【完結】囲われサブリナは、今日も幸せ

ジュレヌク

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老執事シルベスターは、今日も微笑む 中編

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『上手くいけば、金になる!』

 心が浮きたち、羽が生えたように軽やかに走った。街の真ん中にある噴水まで来ると、

「さぁさぁ、ご覧じろ!」

シルベスターは、両手を広げて朗読会を始めた。絵本の内容を手振り身振りで役者のように演じ、人集りが出来たところで、

「この続きは、この本の中だよ!さぁ、幾らで買う?銅貨一枚からだ!」

突然競りを始めた。話に聞き入っていた周りの者達は、ちょうど良い所で止められ、先が気になって仕方がない。しかも、買えば自分だけが内容を知ることが出来るという優越感付きだ。

「銅貨2枚だ!」
「俺は、3枚!」
「私は、4枚よ!」

 と、声を上げる者が複数人出てきた。銅貨一枚でジャガイモ一個というところだ。大した金ではない。
 だが、どんどん値は釣り上がり、最後には銅貨28枚になった。市販の絵本と変わらぬ値段だ。競り落とした男の足元には、可愛い娘がしがみついており、父親としての面目を保ったとホクホク顔だった。

「毎度あり!」

 こうして、シルベスターは、自分の作った絵本が売り物になるということを知った。帰りに、追加の藁半紙とインクを買い、また、十日後に、売りに行った。それを繰り返す内に、先に人が待つようになった。毎回、一冊しか売らない希少価値も手伝い、値はどんどん上がっていく。

「はい!リーナ!」

 次の材料代以外は、全て孤児院に渡した。外で働く年長者には敵わないが、それでも、運営の足しになった。

「ありがとう、シルベスター」
 
 リーナは最初は断ったが、自分の存在価値を無くさないで欲しいとシルベスターに頼まれ受け取ることにしている。その一部を彼の為に積み立てているのは内緒だ。
 こうして、あっという間に3年の月日が流れた。その間にシルベスターの手作り絵本は、かなり有名になっていた。それ故か、ある日、孤児院の前に不釣り合いな二頭立て馬車が止まった。

「ここに、私の息子がいる。すぐに、連れてこい」

 尊大な態度で現れたのは、カレトニア伯爵。こんな場末の孤児院には似つかわしくない人物だが、目的は、一つ。昔、メイドに産ませた子供だ。

「いやだ!やめろ!」

 引きずり出されたのは、シルベスター。この孤児院に引き取られた際、調べられた戸籍には、母親の名前も記されていた。孤児院から役所に提出された書類を権力を使って閲覧し、ここまで辿り着いたらしい。

「違う!俺は、シルベスターだ!そんな名前じゃない!」
「そうです!この子は、シルベスターです!きっと、人間違いです!」

 シルベスターとリーナがどれほど叫ぼうが、屈強な騎士達は聞く耳を持たない。

「喜べ。お前は、貴族になれるんだ」

 妻に男子が生まれなかった為、今まで妊娠させた女達を虱潰しに探した伯爵は、どうやら女児に恵まれる体質だったらしい。女ばかり、十人以上の存在が明らかになった。無論、彼女達には知らせず、事実は、闇に葬られた。
 そして、唯一見つかった男児が、なんと孤児院に居るにも関わらず文字を完璧に読めるという。その優秀さに、伯爵は、悦に入った。

「私の血を引いたことに感謝しろ。こんな薄汚い場所から抜け出せるんだからな」

 耳を塞ぎたくなるような暴言の数々。シルベスターは、暴れまくったが、戦闘訓練を受ける騎士に最終的には負けた。皆が泣きながら追いすがってくれたが、リーナが足蹴にされるのが見えて、シルベスターは急に大人しくなった。

「もう、反抗しないから。だから、孤児院の皆には、手出ししないで」
「分かればいいんだ。あんなゴミとは、二度と付き合うな」

 冷ややかな視線を向けてくる伯爵は、見た目だけはシルベスターと酷似していた。ヒョロ高く、一見力がなさそうに見えて、鞭のような靭(しな)やかさがある。多分、戦えば強いのだろう。帯剣をしているあたり、剣術が得意なのかもしれない。

「くそ、くそ、くそ」

 屋敷に連れ込まれ、部屋に鍵をかけられた。窓も、全て開かない。今まで触れたことも無いフワフワの枕を床に何度も叩きつけ、中綿が飛び出しても気持ちは収まらなかった。

 それからの日々は、表面上とても恵まれていたが、シルベスターにとっては不幸でしかなかった。反抗すると騎士達に殴られる為、徐々に従順になったように装った。金目のものは、逃走に使うと思われているらしく与えられなかった。唯一自由になるのは、紙とペンとインクだった。

「我が家に恥じぬ行動をしろ。常に一番を取れ」

 シルベスターが貴族の通う学園に通うようになると、伯爵は、每日この言葉を繰り返すようになった。何でも言うことを聞き、自分の指示に忠実に従うようになった息子が、想像以上に優秀だったことで、更に上を目指せると夢を見ているのだ。
 シルベスターは、無言で頭を下げると、準備された馬車に乗り込んだ。護衛と言う名の見張りも付いてくるが、学園内では自由を許された。

「シスター、今月の分です」

 彼が一番に向かったのは、学園に併設された教会だ。手渡したのは、数冊の手作り絵本。  

「はい、間違いなく渡しますね。これは、孤児院の皆からの手紙です」

 シスター達は、街で絵本を売っていた孤児院の少年のことを覚えており、とても協力的だった。彼女達の中にも、孤児院出身の者も居る。

「くれぐれも、無理せぬようにと、リーナが言っていましたよ」
「はい。ありがとうございます」

 貴族的な立ち居振る舞いが板についてきたシルベスターが、昔と変わらぬヤンチャな笑顔を見せた。彼は、いつか孤児院に戻ることを諦めていなかった。

「では、失礼いたします」

 作り笑顔で挨拶をすると、シスター達が悲しげな笑みを浮かべた。本当なら直ぐに逃がしてやりたいだろうが、そんなことをすれば孤児院自体に被害が及ぶ。

「神の御加護があらんことを」

 胸元で十字を切り、祈りを捧げてくれる彼女達に一礼をし、シルベスターは教室に向かった。

 

 あれから6年。孤児院なら独り立ちしなくてはならない年齢になった。そんな彼が高等部に上がる際、特別クラスへ入ることが認められた。王族や他国からの特別な留学生が多く在籍するクラスで、最低でも侯爵以上の身分を必要とした。しかも、シルベスターが孤児院出身だということは、暗黙の了解として知られている。

「嫌だと言っても、拒否は、出来ないのでしょうね?」
「悪いが、学園長からのゴリ押しだ。諦めてくれ」

 元の担任から肩を叩かれ、カレトニア伯爵が金を使ったのだと想像がついた。それでも、万年一位の実績がなければ実現しなかったのだから、シルベスターの実力とも言えた。

 教室に一歩踏み入れ、歓迎されていないことに生徒達の視線で気づいた。下位クラスのくせに、一位を譲らない彼に対して憎悪にも似た気持ちを抱いている者も多い。正直、ろくでもないことしかしない父親に、唾を吐きかけてやりたい気分だった。
 そんな中、

「やぁ、君が噂の主席君かぁ」

声を掛けてきたのは、今をときめくカンタンテ公爵家の跡継ぎ息子だった。長身のシルベスターが見上げる程大きな体躯を持ち、二の腕もシルベスターの何倍もある巨体の持ち主だ。

「私の名は、ラミニール・カンタンテ。以後お見知りおきを」

 大仰に右手を大きく振り上げるとスーッと胸元まで持っていき一礼をする姿は芝居がかっており、周りの者も笑いを堪えている。
 身分の上の者から話しかけられ、無視することなどできず、慌てて口上を述べようとするシルベスターの肩を、ラミニールはグイッと抱き寄せた。

「会いたかったよ、絵本作家シルベスター」

 耳元で囁かれ、シルベスターは、ビクリと体を震わせた。

「私は、君の絵本の大ファンなんだよ。九歳の時に、なんとか落札した本は、今も大切に持っているよ」
「え?」
「『空飛ぶヒキガカエル、田舎へカエル』と『冒険者ポロン・ポロロン』」

 書いた覚えのあるシルベスターは、自分を覗き込んでくる公爵子息の青い目を見つめ返した。ワクワクした子供と同じ輝きが宿る瞳は、嘘偽りの影はない。

「どうか、その名前は、ご内密に」
「分かってるさ。君と僕の仲じゃないか」

 初対面にも関わらず距離感がおかしいラミニールの勢いに、シルベスターは、いつの間にか飲まれていた。これが、人の上に立つ人間の手練手管の一端だと分かっていても、抗いようのない魅力に満ちていた。

 ヒソヒソ話をする二人に、周りの人間も聞き耳を立てる。
 しかし、この学年には王族が居らず、皆同列かそれ以下の者ばかり。敢えて質問出来る空気でもなく、その場は何もなかったフリをするしかなかった。

 お貴族様の戯れかと思っていたシルベスターだが、次の日も、その次の日も、ラミニールは、執拗に絡んできた。目を離せば、他の者から嫌がらせを受けると分かっていたからだ。

「よお、親友!」

 二言目には、そう呼びかけ肩に手を回すラミニールに、シルベスターも徐々に気を許し始める。

「ラミニール様、声がデカいです。耳元で叫ばないでください」
「君が知らん顔するから、聞こえてないのかと思ってな」

 ケラケラ笑う彼の天真爛漫さは、他の人間の毒気すら抜いていく。そして、いくら勉強しても抜けないシルベスターの頭脳にも、悔しさを通り越して、尊敬の念が湧いてきたのだろう。十八歳になり卒業が近づいてくると、皆、シルベスターと縁を結ぼうと声をかけるようになっていた。


 だが、それも、突然起こったカレトニア伯爵の没落により、全てが無に帰す。何者かに不正を暴露され、伯爵は、爵位まで失ったのだ。

「おめでとう。見事な没落だったよ」

 いつもと変わらぬ豪快な笑顔で、元平民の貴族から元貴族の平民になったシルベスターに握手を求めてきたのは、ラミニールだった。

「折角自由になれた君には申し訳ないけど、我が家に勧誘しようかと思ってね」

 どうやら、彼は、シルベスターが伯爵家の情報を告発した本人だと知っていたようだ。

「無論、君が絵本を売って寄付を続けている孤児院への援助は惜しまないつもりでいるよ」
「まったく、どこまで調べ尽くしているんですか」
「言っただろう、私は、君のファンなんだ」

 ウィンクをして首を傾げても、大男では気持ち悪いだけだ。その滑稽な姿に、シルベスターは、久しぶりに大声で笑った。

「貴方には、負けました」  
「勝った負けたじゃないだろ、親友」

 その後、カンタンテ公爵家は、ラミニールという優秀な長男に引き継がれた。何かと文句を言ってくる馬鹿な次男を軽くあしらい、更に栄華を誇るようになっていく。その影に、シルベスターという執事の助力があったことは、彼らの同期の貴族達には『雨が降ったら地面が濡れる』と同じくらい当然の事だった。

 だが、その幸せな日々は、ある日突如として幕を閉じた。



「ミョルニール様、どうか顔を上げて」

 ラミニールとその妻が、領地へ視察に行く際、崖崩れに巻き込まれ死亡した。享年四十九歳だった。一粒種のミョルニールは、その時、二十一歳になったばかりだった。

「シルベスター、葬儀の準備は?」
「既に、整っております」
「何から何まで、済まない」

 若くして当主となったミョルニールに、敵は多い。一番厄介なのは、ラミニールの弟、セルニールだ。皆の心にスルリと入り込む兄に対抗心剥き出しで、捻くれて育った人物だ。努力をせずに利ばかり追う姿に、シルベスターは、生前ラミニールに苦言を呈したことがある。

「何故、セルニール様を叩き直さないのですか?」
「私が、今まで何もしなかったとでも思っているのか?叩き直してアレなのだから、打つ手がない」

 苦笑いをするラミニールは、不出来な弟でも愛していたのだろう。その情が、当人に伝わることがなかった事が一番の不幸だった。

「こんな若造に、当主が務まるとは思えぬな!」

 葬式の最中にも関わらず騒ぎ出したセルニールに、参列者も眉をひそめる。

「叔父上、今は父を見送る最後の時です。そのお話は、後で…」

 穏便に済ませたいミョルニールは、頭を下げて乞い願った。

 しかし、ここで自分を当主に推したいセルニールは、更に声を上げて持論を展開する。

「二十一の若造が、黙っていろ。図体ばかりデカくなりおって!皆様、お聞きください。わたくしセルニールにカンタンテ公爵家をお任せ頂ければ、今以上の繁栄をお約束いたします!どうか、後ろ盾になって頂けないでしょうか?必ずや、お役に立つとお約束いたします」

 参列者の中には、ラミニールの先輩、同期、後輩など、そうそうたる貴族が集まっていた。中には、他国からわざわざ来てくださった王族もいる。皆、ラミニールが弟で苦労していたことを知っていたため、喪主であるミョルニールに憐れみの視線を向けた。

 そこにスタスタとシルベスターが近づき、

「セルニール様」

と呼びかけた。途端に、セルニールの顔が歪む。

「あまり、おいたが過ぎると、お外に出ていただくことになります」

 小さな子供に言い聞かすような物言いに、セルニールの顔が赤く染まった。だが、怒鳴りたくても、背中に何かが押し当てられており、身じろぎすら出来ない。今まで、シルベスターに直接暴力を受けたわけではない。
 しかし、何故か、彼に触れられると体が動かなくなるのだ。逆らおうと暴れても、長い手足が絡め取るように動き、気づけばソファーに座らされたり、廊下に押し出されたりしていた。得体の知れぬあまり、セルニールは、シルベスターを幽霊のようだと思っていた。

「内輪の話は、後にしてもらおうか」
「そうだ、我らは、ラミニールを見送りに来たのだから」

 同期達の言葉の後押しもあり、シルベスターは、セルニールを参列席にヒョイと座らせ自分は壁際に立った。

「覚えていろ」

 安っぽい悪役のようなセリフを吐き、セルニールは、シルベスターを睨みつけている。公爵家が持っていた幾つかの爵位の中で一番良かった伯爵を貰っても、不満は残るらしい。兄の死をチャンスと取っている時点で、人望など無いに等しいというのに、その事にすら気づいていないのだ。

『馬鹿に塗る薬はないとは、良く言ったものだ』

 シルベスターは、これから始まるセルニールとミョルニールの攻防に、盾となり剣となり戦わねばならない。

『ラミニール様、自分だけさっさとあの世に行ったこと、恨みますからね』

 遺体の入った棺を見つめ、シルベスターは、グッと涙を堪えた。

つづく


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