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逸撰隊
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「酷でぇ事をしやがる……」
野次馬をかき分け、血臭が未だ籠る屋敷に足を踏み入れた加瀬甚蔵は、独り言ちに呟いていた。
土間と帳場で、若い男女三人が斬り殺されているのだ。しかも女には、強姦をした形跡がある。死んだ蛙のように股を広げた娘に近寄ると、甚蔵は足を閉じ裾を戻してやった。
下谷・上野町にある呉服問屋・尾州屋。払暁間もなく、尾州屋に押し込みがあったとの通報を受けた火付盗賊改方長官・贄市之丞の命を受け、甚蔵が配下の同心五名を率いて先行したのである。
加瀬組への出馬命令は、宿直勤めの終わりを告げる、朝六つの鐘が今まさに鳴ろうかとする時だった。
(糞野郎。俺もとことん運いてねぇな)
眠気はどこかへ消えてしまったが、その代わりに己の不運への苛立ちだけが残った。あともう少し報せが遅ければ、今頃自分は布団の中だったのだ。
しかし、その腹立たしさも、筆舌に尽くし難い現場の惨状の前にどうでもよくなってしまった。
土足のまま屋敷に上がり込むと、奥から中年の岡っ引きがのっそりと出て来た。
「これは加瀬の旦那じゃございやせんか。お待ちしておりました」
「おお、丸政の親分か。そうか、ここはお前さんの縄張りだもんな」
「へぇ」
と、丸政は軽く目を伏せた。
丸政は、上野から下谷一帯を縄張りにする十手持ちだ。歳は三十五を数える甚蔵の十も上だが、そうは思わせない腰の軽さで自分の領分を駆け巡っている。
御用への働きぶりは、実直で熱心。それでいて袖の下も取らないと、町の評判は良い。最近、こうした昔堅気はめっきりと姿を消している。多くの岡っ引きは、十手というお上の威光を笠に着て、賄賂は取る支払いはしないなど好き放題しているのだ。だが丸政は、自分のみならず子分にも大きな顔を許していない。それでいて、火盗改にも協力的。滅多に人を信用しない甚蔵であるが、この男は珍しく信頼に能う男だった。
丸政は、野次馬を近寄らせないように手配した上、屋敷内を一通りは確認していたようで、生存者はいないと報告した。その辺の手配りは、流石と思わざる得ない。このような場合に何をするか、ちゃんと心得ているのだ。
「物盗りか?」
「へぇ。金蔵は空っぽになっておりますが、単なる物盗りとは思えない有様でして」
「とりあえず、見てみるか」
「ご案内いたしやすが、惨たらしい有様になっておりやす。お気をしっかり持ってくだせい」
珍しく丸政が念押しするので、甚蔵は肩を竦めて見せた。一見して、これは皆殺しをして銭を盗む、所謂〔畜生働き〕。背後の若い同心たちが、その現場に足を踏み入れる事は初めてのはずだ。
(まぁ、何事も経験さね)
甚蔵は血臭に顔を顰めながら、ひと部屋ずつ見て回った。襖は蹴破られ、障子は血に染まり、乱暴な家探しの為か物が散乱している有様だった。それだけではない。いたるところに、骸が転がっている。尾州屋の主である嘉吉も、そうした骸の山の中で発見された。
外に逃げようとしたのか、倒れた雨戸に多い被さるようにして、中庭で死んでいた。歳は五十路に行くかどうか。でっぷりと肥え、頭には白いものが混じっている。背中を斬られた後に、入念に止めを刺された形跡があった。
「それで、尾州屋は何人ぐらいいるんだい?」
甚蔵は、丸政に訊いた。
「それは通いも含めてですかい?」
「仏さんの状態から、押し込みは九つから八つ。その時分に、通いがいるというのなら含めてくれ」
「おおよそ十二名。通いを含めると、二十ぐらいですかねぇ。詳しくは、手下に聞き込みをさせておりやすが」
我ながら皮肉な物言いが過ぎると思ったが、こうした甚蔵の性格を丸政も知っていてか、平然と答えた。
「しかし、こいつは大きな事件になりそうだ」
どこもかしこも、骸しかない。この屋敷で、恐らく動いているものは、自分たちだけだろう。静寂の中に漂うのは、死の臭いだけだ。もし、誰かが気付かなければ、尾州屋はこのまま埃を被り、静かに朽ち果てていくのだろうと思えるほどだ。
その静寂を破るように、背後で大きな音がした。振り返ると、同心の一人が床に流れた血で盛大に転んだのだ。
転んだ同心は、新米の戸来久次郎だ。戸来は慌てて立ち上がろうとしたが、手をついた場所が悪く更に滑っている。
「気を抜くんじゃねぇよ」
甚蔵は苦笑し、戸来を引き起こす。二度も転んだからか、戸来の着物は返り血を浴びたように真っ赤になっていた。
「すみません……」
戸来の面皰が痛々しい顔は、申し訳なさでいっぱいだった。今年でやっと二十歳を迎える戸来は、火盗改では最年少だった。
(ま、俺も最初はそうだったさ)
と、心中で思いながら、それを声に出す事はしなかった。優しい言葉を掛ければ戸来も楽になるだろうし、好かれもするだろうが、人を育てるには甘いだけでは済まされない時がある。いわゆる緩急が必要で、その姿を甚蔵も火盗改の経験の中で見てきた。
火盗改の中では古株である甚蔵は、元々は菅沼藤十郎という前々任の長官の下で与力を務めていた。何かと不平不満を言う甚蔵ではあったが、それでも着実に実績を重ね、菅沼が前任の長官・土屋帯刀と交代する際に、経験豊かな与力が欲しいと言った土屋の要望に応え、同職に留任。今度は土屋が安永八年に大坂町奉行に転任となり、代わって贄が長官となった際にも、指導役を兼ねた与力として残るよう、甚蔵は再び乞われたのである。
甚蔵とて慣れない大坂に行く気はなかったので、渡りに船とばかりに贄の申し出をに応じた。そうした経歴からか、加瀬組では戸来のような新米を預かる事が多い。他の四人も戸来と同じようなものだ。
「こいつは」
その一間に入った時、甚蔵は手を掛けていた障子を握り破っていた。
背後では、戸来ら新米同心が口を押えて出て行く。甚蔵は敢えて無視をして、丸政と共に人間だったものに近付いた。
赤子の首に紐が巻かれ、欄間に吊るされているのだ。だが、その赤子には四肢が無い。ぶらぶらと風に揺れているのは、頭部と胴体だけ。何故なら、赤子の四肢もまた、紐に巻かれて吊るされていたのだ。
「嘉吉の孫か?」
甚蔵は声を絞り出した。
「いえ、お子でございます。この春に生まれたばかりだったとかで」
丸政の声色には、隠し難い怒気が含まれていた。仕事熱心な上に正義感の篤い丸政がそうなるのも無理はない。ましてや、自分の縄張りで起きてしまったのだ。
狂気しかなかった。完全な狂気。経験豊富な甚蔵とて、踵を返して逃げ出したいぐらいである。それを押し殺して、甚蔵がぶら下がった赤子以外にも目を向けた。
部屋の隅で、女が死んでいた。帳場の女と同じように、胸と股座を露わにした状態だった。
「こいつが赤子の母か?」
「へぇ。〔おみつ〕とお申します。まだ二十四か五でございます」
胸には、一突きされた痕跡がある。恐らく犯された挙句に、殺されたのだろう。我が子が切り刻まれ、解体される様を見たのかどうかわからないが、せめて見ていなければいいと、片手拝みをくれながら思った。
「しかし、嘉吉の女房にしては若いな。あいつは五十になるかどうかだろ?」
「後添いでございます。前の女房と死に別れ、二年前に迎えたとか」
「なるほどね。子供は一人かい?」
すると、丸政は首を横に振った。
「別の部屋では、子供が二人殺られています。これは嘉吉の孫で、五つと三つの娘です」
「同じようなものか?」
「いえ、首が仏壇に捧げるように」
「何だって?」
甚蔵は思わず訊き返し、丸政が律義にも同じ言葉を繰り返した。
「頭に蝋燭を突きたて、火を灯しておりました」
「狂ってやがる」
これでは、殺しが目的か物盗りが目的がわからない。皆殺しをして銭を盗むという畜生働きは、珍しい事ではない。しかし、この殺しは常軌を逸している。まるで、殺しそのものを楽しんでいる。そんな印象すら覚える。
「旦那、遺恨の線もありますかね?」
「どうだろうな。ここは慎重に考える事にしよう。この事件の読み筋を誤ると、全く違う捜査をする事になるぜ」
「へぇ」
遺恨でここまでするだろうか? しかも、これは一人の犯行ではない。大勢で押し入って、遺恨を晴らす。どうにも頷き難い。
甚蔵は丸政の案内で、金蔵へ向かった。
大きな蔵と小さな蔵があり、銭は小さな蔵に貯め込まれていたのか、錠前は解かれ、千両箱は綺麗に無くなっていた。
その代わりに置かれていたのは、仏が描かれた木簡だった。それが空っぽになった蔵の中央に置かれていた。
「何だこれ? 親分、見た事あるかい?」
手に取った甚蔵が、丸政に差し出す。
「これは羅刹天ですねぇ」
「わかるのかい?」
「まぁ旦那よりは信心深いんで。しかし、この辺では見掛けやせんね」
「金蔵の御守りにしてたか、盗賊が置いていったのか。兎も角、こいつは調べてみるか」
羅刹天の木簡を持ったまま蔵から出ると、甚蔵は部下に命じて、足跡を調べさせた。何処から入って、どう逃げたのか。また、何人ほどだったのか。後発の本隊が来て踏み荒らされる前に調べておきたい。
「銭は掘割から舟に乗せ、大川の方へ抜けたかもしれませんね」
丸政の言葉に、甚蔵は頷いた。
屋敷の背後は、掘割に面している。そこから大川に抜ける事は可能である。銭を背負って逃げる事も出来なくはないが、裏の川を使わない手は無い。
「で、どのくらい貯め込んでたんだ?」
「さて。如何せん、生存者がいないもんで」
「まぁ、その辺は帳面を読めばわかるか」
と、話していると、静寂に包まれていた狂気の現場が、俄かに騒がしくなった。後発の贄が本隊を率いて到着したのだろうか。
「どうした?」
甚蔵が大声を上げると、戸来が一人駆けて来た。
「加瀬様、ちょっと店先まで来てください」
何かと騒々しい戸来だが、どうやら様子が変だった。甚蔵は丸政に目配せをして、表に向かった。
野次馬をかき分け、血臭が未だ籠る屋敷に足を踏み入れた加瀬甚蔵は、独り言ちに呟いていた。
土間と帳場で、若い男女三人が斬り殺されているのだ。しかも女には、強姦をした形跡がある。死んだ蛙のように股を広げた娘に近寄ると、甚蔵は足を閉じ裾を戻してやった。
下谷・上野町にある呉服問屋・尾州屋。払暁間もなく、尾州屋に押し込みがあったとの通報を受けた火付盗賊改方長官・贄市之丞の命を受け、甚蔵が配下の同心五名を率いて先行したのである。
加瀬組への出馬命令は、宿直勤めの終わりを告げる、朝六つの鐘が今まさに鳴ろうかとする時だった。
(糞野郎。俺もとことん運いてねぇな)
眠気はどこかへ消えてしまったが、その代わりに己の不運への苛立ちだけが残った。あともう少し報せが遅ければ、今頃自分は布団の中だったのだ。
しかし、その腹立たしさも、筆舌に尽くし難い現場の惨状の前にどうでもよくなってしまった。
土足のまま屋敷に上がり込むと、奥から中年の岡っ引きがのっそりと出て来た。
「これは加瀬の旦那じゃございやせんか。お待ちしておりました」
「おお、丸政の親分か。そうか、ここはお前さんの縄張りだもんな」
「へぇ」
と、丸政は軽く目を伏せた。
丸政は、上野から下谷一帯を縄張りにする十手持ちだ。歳は三十五を数える甚蔵の十も上だが、そうは思わせない腰の軽さで自分の領分を駆け巡っている。
御用への働きぶりは、実直で熱心。それでいて袖の下も取らないと、町の評判は良い。最近、こうした昔堅気はめっきりと姿を消している。多くの岡っ引きは、十手というお上の威光を笠に着て、賄賂は取る支払いはしないなど好き放題しているのだ。だが丸政は、自分のみならず子分にも大きな顔を許していない。それでいて、火盗改にも協力的。滅多に人を信用しない甚蔵であるが、この男は珍しく信頼に能う男だった。
丸政は、野次馬を近寄らせないように手配した上、屋敷内を一通りは確認していたようで、生存者はいないと報告した。その辺の手配りは、流石と思わざる得ない。このような場合に何をするか、ちゃんと心得ているのだ。
「物盗りか?」
「へぇ。金蔵は空っぽになっておりますが、単なる物盗りとは思えない有様でして」
「とりあえず、見てみるか」
「ご案内いたしやすが、惨たらしい有様になっておりやす。お気をしっかり持ってくだせい」
珍しく丸政が念押しするので、甚蔵は肩を竦めて見せた。一見して、これは皆殺しをして銭を盗む、所謂〔畜生働き〕。背後の若い同心たちが、その現場に足を踏み入れる事は初めてのはずだ。
(まぁ、何事も経験さね)
甚蔵は血臭に顔を顰めながら、ひと部屋ずつ見て回った。襖は蹴破られ、障子は血に染まり、乱暴な家探しの為か物が散乱している有様だった。それだけではない。いたるところに、骸が転がっている。尾州屋の主である嘉吉も、そうした骸の山の中で発見された。
外に逃げようとしたのか、倒れた雨戸に多い被さるようにして、中庭で死んでいた。歳は五十路に行くかどうか。でっぷりと肥え、頭には白いものが混じっている。背中を斬られた後に、入念に止めを刺された形跡があった。
「それで、尾州屋は何人ぐらいいるんだい?」
甚蔵は、丸政に訊いた。
「それは通いも含めてですかい?」
「仏さんの状態から、押し込みは九つから八つ。その時分に、通いがいるというのなら含めてくれ」
「おおよそ十二名。通いを含めると、二十ぐらいですかねぇ。詳しくは、手下に聞き込みをさせておりやすが」
我ながら皮肉な物言いが過ぎると思ったが、こうした甚蔵の性格を丸政も知っていてか、平然と答えた。
「しかし、こいつは大きな事件になりそうだ」
どこもかしこも、骸しかない。この屋敷で、恐らく動いているものは、自分たちだけだろう。静寂の中に漂うのは、死の臭いだけだ。もし、誰かが気付かなければ、尾州屋はこのまま埃を被り、静かに朽ち果てていくのだろうと思えるほどだ。
その静寂を破るように、背後で大きな音がした。振り返ると、同心の一人が床に流れた血で盛大に転んだのだ。
転んだ同心は、新米の戸来久次郎だ。戸来は慌てて立ち上がろうとしたが、手をついた場所が悪く更に滑っている。
「気を抜くんじゃねぇよ」
甚蔵は苦笑し、戸来を引き起こす。二度も転んだからか、戸来の着物は返り血を浴びたように真っ赤になっていた。
「すみません……」
戸来の面皰が痛々しい顔は、申し訳なさでいっぱいだった。今年でやっと二十歳を迎える戸来は、火盗改では最年少だった。
(ま、俺も最初はそうだったさ)
と、心中で思いながら、それを声に出す事はしなかった。優しい言葉を掛ければ戸来も楽になるだろうし、好かれもするだろうが、人を育てるには甘いだけでは済まされない時がある。いわゆる緩急が必要で、その姿を甚蔵も火盗改の経験の中で見てきた。
火盗改の中では古株である甚蔵は、元々は菅沼藤十郎という前々任の長官の下で与力を務めていた。何かと不平不満を言う甚蔵ではあったが、それでも着実に実績を重ね、菅沼が前任の長官・土屋帯刀と交代する際に、経験豊かな与力が欲しいと言った土屋の要望に応え、同職に留任。今度は土屋が安永八年に大坂町奉行に転任となり、代わって贄が長官となった際にも、指導役を兼ねた与力として残るよう、甚蔵は再び乞われたのである。
甚蔵とて慣れない大坂に行く気はなかったので、渡りに船とばかりに贄の申し出をに応じた。そうした経歴からか、加瀬組では戸来のような新米を預かる事が多い。他の四人も戸来と同じようなものだ。
「こいつは」
その一間に入った時、甚蔵は手を掛けていた障子を握り破っていた。
背後では、戸来ら新米同心が口を押えて出て行く。甚蔵は敢えて無視をして、丸政と共に人間だったものに近付いた。
赤子の首に紐が巻かれ、欄間に吊るされているのだ。だが、その赤子には四肢が無い。ぶらぶらと風に揺れているのは、頭部と胴体だけ。何故なら、赤子の四肢もまた、紐に巻かれて吊るされていたのだ。
「嘉吉の孫か?」
甚蔵は声を絞り出した。
「いえ、お子でございます。この春に生まれたばかりだったとかで」
丸政の声色には、隠し難い怒気が含まれていた。仕事熱心な上に正義感の篤い丸政がそうなるのも無理はない。ましてや、自分の縄張りで起きてしまったのだ。
狂気しかなかった。完全な狂気。経験豊富な甚蔵とて、踵を返して逃げ出したいぐらいである。それを押し殺して、甚蔵がぶら下がった赤子以外にも目を向けた。
部屋の隅で、女が死んでいた。帳場の女と同じように、胸と股座を露わにした状態だった。
「こいつが赤子の母か?」
「へぇ。〔おみつ〕とお申します。まだ二十四か五でございます」
胸には、一突きされた痕跡がある。恐らく犯された挙句に、殺されたのだろう。我が子が切り刻まれ、解体される様を見たのかどうかわからないが、せめて見ていなければいいと、片手拝みをくれながら思った。
「しかし、嘉吉の女房にしては若いな。あいつは五十になるかどうかだろ?」
「後添いでございます。前の女房と死に別れ、二年前に迎えたとか」
「なるほどね。子供は一人かい?」
すると、丸政は首を横に振った。
「別の部屋では、子供が二人殺られています。これは嘉吉の孫で、五つと三つの娘です」
「同じようなものか?」
「いえ、首が仏壇に捧げるように」
「何だって?」
甚蔵は思わず訊き返し、丸政が律義にも同じ言葉を繰り返した。
「頭に蝋燭を突きたて、火を灯しておりました」
「狂ってやがる」
これでは、殺しが目的か物盗りが目的がわからない。皆殺しをして銭を盗むという畜生働きは、珍しい事ではない。しかし、この殺しは常軌を逸している。まるで、殺しそのものを楽しんでいる。そんな印象すら覚える。
「旦那、遺恨の線もありますかね?」
「どうだろうな。ここは慎重に考える事にしよう。この事件の読み筋を誤ると、全く違う捜査をする事になるぜ」
「へぇ」
遺恨でここまでするだろうか? しかも、これは一人の犯行ではない。大勢で押し入って、遺恨を晴らす。どうにも頷き難い。
甚蔵は丸政の案内で、金蔵へ向かった。
大きな蔵と小さな蔵があり、銭は小さな蔵に貯め込まれていたのか、錠前は解かれ、千両箱は綺麗に無くなっていた。
その代わりに置かれていたのは、仏が描かれた木簡だった。それが空っぽになった蔵の中央に置かれていた。
「何だこれ? 親分、見た事あるかい?」
手に取った甚蔵が、丸政に差し出す。
「これは羅刹天ですねぇ」
「わかるのかい?」
「まぁ旦那よりは信心深いんで。しかし、この辺では見掛けやせんね」
「金蔵の御守りにしてたか、盗賊が置いていったのか。兎も角、こいつは調べてみるか」
羅刹天の木簡を持ったまま蔵から出ると、甚蔵は部下に命じて、足跡を調べさせた。何処から入って、どう逃げたのか。また、何人ほどだったのか。後発の本隊が来て踏み荒らされる前に調べておきたい。
「銭は掘割から舟に乗せ、大川の方へ抜けたかもしれませんね」
丸政の言葉に、甚蔵は頷いた。
屋敷の背後は、掘割に面している。そこから大川に抜ける事は可能である。銭を背負って逃げる事も出来なくはないが、裏の川を使わない手は無い。
「で、どのくらい貯め込んでたんだ?」
「さて。如何せん、生存者がいないもんで」
「まぁ、その辺は帳面を読めばわかるか」
と、話していると、静寂に包まれていた狂気の現場が、俄かに騒がしくなった。後発の贄が本隊を率いて到着したのだろうか。
「どうした?」
甚蔵が大声を上げると、戸来が一人駆けて来た。
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