神から与えられたスキルは“ドールマスター”

みょん

文字の大きさ
24 / 28

名前の価値

しおりを挟む
 奴隷として売られていた少女、カナデは今ホーロー館でシロトたちが泊まっている部屋に居た。もちろん一人ではなく、後から合流したミネットとシアが傍に居た。シロトから話を聞いた際特に反対意見も出ることはなく、むしろカナデに対してシロトが選んだのだからと好意的だった。

「カナデ、スターリジアに戻ったら買い物とか行こうか。マスターに言われたけど服とか色々揃えないと」
「……でも、本当によろしいのでしょうか。私なんかに」
「私なんか、そんなことを言ったらダメだよ? マスターが選んだ君が自分をそんな風に言ったら、それこそマスターの判断もその程度ってことになる」
「っ! ご、ごめんなさい!!」

 シロトの名前が出た瞬間カナデは自分の言葉を取り消すように頭を下げた。少しだけ危うい雰囲気を感じさせるが、それだけカナデの中でシロトの存在が大きいのだろう。普通ならあまり褒められた価値観ではないが、ここに集まるのは全員シロトを第一とする者たちだ。故に、おかしいとは思っても何も言うことはない。

「……ふむ」

 そんな中、ミネットは微弱ながらスキルを使ってカナデに刻まれた記憶を見た。カナデ自身の記憶ではなく、体が覚えている記憶だ。ミネット自身特に憐れみを抱くことはないが悲惨な過去を歩いて来たというのは本当らしい。

 最初に浮かんだのはまだ幼いカナデが母に虐待されている光景、次に浮かんだのは母親に売り飛ばされる光景、次は幼いカナデに目を付けた太った貴族に買われる光景で……そして手足を斬り落とされ、左目を刳り貫かれる際のカナデの悲鳴……そこまで見てミネットは目を閉じた。

「……本来なら自殺してもおかしくない、それだけこの子は心が壊れているんでしょうね」

 カナデに聞こえないようにそう呟いた。いくら救われたとはいっても逆にどうして殺してくれないのかと恨んでもおかしくはない。それどころかシロトに対し永遠の忠誠を誓うほど、それだけカナデはシロトの存在によってその命を無意識に生に繋いでいる。万が一にもあり得ないが、シロトの身に何かあったらそれこそすぐに後を追いそうだなとミネットは思った。実際そうなった場合、繋がっているミネットたちも死ぬわけだから一緒ではあるけれど。

「フィール」

 カナデの体が覚えていた名前、それこそがカナデの本当の名前だ。あの酒と薬に染まり切った血の繋がった母からの唯一の贈り物。ミネットは立ち上がってカナデの元へ歩いていく。

「カナデさん、少々よろしいでしょうか?」
「はい。何でしょうかミネット様」

 サッと体を向けたカナデにミネットはこのことを伝えることにした。一応シロトがリーシャとサリアを連れて出掛ける際に、何か分かったことがあれば伝えても構わないと言われていたからだ。

「今スキルを使ってカナデさんの体に刻まれた記憶を見ました。その中で、あなたの本当の名前を知ることが出来ました」
「本当の……名前」
「はい。フィール、それがあなたの名前です」

 シロトに名前を付けられた後ではあるが、果たしてどんなことを思ったか。気になるミネットとシアだったが、カナデの反応は冷めたものだった。

「その……今更そんな名前に何の意味があるのでしょうか」
「……………」

 その返事でやはりと、ミネットは確信した。カナデにとって最早過去はないに等しく、その中で受け取った全てに価値はないのだ。今カナデが持っている価値あるものはシロトから受け取った名前のみ、だからこそ自分の本当の名前を知っても意味も価値も見い出せない。

「私の名はカナデ、ご主人様から賜ったこの名が私の本当の名前です。それだけは譲りたくありません……すみません、生意気を言ってしまって」

 そう言って深々とカナデは頭を下げた。ミネットはその言葉に不快感なんて覚えるわけもなく、むしろその逆で本当に自分たちにそっくりだと笑みさえ浮かべた。

「いえいえ、そんなことはありませんよ。カナデさん、ええそうです。それがあなたの名前ですからこれからもそう名乗ってください。私の方こそ変なことを言ってしまってごめんなさい。もうカナデさんに過去なんて必要ありませんものね?」
「はい、その通りです。過去なんていりません!」

 ミネットとは別に、シアは少しだけこのやり取りはどうなんだと思ったが特に口を挟もうとは思わなかった。まあミネットの言葉は少し暗示染みた何かを思わせたがそこに悪意はない。もしカナデがシロトに対して害を及ぼすような存在だったとしたら容赦はなかっただろうが、今のカナデにあるのはなシロトや他の人形たちに対する純粋な忠誠心だけだ。

「それにしても……」
「わわっ!?」

 シアは小柄なカナデの体を持ち上げて膝の上に乗せる。そして頭を撫でると、カナデは恥ずかしそうにしながらもされるがままだった。

「妹が出来るとこんな感じなのかな。悪くないね、ミネットとかもこんな感じだったの?」
「……う~ん、私としては随分と凶悪な妹が出来たと思いましたけど」
「凶悪って酷いな……」
「ふふ、冗談です♪ 可愛い妹が生まれたなと思いましたよ?」

 実際その通りだった。というか、リーシャもサリアも同じだった。次に生まれる自分と同じ人形、シロトが創造する日は妙にドキドキしていたものだ。シアの腕の中に居るカナデはまだ与えられる温もりに慣れていないようだが、徐々に慣れていくだろうと思う。

「マスターは絶対の存在だと、教え込むのも悪くはなさそうですね♪」

 その必要はないかもしれないが、そうミネットは心の中で笑った。




「ここのお茶も美味ですね」
「あぁ、この団子も美味しい」

 途中でサリアと別れ、俺とリーシャは二人で出掛けていた。その途中で立ち寄った店だが、小腹が空いていたのでちょうど良かった。どんな茶葉を使っているのか分からないが程よい苦みのお茶、タレたっぷりの団子も美味しい。明日には帰るつもりだしシャズに土産として買って帰ろうか。

「マスター、とりあえずカナデちゃんには私の手伝いをさせようと思いますが」
「いいんじゃないか? 勉強とかも大事だろうし、サリアとミネットが教えてくれるだろうからその時間は空けてやってくれ」
「分かりました」

 ある程度の知識はこの先必要になるだろうからな。ただ、あの幼さにしては礼儀が伴っているようには見えたけど……もしかしたら、貴族に売られた際の出来事でどうすれば甘く済ませてもらえるかを学んだ影響なのかもしれない。

「シアさんは妹が出来たようで嬉しそうでしたね」
「……あぁそう言えばそうだったな」

 人形ではないけど、妹みたいな存在というなら間違いではない。ミネットが変なことを吹き込むのではと不安ではあるけど、シアが傍に居るなら大丈夫だろう。

「マスター、この後行きたいところがあるのですがよろしいですか?」
「構わないよ」

 全部が新鮮だし色々と周りたいから頷いた。しかし、この後連れられた場所は一応温泉巡りのルートではあったのだが、比較的奥の人の出入りが少ない場所だった。そこに来た時点で俺は何をするつもりなのか察してしまったが……まあ。

「リーシャ、おいで」
「! はい!」

 いつも世話になっているし、俺も彼女に愛情という意味でお返しするのも悪くはないと思ったんだ……今朝もそうだし普段と変わらない? それは言ってはダメなお約束だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

異世界ラグナロク 〜妹を探したいだけの神災級の俺、上位スキル使用禁止でも気づいたら世界を蹂躙してたっぽい〜

Tri-TON
ファンタジー
核戦争で死んだ俺は、神災級と呼ばれるチートな力を持ったまま異世界へ転生した。 目的はひとつ――行方不明になった“妹”を探すことだ。 だがそこは、大量の転生者が前世の知識と魔素を融合させた“魔素学”によって、 神・魔物・人間の均衡が崩れた危うい世界だった。 そんな中で、魔王と女神が勝手に俺の精神世界で居候し、 挙句の果てに俺は魔物たちに崇拝されるという意味不明な状況に巻き込まれていく。 そして、謎の魔獣の襲来、七つの大罪を名乗る異世界人勇者たちとの因縁、 さらには俺の前世すら巻き込む神々の陰謀まで飛び出して――。 妹を探すだけのはずが、どうやら“世界の命運”まで背負わされるらしい。 笑い、シリアス、涙、そして家族愛。 騒がしくも温かい仲間たちと紡ぐ新たな伝説が、今始まる――。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。 そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。 「アランくん。今日も来てくれたのね」 そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。 そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。 「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」 と相談すれば、 「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。 そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。 興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。 ようやく俺は気づいたんだ。 リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。

処理中です...