは覚えている。
 ヒートも来てしまって最悪だった。
 Ωを無理矢理、妊娠させるなんてとんだゲス野郎じゃないか。
 
 そんな奴に色仕掛け (といってもいいのか)をしようとしてたオレの馬鹿さ加減だ。
 自業自得であるが、絶体絶命だったはずなんだけど。

「や、やっぱり幻覚?」
「アホの子なんスね、西森さんって」

 すかさず失礼極まりないツッコミが入る。

「おいアホとはなんだ」
「アホじゃなきゃバカでしょ。散々人を心配させやがって。幻覚だと思うなら今すぐこの場でぶち犯すぞ、トラブルメーカーが」
「ひっ、ひど!?」

 いつもより切れ味バツグンの毒舌に思わず震える。
 ていうか。

「なんでここが分かったんだ」

 家族にすら行先なんて告げてないのに。すると雅健は、ふいっと視線を外して。

「……さあ?」

 と一言。

「おい。さあ? ってなんだよ!」

 なんか怪しいぞ。さっきの毒舌のお返しとばかりに問い詰めようとする。

「私が仕入れた情報なのよ」

 少し困った声で割って入ったのは先生だった。

「ここだけの話にして欲しいんだけど」

 そう前置きして言ったことには。

 小児科と内科の開業医というのとは別に、彼はバース専門の医師として健康診断などで企業に出入りすることがあるらしい。

「少子化の影響かしらね。余計なしがらみが増えるから厄介なのだけれども」

 肩をすくめて苦笑いする声はたしかに聞き知ったものなのに、女装しないとこうも印象変わっちゃうんだな。

「それにあんまり大きな声じゃ言えない企業や団体にもそれなりの繋がりが出来ちゃうのよ」

 ある時、とあるΩが性被害を受けたと治療と診断書を頼まれたという。

「普通の病院に行けばって思うでしょうけど、ちょっと特殊な事情でそういう訳にはいかなかった子なの」

 いわゆるワケありなのは家庭の事情かそれよりもっと大きなことか。
 とにかく別の科の看板を掲げている医師に闇医者みたくコソコソと相談しにいくくらいだ。
 色々あるんだろうな。

 そこでなんとなく、いつも通される可愛いイラストや絵本に囲まれた待合室を思い出した。
 オレも同類に見えるかもしれない。

「あの施設のことも」
「そうね。最初はシェルターだと聞いてたわ」

 そこで不意に言葉を切った。

「たくさんの妊娠したΩ達を診てきたわ。つがいからのDVで保護されたケース子達ばかりだと思ってたけど」

 あんな所、ちゃんとした医療機関で診察させるわけないよな。だとしたら彼も騙されてたってことになる。

「あなたみたいな子もいたかもしれない」
「……」
「なんとか理由をつけて連れ出せたけど、これからしばらくは気をつけないとね」
「えっ」

 助け出されて終わり、じゃないのか。

「当たり前だろ」

 呆れたように雅健が言う。

「あの奏斗って男、だいぶヤバいやつじゃん。それにアンタの身体も少し調べなきゃいけないし」
「へ? 調べるって」
「だってあの男に――」
「雅健、もうやめなさい」

 先生が少し厳しい声でたしなめた。

「瑠衣君、とにかくまずこのまま病院に行くわね。うちだとまずいから、知り合いのところだけど」
「あの。家族にはせめて」

 連絡くらい入れないと心配するんじゃないか。

「妹さんには僕から入れとくんで大丈夫っスよ」
「でも」
「スマホもしばらく没収なんで」
「ええっ、なんで!?」

 オレのスマホとられ過ぎだろ。てか奏斗さんにとられたままだったけど、それも取り返してくれたのか。

 雅健は目の前にチラつかせたそれを自分のポケットにいれる。

「しばらく男漁り禁止っスよ」
「ひ、人聞き悪いこというな!」
「人聞きもなにも。実際、婚活相手に騙されて監禁されてるマヌケが何言ってんスか」
「うっ」

 またぐうの音も出ないことを。
 でもこれも自業自得なのか。

「ちゃんと診察うけてくれたら御家族と連絡とれるようにするからね」

 そう慰めてくれるけど、なんかすごく不穏な予感がした。
 オレ、軽い気持ちで婚活して彼とまっちんぐしてデートしてたけど。結果的にとんでもない事になってしまったららしい。

 ほとんど記憶がないから何時間経ったのか (もしかしたら何日?)分からなくて不安しかないけど。

「あんまり深く考え込まない方がいいっスよ」
「雅健……」

 隣から手が伸びてきて、ぎこちなく肩をなでた。どうやらこの毒舌で不遜な後輩も、とんでもない馬鹿野郎のオレを慰めてくれてるらしい。

「西森さんは考えると余計なことしかしないって今回で分かったから」
「お、お前なぁ」

 前言撤回。慰めたいのか貶したいのか分かんねぇヤツだわ、こいつ。
 
 


 
 

 


 
 


 
 


 

 




 

 



 
 

 
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