神から与えられたスキルは“ドールマスター”

みょん

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天罰の下る一歩手前

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「ただいま」

 リーシャと共にホーロー館へ帰ってきた。肌を艶々とさせたリーシャを伴ってのことなのでサリアは溜息を吐き、ミネットとシアは早速ズルいとリーシャに向かって絡んでいた。

「おかえりなさいませご主人様!」
「あぁ、ただいまカナデ」

 今日出会ったばかりだというのにここまで心を許してくれたのは嬉しいことだ。あれからどうしていたのかを聞くと、ミネットとシアの二人相手に楽しく時間を潰していたようだ。
 サラサラとした亜麻色の髪を優しく撫でると、カナデは気持ちよさそうに目を細めている。年相応の愛らしさに微笑ましい気持ちになりつつ、俺はサリアの隣に座るように腰を下ろした。

「お疲れ様。リーシャのあの様子だと随分絞られたのかしら?」
「……絞る?」

 傍に控えたカナデが首を傾げた。

「まだ知らなくていいのよ。大人になってからね」
「はぁ……」

 変に色んなことを吹き込まないでくれよ本当に……。俺の視線からサリアは分かっているわと苦笑し、話を変えるようにカナデに声を掛けた。

「ミネットやシアと仲良くなってくれて良かったわ」
「あ、はい! 二人ともとてもお優しい方です!」

 ……ふむ、やっぱりこれくらいの年の子ならこんな風に心から笑っている姿が良く似合う。あんな境遇があったからこそ、心の修復に関しては少し時間が掛かると思ったがその心配はあまりなさそうだな。

「カナデ」
「っ……はい」

 俺が名前を呼ぶと、カナデはサッと動いて俺の前に座った。出来ればサリアや他のみんなと話すようにしてくれてもいいんだけど……俺の前だと少し固いか。

「俺の前でも普通にしていいんだぞ? というかそうしてくれ」
「しかし……ご主人様は私にとって――」
「じゃないと拗ねちまうぞ? それでもいいのか?」
「あ……うぅ……その……」

 ……あれ、逆に泣かせてしまいそうか?

「マスターが小さな子を泣かせています」
「あらあら困ったわねぇ」
「酷いマスターですねぇ」
「大丈夫だよマスター、私は揶揄わないから」

 シアの思いやりに全俺が泣きそうだった。コホンと空気を変えながら、俺はカナデの頭を撫でながら言葉を続けた。

「俺はカナデを買ったが、奴隷として扱うつもりはない。俺は君を家族のように接したいと思っている」
「家族……」
「そうだ。家族なんだから変な遠慮は要らないだろう? だから俺の前でも普通の君で居てくれていい」
「……………」

 カナデはもう一度家族と小さく繰り返し、はいと頷いた。

「分かりました。その、慣れるまで時間は掛かるかもしれないですが頑張ります!」
「おう、その意気だ」

 ようやく、固い笑顔ではない表情を浮かべてくれた。

「俺がカナデくらいの頃は……いや、やめておこう」
「??」

 14歳の頃かぁ……いやクソガキだったな俺は。傍にリーシャとサリアが居る生活だった。まだ色んなことを知らない俺に尽くしてくれる二人、幼心って時に恐ろしいモノなんだな。

「マスターがあなたくらいの時はそれはもう可愛らしい子供だったんですよ?」
「そうなのですか?」
「えぇ、私とリーシャの二人といつもお風呂に入って……ねえ?」

 やめろ! あの時のことを思い出させないでくれ! いやでもあれって俺だけが悪いのか? 確かにクソガキよろしくそういうことに興味があったのも確かだけど、俺が一人で風呂に向かっても二人ともすぐに全裸で突撃してきただろ!?

「……それはそれですよ」
「それはそれよ」
「どういうことなんだよ」
「……ふふ」

 口元に手を当てて笑ったカナデに俺たちは視線を向けた。カナデは楽しそうに頬を緩めこう口にするのだった。

「不思議なんです。こんな風に目の前で和やかな光景が広がっているのが……そんな普通のことが凄く嬉しいんです」

 カナデにとってはそれは普通ではなかった。ずっとそれとは無縁の絶望の中に生きていたんだ。もうそんなことにはならない、だから安心してくれと俺はカナデの背中をポンポンと叩いた。

「……あ」
「どうした?」
「……頭を撫でられる方が好きです」

 ふむ、どうやらさっきの遠慮はいらないっていうのをちゃんと実践したようだ。それから風呂の時間になり、カナデも居るということでリーシャたちには風呂に向かってもらった。誰か一人傍に居るために混浴へ、そんな提案も出たけど喧嘩になるのは目に見えていたからどうにか納得してもらった。
 まあ何かあれば誰かが来てくれるだろうし、そこまでの心配はしていない。というのも流石にこの館の中で何かしらの目的があって潜入している奴はそうそう居ないだろう。

「……あぁ~」

 体を流し終えた俺は湯に浸かる。若干熱いとは思ったが温泉ならこれくらいは普通だろう。少し我慢すればいいだけだし、少しすれば慣れても来る。利用客は俺だけではなく、そこそこの数が居てやはりここは相当観光客が訪れることが窺える。

「あ~やっぱ最高だなここは」

 俺の隣に腰を下ろした筋肉モリモリの男、見た目からして冒険者みたいだが危険はなさそうだ……まああっても困るけど。特に話すこともないか、そう思っていたが俺はその男に話しかけられた。

「アンタも旅行客かい?」
「あぁ」

 って、よくよく考えたらこんな場所だし世間話くらいは当然か。

「そういうアンタもか?」
「あぁ、俺はエンタールから来たんだ」

 エンタール、確かウルド帝国の更に向こうの国のはずだ。そういった国があるのは知っているが流石に内情まではあまり知らない。

「随分遠いところからここまで?」
「一年に何度かここには来てるんだ。何度来てもここの温泉は飽きないからな」
「……なるほど、確かに気持ちいいな」
「だろう? そういうアンタはどこから来たんだ?」
「スターリジアから。家族と一緒にね」
「ほう、アンタの方は近いな」

 ガハハと笑った男は空を見上げた。

「最近王都も帝国もキナ臭い噂ばかりだが……こんな風にずっとのんびりできればいいんだがなぁ」
「それは言えてる。まあでも、近々何か起きそうではあるが」
「それな。エンタールの方でも警戒はしているんだ」

 勇者を集めようとする王都、軍拡している帝国……ここまでのことが起きて何もないはずがない。スターリジアに特に影響はない……なんてことはないだろうけど、できれば平和な世の中であってほしいモノだ。

「……ところで」
「うん?」

 そこで男は何やら俺に耳打ちするようにしてきた。何だろうと思って耳を貸すと何ともまあしょうもない内容だった。

「そこの竹で作られた壁の向こう、女湯なんだよなぁ」
「……そうだな」
「色々と見てたがよ、結構レベルの高い女が今日は居るみたいなんだ」
「それで?」
「ったく、分かってるくせによ」

 男はニコッとウインクをしてきた。少しおえっとなりそうなのを我慢し、俺は男のことを考えて注意をした。

「やめといた方がいいんじゃないか? 特に今日は」
「あ? なんでだ?」

 だって……俺の連れが隣には居るだろうし。確かにあの子たちの裸を見ようとされるのは気に入らないが、その制裁が主の俺としては少し怖い。もしかしたら殺されてしまう……なんてことはないと思うけど、ミネット辺りは絶対に分かってるぞ。

「……?」

 俺の目の前、お湯の表面に文字が浮かび上がった。

“当然ですよ。処していいです?”

 ……器用なことをするもんだ。たぶんこちら側にスキルを使ってどんな話をしていたのかと感じ取ったんだろう。浮かび上がった文字は既に消えたが、男は俺の忠告を無視して壁に近づいた。

「……どこか穴は開いてないのか?」
「……………」

 まあ黙ってるか。そう思った俺だったが、何かひゅんと音を立てたのを感じた。何が起きたのか分からなかったが、男のすぐ傍を何かが落ちたみたいだ。

「……ヒェッ」

 鋭利な形の氷の刃が綺麗に地面に突き刺さっていた。この光景は他の客にも見られており、これは一体何だと視線を向けるものの……こういう状況だからこそ客の人たちはこう思ったみたいだ。
 女子風呂を覗こうとした天罰が下ったのだと。

「……やめとくか」

 冒険者の勘かは分からないが、もし本当に覗くまで行ったらあの刃が脳天に降ってくるとも思ったのだろう。ミネットの場合容赦なくやりそうだし、今回に関しては我慢した方だと思う。

「……何事も無くて良かった」

 ホッと、俺は溜息を吐くのだった。
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