人身御供の乙女は、放り込まれた鬼の世界で、超絶美形の鬼の長に溺愛されて人生が変わりました

たからかた

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百鬼夜行編

二人の部屋

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「これで静かになったな」

「そうね」

「へへ、じゃ、部屋に行こうぜ」

私は改めて、カウンターの中でソワソワしていたフロントの人魚から鍵を受け取った。

「お仕事の邪魔してごめんなさい」

「い、いいえ。お客様、あの……」

「はい?」

「もしかして、お客様はあの肖像画の……」

「!?」

シュラの部屋にあるという、私の肖像画のこと?

知っているということは、この人魚も元恋人の一人?

ズキン。

気持ちが少しだけ濁る。

さっきまで幸せな気持ちだったのに、またなの?

いえ、過去は過去。
気にしていたら、キリがな……。

カタカタカタ。

? 何の音?

音がしていたのは、フロントの人魚がカウンターに置いた手の方から。

よく見ると、その手はガタガタと震えている。
どうしたの!?

思わず彼女に声をかけようとして、ゾクッと頸の毛が逆立つのがわかった。

何? この恐ろしい気配。

恐る恐る隣を見ると、シュラの表情が氷のように冷たくなっていた。

え!?

こんな怖い顔、初めて見る。

「シュラ?」

私が声をかけると、彼はいつもの顔に戻って、私の手を引いた。

「あ、悪い。部屋に行こう、クローディア」

「シュラ? どうかしたの?」

「いや、なんでもねぇよ」

そうは見えないわ。珍しく隠し事?

「あ、あの……お部屋のご案内を……」

フロントの人魚が、まだ震えながら声をかけてくる。大丈夫かしら、彼女。

「いい、わかる」

シュラは、私の腰を抱き寄せて歩き出した。

私の肖像画……見た人はみんな別れたと、元恋人のチェリパンナが教えてくれたけど。

あんな顔されて、彼女たちは怖くなったんだろうな。

当のシュラは明るい声で、奥にいる巨大なクラゲを指差した。

「部屋までは、このクラゲの頭に乗って運んでもらうんだ」

「ク、クラゲの?」

「行くぜ、ほら」

ポヨーン。

わあ、フワフワのクラゲの頭。
クラゲは、私たちを乗せて、浮上し始める。

すごいわ。中は巻貝のように螺旋構造になっている。周りを見ると、他の妖たちも、色取り取りのクラゲたちに乗っていた。部屋まで運んでもらうんだ。

「わあ」

「へへ、面白いだろ?」

「ええ!」

「はは。ほら、俺たちの部屋に着いたよ」

クラゲの浮上が止まり、豪華な扉の前に降ろしてくれた。

「ここが?」

「ああ」

鍵を開けて中に入る。
中は、とても広々としていて、調度品も素敵なものばかり。

大きな窓からは、幻想的な海中の景色を見渡せる。

「素敵……」

「気に入ってくれた?」

「もちろん!」

シュラは、私の返事に満足そうに頷いた。
さっきの怖い顔が、嘘みたいに優しい笑顔。

「この部屋はさ」

「え?」

「角が落ちるほど、愛する人と出会えたら、使おうと思っていたんだ」

「!」

「気に入ってもらえて、嬉しい」

「シュラ……ありがとう」

シュラは、私の返事に満足そうに頷いた。
胸が熱くなる。
私も嬉しいよ、シュラ。

過去、どんなにたくさんの女性たちとつきあっていたとしても、今はこうして一緒にいてくれる。

「シュラ、部屋を見て回ってもいい?」

「どうぞ」

物珍しさで、私はすっかり興奮して、あちこちを見て回る。

すごいわ。貝殻や、海藻などでできているものが多い。

でも、洗練されたデザインで、お洒落しゃれ

奥の部屋を開けると、寝室だった。

大きなホタテ貝の寝台。
わあ、寝心地よさそう。

「シュラ、疲れたでしょう?」

早く休ませてあげたい。
あんな激闘を制したばかりなのだから。

「疲れてないよ」

シュラは真後ろに来ていた。心なしか、呼吸が荒い。

頸にシュラの唇を感じて、体が熱くなっていく。

え……と。

「ま、まずは体を綺麗にしましょう」
「……そうだな。先にどうぞ」
「ううん、シュラからどうぞ。あなたが一番汗をかいてるから」
「わかった」

シュラが着替えを持って、先に入っている間に、私は呼吸を整える。

ドキドキが、止まらない。一度リセットしなきゃ。

気晴らしに部屋を見回していると、女性の肖像画が飾ってあった。

肖像画……シュラはずっと、私の肖像画を大切にしてくれていたんだろうな。

会ったこともない私の肖像画を。

「クローディア、どうぞ」

そこへ、湯殿から出てきたシュラが声をかけてくる。私は彼と入れ替わりで、湯浴みをした。

爪の先まで、綺麗にしておこう。
せっかくの夜だから。

身支度を整えて寝室に入ると、静かな寝息が聞こえてくる。

「シュラ?」

寝台を覗き込むと、シュラ寝息を立てていた。やっぱり疲れていたのね。

私は彼を起こさないように、そっと隣に横になる。

部屋の明かりを落とした薄暗い部屋は、初めて彼と共寝をした日を思い出させた。

私を調べると言って、触れてきたのよね。

あの時は、本気ではなかったことを後から知ったけれど、でも。

あの夜がなければ、私たちがこうなることはなかったかもしれない。

そう思っていると、シュラがパチリと目を開けた。

「シュラ、ごめんなさい。起こした?」
「いや」

彼の手が、そっと私の長い髪を撫でてくる。その手が、頸、肩を通って、脇腹をなぞり、腰のあたりにおりてきた。

その手のひらは、次第に熱を孕み、同時に彼の目に情欲の光を灯す。

私も体が熱くなっていくのを自覚しながらも、腰に添えられた彼の手を掴んで止めた。

疲労を重ねさせたくない。

「今夜は、このままゆっくり眠りましょ」
「えー?」
「いいから、眠って」
「やだ」

シュラは、私を腕の中に閉じ込めてくる。無理しなくていいのに。

「ね、ねえ、本当に疲れてないの?」

「あんなクソ狼ぶっ飛ばしたくらいで、俺がへばるわけないっしょ」

「それはそうだけど……」

気持ちよさそうに、眠っていたじゃない。
本当に、早く休ませなくていいのかな。

「埋め合わせする、て言ったろ?」

シュラは、腕に力を入れてくる。それは、さっき女性たちに囲まれて、私を不安にさせた償い、よね?

その時、ガコンと音がして、寝台のホタテ貝の蓋が閉まり始める。

「え? シュラ、これいいの?」

「いい。朝まで開かないから、音も外に漏れないし、邪魔も入らない」

「真っ暗にならない?」

「俺たちは鬼だ。漆黒の闇の中でも見える」

「そ、そう。そうだったね」

「ふふ、顔が赤いぜ? お姫様……」

出会って間もない頃に、彼に言われたのと同じ言葉。私も、思わずあの日の言葉を口にする。

「あなたに食べられるのは、役目だから仕方ない」

「仕方ないから、我慢する?」

「くすくす。ううん。あなたは、私の恋人であり、伴侶だから」

それを聞いたシュラの目が、つやを含んで細められていく。この時の彼は、とても色っぽい。

声も、あでやかなセクシーボイスに変わっていった。

「俺のしたいこと、言おうか」

「ふふ……ええ」

「君に触れたい」

「触れたいだけ?」

「俺を好きに……好きになって求めて欲しい」

「シュラ……」

その言葉は、初めて……。
あの時あなたはきっと、心の奥底でそう思っていたのね。

全身が火照り始めて、手を彼の顔に添える。

シュラは理性の枷を外しかけた、獣のような目をして、声を絞り出した。

「言って……あの言葉」

あの言葉……それを聞けたら、この鬼は襲ってくる。それでも、その瞬間を私も待っていた。

この鬼が欲しい。

「あなたが……」

「おう」

「あなたが好き、シュラ」

「俺も好きだ、クローディア」

シュラが覆い被さってくるのと同時に、ホタテ貝の寝台の蓋が音を立てて閉まった。
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