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鬼神棒をつかいこなせ

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ガシャ! ガシャ!

独房に、駆け足で近づいてくる兵士の足音が聞こえた。異変に気付いたのね。

「は! さっきの礼をさせてもらおうか」

シュラは私を抱いたまま、片手で鬼神棒を取り出す。その時、細いピアノ線のようなものが、鬼神棒から垂れ下がるのが見えた。

「待って! シュラ」

「どうした? クローディア」

「この糸……何かしら」

「糸?」

シュラもその糸に気づく。ソラメカも、目玉のまま鬼神棒に飛び乗って、糸を間近で確認していた。

「……これは、“死なずの鬼蜘蛛”の糸ですぞ。おさ

「死なずの鬼蜘蛛?」

「人間の世界には、数多いる鬼蜘蛛の中に、月夜の晩にひっそり生き返る特異な蜘蛛がおります。彼らの吐き出す糸は、このようにとても強固な呪具になるのです」

「さっきのシャーマンか」

「おそらくは。おさが、鬼神棒を使うことを見越しての保険でしょう。使えば、加減できずに人を殺めやすくなるように」

「悪鬼に堕とす最後の罠、か。面倒な真似を。だが……」

シュラは私を下ろすと、彼の上衣を着せてくる。私のシャツは、破られているから。

「ありがとう、シュラ……え?」

彼は、私の手に鬼神棒を握らせてきた。

「え! シュラ?」

「お、おさ!?」

「さすがの奴も、クローディアが使うことを、想定してはいないだろうよ」

え、ええ!?
人間には使えないのでしょう?

「でもシュラ。私が使ったら、おじ様みたいにならない?」

あんなふうにはなりたくない。
でも、シュラはニヤリと笑って、鬼神棒を持たせた私の手を、後ろからやんわりと握った。

「大丈夫。指輪が守るから」

「指輪が?」

シュラがくれた、彼の角から作り出した指輪。これが、私を?

おさ! 鬼神棒をただの人間に使わせるなど、いくら小娘に溺れたとはいえ、あまりに……!!」

「ソラメカ、クローディアはただの人間じゃねーぞ?」

「?」

「いきなり、鬼神棒に刻まれた文字を読めたからな。この文字は古代語で、同族でも読めるのは長クラスだけなのに」

「た、確かに書庫でも書物をスラスラ読めておりましたが」

「俺が、生まれて初めて見染めた女だ。とてつもない力を秘めてやがる。この場は任せるとしよう」

シュラは私の手を握ったまま、走り込んできた兵士たちに鬼神棒を向けた。

「あ! お前ら!!」

兵士たちは、驚いて叫んでいる。ど、どうしよう。シュラは、後ろから耳元で囁いてくる。

「クローディアに、乱暴しようとした連中だろ? お仕置きしないとな」

「どうしたらいいの?」

「今、万物はクローディアの手足だ。そのつもりで、念じてみな」

私は彼らのすぐ近くにある、鉄格子の柵を見た。

あれを使えば……。

鬼神棒を、彼らを囲うようにぐるりと回してみる。

「うわ!?」
「さ、柵が、絡まる!!」

独房の柵が、生き物のように兵士に絡まり、そのまま二人を締め上げた。

「うぐわぁぁ……」
「ぐ、ぐるじい」

「はは! 上手い、上手い」

「信じられぬ……鬼神棒が小娘の意に従うなど」

兵士たちが気絶したので、床に降ろして拘束する。

鬼神棒に絡まった鬼蜘蛛の糸は、特に反応することもなく、静かに垂れ下がっていた。

「ふふ、想定外の使用者に、呪具も無反応だな。いい目眩しになるぜ」

「シュラ、この糸を解除するには、モノケロガヤを倒さないといけないの?」

「だな。おそらく奴の懐に、呪のかかったこの糸の繭玉があるはずだ。それを破壊できればいい」

シュラはそう言って、鬼神棒を握る私の手を、壁に向けて振らせた。

「クローディア、念じて。道を開けと」

「わかったわ、シュラ」

ゴゴゴゴ!

牢屋の壁が自分から壊れて、大きな穴がトンネルのように形成されていく。

「わぁ」

思わず、声が出た。
本当に目の前の物が、思い通りに動く。

おさ、先導致します」

「頼む、ソラメカ」

コロン、コロコロ。

私たちの前を、ソラメカの目玉が転がりながら先導した。シュラは私の肩を抱いて、その後ろをついていく。

「シュラ、どこへ行くの?」

「まずは、クローディアの家族が捕まってる地下牢へ」

「え!?」

「このために、酒に細工なんて下手な罠にかかってやったんだからさ」

シュラはわかっていて、あえて薬物入りのお酒を飲んだのね。助けるために。

でも……。

「お、お父様たちは、毎日不定期に地下牢を移動させられるの。今日はどこにいるのか……」

「今日は、ソラメカがこの状態で探索して、見つけ出してる」

「え」

目玉一つで、転がりながら探索してくれたの?

「ソラメカ、ありがとう」

「ふん、礼には及ばぬ。小娘の父親が復権できれば、宝珠の返還が円滑になるからという、おさの命令によるものだ」

「シュラの……」

「鬼も人間も犠牲を出さずに、無血で解決を望まれたゆえのこと。決して、お前のためだけではないわ」

前を転がるソラメカの返事は、そっけない。

ふふ、こういう鬼なのね。でも、ソラメカはずっとこの姿のまま。本体は?

「シュラ、ソラメカの体はあの酒席に倒れたまま?」

「おう」

「いいの?」

「奴の本体は、この目玉だ。好きな時に体を作り直すことができる。目玉の抜けた体は、木偶に過ぎないのさ」

「ええ!?」

「便利だろ?」

すごいわ……。人間と同じように、考えてはいけないのね。

「クローディアこそ、体に戻れてよかったな。ライの伝言通りだ」

「ライの伝言、ちゃんと聞いてくれたのね」

「ああ。珍しく、きちんと言えたから驚いたぜ」

「ふふ、少し捻った言葉で伝えたの。私の体は……」

思わず足が止まる。
みんなのことを、私は知らぬ間にテス王たちに伝えていたから。

鬼の世界も、鬼の館も、シュラたちのことも。

私は、スパイをさせられていたんだよね。

「私……みんなを裏切ってたの。あのクリスタル化する体は、身を守るだけじゃない、情報を収集するためのものだったから」

シーン……。
沈黙が痛い。

「ごめんなさい」

頭を上げられずにいると、シュラが頬にキスをしてくる。

「シュラ?」

「何かあることは、わかっていたよ」

「え!?」

「あの時俺は、ちゃんと布でくるんでたろ?」

「そ、それは私の袖が裂けていたからじゃ?」

「まあな。でも、やっぱり怪しかった。クローディアは、何も知らないみたいだったし」

「そんな私を、鬼の館に入れてくれたの?」

「ソラメカの別宅を、借りたから」

「え!?」

「鬼と人間の世界を繋ぐ、“鬼門”の一番近くにある建物でさ。俺の館だと思わせるには、ちょうどよくて」

「し、知らなかった」

「母様とあそこで会ったのも、準備が完了したことを教えに来てくれてたからなんだよ」

「あんな一瞬で!?」

「ふふ、これが鬼の一族」

「すごい」

「だろー?」

「あ、だから、書庫でソラメカは“囮”と言っていたのね。ソラメカの別宅を使っているという意味だったんだ」

「そう。だから、奴らが見ていたのは、鬼の世界の端も端。深淵を覗かれたわけじゃない」

「よかった……」

テス王たちに、彼らの秘密まで伝えてしまったかと、心配していたから。

おさが、その小娘に懸想けそうしていることは、筒抜けでしたがな」

前を進むソラメカの目玉が、不機嫌そうにシュラを睨む。

「それな。もう小言は聞き飽きたぜ、ソラメカ」

「みすみす弱点を晒すとは。───む?」

「どうした? ソラメカ」

「お静かに、例のシャーマンがおります」

「!!」

モノケロガヤが? ま、まさか、お父様たちに、何かする気じゃ!!

私たちは、細い穴を開けて、壁越しに様子を伺った。

中では、兵士に捕らわれて槍で脅されるお母様と弟。

そんな二人から引き離されて、お父様がただ一人、牢屋の外に引き摺り出されそうになっている。

「元皇太子様、さあ、ご協力いただきます」

「貴様、モノケロガヤ! 弟をたぶらかした上に、私に何をさせる気だ!」

「鬼のおさが、悪鬼と化すまでの間に」

「何?」

「宝珠を……」


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