外法・魔導維新~渡世血風篇~

筑前助広

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第三回 生き延びる為の砦

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 市松が連れて来られたのは、阿久津あくつという名の陣屋町だった。
 水堀と高い土塀で、町全体を囲っている。また、町の外には田畠が広がっていて、それらは坂茂木さかもぎを巡らし物見櫓を置いて守っている。
 これらは、屍喰や盗賊の侵入を防ぐ為のものだろう。徹底的に、外敵を意識した砦だった。ここまで徹底的なものは滅多にないが、最近は自衛の為に要塞化する村や町が増えてきた。
 泰平の世だった数年前には、決してお目にかかれないものだ。もしこんなものを築こうものなら、謀反を疑われて役人にしょっ引かれたはずだ。しかし今はしょっ引く役人はおらず、代わりに侵入しようしてくる悪人で溢れかえっている。

「百姓は兵に守られて野良仕事をいたしておるのです。夢中で働いていると、屍喰が寄ってくる事に気付きませぬから」
 農地が茜色に染まり、誰もいなくなった農道を進みながら、梁本が言った。この時分は、百姓は町に引き上げているのだという。
「大事にしてんだねぇ」
「民は宝でござる。何せ武士は米を生み出せませぬ。ならば、身体を張って戦うしか価値はござらん」

 と、梁本は恥ずかし気に笑った。

「まぁ、主の受け売りでござるが」

 大手門のような場所に、辿りついた。そこで梁本が、

「開門」

 と、ひと声挙げて片手を挙げると、跳ね橋が降ろされて町に入る事が出来た。
 そこでは、子供が駆け回る平和な光景が広がっていた。町の中にも所々田畠が拓かれ、日が暮れつつあるというのに、百姓達が忙しそうに働いている。この阿久津は、食料を奪わずに生み出すという選択をしたのだろう。
 立ち働く百姓の中、具足を纏った武士の姿も多かった。見張り台には、弓を持った歩哨も立っている。いつでも妖鬼や盗賊が攻めて来ても万全な構えを整えているようだ。守る事にも注力しなければ、あっという間に食料を奪われてしまう。

「元々、こんな町だったのかい?」

 梁本は市松の問いに、首を横にした。

「いえ、斯様な事態となってから、主が一から作り上げたものでござる。少しずつ、町を広げておりましてな」
「へぇ。腕っこきのお殿様なんだ」
「如何にも。そんな主に仕える事は誉れでござる……」

 そう言ったものの、梁本は表情を曇らせた。何かあるのか。だが、市松はそれについてわざわざ触れるほど、野暮ではない。
 陣屋が見えてきた。長屋門にも、長槍を持った兵が歩哨に立っている。
 魔導維新が起きて以降、最も有用な武器が鉄砲から槍へと代わっている。
 命中率が不安定な鉄砲より、距離を置いて確実に急所を狙える槍の方が有効なのだ。最近では、公儀の号令で会津へ馳せ参じた、上杉鷹山うえすぎ ようざん率いる米沢藩の長槍隊が、屍喰などの妖鬼の群れを領内から駆逐する事に成功している。
 槍の他には薙刀も好まれていて、弓は主に人間相手に使われている。鉄砲の扱いは弓よりは容易だが、火薬や弾の調達が困難なのだ。今や、鉄砲を使っているのは公儀ぐらいのものだろう。
 三度笠に道中合羽を脱いだ市松は、陣屋の奥の一間へと案内された。

「暫し、お待ちくだされ」

 そう言って梁本は部屋を出て、代わりに若い下女がお盆を抱えて部屋に入ってきた。
 出されたのは、茶と柿だった。季節は冬。師走はもう目前である。この国が妖鬼に溢れかえっても、四季というものは変わらずに巡っている。

「お嬢さん、ちょっといいかい?」

 声を掛けると、下女はぎょっとして市松に目を向けた。

「そう驚きなさんな。何も取って食おうとしてんじゃねぇんだ」
「はぁ……」
「此処に勤めて長いの?」
「ええ、父も母も臼月様にお仕えしておりましたので」

 過去形なのは、既に死んでいるからだろうか。市松はなおも続けた。

妖鬼バケモノは、此処に来ねぇのかい?」
「あい。屍喰が近付いてくる事もありますが、その都度追い払っていますし、ご家中の方々が毎日外の屍喰を狩っておられます」
「魔人は?」

 下女が首を傾げた。魔人の事は知らないのだろう。
「いや、いい。悪かったね」

 そう言うと、下女はホッとした表情で、一間を出て行った。

(気を抜けねぇな)

 阿久津は、平和な町だ。それを保つ為に努力もしている。それは市松の目にも、好ましいものに映る。しかし、だからとて信じていては命取りだ。
 魔導維新が起きてから、この世は食うか食われるかとなった。騙し奪い合うのが常。見ず知らずの渡世人を家に招き入れるなど、何か別の魂胆があるはずと疑うべきだろう。

「お待たせいたしました」

 とうが立った女が、梁本と共に入ってきた。
 三十は過ぎている女で、下膨れのいい女だった。恰好や所作は武家の妻女である。仄かに香る色香は、他人の妻が放つ特有のものだ。
 女は上座に座り、梁本は脇に控えた。

「仙田市松殿でございますね」

 女は静かに言うと、

「おう」

 と、市松は頷いた。
 以前ならば、決して許されぬ返答だ。こうして、陣屋の奥にまで招かれる事もない。この世は、身分ではなく力が全てになってしまった。
 魔を以てこれを新たに導く。これが〔あのお方〕がもたらした新しい世というものなのかもしれない。

「わたくしは、臼月伯耆守の妻、益栄ますえと申します。仙田殿が竜神党を懲らしめてくれたとか」
「殺しただけさ。しかも半分はそちらのお武家さんが」
「屍喰も容易く討ち取ったと聞きました」
「そりゃ、これが俺の商売だからさ。それより、お礼をしたいというから此処まで来たんですがね。伯耆守さんはいねぇんで?」

 すると、益栄と梁本は目を見合わせて頷いた。

(やはり、何かあるな)

 赤の他人を、自らの懐に招き入れたのだ。何も無い方がおかしい。

「実は、わたくしが伯耆守なのです」
「へぇ、そいつは……」

 驚いた。一方で、この世の有様を思うと、あり得るとも納得出来る。今までの常識が通用しない。何が起こっても不思議ではない。女が当主どころか、大名にも征夷代将軍にもなれる。それが、魔導維新なのだ。
「元は夫が伯耆守でございましたが、佐位郡を支配する木村長門守きむら ながとのかみという魔人に襲われまして、屍喰となり果てました」
 木村長門守。その魔人が何者なのか見当もつかない。もとより学が無い市松には、知っている偉人と言えば九郎判官くろうほうがん武蔵坊むさしぼうぐらいのものだ。

「それで仙田殿の腕を見込んで、是非ともお聞き届けいただきたい儀がございます」

 市松は思わず嘆息していた。やはり、魂胆があった。その事に驚きはなく、あるのは落胆でも腹立ちでもない、言うなれば諦観だった。そもそも、単なるお礼だけで屋敷に招き入れるような奴は、この世にはいない。もしいるとすれば、そいつは既にあの世へいっているか、屍喰となってうろついているはずだ。

「やはり仕事ヤマですかい。まぁ薄々勘付いていたがねぇ。それで、俺に何をしろと?」
「夫の仇討ちを。無論、報酬はご準備いたします」

 市松は梁本を一瞥すると、静かに頷かれた。

「仙田殿。木村長門守を討ち、夫の無念を晴らしてくださいまし」
「まぁ、魔人を討つ事が商売ですから構わねえが、お武家さんが俺のような渡世人に頼むと、武門の名折れというもんになりゃしねぇのかい?」
「無論、わたくしどもでも木村長門守に挑みましたが、相手の本拠に辿り着く前に押し返され、無駄に兵を失うばかりで。阿久津の民を守らねばなりませぬので、これ以上の兵を割けませぬし……」
「なら仇討ちなんぞ、やめちまえば」
「それでは、新田郡の他の領主に侮られてしまいます。ただでさえ、女領主というのに」

 益栄の話では、新田郡には臼月家を含む八つの家が連合しているそうだが、他の七つの家から仇討ちをするべきだと急き立てられているそうだ。
 この新田郡も他と同じく、不安定な均衡の中で平和が保たれているのだろう。今のところ魔人や妖鬼が敵だが、全てを打ち倒した時、今度は人間同士の戦国乱世になりそうな予感は感じている。

「仇討ちねぇ」

 と、そこまで言って市松は口を閉ざした。その先を言わなくても、益栄も梁本もわかっているはずだ。仇討ちなど、このご時世では無意味であると。そして、仇討ちを奨励する、武士の世の中は既に終わったという事も。
 その時、障子の向こうで女児の声が聞こえた。ばたばたと、駆け回る足音。それを下女が窘めているが、静かになる様子はない。

「はーうえ」

 頬を真っ赤にした女児が、障子を開けて顔を出す。

「これ、鶴。お客様の前ですよ」
「はーうえ、でもお梅が追いかけるの」

 鶴が益栄の膝に飛び乗ってげらげらと笑っている。梁本は仕方がないという風に首を振り、部屋の外で平伏している下女に連れていくように言い渡した。

「いや、俺なら気にしなさんな。お鶴ちゃんは、おっさんの傍にいたいんでしょう」
「申し訳ございませぬ、市松殿」
「娘さんかい?」
「ええ。三つになります。娘ですが、ご覧の通りお転婆で」

 市松の脳裏に、魔導維新の混乱で亡くした娘・ちづの顔が浮かんだ。それを胸に抱く、おせん。二人は江戸市中を襲った混乱の中、屍喰に着物の袖を掴まれ、引き倒されて群れの中に消えていった。

「娘は可愛いもんだ」
「市松殿も?」
「ええ、遠い昔に」

 その一言で、益栄は何かを察したような表情を見せた。

「俺は九郎原で一つ仕事ヤマを踏んでいる。二つの仕事ヤマを同時に踏む事はしねぇ。だが、二つ仕事ヤマを踏んだところで、俺を咎める奴がいるわけじゃねぇし、やるだけやってみるさ。どうせ九郎原は木村とやらの領分だ。ついでって事で」
本当まことでございますか」
「俺は半端者はんぱもんだが、堅気カタギさんに嘘は言わねえよ」

 それから、報酬の話になった。益栄が提示した報酬は阿久津で寝食の自由で、市松は二つ返事でそれを受けた。阿久津が存在する限り、無条件に寝食を供せられる。中々ない好報酬だった。
 夜は臼月家の主だった者を交えての酒宴となった。魔導維新が起き、物資は不足しがちだが、ある所にはあるのだろう。

「しかし、市松殿。九郎原は、木村が領分とする危険な土地でござる。そこへ何をしに?」

 梁本が、銚子を差し出して訊いてきた。

「そいつは秘密さ。言わねぇ約束になっててね」

 猪口でそれを受け、飲み干す。久し振りの酒だった。肴は、鯉の甘露煮である。

「左様でござるか。失礼ながら、市松殿は魔人と手合わせした事は?」
「古田重嗣、新田義興、山県大弐」
「三人も」

 益栄は目を見開き、梁本は膝を手で打った。

「なんと。これほどの猛者ならば、仇討ちも任せられましょう」
「おいおい期待はしねぇでくれよ。敵わねえと思えば、俺は逃げるようにしているんでね」
「逃げる?」

 益栄が目を丸くした。そして、口に手をあてて笑った。

「おっと、俺は武士じゃねぇからな。逃げる事に何の躊躇もねぇんだよ」
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