神から与えられたスキルは“ドールマスター”

みょん

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常識外れの回復

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 神のお告げがそう言っている、そう狂ったように叫ぶ連中を俺はどんな風に見ていただろうか。俺が住んでいた村は辺境の場所だったが、定期的に巡回するように教会の連中が訪れることがあった。

 神が言っている、だから娘を献上しろ。そう言って引き離される親子の姿も珍しくはなかったし、息子は騎士となれと王都に強制送還されることもあった。戦うための有用なスキルを持っていた者に対しそういった強引な手段は取られたが、そういう意味では役立たずとされるスキルを持っていた人間の方が幸せだったのかもしれない。

 涙を流して親から引き離される息子ないし娘、しかし数年が経った頃には従順な騎士やシスターとなっていることも少なくはない。あの時泣いていた子供が無表情に神への誓いを謳う……本当に吐き気のする光景だった。
 しかし、それが大勢の人間を対象とするわけではない。もしそうなるなら今世界に溢れる冒険者のほとんどがその道を辿ることになるからだ。ま、だからこそ神のお告げなんていうふざけたモノなんだろうが。

「マスター」
「……おっと、悪いサリア」

 せっかくサリアと二人の時間を楽しんでいる時に関係ないことを考えるのは無粋というものだ。心配そうに見つめてくる彼女に微笑み、大丈夫だと足を進めた……しかしそんな俺の正面に立ってサリアが抱きしめてきた。

「……………」
「はは、温かいな本当に。ありがとなサリア」

 黙って抱きしめてくれる彼女にお礼を言う。少しの感情の動きでさえ伝わるからこそ、俺の抱く気持ちにもすぐに気付いてくれる。本当に彼女たちには多くのことで助けられているな……リーシャは心を安らかにしてくれるとは言ったけど、それは俺だって同じなんだ。

『……ふざけるなああああああああああああっ!!』

 脳裏に浮かぶのは16歳の時の記憶。村で良くしてくれたおばさんが変わってしまった孫に嘆き、傍に寄っただけで斬られてしまったあの瞬間……俺はリーシャとサリアが傍に居るにも関わらず叫んだ。
 そしてその時だったんだ――俺がミネットを創造したのは。

『貴方様のお呼びに参上しました。マスター、私に名を』

 俺はまだその時にはミネットと名前は付けなかった。ただただ目の前が真っ赤になり正常ではなかったからだろう。頭に浮かぶ限りの罵詈雑言を叫びながら、俺は生まれたばかりのミネットに指示をしたんだ。

 その出来事が、俺が以前口にしたミネットの能力を完全開放させたというものだ。その場に居た全ての教会の人間、王都の騎士にミネットの【掌握】を発動させ物言わぬ人形とした……でも、冷静になった時俺はその光景が怖かった。しかもミネットの力を目の当たりにした村人たちは俺たちを恐れ、サリアのスキルで“蘇生”させたおばさんさえも恐ろしいモノを見るかのようになった。

  村人から恐れられ、教会に対して喧嘩を売ったような俺たちを置いておくメリットはない。だからこそ俺たちは村を出た……その際に村人全員、そしてその場に居た騎士たちから俺たちの記憶を完全に消すことをミネットに指示をして。

「……思えば波乱万丈だったな」

 別に死ぬ思いはしてないし、リーシャたちが居てくれたから旅路は正直全く苦労することはなかった。ずっと住んでいた村から離れるのは少し寂しかったけど、それでも彼女たちが片時も離れず傍に居てくれたから俺はすぐに立ち直ったんだ。

 あそこまで人が変わってしまうのは果たして神が関係しているのか、それともただ環境がそうさせたのかは分からない。でもそんなことがあって、俺は教会を含め神を信仰する連中が嫌いだ。ま、ただの子供の好き嫌いみたいなもんだろうけど。

「よし、もう大丈夫だ」

 感傷に浸るようなことは俺らしくない、だからもう大丈夫だ。俺を見上げたサリアの頭を撫で、美しくも手触りの良い金色の髪を手に取る。以前サリアは言っていたけど、体だってそうだし髪の毛もそう、俺が創造したものをいつまでも綺麗な状態で残したい、いつまでも色褪せることのない想いのように残し続けたい……そう俺に誓うように口にしていた。

「何かあれば相談するのは当然だし遠慮なく頼る。だから大丈夫だ」
「ふふ、その点は心配してないわ。マスターは絶対に私たちを悲しませることはしないものね」

 自分でやれることには限界があっても、彼女たちの存在があればその限界は容易に突破できる。その力を扱う主として、彼女たちを想う一人の男として、俺はずっと彼女たちを信じ頼りにしているんだよ……って、言えばいいんだけどこういうことはみんなが揃った時に言いたいもんだ。

「……別に言ってくれてもいいのに」
「そうしたらサリア自慢するだろ?」
「当り前じゃない! マスターの口から直接そう言われたって言っちゃうわ!」

 それで以前喧嘩になったことを忘れてるなこれは……。
 甘えてくるサリアの相手をしながら、俺はふと街の外に馬車の集団があることに気づいた。俺に続くようにサリアも見つめ、あれは一体何だろうと二人で考えるが答えは出てこない。

「行ってみる?」
「あぁ」

 街の外に出てその馬車に近づくと何とも言えない臭いが漂っていることに気づく。馬車に掲げられている紋章はウルド帝国の物……なるほど、どうやらこれは奴隷の移動売りのようだ。
 この世界には奴隷と呼ばれる烙印を押された者たちが居る。主に犯罪者などがそうなることが多いが、生きていくために親が子を売るということもあり得る。馬車の前に居た男に話を聞くと、どうやら帝国で売れ残った奴隷を売りさばいているとのことだ。売れ残り、つまり欠陥品とも言える。

「どうだい兄ちゃん、見ていくかい? つっても残ってるのは満足に動けねえガキだけどよ」

 これも何かの縁か、俺はそう思ってサリアと共に足を踏み入れた。

「……っ」
「……これは」

 小さな牢獄に納まるように蹲っているのは幼い少女だった。ただ……その体の状態があまりにも酷い。右足と左足がそれぞれ切断され、その断面に雑に包帯が巻かれている。目も片方刳り貫かれているようで……それだけでも目を覆いたくなるのだが、何かの病気をしているのか荒く息を吐いている。

「まあ世の中にはこういったガキを犯すのが好きな奇特な貴族も居るんですがね。流石に先の短い病気持ちとなれば手は出せませんよ」
「……………」

 スターリジアに奴隷の制度はなく、こういった奴隷を見たのも久しぶりだ。しかし今まで見たどの奴隷よりも状態が明らかに酷かった。まだ幼いのにこんな死んだ方がマシだと思える状態にされるとは……俺はいくらか聞いた。

「流石に金貨は取れません。50銀貨程度で構いません」

 ちなみに50銀貨は相当安い値段だ。幼い子供が靴磨きの仕事をして一カ月程度のお金である。人一人の命を馬鹿にしているだろうと思うが、それだけこの子に未来がないということなんだろう。
 懐から銀貨を取り出して男に渡し、俺は鍵の開いた牢獄から少女を抱き上げた。

「……うあ……おかい……あげ、ありがとう……ございます……」
「喋らなくていい」

 そう言うと少女は泣きそうな顔になりながら口を閉じた。本来なら奴隷の印を打たないといけないらしいが、もう長くないなら必要ないだろと言って強引にこの子を俺は連れ出した。本来なら問題になるらしいが、流石にこの男もこのいつ死んでもおかしくない子を買うならどうでもいいと思ったのだろう。すんなりと通してくれた。

「……やれやれ、マスター以外の人間にあまり気を割くことはないけど……この状態を見てしまってはかわいそうと言う他ないわね」

 サリアの言葉に俺は頷いた。
 残り僅かな命の燃料を燃やすように少女は苦しそうに息をする。死ぬ最期の瞬間まで苦しい思いをするのは地獄だろう。……もしかしたらこの子はもう死にたいと、そう思っているかもしれない。

「なあ」
「……は……い」
「もし君がこのまま死にたいと思っているならすまない」
「……え?」
「俺は君を死なせるつもりはない。頼む、サリア」
「任せて」

 怪しまれないように物陰に隠れ、周りに人の目がないのを確認してサリアに指示を出す。待っていたという雰囲気で頷いたサリアはすぐにスキルを発動させた。淡い薄緑の光が放ち、それはこの少女の体を包み込む。
 【完全回復】、単純なものだが対象物を完全に回復及び蘇生されることが出来る。蘇生に関しては条件があるものの、今は関係ないので割愛しようか。

「……え?」

 驚く少女の気持ちも分かる。
 たぶんだけど、もう彼女の体を蝕む病は消滅しただろう。それに失っていた目と手足が再生している。徐々にではなくすぐに再生するこの力、これがサリアの召喚魔法とどういう風に組み合わさると恐ろしいのか想像できる人は多いはずだ。

「……嘘……私の体が……っ!」

 信じられない、そんな風に俺の前で彼女は立ち上がった。そうして自らの手足と俺とサリアを交互に見つめた彼女は……涙を流し、そして。

「……あ」

 ぐぅっと、大きな腹の虫が鳴るのだった。
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