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囲われサブリナは、今日も幸せ 中編
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何故か婚約破棄されるという馬鹿な妄想を信じ込み、一生懸命努力を重ねる可愛いサブリナ。
その不安げな姿が、自分への愛の深さの裏返しのように感じられ、クリストファーは、口元が緩むのを抑えられない。もっとよく見ようと前のめりになったその時、
カサッ
たまたま木の葉が頭に当たり音を立ててしまった。
気配に気づいたシルベスターが視線だけこちらに向ける。そして、馬の形に刈り込まれている生け垣の尻尾部分から覗くクリストファーを見つけ、そっと顔を横に振った。どうやら、今は、出てくるなと言うことのようだ。
「お嬢様。貴女を溺愛される殿下が、学園の卒業式に婚約破棄を申出されるなど、有り得ないではないですか」
「だって、そう書いてあったのですもの」
「何に書いてあったのですか?」
「予言書よ」
サブリナが隠し持っていた本を机の上に出した。
『平民の聖女が、なんやかんやで王太子妃になっちゃった、テヘッ♡』
何ともふざけた題名の本だが、今、巷で人気の少女向け娯楽本だ。その表紙に、
『予言書』
と書かれたメモが付いている。筆跡を分らないようにする為か、わざと利き腕とは違う手で書いた時のような乱れた文字だった。
この本の存在は、数日前、クリストファーの元に情報として上がってきていた。内容が内容だけに、現在禁書扱いになっており、見つけ次第警邏隊が没収する事になっている。
登場する第五王子の名は、クリフトファー。そして、婚約破棄される公爵令嬢の名前は、サブリミ。非常に酷似している。その上、婚約が結ばれた経緯や、二人の別名とされる『ミリアム王家の悪魔』、『公爵家の読書狂』といったものが全く重なる形で出てくる。
この作品が、この国の第五王子クリストファーとその婚約者サブリナをモデルにしていることは明らかだ。特に、当て馬として登場するサブリナに関しては、実在の人物とは程遠い内容であり、名誉毀損で訴えても良いレベルである。
出版社も分からない謎の書籍は、半月ほど前に噴水広場や公園の露天で格安販売された。その数が驚くほど多く、すべての回収には未だ至ってない。
こんな悪書をサブリナに手渡さぬよう、屋敷の者達も、クリストファーも最深の注意を払っていた。それなのに、今、現実に目の前に本があるのは何故なのか?
同じことを思ったのか、シルベスターは、テーブルの上に置かれた薄い本を他に取ると、
「お嬢様、この本は、何処で手に入れられたのですか?」
と問いただした。
「今朝、起きた時に、枕元に置いてあったわ」
昼夜問わず、サブリナの部屋の前には、クリストファーの息が掛かった王家暗部の精鋭が、常に二人体制で立っている。部外者が侵入したとは考えられない。となると、本を持ち込んだ犯人は、護衛が部屋への出入りを許す顔見知りの使用人だと推定される。
身分も、経歴も、何重にもチェックを入れて雇用したはずなのに、一体どこに漏れがあったのか。クリストファーの瞳が、人でも殺しかねない冷酷な光を宿す。
「そうですか、枕元に。それ以外に、何か変化はございませんでしたか?」
「それは………」
キュッと唇を噛みしめ、サブリナは、チラリと背後に立つメイド、ルシエルを見た。幼き頃からサブリナ専属として甲斐甲斐しく世話をしてくれていた彼女に向ける視線は、いつもの天真爛漫さはなく、とても悲しげで苦しそうだ。
一方のルシエルは、普段から無表情の為分かりにくいが、視線が微妙に揺らいでいるように見えた。
「お嬢様、申し訳ございませんが、少々目を閉じて頂けますか?」
「えぇ、じいやが、そう言うなら」
サブリナは、素直に目を閉じた。その瞬間、シルベスターが、
ヒュン
老体とはにわかに信じがたい早業で、ルシエルの首に手刀を打ち込み、床に倒れ込む前に抱き上げた。カカシのようにヒョロヒョロとした細身の何処に、そんな力が隠れているのか。彼は、そのまま足音もなく四阿の外に行くと、クリストファーの脇に控えていた護衛に無言で引き渡した。
「自白剤の使用を許可する。殺すな。己の罪を後悔して、床を這いずるまで追い込め」
クリストファーは、小声で護衛に指示を出すと、何食わぬ顔でシルベスターと共に四阿へ戻り、サブリナの前に立った。
「お嬢様、目を開けてくださいませ」
シルベスターの声に、サブリナの長いまつ毛に縁取られた瞼が、ゆっくりと開く。
「クリス様……」
「やぁ、サブリナ。君が欲しがっていた隣国の本が手に入ったんだ。直ぐに読ませたくて持ってきてしまったよ。迷惑だったかい?」
巨大な体を縮こまらせ、わざと捨てられた子犬のように弱気な声音で囁くと、サブリナは、弾かれたように目を見開き必死に首を横に振った。サブリナは、とても優しい。優しいゆえに、哀れなものを捨て置けない。
なので、彼女には高圧的に接するよりも、自信なさそうに微笑む方が効果的なのだ。サブリナのすべてを知り尽くす男クリストファーは、今日も狡猾であった。
「シルベスター、申し訳ないけど飲み物を用意してくれるかい?少々喉が渇いてね」
優しい王子の仮面を被ったクリストファーが、サブリナの横に近過ぎる距離で座った。通常運転なので咎めようもない。
「かしこまりました」
シルベスターは、一礼すると、ティーセットを用意するために下がった。この時点で護衛も下がり、今、この庭にはサブリナとクリストファー以外の人間は居ない。
もし、刺客が何処から襲ってこようとも、彼の剣で原型が分からぬくらい切り刻まれることだろう。
「サブリナ、こっちを見て」
泣いて赤くなった目を見られたくなくて顔を背けるサブリナを覗き込むように、クリストファーは頭を下げる。
「サブリナを泣かせた悪い本は、これかな?」
例の本をクリストファーが手に取った事に気付いたサブリナは、慌てて顔を上げ、本を取り戻そうとジタバタし始めた。
しかし、クリストファーは、右腕でヒョイとサブリナを抱えると自分の膝の上にフワリと下ろした。これも通常運転なため、サブリナは、驚くことなく愛しい人の腕の中に収まった。
「まったく、ふざけた名前の本だね」
「最近、庶民の娯楽本は、このような題名のものが多いのです。本を買うにはお金がかかるので、予め内容が分かりやすいものが好まれるようです」
「私には、全く内容が推察出来ないけどね」
クリストファーのホトホト呆れたと言いたげなため息に、ほんの少しサブリナの口元が綻んだ。
「サブリナ、間違い探しをしようか」
「間違い探しでございますか?」
「あぁ、この本の中に書かれていることと、本当の私達とを照らし合わせれば、嘘しか書かれていないと分かるだろ?」
クリストファーは、太い指で器用にページをめくった。
「先ずは、登場人物の名前からいこうか。サブリナ、私に教えてくれるかい?」
「クリフトファー殿下とサブリミですわ」
「ほら、名前が違う」
「そうですけれども」
不満げに頬を膨らますサブリナが可愛過ぎて、クリストファーは、思わず頬にキスをした。
「クリス様!」
「ごめん、ごめん。それで、このクリフトファー殿下とやらの性格は?」
「残虐にして、苛烈。戦闘を好み負け知らず。しかし、ヒロインによって、優しさを取り戻します。サブリミには……笑顔すら見せません……」
読んだ時の悲しさを思い出したのか、サブリナの眉が情けなく下がる。クリストファーは、落ち着けるよう、トントンと背中を軽く叩いてあげた。
「ほーら、全然違うじゃないか。私は、サブリナ(だけ)に微笑むだろ?戦闘も好きじゃないよ(負けたことはないけど)。苛烈なんて言葉、私に似合うと思う?」
サブリナの前では、苛つくことも烈しい怒りに見舞われることもない。常にそよ風のような柔らかさで接している。
それ故に、彼女は、知らない。騎士団から悪魔と呼ばれるクリストファーの、残虐と言う言葉すら生易しい無慈悲な一面を。
「その次は、えーっと、サブリミ?の性格は、サブリナと同じなのかな?」
「いえ、全く違います。本好きな描写をしているくせに、癇癪を起こして図書館に火を付けるシーンがありました。私なら、死んでもこのようなことは致しません。本は、過去から未来へと知識を繋ぐ架け橋。粗末に扱う者など天罰を受けるべきです」
「そうだよ。天罰を受けるべきだね」
フンスと鼻息荒く怒るサブリナの頭を撫でながら、クリストファーは、この本の作者に最も残虐な天罰を与えてやろうと心に決めた。
「ほら、ほんの少し考えただけで、私達とは全然違う人達の話だって分かるだろ?」
クリストファーの巧みな誘導で、サブリナの表情も少しずつ和らいでいく。
「それなのに、何故か愛しのサブリナは、婚約破棄の練習をシルベスターと繰り返している。私がどれほどショックを受けたか、分かるかい?」
「申し訳ございません。ただ、私は、自分が身を引くことでクリス様が幸せになれるならと思ったのです。でも、突然言われたらショックで心臓が止まってしまうかもしれません。なので、シルベスターと予行演習をして耐性をつけようと思ったのです」
「うん、努力の方向性が驚くほど間違っているね」
「そうなのでしょうか?」
「サブリナ、これからは、努力する前に私に一声掛けよう」
「はい。分かりましたわ、クリス様」
サブリナが、クリストファーが突き出した右小指を小さな手で包み込んだ。これは、約束を誓う時の二人の儀式。小指と小指を絡ませるには、大きさ、太さが違い過ぎることから編み出されたスタイルだ。
『婚約破棄ごっこ』に一応の決着がついたのを見計らい、シルベスターがワゴンを押して戻ってきた。お茶だけではなく、サブリナの大好きな甘味も載せて。
「まぁ、こんなに沢山?」
色とりどりのケーキや様々なフレーバーの焼き菓子、ドライフルーツに異国の砂糖菓子。一つ一つは小さめだが、趣向を凝らした甘い物を前に、サブリナは、すっかり気持ちを持っていかれる。
「じゃあ、私も、一つ頂こうかな」
「えぇ、是非」
「サブリナのおすすめは?」
「迷ってしまいますわ。あぁ、このチョコにナッツを加えたクッキーは、甘さ控えめですが香ばしさと歯ごたえの良さが秀逸ですの。甘い物が得意でない殿方にも、丁度良い茶請けとなりますわ」
嬉々として甘味を食すサブリナを見て、クリストファーもシルベスターも、ほっと胸を撫で下ろす。
サブリナは、完全記憶を持つが故に、辛い出来事が起こると長く心を煩わす。あくまでも、今回の件は、架空の物語であり、サブリナには関係のないことだと言い含めなくてはならない。
「あの、クリス様」
「なんだい、サブリナ」
「さっきの本のお話、よくよく考えれば、辻褄の合わないことばかりでしたわ」
「どんなところが?」
「ヒロインは、第五王子のクリフトファー殿下と結ばれて王太子妃になられるのです。でも、王太子妃になるには、王位継承第一位の第一王子と結ばれなければなりません。我が国なら、アレクサンダー様ですわ」
「そうだね。第五王子が王太子になるのは、(兄弟全員を抹殺しないと)確率的に極めて低いと言えるね。もしかして、サブリナは、王太子妃になりたかったのかい?」
「いいえ」
「本当に?」
「はい」
「今からでも(サクッと兄弟全員を始末したら)間に合うかもしれないよ?」
「いいえ、私は、クリス様と二人でカンタンテ公爵家を盛り立てていく所存です!」
「ふふふ、私は、サブリナが望むなら、何でも実現してあげるからね」
「はい」
微笑み合う二人。クリストファーの「何でも」の意味を、サブリナが正確に理解することは一生ないだろう。
「あと、もう一つ」
「なんだい?」
「聖女が王都で大流行した疫病を、神聖魔法で治癒させたのですが」
「魔法なんて、(子供だましの)御伽噺のよう(で、胸糞悪い話)だね」
「いえ、そうではなく、本に登場する疫病が、34年前に東の国で流行したものと酷似しておりました。彼の国では、既に、特効薬が開発されております。四年前、第四王子殿下の婚姻では、結納品として我が国にも献上されたはず」
何度もいうが、サブリナは、今まで得た記憶を全て維持している。クリストファーが戯れに見せた献上品目録(閲覧禁止書類)も、隅から隅まで頭に入っているのだ。
「同じ病気なら、薬を配ったほうが早く沢山治るのではないかと思いまして」
「それでは、聖女の見せ場はなくなるね」
天才なのか天然なのか。珍しくまともなクリストファーの指摘にも、首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「お薬は、必要ありませんか?」
「そうじゃなくて、これは、作り物のお話だから」
「しかし、『予言書』などと書かれては、やはり気になります。もしもに備えておくことは、決して無駄にはならないかと」
サブリナは、常に『自分ならどうするか』を念頭に置き本を読む。その視点から、一人でも多くの人を助けるにはどうすれば良いか、真剣に考えているのだろう。サブリナの心根の優しさに、
「分かったよ、今後の流行も視野に入れて薬の国内生産が出来ないか、お義父様に伝えておくよ」
と答えた。
それを聞いて、やっと納得出来たのか、サブリナは、目の前に置かれたクッキーを手に取り口に運んだ。
しかし、モグモグと噛むスピードが、どんどん落ちて、気付けば空中をボンヤリ眺めていた。
「それにしても、この物語を書いた方は、どうして第五王子のクリフトファー殿下を王にしたかったのかしら?兄弟が仲違いする原因にしかならないのに…」
気になることがあると、そればかり気になってしまうサブリナは、頬に手を添え考え込む。本の中では、ただ、第五王子が王太子になったと締めくくられているだけで、その経緯は有耶無耶にされている。
「それに、弟が兄に取って代わるには、相応の実績が必要よ。あ、だから、わざと疫病を流行らせたのかしら?そうなると、聖女と言う存在自体、怪しい。人民を掌握するために、民を救ったように見せかけて、特効薬を配っただけなのかも」
あくまでも『予言書かもしれない』という立ち位置から思考をめぐらし始めたサブリナは、ブツブツと独り言を始めた。
すると、その横に立つシルベスターが、ポケットから出したペンとメモ帳にサブリナの言葉を一言一句書き記し始めた。その筆さばきは、目にも留まらぬ早業で、流れるように文字が紙に記されていく。
カンタンテ公爵家では、サブリナの独り言は、「神の啓示」と呼ばれるようになっていた。その膨大な知識量と解析を可能とする思考能力の高さで、この四年間に何度も領内の災害を未然に防いできたのだ。今や、どのような些細なことも、聞き逃さずに記録することが、シルベスターの最も重要な仕事になっている。
「あの疫病を人工的に発生させるには、やはり、患者を国内に引き入れるのが効率的。飛沫感染、接触感染、どちらも考慮に入れて、あれほど劇的な感染拡大を起こすには、どうしたら良いのかしら?より狭い空間と不衛生な場所で、感染者を確実に量産し、一気に市街へとばら撒く…」
頬をムニムニと摘みながら、サブリナは、該当するエリアを頭に浮かべる。
「火種となる患者を国内に入れないように出来れば良いけど、まだ発病していない保菌者の存在を考えると不可能ね。発病者が見つかったら、速やかに隔離することが最も重要な事だけど、永続的な改善策としては、貧民街の衛生面改善と生活水準向上ね。何か、大量雇用出来る公共事業があれば良いけど……」
サブリナの思考が、どんどん違う方へ進みだしたのを見計らい、
「サブリナ。私の相手もしてくれないと」
クリストファーは、わざとらしく拗ねてみせた。
「あ!クリス様、申し訳ありません。一人物思いにふけってしまいました」
「そんなサブリナも可愛いから良いのだけど、紅茶が冷えてしまう。先ずは、お茶会をしよう」
「えぇ!楽しいお茶会を致しましょう」
サブリナは、その特殊性から、社交を禁じられている。一度覚えると忘れられないと言うことは、悪口や嫌がらせも忘れられないと言うことだ。
だから、サブリナは、物語に出てくるお茶会に憧れがあり、とても楽しみにしている。たとえ、参加者が婚約者と老執事だけであろうとも。
「あ……でも……ルシエルが……」
普段なら古参メイドのルシエルも、その輪に加わるため、空いたスペースにサブリナの目が泳ぐ。黙り込んでしまったサブリナを、クリストファーは、太く逞しい腕で、そーっと抱きしめた。
「あの(恩を仇で返す下等)メイドに、何か言われたんだね」
「………」
「言わなくて良いよ(思い出して辛くなるから)。大丈夫。私が一生(囲い込んで)君を守るからね」
涙目のサブリナは、ヤンデレ気質のクリストファーが内心抱いている邪な欲望など気づかずに、心配かけまいと健気に微笑んだ。
「はい、それからの記憶は、全くございません」
捕縛されてから丸二日経ち、ルシエルは、尋問室で、止まることのない涙を流していた。全ての始まりは、実家である子爵家から、母の危篤を知らされたことだった。慌てて帰ると、母は、ピンピンしており、拍子抜けはしたが、素直に家族の無事を喜び晩餐を共にした。
そこから、プツリと意識が途絶えている。そして、先程目を覚ますと、全身に打撲痕が残っており、奥歯も欠けていた。
しかし、その痛みが、意識を覚醒させてゆき、自分の失態に絶望した。
カンタンテ公爵家では、屋敷外で飲食することを禁じている。それは、毒や薬が混入される恐れがあるからだ。自分の身に危険が及ぶだけなら良い。
だが、それが原因でサブリナに危険が及べば、カンタンテ公爵だけでなく、クリストファー第五王子の逆鱗に触れることになる。
「私は、なんてことを……」
先の戦争で夫を無くしたルシエルは、子をなさぬまま実家へと送り返された。婚期も逃し、再婚もできぬ彼女をサブリナの側仕えとして雇い入れてくれたのは、遠縁であった今は亡きカンタンテ公爵夫人だった。
ルシエルは、その恩を返すべく、身を粉にして働いた。漆黒の闇と評された美しい黒髪を一纏めの硬いお団子にし、動きやすさ重視で、黒のメイド服を着る。匂いを嫌うサブリナの為に化粧も一切せず、女性としての見た目は、全て捨てた。
病弱で、産後の肥立ちが悪い公爵夫人に代わり、赤子のサブリナをあやした。そして、可愛いサブリナは、ルシエルにとって、何者にも代えがたい存在になった。傷つける者は、刺し違えてでも成敗すると息巻いていたのに、その自分が、まさかサブリナ本人を傷つける存在になるとは。
「君は、かなり強い暗示にかけられていた。『クリフトファー殿下は、聖女と結ばれるべきだ』。自白剤による尋問に、何度も、そう答えている」
「クリフ……?」
「あぁ、君は、何度も、クリフトファー殿下と叫んでいた」
尋問官の言葉に、益々混乱してきたルシエルは、頭を抱えガンガンと机に打ち付けた。目は焦点を無くし、どこを見ているのか分からない。
「やはり、夕食には、睡眠薬だけじゃなく、精神を操り易くする何らかの薬が混ぜられていたようね」
「あの不安定さを見るに、可能性はあるな」
「血液検査は?」
「今、急がせている」
横で会話の一部始終を聞いていた白衣姿の面々は、手元に集まった大量の情報を精査するのに忙しい。何故なら、子爵家の者達が、同様に厳しい尋問を受け、その報告が続々と上がってきているからだ。その内容は、一様に、
意識を失う直前、何かを口にしている
血液検査で、複数の違法薬物を検出
自白剤使用時には、『クリフトファー殿下と聖女が結ばれる』と妄言を吐き続ける
時間経過により自我を取り戻すものの、錯乱状態が続く
というものだった。
サブリナがあんな怪しげな本を信じ込んだのは、ルシエルに
『本当に、この本の通りになるの?』
と聞いた際、深く頷かれたことに起因している。生まれた時から世話をしてくれたルシエルに対し、深い信頼を置いている故の悲劇である。
サブリナとクリストファー(オマケで老執事)のお茶会の最中に、子爵家の当主家族から小間使いに至るまで、ルシエルの関係者は全員が捕縛されている。屋敷内から忽然と住人が姿を消しても、それを警邏隊に知らせる者がいなければ、しばらく気づかれることはない。
それに、自白剤の使用過多でもし命を落としたとしても、その亡骸は、闇に葬られるのだ。
「それにしても、あの悪魔は、手加減をしらない」
「しっ!不用意な言葉は、命を縮めるわよ」
捕縛者達への激しい尋問は、全てクリストファーの指示であることを皆知っている。カンタンテ公爵家の者達も、サブリナを守る為なら、どんな手段でも取る覚悟がある。
だが、クリストファーのやり方は、常軌を逸していた。正直、サブリナ以外は、人間とすら思っていない。
故に、サブリナの命が何者かに奪われでもしたら、クリストファーは、犯人を探し出すなどといった面倒な手順など踏まない。
自分以外の人間が誰一人いなくなるまで手当り次第に抹殺し、その後サブリナの後を追うだろう。
「兎に角、この世の為にも、カンタンテ公爵令嬢には、心穏やかにいて頂かないと」
「そうだな」
サブリナを守る為だけに集められたクリストファー直属の部下達は、主の恐ろしさを一番よく知っていた。
「水質検査には、何も引っかからないだと?」
上がってきた報告に、クリストファーは、目を細める。それだけで、普通の人間なら卒倒するが、
「しかたねーだろ。出ねぇもんは、出ねぇ。街中の井戸を手下使って調べたんだ。嘘は、言ってねーよ」
砕けた口調で答える男は、ソファーの背もたれに深く沈み、両足を目の前のローテーブルに乗せている。血を彷彿とさせる赤髪。猛獣のような険しい人相。ひと目見て、ただならぬ空気を醸し出している。
彼の名は、デラル。クリスの訓練相手として冒険者ギルドから派遣された強者の一人だ。年齢は、三十代。クリスに負けず劣らずの巨体で、ソファーは、その重みにミシミシと音を立てている。
「でも、なんで、急に、水質検査とか言い出したんだよ」
「お前には、関係ない」
「はぁ?それが、年上に使う言葉遣いかよ」
「それを言うなら、俺は、王子だ。頭が高い」
互いに、遠慮のない二人の掛け合いに、周りに控える護衛達は生きた心地がしない。
しかし、唯一戦闘訓練で歯ごたえのある相手だったデラルを、クリストファーは、珍しく気に入っていた。雑な物言いも咎めることはなく、したいようにさせている。
ルシエル達の状況から、クリストファーは、ある予想を立てていた。
皆が広く口にする水を介し、思考力を低下させる薬を徐々に摂取させ、例の本を通じて暗示状態に陥れる。そうでなければ、あのようなつまらない本が、あそこまで爆殺的に人気になるわけがない。
では、何故、金と手間を掛けてまで、そのような事をしたのか?
それは、クリストファーを陥れるためだ。それを裏付けるように、今、宮廷内では、あの本の著者がクリストファーではないかと噂され始めている。
世論を操作し、第五王子こそが王太子に相応しいという流れを作ろうとしているのだと。馬鹿馬鹿しくて、笑い飛ばしたい所だが、消えることなく燻り続ける噂に、悪意を感じる。
真犯人は、余程、アレクサンダーとクリストファーを仲違いさせたいらしい。現に、王太子派の貴族達からクリストファーへの尋問を求める声も上がってきていた。
クリストファーとしては、身の潔白を晴らし、サブリナを傷つけた犯人を血祭りに上げたい。
しかし、肝心の薬が井戸から検出されないのでは、仮定の立証は難しい。
考え込むクリストファーに、デラルが、
「でも、確かに、最近、町中変な雰囲気だとは思っていた」
と声をかけた。
「どんな風に?」
「なんだっけ。ほら、あの変な本が出回ってんだろ。お前をモデルにしてるとか言う。ふざけんなよな。お前があんな生易しい男かよ」
「お前の感想など、どうでも良い」
「まぁ、そう言うなよ」
デラルは、机から足を降ろすと、今度は膝に手を置き、前のめりになって、対面に座るクリストファーに顔を近づけた。
「仕事中に例の本を読んでたギルドの受付嬢に、『コイツは、人殺しを何とも思わないバーサーカーだぞ』って教えてやったら、『クリフトファー殿下は、そんな人ではありません!!』って激怒しやがってな。普段大人しい性格なだけに、違和感しかねぇ」
「で?」
「本を読んだ直後から、突然性格が変わるって、おかしくないか?」
「直後?」
「あぁ、直後だ。別の受付嬢から例の本を受け取るまでは、いつも通りだった。それが、本を読み出して暫くすると、ボーーッとした表情になってな。ありゃ、なんか、ヤベーヤツだ」
語彙力は欠如しているが、デラルの観察眼は確かだ。
「よくよく町中見てみたら、視点の合ってねぇ奴が、ゴロゴロしてる。一応、本の方は、手の回る範囲で回収しておいた。これは、受付嬢が、持っていた分だ」
デラルは、無造作に薄い本を一冊床に投げ捨てた。
「中身は、見たのか?」
「まぁな。内容的に虫唾は走るが、変わったところはなかった。ただ、平民が手にするには、装丁が凝り過ぎだ。こんなもん、安価で売ったら赤字になるだけで、利益なんて生みださねぇよ」
確かに、表紙には、美しい絵が施され、紙も上質。わら半紙に一色刷りが一般的な平民仕様の本とは、一線を画している。
「お前ともあろうもんが、後手に回ってんのか?」
「こちらの予想の100倍以上の本を売りさばいていた。ゴミムシの癖に、巧妙な手口だ」
「待て待て。あの本を捨て値でそんだけ売れば、大赤字で倒産するだろう」
下手をしたら、小国の国家予算など消し飛ぶ。
「相手は、最初から儲ける気なんてない。これは、我が国を混乱に陥れるための、巧妙に仕掛けられた罠の一部だ。」
クリストファーは、予想以上の大物が隠れていることに気づき、眉間にシワを寄せた。
人知れず、これだけの本を用意し、流通させるのは、国外の人間にはむずかしい。しかも、クリストファーが今までに起こした騒動について、詳しすぎるのだ。まるで側で見ていたかのような描写に、虫唾が走った。
「うわぁー、お前、マジで恐ろしい顔してるぞ。婚約者ちゃんの前では止めておけ」
「煩い。帰れ」
「なんだよ、折角協力してやってんのに」
「金は、払っている」
「はいはい、坊やに殺される前に帰るとしましょーか」
デラルは、金貨が入った袋を片手に持つと、巨体を揺らしながら出ていった。
その後ろ姿を眺めながら、クリストファーが、
「今すぐ、ギルドの受付の血液を調べろ」
と指示を出した。この命令が、正当な協力を仰いでの検査を意味しているわけではない事を、部下達は十分に知っている。人知れず攫い、血を抜き、調べる。その後、受付嬢がどうなろうとも、クリストファーが気にすることなどないのだ。
「かしこまりました」
部下の一人が頭を下げ、駆け足で部屋を出ていった。その一時間後、受付嬢の血液から、複数の薬物が検出されたと報告が上がってきた。
「ごめんね、サブリナ。君を煩わせることだけは、避けたかったんだけど」
「そんなこと、おっしゃらないで下さい。私とクリス様は、二人で一人なのですから」
膝の上に乗せた婚約者の愛らしさに、つい、いつもの溺愛モードへと突入してしまいそうになる自分をクリストファーは、必死に抑える。今は、それよりも先に、解決しなければならないことだらけなのだ。
目の前のテーブルには、この数日での騒動を出来るだけ簡潔に感情を入れない箇条書きで記載した報告書がのっていた。かなりの枚数だが、サブリナは、すでに隅から隅まで読み込んでいる。一切証言者の名前は載っていないが、無論、ルシエルの供述書も入っていた。生まれてから十二年。ずっと傍で支えてきてくれた侍女へのサブリナの愛情は、家族と同じくらい深いものなのだ。
「クリス様。私、敵を討ってあげたいのです」
「あのメイドの?」
「えぇ。卑怯な手で陥れられ、幸せだった人生を壊されたルシエルの為にも、敵は討たねばなりません!」
ルシエルは、日に日に薬が抜けていき、そして、日に日に衰弱していった。それは、正気を取り戻す程に、犯した罪の重さに耐えられなくなってきているからだ。再び薬を盛られることを恐れ、食事を摂ることを拒否し、神にサブリナの幸せだけを祈る。
己が救われることなど露一つ考えない真摯な姿に、流石のクリストファーも多少の哀れさを感じている。
「では、暫し、お待ちくださいませ」
サブリナは、クリストファーの膝の上から降りると、集中するため、目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
クリストファーがサブリナに依頼したのは、市民が無意識に投与されていると思われる薬の摂取経路。井戸以外にも、様々な水場を虱潰しに調査したが、全く手掛かりが見つからない。
そうこうしているうちに、本に登場した疫病に似た症状の患者が、貧民街で見つかった。
サブリナのお陰で対策を施していた為、直ぐに隔離され、王家に結納品として献上されていた特効薬を投与すると、直ぐに改善が見られた。疫病の正体がわかれば、後は、感染拡大を抑えつつ、患者数を減らせば未曾有の疫病大流行は抑えられる。
しかし、安堵したのも束の間。町中に、ある噂が流れ出したのだ。
『聖女が、疫病を治してくれた』
確認できた患者数は、まだ、十人にも満たない。それなのに、噂だけがどんどん広がり、教会に感謝の祈祷をする人の列が並びだす。そして、助けてくれなかった王家への不満を口にしだすのだ。
戦争と侵略ばかりに注力し、国民を顧みない王、カイザー。聖女と共に自分達を助けてくれたクリフトファー殿下こそ、王に相応しい。
自国の王子の名前すら、ちゃんと覚えていない民衆は、創作された本の内容と現実の区別すらつかなくなっている。まだ、王都の人口の数パーセントにしか満たない動きだが、今止めないと、大きな渦となって世論を動かしてしまうだろう。
「では、始めます」
心の準備を整えたサブリナが、クリストファーに声をかけた。側に控えていたシルベスターも、彼女の言葉を逃すまいと耳をそばだて、ペンを持つ手に力を込める。
「ふぅ…………。まず、人を操る手順としては、意識を混濁させる薬を何かしらの手段を用い摂取させた後、例の本を読ませることで洗脳状態に陥れているの?でも、井戸には、何も入れられていない。そして、同じように街に住んでいても、クリス殿下のお友達のように洗脳されていない人もいる」
クリストファーは、内心、『デラルは、お友達じゃない』と訴えたかったが、思考を邪魔せぬよう言葉を飲み込んだ。
「生活用水に混ぜられていないとなると、小売されている飲み物か食材。でも、あまり高価なものは頻繁に買えないし、摂取頻度が多くないと効果も出ない。特に野菜などは、水洗いの際、薬も流れ落ちてしまうわ。加熱調理による熱変化も考慮に入れると、主食のパン類に出来上がった後で塗り付ける方が確実に人の口に入れられる?でも、味の変化に気づかないでいられるかしら?庶民の口に入るのは、複雑な味付けのされていない素朴なパンのはず………。なら、新しく出来た店で、見たこともない味付けパンが安く売られてたらどうかしら?皆、一度は、買ってしまうかも」
ここまで聞いて、クリストファーは、紙に指示を書き、部下に渡した。
『最近出来たパン屋で、不自然に安く販売する人気店がないか探せ。あった場合、有無を言わさず取り押さえろ』
可能性は低くとも、全てを潰す。クリストファーは、その点、人並みの躊躇や罪悪感を持ち合わせていない。
「でも、パンだけじゃ、それほど多くの薬は摂取させられないわ。やはり、飲み物に入れるのが簡単。味の変化に、気づきにくいもの。でも、安くないと何度も口にしないわ。水……水……炭酸水?あ!!あの本にも出てきたわ。確か、セリフは……『これを飲むと、口がサッパリするのよ』。少量で満足感を得るために調味料を多めに入れた具材をパンに挟んでいた。それを食べて驚いた王子様に炭酸水の瓶を手渡してあげるの。濃い味付けに刺激のある飲み物。薬を混入するには、理にかなった組み合わせかもしれない」
サブリナの考察を聞き、クリストファーは、内心、落胆していた。既に、炭酸水の湧き出る水源も、調査済みだ。結果は、白。サブリナが辛い思いをしてまで分析を試みてくれているのに、成果を得られないのなら、初めから頼まなければ良かったと唇を噛む。
しかし、サブリナの考察は、ここで終わらない。
「炭酸水って、確か、特殊な栓が付いた瓶に入っているのよね。炭酸が抜けないように。そんな高価な容器を使っているのに、なぜ安いのかしら?そうだわ、確か、再利用してるのよね。最初は瓶込みの値段で販売して、お店に戻すとお金が返ってくる。本当に、面白いシステムだわ」
ポンと手を叩いて笑うサブリナの横で、再びクリストファーが指示を書き、部下に渡した。
『空き瓶の洗浄工場を封鎖しろ。誰一人、逃がすな』
水質ばかりにこだわっていたが、容器の内側に吹きかけておけば、販売される頃には溶け込み、人の口に入る。デラルのような男達は、料理の共にビールやワインと言った酒を選ぶが、炭酸水は、大人から子供まで普通に口にする。
しかも、値段に左右されず、高価な飲み物を口にできる貴族には、馴染みが薄い。市民に的を絞って薬を投与するには、格好の飲み物だ。
「それにしても、ギルドの受付嬢が気になるわ。本を見た瞬間、深い洗脳状態に陥るとは考えにくいもの。もっと、何処か別の場所で、繰り返し刷り込まれていたんじゃないかしら?本は、あくまでも洗脳を起動させる為のきっかけとか?」
その可能性を考えていなかったクリストファーは、サブリナの神々しい女神のような横顔を見つめ、自分の胸の当たりに手をおいた。どんな強敵を前にしても高鳴らない心臓が、ドッドッドッドッと音をたてている。
母から愛情を与えられなかったクリストファーは、愛の貰い方も与え方も知らない。
たが、サブリナの為なら、己の血肉全てを差し出してもいいと思っている。そんな狂信的な愛を一身に受けていることを当たり前のように思い始めているサブリナも、また、普通では無くなっているのかもしれない。強烈に熱のこもった視線を向けられながらも、平然と思考の海を漂っている。
「人が集まっても不自然ではなく、長時間いても不審がられない。人が集中して耳を傾け、相手のこと全て信頼してしまう……劇場?違うわね……学校?お話を聞けない子の方が多そう……あ………教会?」
全ての点が線で繋がったのか、サブリナが泣きそうな顔でクリストファーを見上げてきた。
「クリス様………空き瓶の洗浄は、孤児院の子供達の良い働き場所なのです」
懇願するように震える手を胸の前で組むのは、きっと慈悲を求めるが故。操られたとしても、罪を犯せば罰せられる。
しかし、頼る者のいない子供達が、孤児院の運営に携わる教会に、良いように利用され捨てられていくのを黙って見逃せば、今後、サブリナは、罪悪感で死んでしまうだろう。
「分かっているよ、サブリナ。子供達は、私が責任を持って保護しよう」
「ありがとうございます、クリス様!」
二人が手を取り微笑み合っている横で、クリストファーの部下達は、教会と孤児院を押さえる為に走り出していた。
最終的に、この一件は、思いもよらない形で決着を見ることになった。
首謀者は、第四王子を生んだ側妃プルメリア。元は、亡国の末姫であった彼女は、戦利品としてミリアム国の後宮へ入れられた。
彼女自身、自分の身の上を必要以上に嘆く弱い人間ではない。逆に、子を多く産み落とすことで、宮廷内での勢力を増やすことに専念していた節がある。たとえ子が王になれなくとも、上位貴族としてミリアム国の中で強い発言権を持つようになれば、誰も彼女のことを無下にできないと考えたのかもしれない。
しかし、その思惑が、突如として崩れた。そう、あの第四王子の婿入りである。東の国の王配とは名ばかり。一人、異国に渡った彼を待っていたのは、東の国の人間からの憎悪と、母国からの途切れない命令。歳の離れすぎた妻には、既に夫がおり、愛人としてそばに侍っている。しかも、二人の子供は、自分より年上だった。
聞けば哀れな話だが、プルメリアは、第四王子の敵討ちに、このような騒動を起こしたのではない。元々、それほど愛情深い人間でもないのだ。
一番の理由は、第五王子が他国への婿入りを逃れたことだ。しかも、代わりに出荷されたのは、自分の息子である第六王子。その後も、自分の勢力となるはずだった王子達が国外に追いやられる可能性が出てきた。
やられた分は、やり返さなければならない。
彼女が後宮で貫いてきた信念だ。この際、第一と第五を一度に苦境に追いやり、逆に我が子を王へと押し上げればいい。
あまりにも、浅はか。後宮という狭い世界で生きているプルメリアは、第五と侮るクリストファーの本当の恐ろしさを知らなかった。
「カイザー様を呼んで!私に、このような仕打ちをして許されると思っているのですか!」
地下牢に入れられたプルメリアは、無言で警備を続ける男を怒鳴りつけた。
しかし、これといった反応は返ってこず、相手はピクリとも動かない。悔しさに歯噛みするも、為す術もなく、泥とカビで汚れたドレスの汚れを少しでも落とそうと手で擦ったら、余計広がり無残な状態になった。
己の美しさを愛したプルメリアは、常に最上級の物を身にまとい、社交界の中心に立っていた。愛されない王妃に見せつけるように、カイザーと踊る時が最も高揚した。今日も、新しく作らせたドレスを身に纏い、パーティーの主役になる予定だった。
それが、部屋から出た瞬間、背後から手加減なく殴られた。その瞬間、意識が飛び、次に気づいたら、この牢屋に入れられていたのだ。
彼女は、まだ、知らない。己が立てた計画が露見していることも、すべての証拠が押さえられていることも。そして、カイザーからクリストファーへ、プルメリアの処遇を決める決定権が移譲されていることも。
カイザーは、プルメリアを寵愛していたわけではない。この国に残っていた彼女の子供達は、既にこの世にいない。それどころか、次の側妃の選定が、もう始まっているのだ。
「何故、私がこのようなめに……」
呆然とする彼女の耳に、
カン…カン…カン
誰かがこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
「カイザー様!」
助けが来たと思い、慌てて鉄格子を両手で掴む。
しかし、目の前に立っていたのは、熊のように大きな男だった。そんな巨体を持つ人物は、ミリアム国には一人しかいない。
「第五」
「よお、女狐」
冷ややかな視線が、プルメリアを射抜く。ガタガタと震える彼女の足元に、クリストファーが、
「土産だ」
と言って、何かを投げた。
「ひっ………」
プルメリアは、口から出そうになった悲鳴を両手で塞いだ。その丸い物体には目が2つ付いており、潰れているが、鼻と口もあった。泣きぼくろの位置が、プルメリアのよく知る人物によく似ていた。
「ソイツが、全部話したぞ」
彼は、プルメリアの従兄弟で、輿入れする際、子を為せなくなる処置まで施して、この国に付いてきてくれた腹心だ。今回の計画も、頭脳明晰な彼の立案だった。
教会には、亡国から密かに逃げ延び、神官として身を立てている者達が居た。協力を仰ぐと、今後の出世を確約することで話がついた。
プルメリアは、ただ、国庫を私的に流用し、金を工面したに過ぎない。馬鹿な人間が立てた夢物語のような計画は、淡雪のように脆く崩れる。
「もう、お前の仲間は、一人もいない」
クリストファーが抜いた剣には、血がベッタリと付いていた。消えた人間は、一人や二人ではないのだろう。刃こぼれした剣が、それを物語っていた。
「お前の国の兵士達は、敗れると分かっていながら降伏することなく、最後の一人まで戦い続けたらしいな。敵ながら、感服していたんだが……」
クリストファーは、剣を顔の前まで持ってくると、鼻で笑った。
「まさか、洗脳された戦う人形だったとは……お粗末なもんだ」
プルメリアの母国では、戦での恐怖を克服させる為、戦士に興奮剤と思考を奪う薬を投与していた。
『国のために死ね』
命令を遂行する最高の兵士達は、人工的に作られた人間兵器でしかなかった。その技術を秘匿し、己の為だけに使っていたプルメリア達元王族は、一体何人の人間を自分達の『肉の盾』にしたのだろう。
「安心しろ。お前の人を操る技術、今後は俺が、使ってやろう」
クリストファーの口角が、ニーッと上がる。
しかし、目は、全く笑っておらず、プルメリアの鼻先に剣を向けると、切っ先で柔らかな皮膚をツーーッと線を引くように切り裂いた。すると、辺りにプンと血の匂いが広がる。
一瞬何が起こったのか分からなかったプルメリアは、金縛りにあったように動けなかった。
しかし、現実を認識し始めると後ろに向かって倒れ込み、ジリジリとお尻を擦って後退りした。
「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。クリフトファー殿下!」
許しを請おうと叫んだプルメリアに、
「ははははは、敵の名前くらい、ちゃんと覚えておけ!」
クリストファーが笑いながら、剣を前に突き出した。プルメリアの右肩から噴水のように吹き上がる血が、雨のように彼女自身に降りかかる。
『私なら、死んでもこのようなことは致しません。本は、過去から未来へと知識を繋ぐ架け橋。粗末に扱う者など天罰を受けるべきです』
クリストファーの頭の中に、サブリナの声が木霊した。
『そうだよ。天罰を受けるべきだね』
胸の中で、あの時返した返事を繰り返す。
例の本を書いたのが、このプルメリアだと、床に転がる頭が白状していた。教会の説法で、懺悔室で、孤児院で、繰り返し洗脳された者達が、最終的に従うよう命令を下す為の切っ掛けは、実は、本の内容ではない。
表紙に描かれた模様に巧妙に隠された亡国の国旗。それを目にした瞬間、死を恐れぬ人間兵器にされた兵士同様、刷り込まれた命令に背けない傀儡が出来上がる。
プルメリアは、最も犯してはならぬ罪を犯した。それは、クリストファーの愛する者を侮辱したことだ。あの妖精の如き美しさと女神の如き優しさを持つサブリナを、面白おかしく本のネタにした。
サブリミ。
この名前は、ワザと一文字変えたのではない。プルメリアは、勘違いして覚えたままの名前で、好き勝手にサブリナを貶めたのだ。今回の計画に全く無関係な彼女を、聖女の当て馬としたのは、クリストファーへの当てつけだ。
わざわざサブリナに本を届けさせたのも、彼に溺愛されるサブリナに、嫌がらせをするためだ。引き籠もりの小娘になら、何をやっても反撃などされないと高を括っていたのだろう。
ただ、罪を裁かれたからと言って、クリストファーのプルメリアへの憎しみが消えることはない。癇癪で図書館を焼き払い、婚約者に粗略に扱われ、婚約破棄されるサブリミは、今後も屋敷から一歩も出ないサブリナへの市民のイメージ像として根深く残るだろう。
「楽に死ねると思うなよ」
クリストファーは、絶妙に急所を外した。止血をすれば、命に別状はないが、二度と右腕は動くまい。こうして、日々、少しずつ体が欠けていく恐怖を与えられるプルメリアの精神は、どこまで持つのであろうか。その疑問に答える者は、ここには居ない。
その不安げな姿が、自分への愛の深さの裏返しのように感じられ、クリストファーは、口元が緩むのを抑えられない。もっとよく見ようと前のめりになったその時、
カサッ
たまたま木の葉が頭に当たり音を立ててしまった。
気配に気づいたシルベスターが視線だけこちらに向ける。そして、馬の形に刈り込まれている生け垣の尻尾部分から覗くクリストファーを見つけ、そっと顔を横に振った。どうやら、今は、出てくるなと言うことのようだ。
「お嬢様。貴女を溺愛される殿下が、学園の卒業式に婚約破棄を申出されるなど、有り得ないではないですか」
「だって、そう書いてあったのですもの」
「何に書いてあったのですか?」
「予言書よ」
サブリナが隠し持っていた本を机の上に出した。
『平民の聖女が、なんやかんやで王太子妃になっちゃった、テヘッ♡』
何ともふざけた題名の本だが、今、巷で人気の少女向け娯楽本だ。その表紙に、
『予言書』
と書かれたメモが付いている。筆跡を分らないようにする為か、わざと利き腕とは違う手で書いた時のような乱れた文字だった。
この本の存在は、数日前、クリストファーの元に情報として上がってきていた。内容が内容だけに、現在禁書扱いになっており、見つけ次第警邏隊が没収する事になっている。
登場する第五王子の名は、クリフトファー。そして、婚約破棄される公爵令嬢の名前は、サブリミ。非常に酷似している。その上、婚約が結ばれた経緯や、二人の別名とされる『ミリアム王家の悪魔』、『公爵家の読書狂』といったものが全く重なる形で出てくる。
この作品が、この国の第五王子クリストファーとその婚約者サブリナをモデルにしていることは明らかだ。特に、当て馬として登場するサブリナに関しては、実在の人物とは程遠い内容であり、名誉毀損で訴えても良いレベルである。
出版社も分からない謎の書籍は、半月ほど前に噴水広場や公園の露天で格安販売された。その数が驚くほど多く、すべての回収には未だ至ってない。
こんな悪書をサブリナに手渡さぬよう、屋敷の者達も、クリストファーも最深の注意を払っていた。それなのに、今、現実に目の前に本があるのは何故なのか?
同じことを思ったのか、シルベスターは、テーブルの上に置かれた薄い本を他に取ると、
「お嬢様、この本は、何処で手に入れられたのですか?」
と問いただした。
「今朝、起きた時に、枕元に置いてあったわ」
昼夜問わず、サブリナの部屋の前には、クリストファーの息が掛かった王家暗部の精鋭が、常に二人体制で立っている。部外者が侵入したとは考えられない。となると、本を持ち込んだ犯人は、護衛が部屋への出入りを許す顔見知りの使用人だと推定される。
身分も、経歴も、何重にもチェックを入れて雇用したはずなのに、一体どこに漏れがあったのか。クリストファーの瞳が、人でも殺しかねない冷酷な光を宿す。
「そうですか、枕元に。それ以外に、何か変化はございませんでしたか?」
「それは………」
キュッと唇を噛みしめ、サブリナは、チラリと背後に立つメイド、ルシエルを見た。幼き頃からサブリナ専属として甲斐甲斐しく世話をしてくれていた彼女に向ける視線は、いつもの天真爛漫さはなく、とても悲しげで苦しそうだ。
一方のルシエルは、普段から無表情の為分かりにくいが、視線が微妙に揺らいでいるように見えた。
「お嬢様、申し訳ございませんが、少々目を閉じて頂けますか?」
「えぇ、じいやが、そう言うなら」
サブリナは、素直に目を閉じた。その瞬間、シルベスターが、
ヒュン
老体とはにわかに信じがたい早業で、ルシエルの首に手刀を打ち込み、床に倒れ込む前に抱き上げた。カカシのようにヒョロヒョロとした細身の何処に、そんな力が隠れているのか。彼は、そのまま足音もなく四阿の外に行くと、クリストファーの脇に控えていた護衛に無言で引き渡した。
「自白剤の使用を許可する。殺すな。己の罪を後悔して、床を這いずるまで追い込め」
クリストファーは、小声で護衛に指示を出すと、何食わぬ顔でシルベスターと共に四阿へ戻り、サブリナの前に立った。
「お嬢様、目を開けてくださいませ」
シルベスターの声に、サブリナの長いまつ毛に縁取られた瞼が、ゆっくりと開く。
「クリス様……」
「やぁ、サブリナ。君が欲しがっていた隣国の本が手に入ったんだ。直ぐに読ませたくて持ってきてしまったよ。迷惑だったかい?」
巨大な体を縮こまらせ、わざと捨てられた子犬のように弱気な声音で囁くと、サブリナは、弾かれたように目を見開き必死に首を横に振った。サブリナは、とても優しい。優しいゆえに、哀れなものを捨て置けない。
なので、彼女には高圧的に接するよりも、自信なさそうに微笑む方が効果的なのだ。サブリナのすべてを知り尽くす男クリストファーは、今日も狡猾であった。
「シルベスター、申し訳ないけど飲み物を用意してくれるかい?少々喉が渇いてね」
優しい王子の仮面を被ったクリストファーが、サブリナの横に近過ぎる距離で座った。通常運転なので咎めようもない。
「かしこまりました」
シルベスターは、一礼すると、ティーセットを用意するために下がった。この時点で護衛も下がり、今、この庭にはサブリナとクリストファー以外の人間は居ない。
もし、刺客が何処から襲ってこようとも、彼の剣で原型が分からぬくらい切り刻まれることだろう。
「サブリナ、こっちを見て」
泣いて赤くなった目を見られたくなくて顔を背けるサブリナを覗き込むように、クリストファーは頭を下げる。
「サブリナを泣かせた悪い本は、これかな?」
例の本をクリストファーが手に取った事に気付いたサブリナは、慌てて顔を上げ、本を取り戻そうとジタバタし始めた。
しかし、クリストファーは、右腕でヒョイとサブリナを抱えると自分の膝の上にフワリと下ろした。これも通常運転なため、サブリナは、驚くことなく愛しい人の腕の中に収まった。
「まったく、ふざけた名前の本だね」
「最近、庶民の娯楽本は、このような題名のものが多いのです。本を買うにはお金がかかるので、予め内容が分かりやすいものが好まれるようです」
「私には、全く内容が推察出来ないけどね」
クリストファーのホトホト呆れたと言いたげなため息に、ほんの少しサブリナの口元が綻んだ。
「サブリナ、間違い探しをしようか」
「間違い探しでございますか?」
「あぁ、この本の中に書かれていることと、本当の私達とを照らし合わせれば、嘘しか書かれていないと分かるだろ?」
クリストファーは、太い指で器用にページをめくった。
「先ずは、登場人物の名前からいこうか。サブリナ、私に教えてくれるかい?」
「クリフトファー殿下とサブリミですわ」
「ほら、名前が違う」
「そうですけれども」
不満げに頬を膨らますサブリナが可愛過ぎて、クリストファーは、思わず頬にキスをした。
「クリス様!」
「ごめん、ごめん。それで、このクリフトファー殿下とやらの性格は?」
「残虐にして、苛烈。戦闘を好み負け知らず。しかし、ヒロインによって、優しさを取り戻します。サブリミには……笑顔すら見せません……」
読んだ時の悲しさを思い出したのか、サブリナの眉が情けなく下がる。クリストファーは、落ち着けるよう、トントンと背中を軽く叩いてあげた。
「ほーら、全然違うじゃないか。私は、サブリナ(だけ)に微笑むだろ?戦闘も好きじゃないよ(負けたことはないけど)。苛烈なんて言葉、私に似合うと思う?」
サブリナの前では、苛つくことも烈しい怒りに見舞われることもない。常にそよ風のような柔らかさで接している。
それ故に、彼女は、知らない。騎士団から悪魔と呼ばれるクリストファーの、残虐と言う言葉すら生易しい無慈悲な一面を。
「その次は、えーっと、サブリミ?の性格は、サブリナと同じなのかな?」
「いえ、全く違います。本好きな描写をしているくせに、癇癪を起こして図書館に火を付けるシーンがありました。私なら、死んでもこのようなことは致しません。本は、過去から未来へと知識を繋ぐ架け橋。粗末に扱う者など天罰を受けるべきです」
「そうだよ。天罰を受けるべきだね」
フンスと鼻息荒く怒るサブリナの頭を撫でながら、クリストファーは、この本の作者に最も残虐な天罰を与えてやろうと心に決めた。
「ほら、ほんの少し考えただけで、私達とは全然違う人達の話だって分かるだろ?」
クリストファーの巧みな誘導で、サブリナの表情も少しずつ和らいでいく。
「それなのに、何故か愛しのサブリナは、婚約破棄の練習をシルベスターと繰り返している。私がどれほどショックを受けたか、分かるかい?」
「申し訳ございません。ただ、私は、自分が身を引くことでクリス様が幸せになれるならと思ったのです。でも、突然言われたらショックで心臓が止まってしまうかもしれません。なので、シルベスターと予行演習をして耐性をつけようと思ったのです」
「うん、努力の方向性が驚くほど間違っているね」
「そうなのでしょうか?」
「サブリナ、これからは、努力する前に私に一声掛けよう」
「はい。分かりましたわ、クリス様」
サブリナが、クリストファーが突き出した右小指を小さな手で包み込んだ。これは、約束を誓う時の二人の儀式。小指と小指を絡ませるには、大きさ、太さが違い過ぎることから編み出されたスタイルだ。
『婚約破棄ごっこ』に一応の決着がついたのを見計らい、シルベスターがワゴンを押して戻ってきた。お茶だけではなく、サブリナの大好きな甘味も載せて。
「まぁ、こんなに沢山?」
色とりどりのケーキや様々なフレーバーの焼き菓子、ドライフルーツに異国の砂糖菓子。一つ一つは小さめだが、趣向を凝らした甘い物を前に、サブリナは、すっかり気持ちを持っていかれる。
「じゃあ、私も、一つ頂こうかな」
「えぇ、是非」
「サブリナのおすすめは?」
「迷ってしまいますわ。あぁ、このチョコにナッツを加えたクッキーは、甘さ控えめですが香ばしさと歯ごたえの良さが秀逸ですの。甘い物が得意でない殿方にも、丁度良い茶請けとなりますわ」
嬉々として甘味を食すサブリナを見て、クリストファーもシルベスターも、ほっと胸を撫で下ろす。
サブリナは、完全記憶を持つが故に、辛い出来事が起こると長く心を煩わす。あくまでも、今回の件は、架空の物語であり、サブリナには関係のないことだと言い含めなくてはならない。
「あの、クリス様」
「なんだい、サブリナ」
「さっきの本のお話、よくよく考えれば、辻褄の合わないことばかりでしたわ」
「どんなところが?」
「ヒロインは、第五王子のクリフトファー殿下と結ばれて王太子妃になられるのです。でも、王太子妃になるには、王位継承第一位の第一王子と結ばれなければなりません。我が国なら、アレクサンダー様ですわ」
「そうだね。第五王子が王太子になるのは、(兄弟全員を抹殺しないと)確率的に極めて低いと言えるね。もしかして、サブリナは、王太子妃になりたかったのかい?」
「いいえ」
「本当に?」
「はい」
「今からでも(サクッと兄弟全員を始末したら)間に合うかもしれないよ?」
「いいえ、私は、クリス様と二人でカンタンテ公爵家を盛り立てていく所存です!」
「ふふふ、私は、サブリナが望むなら、何でも実現してあげるからね」
「はい」
微笑み合う二人。クリストファーの「何でも」の意味を、サブリナが正確に理解することは一生ないだろう。
「あと、もう一つ」
「なんだい?」
「聖女が王都で大流行した疫病を、神聖魔法で治癒させたのですが」
「魔法なんて、(子供だましの)御伽噺のよう(で、胸糞悪い話)だね」
「いえ、そうではなく、本に登場する疫病が、34年前に東の国で流行したものと酷似しておりました。彼の国では、既に、特効薬が開発されております。四年前、第四王子殿下の婚姻では、結納品として我が国にも献上されたはず」
何度もいうが、サブリナは、今まで得た記憶を全て維持している。クリストファーが戯れに見せた献上品目録(閲覧禁止書類)も、隅から隅まで頭に入っているのだ。
「同じ病気なら、薬を配ったほうが早く沢山治るのではないかと思いまして」
「それでは、聖女の見せ場はなくなるね」
天才なのか天然なのか。珍しくまともなクリストファーの指摘にも、首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「お薬は、必要ありませんか?」
「そうじゃなくて、これは、作り物のお話だから」
「しかし、『予言書』などと書かれては、やはり気になります。もしもに備えておくことは、決して無駄にはならないかと」
サブリナは、常に『自分ならどうするか』を念頭に置き本を読む。その視点から、一人でも多くの人を助けるにはどうすれば良いか、真剣に考えているのだろう。サブリナの心根の優しさに、
「分かったよ、今後の流行も視野に入れて薬の国内生産が出来ないか、お義父様に伝えておくよ」
と答えた。
それを聞いて、やっと納得出来たのか、サブリナは、目の前に置かれたクッキーを手に取り口に運んだ。
しかし、モグモグと噛むスピードが、どんどん落ちて、気付けば空中をボンヤリ眺めていた。
「それにしても、この物語を書いた方は、どうして第五王子のクリフトファー殿下を王にしたかったのかしら?兄弟が仲違いする原因にしかならないのに…」
気になることがあると、そればかり気になってしまうサブリナは、頬に手を添え考え込む。本の中では、ただ、第五王子が王太子になったと締めくくられているだけで、その経緯は有耶無耶にされている。
「それに、弟が兄に取って代わるには、相応の実績が必要よ。あ、だから、わざと疫病を流行らせたのかしら?そうなると、聖女と言う存在自体、怪しい。人民を掌握するために、民を救ったように見せかけて、特効薬を配っただけなのかも」
あくまでも『予言書かもしれない』という立ち位置から思考をめぐらし始めたサブリナは、ブツブツと独り言を始めた。
すると、その横に立つシルベスターが、ポケットから出したペンとメモ帳にサブリナの言葉を一言一句書き記し始めた。その筆さばきは、目にも留まらぬ早業で、流れるように文字が紙に記されていく。
カンタンテ公爵家では、サブリナの独り言は、「神の啓示」と呼ばれるようになっていた。その膨大な知識量と解析を可能とする思考能力の高さで、この四年間に何度も領内の災害を未然に防いできたのだ。今や、どのような些細なことも、聞き逃さずに記録することが、シルベスターの最も重要な仕事になっている。
「あの疫病を人工的に発生させるには、やはり、患者を国内に引き入れるのが効率的。飛沫感染、接触感染、どちらも考慮に入れて、あれほど劇的な感染拡大を起こすには、どうしたら良いのかしら?より狭い空間と不衛生な場所で、感染者を確実に量産し、一気に市街へとばら撒く…」
頬をムニムニと摘みながら、サブリナは、該当するエリアを頭に浮かべる。
「火種となる患者を国内に入れないように出来れば良いけど、まだ発病していない保菌者の存在を考えると不可能ね。発病者が見つかったら、速やかに隔離することが最も重要な事だけど、永続的な改善策としては、貧民街の衛生面改善と生活水準向上ね。何か、大量雇用出来る公共事業があれば良いけど……」
サブリナの思考が、どんどん違う方へ進みだしたのを見計らい、
「サブリナ。私の相手もしてくれないと」
クリストファーは、わざとらしく拗ねてみせた。
「あ!クリス様、申し訳ありません。一人物思いにふけってしまいました」
「そんなサブリナも可愛いから良いのだけど、紅茶が冷えてしまう。先ずは、お茶会をしよう」
「えぇ!楽しいお茶会を致しましょう」
サブリナは、その特殊性から、社交を禁じられている。一度覚えると忘れられないと言うことは、悪口や嫌がらせも忘れられないと言うことだ。
だから、サブリナは、物語に出てくるお茶会に憧れがあり、とても楽しみにしている。たとえ、参加者が婚約者と老執事だけであろうとも。
「あ……でも……ルシエルが……」
普段なら古参メイドのルシエルも、その輪に加わるため、空いたスペースにサブリナの目が泳ぐ。黙り込んでしまったサブリナを、クリストファーは、太く逞しい腕で、そーっと抱きしめた。
「あの(恩を仇で返す下等)メイドに、何か言われたんだね」
「………」
「言わなくて良いよ(思い出して辛くなるから)。大丈夫。私が一生(囲い込んで)君を守るからね」
涙目のサブリナは、ヤンデレ気質のクリストファーが内心抱いている邪な欲望など気づかずに、心配かけまいと健気に微笑んだ。
「はい、それからの記憶は、全くございません」
捕縛されてから丸二日経ち、ルシエルは、尋問室で、止まることのない涙を流していた。全ての始まりは、実家である子爵家から、母の危篤を知らされたことだった。慌てて帰ると、母は、ピンピンしており、拍子抜けはしたが、素直に家族の無事を喜び晩餐を共にした。
そこから、プツリと意識が途絶えている。そして、先程目を覚ますと、全身に打撲痕が残っており、奥歯も欠けていた。
しかし、その痛みが、意識を覚醒させてゆき、自分の失態に絶望した。
カンタンテ公爵家では、屋敷外で飲食することを禁じている。それは、毒や薬が混入される恐れがあるからだ。自分の身に危険が及ぶだけなら良い。
だが、それが原因でサブリナに危険が及べば、カンタンテ公爵だけでなく、クリストファー第五王子の逆鱗に触れることになる。
「私は、なんてことを……」
先の戦争で夫を無くしたルシエルは、子をなさぬまま実家へと送り返された。婚期も逃し、再婚もできぬ彼女をサブリナの側仕えとして雇い入れてくれたのは、遠縁であった今は亡きカンタンテ公爵夫人だった。
ルシエルは、その恩を返すべく、身を粉にして働いた。漆黒の闇と評された美しい黒髪を一纏めの硬いお団子にし、動きやすさ重視で、黒のメイド服を着る。匂いを嫌うサブリナの為に化粧も一切せず、女性としての見た目は、全て捨てた。
病弱で、産後の肥立ちが悪い公爵夫人に代わり、赤子のサブリナをあやした。そして、可愛いサブリナは、ルシエルにとって、何者にも代えがたい存在になった。傷つける者は、刺し違えてでも成敗すると息巻いていたのに、その自分が、まさかサブリナ本人を傷つける存在になるとは。
「君は、かなり強い暗示にかけられていた。『クリフトファー殿下は、聖女と結ばれるべきだ』。自白剤による尋問に、何度も、そう答えている」
「クリフ……?」
「あぁ、君は、何度も、クリフトファー殿下と叫んでいた」
尋問官の言葉に、益々混乱してきたルシエルは、頭を抱えガンガンと机に打ち付けた。目は焦点を無くし、どこを見ているのか分からない。
「やはり、夕食には、睡眠薬だけじゃなく、精神を操り易くする何らかの薬が混ぜられていたようね」
「あの不安定さを見るに、可能性はあるな」
「血液検査は?」
「今、急がせている」
横で会話の一部始終を聞いていた白衣姿の面々は、手元に集まった大量の情報を精査するのに忙しい。何故なら、子爵家の者達が、同様に厳しい尋問を受け、その報告が続々と上がってきているからだ。その内容は、一様に、
意識を失う直前、何かを口にしている
血液検査で、複数の違法薬物を検出
自白剤使用時には、『クリフトファー殿下と聖女が結ばれる』と妄言を吐き続ける
時間経過により自我を取り戻すものの、錯乱状態が続く
というものだった。
サブリナがあんな怪しげな本を信じ込んだのは、ルシエルに
『本当に、この本の通りになるの?』
と聞いた際、深く頷かれたことに起因している。生まれた時から世話をしてくれたルシエルに対し、深い信頼を置いている故の悲劇である。
サブリナとクリストファー(オマケで老執事)のお茶会の最中に、子爵家の当主家族から小間使いに至るまで、ルシエルの関係者は全員が捕縛されている。屋敷内から忽然と住人が姿を消しても、それを警邏隊に知らせる者がいなければ、しばらく気づかれることはない。
それに、自白剤の使用過多でもし命を落としたとしても、その亡骸は、闇に葬られるのだ。
「それにしても、あの悪魔は、手加減をしらない」
「しっ!不用意な言葉は、命を縮めるわよ」
捕縛者達への激しい尋問は、全てクリストファーの指示であることを皆知っている。カンタンテ公爵家の者達も、サブリナを守る為なら、どんな手段でも取る覚悟がある。
だが、クリストファーのやり方は、常軌を逸していた。正直、サブリナ以外は、人間とすら思っていない。
故に、サブリナの命が何者かに奪われでもしたら、クリストファーは、犯人を探し出すなどといった面倒な手順など踏まない。
自分以外の人間が誰一人いなくなるまで手当り次第に抹殺し、その後サブリナの後を追うだろう。
「兎に角、この世の為にも、カンタンテ公爵令嬢には、心穏やかにいて頂かないと」
「そうだな」
サブリナを守る為だけに集められたクリストファー直属の部下達は、主の恐ろしさを一番よく知っていた。
「水質検査には、何も引っかからないだと?」
上がってきた報告に、クリストファーは、目を細める。それだけで、普通の人間なら卒倒するが、
「しかたねーだろ。出ねぇもんは、出ねぇ。街中の井戸を手下使って調べたんだ。嘘は、言ってねーよ」
砕けた口調で答える男は、ソファーの背もたれに深く沈み、両足を目の前のローテーブルに乗せている。血を彷彿とさせる赤髪。猛獣のような険しい人相。ひと目見て、ただならぬ空気を醸し出している。
彼の名は、デラル。クリスの訓練相手として冒険者ギルドから派遣された強者の一人だ。年齢は、三十代。クリスに負けず劣らずの巨体で、ソファーは、その重みにミシミシと音を立てている。
「でも、なんで、急に、水質検査とか言い出したんだよ」
「お前には、関係ない」
「はぁ?それが、年上に使う言葉遣いかよ」
「それを言うなら、俺は、王子だ。頭が高い」
互いに、遠慮のない二人の掛け合いに、周りに控える護衛達は生きた心地がしない。
しかし、唯一戦闘訓練で歯ごたえのある相手だったデラルを、クリストファーは、珍しく気に入っていた。雑な物言いも咎めることはなく、したいようにさせている。
ルシエル達の状況から、クリストファーは、ある予想を立てていた。
皆が広く口にする水を介し、思考力を低下させる薬を徐々に摂取させ、例の本を通じて暗示状態に陥れる。そうでなければ、あのようなつまらない本が、あそこまで爆殺的に人気になるわけがない。
では、何故、金と手間を掛けてまで、そのような事をしたのか?
それは、クリストファーを陥れるためだ。それを裏付けるように、今、宮廷内では、あの本の著者がクリストファーではないかと噂され始めている。
世論を操作し、第五王子こそが王太子に相応しいという流れを作ろうとしているのだと。馬鹿馬鹿しくて、笑い飛ばしたい所だが、消えることなく燻り続ける噂に、悪意を感じる。
真犯人は、余程、アレクサンダーとクリストファーを仲違いさせたいらしい。現に、王太子派の貴族達からクリストファーへの尋問を求める声も上がってきていた。
クリストファーとしては、身の潔白を晴らし、サブリナを傷つけた犯人を血祭りに上げたい。
しかし、肝心の薬が井戸から検出されないのでは、仮定の立証は難しい。
考え込むクリストファーに、デラルが、
「でも、確かに、最近、町中変な雰囲気だとは思っていた」
と声をかけた。
「どんな風に?」
「なんだっけ。ほら、あの変な本が出回ってんだろ。お前をモデルにしてるとか言う。ふざけんなよな。お前があんな生易しい男かよ」
「お前の感想など、どうでも良い」
「まぁ、そう言うなよ」
デラルは、机から足を降ろすと、今度は膝に手を置き、前のめりになって、対面に座るクリストファーに顔を近づけた。
「仕事中に例の本を読んでたギルドの受付嬢に、『コイツは、人殺しを何とも思わないバーサーカーだぞ』って教えてやったら、『クリフトファー殿下は、そんな人ではありません!!』って激怒しやがってな。普段大人しい性格なだけに、違和感しかねぇ」
「で?」
「本を読んだ直後から、突然性格が変わるって、おかしくないか?」
「直後?」
「あぁ、直後だ。別の受付嬢から例の本を受け取るまでは、いつも通りだった。それが、本を読み出して暫くすると、ボーーッとした表情になってな。ありゃ、なんか、ヤベーヤツだ」
語彙力は欠如しているが、デラルの観察眼は確かだ。
「よくよく町中見てみたら、視点の合ってねぇ奴が、ゴロゴロしてる。一応、本の方は、手の回る範囲で回収しておいた。これは、受付嬢が、持っていた分だ」
デラルは、無造作に薄い本を一冊床に投げ捨てた。
「中身は、見たのか?」
「まぁな。内容的に虫唾は走るが、変わったところはなかった。ただ、平民が手にするには、装丁が凝り過ぎだ。こんなもん、安価で売ったら赤字になるだけで、利益なんて生みださねぇよ」
確かに、表紙には、美しい絵が施され、紙も上質。わら半紙に一色刷りが一般的な平民仕様の本とは、一線を画している。
「お前ともあろうもんが、後手に回ってんのか?」
「こちらの予想の100倍以上の本を売りさばいていた。ゴミムシの癖に、巧妙な手口だ」
「待て待て。あの本を捨て値でそんだけ売れば、大赤字で倒産するだろう」
下手をしたら、小国の国家予算など消し飛ぶ。
「相手は、最初から儲ける気なんてない。これは、我が国を混乱に陥れるための、巧妙に仕掛けられた罠の一部だ。」
クリストファーは、予想以上の大物が隠れていることに気づき、眉間にシワを寄せた。
人知れず、これだけの本を用意し、流通させるのは、国外の人間にはむずかしい。しかも、クリストファーが今までに起こした騒動について、詳しすぎるのだ。まるで側で見ていたかのような描写に、虫唾が走った。
「うわぁー、お前、マジで恐ろしい顔してるぞ。婚約者ちゃんの前では止めておけ」
「煩い。帰れ」
「なんだよ、折角協力してやってんのに」
「金は、払っている」
「はいはい、坊やに殺される前に帰るとしましょーか」
デラルは、金貨が入った袋を片手に持つと、巨体を揺らしながら出ていった。
その後ろ姿を眺めながら、クリストファーが、
「今すぐ、ギルドの受付の血液を調べろ」
と指示を出した。この命令が、正当な協力を仰いでの検査を意味しているわけではない事を、部下達は十分に知っている。人知れず攫い、血を抜き、調べる。その後、受付嬢がどうなろうとも、クリストファーが気にすることなどないのだ。
「かしこまりました」
部下の一人が頭を下げ、駆け足で部屋を出ていった。その一時間後、受付嬢の血液から、複数の薬物が検出されたと報告が上がってきた。
「ごめんね、サブリナ。君を煩わせることだけは、避けたかったんだけど」
「そんなこと、おっしゃらないで下さい。私とクリス様は、二人で一人なのですから」
膝の上に乗せた婚約者の愛らしさに、つい、いつもの溺愛モードへと突入してしまいそうになる自分をクリストファーは、必死に抑える。今は、それよりも先に、解決しなければならないことだらけなのだ。
目の前のテーブルには、この数日での騒動を出来るだけ簡潔に感情を入れない箇条書きで記載した報告書がのっていた。かなりの枚数だが、サブリナは、すでに隅から隅まで読み込んでいる。一切証言者の名前は載っていないが、無論、ルシエルの供述書も入っていた。生まれてから十二年。ずっと傍で支えてきてくれた侍女へのサブリナの愛情は、家族と同じくらい深いものなのだ。
「クリス様。私、敵を討ってあげたいのです」
「あのメイドの?」
「えぇ。卑怯な手で陥れられ、幸せだった人生を壊されたルシエルの為にも、敵は討たねばなりません!」
ルシエルは、日に日に薬が抜けていき、そして、日に日に衰弱していった。それは、正気を取り戻す程に、犯した罪の重さに耐えられなくなってきているからだ。再び薬を盛られることを恐れ、食事を摂ることを拒否し、神にサブリナの幸せだけを祈る。
己が救われることなど露一つ考えない真摯な姿に、流石のクリストファーも多少の哀れさを感じている。
「では、暫し、お待ちくださいませ」
サブリナは、クリストファーの膝の上から降りると、集中するため、目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
クリストファーがサブリナに依頼したのは、市民が無意識に投与されていると思われる薬の摂取経路。井戸以外にも、様々な水場を虱潰しに調査したが、全く手掛かりが見つからない。
そうこうしているうちに、本に登場した疫病に似た症状の患者が、貧民街で見つかった。
サブリナのお陰で対策を施していた為、直ぐに隔離され、王家に結納品として献上されていた特効薬を投与すると、直ぐに改善が見られた。疫病の正体がわかれば、後は、感染拡大を抑えつつ、患者数を減らせば未曾有の疫病大流行は抑えられる。
しかし、安堵したのも束の間。町中に、ある噂が流れ出したのだ。
『聖女が、疫病を治してくれた』
確認できた患者数は、まだ、十人にも満たない。それなのに、噂だけがどんどん広がり、教会に感謝の祈祷をする人の列が並びだす。そして、助けてくれなかった王家への不満を口にしだすのだ。
戦争と侵略ばかりに注力し、国民を顧みない王、カイザー。聖女と共に自分達を助けてくれたクリフトファー殿下こそ、王に相応しい。
自国の王子の名前すら、ちゃんと覚えていない民衆は、創作された本の内容と現実の区別すらつかなくなっている。まだ、王都の人口の数パーセントにしか満たない動きだが、今止めないと、大きな渦となって世論を動かしてしまうだろう。
「では、始めます」
心の準備を整えたサブリナが、クリストファーに声をかけた。側に控えていたシルベスターも、彼女の言葉を逃すまいと耳をそばだて、ペンを持つ手に力を込める。
「ふぅ…………。まず、人を操る手順としては、意識を混濁させる薬を何かしらの手段を用い摂取させた後、例の本を読ませることで洗脳状態に陥れているの?でも、井戸には、何も入れられていない。そして、同じように街に住んでいても、クリス殿下のお友達のように洗脳されていない人もいる」
クリストファーは、内心、『デラルは、お友達じゃない』と訴えたかったが、思考を邪魔せぬよう言葉を飲み込んだ。
「生活用水に混ぜられていないとなると、小売されている飲み物か食材。でも、あまり高価なものは頻繁に買えないし、摂取頻度が多くないと効果も出ない。特に野菜などは、水洗いの際、薬も流れ落ちてしまうわ。加熱調理による熱変化も考慮に入れると、主食のパン類に出来上がった後で塗り付ける方が確実に人の口に入れられる?でも、味の変化に気づかないでいられるかしら?庶民の口に入るのは、複雑な味付けのされていない素朴なパンのはず………。なら、新しく出来た店で、見たこともない味付けパンが安く売られてたらどうかしら?皆、一度は、買ってしまうかも」
ここまで聞いて、クリストファーは、紙に指示を書き、部下に渡した。
『最近出来たパン屋で、不自然に安く販売する人気店がないか探せ。あった場合、有無を言わさず取り押さえろ』
可能性は低くとも、全てを潰す。クリストファーは、その点、人並みの躊躇や罪悪感を持ち合わせていない。
「でも、パンだけじゃ、それほど多くの薬は摂取させられないわ。やはり、飲み物に入れるのが簡単。味の変化に、気づきにくいもの。でも、安くないと何度も口にしないわ。水……水……炭酸水?あ!!あの本にも出てきたわ。確か、セリフは……『これを飲むと、口がサッパリするのよ』。少量で満足感を得るために調味料を多めに入れた具材をパンに挟んでいた。それを食べて驚いた王子様に炭酸水の瓶を手渡してあげるの。濃い味付けに刺激のある飲み物。薬を混入するには、理にかなった組み合わせかもしれない」
サブリナの考察を聞き、クリストファーは、内心、落胆していた。既に、炭酸水の湧き出る水源も、調査済みだ。結果は、白。サブリナが辛い思いをしてまで分析を試みてくれているのに、成果を得られないのなら、初めから頼まなければ良かったと唇を噛む。
しかし、サブリナの考察は、ここで終わらない。
「炭酸水って、確か、特殊な栓が付いた瓶に入っているのよね。炭酸が抜けないように。そんな高価な容器を使っているのに、なぜ安いのかしら?そうだわ、確か、再利用してるのよね。最初は瓶込みの値段で販売して、お店に戻すとお金が返ってくる。本当に、面白いシステムだわ」
ポンと手を叩いて笑うサブリナの横で、再びクリストファーが指示を書き、部下に渡した。
『空き瓶の洗浄工場を封鎖しろ。誰一人、逃がすな』
水質ばかりにこだわっていたが、容器の内側に吹きかけておけば、販売される頃には溶け込み、人の口に入る。デラルのような男達は、料理の共にビールやワインと言った酒を選ぶが、炭酸水は、大人から子供まで普通に口にする。
しかも、値段に左右されず、高価な飲み物を口にできる貴族には、馴染みが薄い。市民に的を絞って薬を投与するには、格好の飲み物だ。
「それにしても、ギルドの受付嬢が気になるわ。本を見た瞬間、深い洗脳状態に陥るとは考えにくいもの。もっと、何処か別の場所で、繰り返し刷り込まれていたんじゃないかしら?本は、あくまでも洗脳を起動させる為のきっかけとか?」
その可能性を考えていなかったクリストファーは、サブリナの神々しい女神のような横顔を見つめ、自分の胸の当たりに手をおいた。どんな強敵を前にしても高鳴らない心臓が、ドッドッドッドッと音をたてている。
母から愛情を与えられなかったクリストファーは、愛の貰い方も与え方も知らない。
たが、サブリナの為なら、己の血肉全てを差し出してもいいと思っている。そんな狂信的な愛を一身に受けていることを当たり前のように思い始めているサブリナも、また、普通では無くなっているのかもしれない。強烈に熱のこもった視線を向けられながらも、平然と思考の海を漂っている。
「人が集まっても不自然ではなく、長時間いても不審がられない。人が集中して耳を傾け、相手のこと全て信頼してしまう……劇場?違うわね……学校?お話を聞けない子の方が多そう……あ………教会?」
全ての点が線で繋がったのか、サブリナが泣きそうな顔でクリストファーを見上げてきた。
「クリス様………空き瓶の洗浄は、孤児院の子供達の良い働き場所なのです」
懇願するように震える手を胸の前で組むのは、きっと慈悲を求めるが故。操られたとしても、罪を犯せば罰せられる。
しかし、頼る者のいない子供達が、孤児院の運営に携わる教会に、良いように利用され捨てられていくのを黙って見逃せば、今後、サブリナは、罪悪感で死んでしまうだろう。
「分かっているよ、サブリナ。子供達は、私が責任を持って保護しよう」
「ありがとうございます、クリス様!」
二人が手を取り微笑み合っている横で、クリストファーの部下達は、教会と孤児院を押さえる為に走り出していた。
最終的に、この一件は、思いもよらない形で決着を見ることになった。
首謀者は、第四王子を生んだ側妃プルメリア。元は、亡国の末姫であった彼女は、戦利品としてミリアム国の後宮へ入れられた。
彼女自身、自分の身の上を必要以上に嘆く弱い人間ではない。逆に、子を多く産み落とすことで、宮廷内での勢力を増やすことに専念していた節がある。たとえ子が王になれなくとも、上位貴族としてミリアム国の中で強い発言権を持つようになれば、誰も彼女のことを無下にできないと考えたのかもしれない。
しかし、その思惑が、突如として崩れた。そう、あの第四王子の婿入りである。東の国の王配とは名ばかり。一人、異国に渡った彼を待っていたのは、東の国の人間からの憎悪と、母国からの途切れない命令。歳の離れすぎた妻には、既に夫がおり、愛人としてそばに侍っている。しかも、二人の子供は、自分より年上だった。
聞けば哀れな話だが、プルメリアは、第四王子の敵討ちに、このような騒動を起こしたのではない。元々、それほど愛情深い人間でもないのだ。
一番の理由は、第五王子が他国への婿入りを逃れたことだ。しかも、代わりに出荷されたのは、自分の息子である第六王子。その後も、自分の勢力となるはずだった王子達が国外に追いやられる可能性が出てきた。
やられた分は、やり返さなければならない。
彼女が後宮で貫いてきた信念だ。この際、第一と第五を一度に苦境に追いやり、逆に我が子を王へと押し上げればいい。
あまりにも、浅はか。後宮という狭い世界で生きているプルメリアは、第五と侮るクリストファーの本当の恐ろしさを知らなかった。
「カイザー様を呼んで!私に、このような仕打ちをして許されると思っているのですか!」
地下牢に入れられたプルメリアは、無言で警備を続ける男を怒鳴りつけた。
しかし、これといった反応は返ってこず、相手はピクリとも動かない。悔しさに歯噛みするも、為す術もなく、泥とカビで汚れたドレスの汚れを少しでも落とそうと手で擦ったら、余計広がり無残な状態になった。
己の美しさを愛したプルメリアは、常に最上級の物を身にまとい、社交界の中心に立っていた。愛されない王妃に見せつけるように、カイザーと踊る時が最も高揚した。今日も、新しく作らせたドレスを身に纏い、パーティーの主役になる予定だった。
それが、部屋から出た瞬間、背後から手加減なく殴られた。その瞬間、意識が飛び、次に気づいたら、この牢屋に入れられていたのだ。
彼女は、まだ、知らない。己が立てた計画が露見していることも、すべての証拠が押さえられていることも。そして、カイザーからクリストファーへ、プルメリアの処遇を決める決定権が移譲されていることも。
カイザーは、プルメリアを寵愛していたわけではない。この国に残っていた彼女の子供達は、既にこの世にいない。それどころか、次の側妃の選定が、もう始まっているのだ。
「何故、私がこのようなめに……」
呆然とする彼女の耳に、
カン…カン…カン
誰かがこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
「カイザー様!」
助けが来たと思い、慌てて鉄格子を両手で掴む。
しかし、目の前に立っていたのは、熊のように大きな男だった。そんな巨体を持つ人物は、ミリアム国には一人しかいない。
「第五」
「よお、女狐」
冷ややかな視線が、プルメリアを射抜く。ガタガタと震える彼女の足元に、クリストファーが、
「土産だ」
と言って、何かを投げた。
「ひっ………」
プルメリアは、口から出そうになった悲鳴を両手で塞いだ。その丸い物体には目が2つ付いており、潰れているが、鼻と口もあった。泣きぼくろの位置が、プルメリアのよく知る人物によく似ていた。
「ソイツが、全部話したぞ」
彼は、プルメリアの従兄弟で、輿入れする際、子を為せなくなる処置まで施して、この国に付いてきてくれた腹心だ。今回の計画も、頭脳明晰な彼の立案だった。
教会には、亡国から密かに逃げ延び、神官として身を立てている者達が居た。協力を仰ぐと、今後の出世を確約することで話がついた。
プルメリアは、ただ、国庫を私的に流用し、金を工面したに過ぎない。馬鹿な人間が立てた夢物語のような計画は、淡雪のように脆く崩れる。
「もう、お前の仲間は、一人もいない」
クリストファーが抜いた剣には、血がベッタリと付いていた。消えた人間は、一人や二人ではないのだろう。刃こぼれした剣が、それを物語っていた。
「お前の国の兵士達は、敗れると分かっていながら降伏することなく、最後の一人まで戦い続けたらしいな。敵ながら、感服していたんだが……」
クリストファーは、剣を顔の前まで持ってくると、鼻で笑った。
「まさか、洗脳された戦う人形だったとは……お粗末なもんだ」
プルメリアの母国では、戦での恐怖を克服させる為、戦士に興奮剤と思考を奪う薬を投与していた。
『国のために死ね』
命令を遂行する最高の兵士達は、人工的に作られた人間兵器でしかなかった。その技術を秘匿し、己の為だけに使っていたプルメリア達元王族は、一体何人の人間を自分達の『肉の盾』にしたのだろう。
「安心しろ。お前の人を操る技術、今後は俺が、使ってやろう」
クリストファーの口角が、ニーッと上がる。
しかし、目は、全く笑っておらず、プルメリアの鼻先に剣を向けると、切っ先で柔らかな皮膚をツーーッと線を引くように切り裂いた。すると、辺りにプンと血の匂いが広がる。
一瞬何が起こったのか分からなかったプルメリアは、金縛りにあったように動けなかった。
しかし、現実を認識し始めると後ろに向かって倒れ込み、ジリジリとお尻を擦って後退りした。
「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。クリフトファー殿下!」
許しを請おうと叫んだプルメリアに、
「ははははは、敵の名前くらい、ちゃんと覚えておけ!」
クリストファーが笑いながら、剣を前に突き出した。プルメリアの右肩から噴水のように吹き上がる血が、雨のように彼女自身に降りかかる。
『私なら、死んでもこのようなことは致しません。本は、過去から未来へと知識を繋ぐ架け橋。粗末に扱う者など天罰を受けるべきです』
クリストファーの頭の中に、サブリナの声が木霊した。
『そうだよ。天罰を受けるべきだね』
胸の中で、あの時返した返事を繰り返す。
例の本を書いたのが、このプルメリアだと、床に転がる頭が白状していた。教会の説法で、懺悔室で、孤児院で、繰り返し洗脳された者達が、最終的に従うよう命令を下す為の切っ掛けは、実は、本の内容ではない。
表紙に描かれた模様に巧妙に隠された亡国の国旗。それを目にした瞬間、死を恐れぬ人間兵器にされた兵士同様、刷り込まれた命令に背けない傀儡が出来上がる。
プルメリアは、最も犯してはならぬ罪を犯した。それは、クリストファーの愛する者を侮辱したことだ。あの妖精の如き美しさと女神の如き優しさを持つサブリナを、面白おかしく本のネタにした。
サブリミ。
この名前は、ワザと一文字変えたのではない。プルメリアは、勘違いして覚えたままの名前で、好き勝手にサブリナを貶めたのだ。今回の計画に全く無関係な彼女を、聖女の当て馬としたのは、クリストファーへの当てつけだ。
わざわざサブリナに本を届けさせたのも、彼に溺愛されるサブリナに、嫌がらせをするためだ。引き籠もりの小娘になら、何をやっても反撃などされないと高を括っていたのだろう。
ただ、罪を裁かれたからと言って、クリストファーのプルメリアへの憎しみが消えることはない。癇癪で図書館を焼き払い、婚約者に粗略に扱われ、婚約破棄されるサブリミは、今後も屋敷から一歩も出ないサブリナへの市民のイメージ像として根深く残るだろう。
「楽に死ねると思うなよ」
クリストファーは、絶妙に急所を外した。止血をすれば、命に別状はないが、二度と右腕は動くまい。こうして、日々、少しずつ体が欠けていく恐怖を与えられるプルメリアの精神は、どこまで持つのであろうか。その疑問に答える者は、ここには居ない。
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バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
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