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第二回 人間たち
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「よう、渡世人」
不意に声を掛けられた市松が踵を返すと、赤銅色に日焼けした男達が立っていた。
四人。全員が桶側胴や頬当てなど、色が剥げ落ちた襤褸の具足に身を包み、手には槍や野太刀、そして弓矢と思い思いの武装をしている。
「なんだい、あんたら」
そうは言ったものの、この者達が何者なのか大方の予測はついている。如何にもと言わんばかりの悪相なのだ。
魔導維新で人間世界は滅び、妖鬼と悪徳だけが残った。この者らは、その悪徳の部分である。
欲しい物は奪い、邪魔な者は殺す。そこに良心などは、一切介在しない。自分が生き残る為に、どんな手でも使う。魔導維新は妖鬼をこの国に生み出したが、それと同時に、人間の理性の箍も外してしまったのだ。
「へへ、俺たちゃ竜神党ってもんよ。名前ぐれぇは聞いた事はあるだろう?」
一番体格の良い、髭で顔が覆われた男が前に進み出て言った。この男が頭領格だろう。身に着けている具足は、この中では最も派手だ。しかし、下に身に着けている着物は襤褸で、下などは下帯一つである。そして、手には大薙刀。殺して奪った物に違いない。
「申し訳ねぇが、俺は土地の者じゃねぇんだ」
「知らないなら知らないでもいいさ。どうせ、お前さんは死ぬ事になる」
「そいつは御免被るぜ」
「それで『はいそうですか』と、俺達が退くと思ってのか?」
男の声色に、不穏なものが感じられた。やる気は満々のようだ。
「おいおい、こんな世の中になっちまったんだ。人間様同士、仲良くしようって気はねぇのかい」
「ねぇな。いつ死ぬかわからねぇ時世なんだ。三途の川を渡る舟の順番が来るまで、精々面白おかしく生きるだけさ」
頭領格が笑い、背後の三人も続いた。
「なら、その順番を繰り上げてやろうか」
「あ?」
その瞬間、市松は男の懐に入り、隠し持っていた匕首を喉元に突き立てていた。
「てめぇ……」
鮮血を浴びる。その向こうに弓矢を構える姿が見えた。
矢。頭領の骸を盾にした。そのまま槍を持った男に投げつけ、市松は慌てて矢をつがえる男を抜き打ちで斬り捨てた。
「貴様」
「俺が〔桶屋の市松〕と知らずに、先に手を出して来たのはお前さん達だぜ?」
榊国秀を低く構えて、市松はほくそ笑んでと告げると、残った二人に怯えの色が浮かんだ。
こうした子分のあしらい方は、こんな世の中になる前からわかっていた。若い頃は、江戸の盛り場で喧嘩をに明け暮れていたのだ。
「いずれはやくざになる」
と、女手ひとつで育ててくれた母親に泣かれたものだが、そうはならず桶屋になった。桶屋の一人娘だった、おせんに惚れたのだ。
おせんの父親は、一端の桶屋になったらくれてやる、と言った。市松はそれから一年、血が滲むような修行を積み、夫婦になる事を認められたのだった。
「死にたかねぇよな?」
市松は問い掛けると、残った二人が小刻みに首を上下させた。
「もう二度と盗賊働きをしねぇと約束するなら追わねぇ。抗うというのなら殺す」
「見逃してくれるのかよ?」
「嘘は言わんさ。得物と、そうさな。食料、金目の物を置いていけばね」
「飯と銭はねぇよ。あれば、盗賊なんてなりゃしねぇ」
「なら得物だけ捨てていけよ」
市松は、行けと言わんばかりに顎でしゃくった。
「へぇ、すまねぇ」
と、二人が得物を投げ捨てた刹那、続けざまに二人の背中に矢が二本三本と突き立った。
「謀りやがったな」
燃えるような眼を向ける二人に、市松は首を横にした。
「新手か」
斃れた二人の奥に、弓矢を構えた騎馬武者の姿があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
騎馬武者は三騎だった。
馬腹を蹴って、こちらに駆けてきた。揃いの赤具足で完全に防備し、槍と弓で武装している。甲冑を纏っているのは、屍喰の牙から身を守る為だ。甲冑であれば、少々噛まれても肉には達しない。
どこぞの家中だろう。盗賊が放つ荒んだ気は感じられず、手綱さばきは堂に入ったもので、三騎の動きも統率が撮れている。
妖鬼の侵攻によって公儀は会津にまで退いたが、まだ各地には抵抗している藩や勢力がある。この三騎も、そうした者達なのかもしれない。
「それがしは、旗本・臼月伯耆守が家臣、梁本十内と申す。これなるは、大村八十兵衛と谷玄馬。そこもとの姓名を伺いたい」
三人の騎馬武者が市松の前で馬を降りると、梁本という男が訊いてきた。
「堅気さんに名乗る名前はねぇぜ」
市松の返答に大村と谷が色をなしたが、それを梁本が押し止めた。
梁本は四十を幾つか越えていそうだが、残りの二人は若い。この梁本が指図役なのだろう。
「そこを何卒。名も聞かず、礼もせぬでは主に叱られますのでな」
「お武家ってのは面倒だねぇ。まぁいいや、俺は仙田市松という者だ」
「仙田殿と申されるか。いや、先程の手並みはお見事でござる。屍喰といい、この盗賊共といい」
「褒められるほどじゃねぇさ」
市松は、答えながら榊国秀を納めると、道中合羽と三度笠に手を伸ばした。殺気も敵意も感じない。修羅場になる事はないだろう。
「謙遜なされるな。しかも、この者らは当家の領分を荒らすお尋ね者でござった。こうして追っていたのだが……。改めて、礼を申し上げる」
武士らしい武士だった。ただそれだけに堅苦しく、苦手意識もある。市松は、それを誤魔化すように、鼻を鳴らした。
「礼なんざいいさ。それより、こちとら急いでんだ。話が終わったのなら、行かせてもらうぜ」
「あいや、待たれよ。このまま行かせては、主に会わせる顔がございませぬ。是非とも当家に立ち寄り、お礼をさせてくだされ」
「それには及ばねえよ。九郎原で仕事が待ってんだ」
「九郎原? 佐位郡のでござるか」
市松は頷いた。
「ならば、なおの事。九郎原までは、日没までに辿り着く事は不可能。ならば、安全な当家に立ち寄り、翌朝出立されてはいかがか?」
「しかしね」
魔導維新で末法となった人間世界で、生き残る秘訣は人を信じない事だ。臼月家の連中が善人である保証はどこにもない。
「是非とも。勿論、お腰の物を取り上げるような真似はいたさぬ」
市松は視線を空へと向けた。陽は傾き、山の端へ至っている。命懸けの野宿で妖魔を相手にするより、人間の方が楽なのは間違いない。
「わかった、それじゃ案内してもらうぜ」
不意に声を掛けられた市松が踵を返すと、赤銅色に日焼けした男達が立っていた。
四人。全員が桶側胴や頬当てなど、色が剥げ落ちた襤褸の具足に身を包み、手には槍や野太刀、そして弓矢と思い思いの武装をしている。
「なんだい、あんたら」
そうは言ったものの、この者達が何者なのか大方の予測はついている。如何にもと言わんばかりの悪相なのだ。
魔導維新で人間世界は滅び、妖鬼と悪徳だけが残った。この者らは、その悪徳の部分である。
欲しい物は奪い、邪魔な者は殺す。そこに良心などは、一切介在しない。自分が生き残る為に、どんな手でも使う。魔導維新は妖鬼をこの国に生み出したが、それと同時に、人間の理性の箍も外してしまったのだ。
「へへ、俺たちゃ竜神党ってもんよ。名前ぐれぇは聞いた事はあるだろう?」
一番体格の良い、髭で顔が覆われた男が前に進み出て言った。この男が頭領格だろう。身に着けている具足は、この中では最も派手だ。しかし、下に身に着けている着物は襤褸で、下などは下帯一つである。そして、手には大薙刀。殺して奪った物に違いない。
「申し訳ねぇが、俺は土地の者じゃねぇんだ」
「知らないなら知らないでもいいさ。どうせ、お前さんは死ぬ事になる」
「そいつは御免被るぜ」
「それで『はいそうですか』と、俺達が退くと思ってのか?」
男の声色に、不穏なものが感じられた。やる気は満々のようだ。
「おいおい、こんな世の中になっちまったんだ。人間様同士、仲良くしようって気はねぇのかい」
「ねぇな。いつ死ぬかわからねぇ時世なんだ。三途の川を渡る舟の順番が来るまで、精々面白おかしく生きるだけさ」
頭領格が笑い、背後の三人も続いた。
「なら、その順番を繰り上げてやろうか」
「あ?」
その瞬間、市松は男の懐に入り、隠し持っていた匕首を喉元に突き立てていた。
「てめぇ……」
鮮血を浴びる。その向こうに弓矢を構える姿が見えた。
矢。頭領の骸を盾にした。そのまま槍を持った男に投げつけ、市松は慌てて矢をつがえる男を抜き打ちで斬り捨てた。
「貴様」
「俺が〔桶屋の市松〕と知らずに、先に手を出して来たのはお前さん達だぜ?」
榊国秀を低く構えて、市松はほくそ笑んでと告げると、残った二人に怯えの色が浮かんだ。
こうした子分のあしらい方は、こんな世の中になる前からわかっていた。若い頃は、江戸の盛り場で喧嘩をに明け暮れていたのだ。
「いずれはやくざになる」
と、女手ひとつで育ててくれた母親に泣かれたものだが、そうはならず桶屋になった。桶屋の一人娘だった、おせんに惚れたのだ。
おせんの父親は、一端の桶屋になったらくれてやる、と言った。市松はそれから一年、血が滲むような修行を積み、夫婦になる事を認められたのだった。
「死にたかねぇよな?」
市松は問い掛けると、残った二人が小刻みに首を上下させた。
「もう二度と盗賊働きをしねぇと約束するなら追わねぇ。抗うというのなら殺す」
「見逃してくれるのかよ?」
「嘘は言わんさ。得物と、そうさな。食料、金目の物を置いていけばね」
「飯と銭はねぇよ。あれば、盗賊なんてなりゃしねぇ」
「なら得物だけ捨てていけよ」
市松は、行けと言わんばかりに顎でしゃくった。
「へぇ、すまねぇ」
と、二人が得物を投げ捨てた刹那、続けざまに二人の背中に矢が二本三本と突き立った。
「謀りやがったな」
燃えるような眼を向ける二人に、市松は首を横にした。
「新手か」
斃れた二人の奥に、弓矢を構えた騎馬武者の姿があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
騎馬武者は三騎だった。
馬腹を蹴って、こちらに駆けてきた。揃いの赤具足で完全に防備し、槍と弓で武装している。甲冑を纏っているのは、屍喰の牙から身を守る為だ。甲冑であれば、少々噛まれても肉には達しない。
どこぞの家中だろう。盗賊が放つ荒んだ気は感じられず、手綱さばきは堂に入ったもので、三騎の動きも統率が撮れている。
妖鬼の侵攻によって公儀は会津にまで退いたが、まだ各地には抵抗している藩や勢力がある。この三騎も、そうした者達なのかもしれない。
「それがしは、旗本・臼月伯耆守が家臣、梁本十内と申す。これなるは、大村八十兵衛と谷玄馬。そこもとの姓名を伺いたい」
三人の騎馬武者が市松の前で馬を降りると、梁本という男が訊いてきた。
「堅気さんに名乗る名前はねぇぜ」
市松の返答に大村と谷が色をなしたが、それを梁本が押し止めた。
梁本は四十を幾つか越えていそうだが、残りの二人は若い。この梁本が指図役なのだろう。
「そこを何卒。名も聞かず、礼もせぬでは主に叱られますのでな」
「お武家ってのは面倒だねぇ。まぁいいや、俺は仙田市松という者だ」
「仙田殿と申されるか。いや、先程の手並みはお見事でござる。屍喰といい、この盗賊共といい」
「褒められるほどじゃねぇさ」
市松は、答えながら榊国秀を納めると、道中合羽と三度笠に手を伸ばした。殺気も敵意も感じない。修羅場になる事はないだろう。
「謙遜なされるな。しかも、この者らは当家の領分を荒らすお尋ね者でござった。こうして追っていたのだが……。改めて、礼を申し上げる」
武士らしい武士だった。ただそれだけに堅苦しく、苦手意識もある。市松は、それを誤魔化すように、鼻を鳴らした。
「礼なんざいいさ。それより、こちとら急いでんだ。話が終わったのなら、行かせてもらうぜ」
「あいや、待たれよ。このまま行かせては、主に会わせる顔がございませぬ。是非とも当家に立ち寄り、お礼をさせてくだされ」
「それには及ばねえよ。九郎原で仕事が待ってんだ」
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市松は頷いた。
「ならば、なおの事。九郎原までは、日没までに辿り着く事は不可能。ならば、安全な当家に立ち寄り、翌朝出立されてはいかがか?」
「しかしね」
魔導維新で末法となった人間世界で、生き残る秘訣は人を信じない事だ。臼月家の連中が善人である保証はどこにもない。
「是非とも。勿論、お腰の物を取り上げるような真似はいたさぬ」
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