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マッチ売りの少女♂

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「マッチ……いりませんか……」

 できるだけ儚げに、伏し目がちに。別に寒くはないが少し身体を震わせるのもいいらしい。

「おや、君は花売りかね」
 
 足を止めた男。でっぷりと太ったいかにもな中年オヤジ。
 オレは舌打ちをこらえつつ、できるだけ可憐に微笑んでみせた。

「えっとぉ……マッチ売り、です」
「ああそうかね」

 マッチいりませんかって言ってただろ、このクソオヤジ。その高価そうな帽子の中のハゲ頭は飾り物かよ。

 よし、あとでそれも取り上げて売っぱらってやろう。

 そう心に決めつつ、オレは財布を出す加齢臭タップリのハゲオヤジを上目遣いで見つめた。

「ふむ、君はこんな街には勿体ないくらいに美しいじゃないか」
「そんな……とんでもないです……」
「いやいや。こんなみすぼらしい姿をしていても、一向にその可愛らしさと美しさは陰らない。向こうの路地角に、立っている売春婦たちとはまったく違う」
「きょ、恐縮、です……」

 なんだコイツ、なんか中身もキモいな。まどろっこしいやり取りが苦手なオレは、そっとその豚の足みてぇな手に触れた。
 おずおずと、遠慮げがポイントだ。

「あの旦那様……もし、あたしを少しでも気に入ってくださるのなら……その……」
「うん? なんだ、可愛い上に頭も良いのか」

 ほら来た。
 乙にすました紳士ヅラが一気に剥がれ落ちた瞬間。
 下卑た表情。これからナニをするっていう男はだいたいこの顔するんだよな、あー気色わりぃ。

「そうかそうか。じゃあ行こうか」
「あ、あの……もし良ければこちらに……旦那様も、人目があるでしょうから」

 と、相手を気遣う素振りでそっと腕を引く。
 男の笑みが深くなった。

「おお、おお。なんと話のわかる小娘だ。は当然弾むよ」
「……」

 恥じらう演技もまだ気を抜くな。
 少し息を止めて顔を赤くして、下を向けばもう完璧。
 傍から見れば可憐なマッチ売りの少女を買ったゲスオヤジ、二人で路地裏へ。なわけだ。

 実際、コイツはなんだけどな。

「あの旦那様」
「ん?」

 一歩路地裏に入ればそこには。

「アンタ、口臭いんだよ。バーカ」
「!」

 待ち構えるオレの仲間たち。
 各々、木材やらバットやら持ってニヤつく悪い奴らだ。
 その数十数人。

「おっ。またキモいの釣ってきたじゃん、ノア」
「やるねえ~、オトコたらし」
「へへ、かわいそー。おいノア、一回くらいエッチさせてやれよー」
「ギャハハッ、いいじゃね! こいつブヒブヒ言って喜ぶってよォ!」

 なんて好き勝手なことほざく奴らにオレはポケットから出したタバコ (この前の戦利品)にマッチで火をつけながら吐き捨てる。

「は? ヤるわけねーだろ。こんな臭いオヤジと」

 つーか、男とする趣味なんてないから。
 この格好だって好きでしてるわけじゃない。金になるからだ。

「き、き、き、君たち……ッ、な、なんなんだ!」

 ハゲオヤジが虚勢はってか叫んでいる。
 本当バカだな。ここで大声出しても、警官なんざ駆けつけてこないっての。
 むしろ自分から入り込んだって自己責任なんだわ。

 死体になってたって、探しに来ねえよ。このスラム街にはな。

「いいからオッサン、早く金出せよ」
「か、金ェ!? つつつっ、美人局だったのか!?!?」
「当たり前だよバカ」

 仲間の一人が帽子を剥ぎ取りながら笑う。

「逆になんだと思ってたんだよ? アンタみてぇな成金のクソ野郎、ムカムカするせぜ」

 あ。あの帽子はオレの取り分だって言わねえとな。
 目ぇつけてたんだから。

「グダグダグダグダうっせぇんだよ。痛い目をみたくなきゃ、さっさと金目のものすべて吐き出して消えな。そうしねぇと……」

 そこで仲間たちはいっせいに、手にした凶器を振り上げて見せる。
 ちなみにオレの手にはレンチ (工具)な。そこらで拾ったからサビだらけだけど、なかなかの威力だからな。流血くらいはさせられるぜ。

「ひぃぃっ!」

 マヌケな男は情けない声をあげてへたり込むくらいしか能がないらしい。
 
 さて。せいぜい弾んでもらおうか、なんてな。




 ※※※

「ふん、しけてんな」

 そうそう厚みもない札を数えながらため息をつく。

「でもこの懐中時計は悪くないんじゃねぇのォ?」
「さあな」

 貴金属ってのは状態によってかなり値崩れするって、この前に宝石商のジジイが言ってたのを思い出す。

「ていうかさァ」

 仲間の一人、リドルがニヤつきながらこ顔を寄せてきた。

「こーんなにカワイイ顔してんのに、やることが怖いよなァ」
「うるさい、あと顔が近い」
「怒るなよォ。べっぴんさんが台無しだぜ」
「……」

 なんか最近コイツ、こういう絡みがウザいんだよな。
 腰を抱くようにしてくるのも、妙に鼻息荒いのも気持ち悪ぃ。

「なんだよ、もしかしてキメてんの?」

 金ないって言ってたけど、クスリでもやってんのかね。まあどうでもいいけど、発情すんなら他所でやれって。

 めんどくさくなってその手を振り払って着替えようと後ろを向いた。

「お、話わかるじゃん。俺、けっこう上手だからさァ」
「あ?」

 何言ってんだ、もう付き合いきれん。
 なおも手を伸ばしてくるのを避けながら、オレは舌打ちした。

「ノア、いいだろォ? ずっとお前のこといいなって思ってたんだ」
「意味わかんねぇよ」

 なんか勘違いしてねえか。
 オレは確か少々、女顔かもしれない。背だってまだ低いが、これから充分伸びると思う。つーか、そう思いたい。

 別に女装だって好きでしてるわけじゃなくて、むしろイヤなんだ。
 仲間のリーダー格である奴の命令で仕方なくやってるだけ。褒められたって嬉しくもないし、むしろゾッとするっつーの。

「俺さァ。本当にノアのこと……」
「これ以上しゃべるなよ短小リドルリトル

 しっかりそのお粗末な股間に視線を落として言うのがポイントだな。
 するとヤツは真っ赤になって。

「な……な……な……」

 と絶句している。
 その間に軽く手を振ってその場を立ち去ることにした。

「チッ。バーカ」

 本当にくだらねえ。オレは好意を向けられるのが大嫌いだ。
 ガキの頃からオレを好むのはゲスな変態しかいないからな。売春婦してる母親似のこの顔も反吐が出るほど嫌いだ。

 でもこの顔を使ってオレは金を稼いでいる。
 それがたまらなく情けないし、殺してやりたいくらい腹立たしいんだ。

「くそっ!」

 部屋に戻り、脱ぎ捨てた服を床に叩きつける。

「くそっ、くそっ、くそっ!!」

 みんなクソッタレだ! 死んじまえ! 殺してやる!!
 叫び出したいのをグッとこらえながら、ただただ拳を握りしめていた。







 

 
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