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親愛なる坂本葵様 (5)
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忍さんと再会したのは、忍さんの件の「お誕生日」の少し前だったと思います。橘家との縁談が破談になった直後です。忍さんと橘理子さんとの縁談が持ち上がったとき、私は居ても立ってもいられないほどの焦燥でいっぱいになりました。橘家のあのこまっしゃくれて傲慢な娘に忍さんを取られるぐらいなら、うちの両親から縁談を申し込んで欲しいと本気でお願いするところでした。でも間もなく、実質的にはどうやら破談になったらしいという噂が流れて、私もほっとしていたところでした。
その日は、忍さんが、雅子さんのお宅を訪ねていたときに、たまたま私が母のお使いで雅子さんのところにお邪魔したのです。坂本の本家とは、盆暮の形式的な挨拶はありましたけれど、忍さんと直接お会いしてお話したのは、10年ぶり…いえ、それ以上です。忍さんが士官学校の寄宿舎へ移られて以来、交流は途絶えていましたから。軍服を着た忍さんは、本当に素敵で立派でした。私は忍さんを見た瞬間に、自分の顔が赤く火照るのを感じました。
葵、あなたも私の噂は聞いているでしょう。私は、15歳のとき忍さんに「振られて」以来、半ばヤケのようになって、いろいろな男性とお付き合いしてきました。皆が私のことをどう言っているかぐらいは、私の耳にも入ってきます。半ばヤケ、と言いましたけれど、忍さんの女性関係が派手であることに、自分も負けたくない、自分が忍さんに追いついて認められたい、という気持ちが心の奥底にあったのだと思います。そうやって、私は恋愛経験と男性経験を積んでいきました…自分が「良家のすれっからし」なんて呼ばれていることも知っています。だからもう忍さんとも対等にお付き合いできる、と思っていました、あのとき忍さんに再会するまでは。忍さんの顔を見た途端、自分があの15歳の夜に引き戻されて、再び右も左もわからない初心な小娘に戻ってしまっていることに、私は自分で驚きあきれていました。何も言えないでいる私に、忍さんは
「やあ、亜子ちゃん。久しぶり、ずいぶんと大人っぽくなってきれいになったね」
と言いました。私は、さらに顔が真っ赤になり胸がいっぱいで何も言えません。雅子さんが助け舟を出すかのように
「忍さん、亜子さんに『大人っぽくなった』は失礼ですよ」
と言ってくれました。そこでようやく私は
「忍さん、こんにちは。本当にお久しぶりです。お元気ですか?」
と言うことができました。その日を境にして、忍さんと電話でお話したり、近況報告をしたりする、ということがまた始まりました。最初は少しぎこちなかったけれど、すぐに昔のように屈託なく何でも話せるようになったのです。
葵さんもご存知のとおり、忍さんは本当に多忙で、東京に戻ってくるのは1か月に1回あるかないか。その合間を縫って、私と会う時間を作ってくれました。けれど、常に女性の影はありました。それも1人や2人ではなかったと思います。橘理子さんとは破談になりましたけれど、相変わらず女性関係は華やかでした。私は、忍さんと再会できた喜びと同時に、胸に鉛が詰まったような気持ちをずっと抱えていました。これでは以前と同じです。けれど、忍さんがお付き合いしているどの女性にも、忍さんが本気になっているとは私には思えなかった。私のこの直感は正しかったのです。ただし、私は忍さんと藤永さんの関係には、まったく気づきもしませんでした。藤永さんの存在が忍さんの心にあまりにも深く根を張っていて、彼女は忍さんの一部になってしまっていたのです。
その日は、忍さんが、雅子さんのお宅を訪ねていたときに、たまたま私が母のお使いで雅子さんのところにお邪魔したのです。坂本の本家とは、盆暮の形式的な挨拶はありましたけれど、忍さんと直接お会いしてお話したのは、10年ぶり…いえ、それ以上です。忍さんが士官学校の寄宿舎へ移られて以来、交流は途絶えていましたから。軍服を着た忍さんは、本当に素敵で立派でした。私は忍さんを見た瞬間に、自分の顔が赤く火照るのを感じました。
葵、あなたも私の噂は聞いているでしょう。私は、15歳のとき忍さんに「振られて」以来、半ばヤケのようになって、いろいろな男性とお付き合いしてきました。皆が私のことをどう言っているかぐらいは、私の耳にも入ってきます。半ばヤケ、と言いましたけれど、忍さんの女性関係が派手であることに、自分も負けたくない、自分が忍さんに追いついて認められたい、という気持ちが心の奥底にあったのだと思います。そうやって、私は恋愛経験と男性経験を積んでいきました…自分が「良家のすれっからし」なんて呼ばれていることも知っています。だからもう忍さんとも対等にお付き合いできる、と思っていました、あのとき忍さんに再会するまでは。忍さんの顔を見た途端、自分があの15歳の夜に引き戻されて、再び右も左もわからない初心な小娘に戻ってしまっていることに、私は自分で驚きあきれていました。何も言えないでいる私に、忍さんは
「やあ、亜子ちゃん。久しぶり、ずいぶんと大人っぽくなってきれいになったね」
と言いました。私は、さらに顔が真っ赤になり胸がいっぱいで何も言えません。雅子さんが助け舟を出すかのように
「忍さん、亜子さんに『大人っぽくなった』は失礼ですよ」
と言ってくれました。そこでようやく私は
「忍さん、こんにちは。本当にお久しぶりです。お元気ですか?」
と言うことができました。その日を境にして、忍さんと電話でお話したり、近況報告をしたりする、ということがまた始まりました。最初は少しぎこちなかったけれど、すぐに昔のように屈託なく何でも話せるようになったのです。
葵さんもご存知のとおり、忍さんは本当に多忙で、東京に戻ってくるのは1か月に1回あるかないか。その合間を縫って、私と会う時間を作ってくれました。けれど、常に女性の影はありました。それも1人や2人ではなかったと思います。橘理子さんとは破談になりましたけれど、相変わらず女性関係は華やかでした。私は、忍さんと再会できた喜びと同時に、胸に鉛が詰まったような気持ちをずっと抱えていました。これでは以前と同じです。けれど、忍さんがお付き合いしているどの女性にも、忍さんが本気になっているとは私には思えなかった。私のこの直感は正しかったのです。ただし、私は忍さんと藤永さんの関係には、まったく気づきもしませんでした。藤永さんの存在が忍さんの心にあまりにも深く根を張っていて、彼女は忍さんの一部になってしまっていたのです。
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