唇を隠して,それでも君に恋したい。

初恋

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ボクはコイの"代償"をシハラウシカナイ。

ボクの"サイゴ"の……

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あいも変わらず,僕はヒメと毎日を過ごしていた。

窓の外を見ながら風に吹かれ,ついぼーっとしていると,ヒメは小さく問いかける。



「寂しい? 突然転校しちゃったんでしょ,黒田くん。伊織,特別仲良さそうだったのに」

「うん。でも大丈夫。どうして?」

「伊織,前より増して考え込むことが増えた気がするんだけど,それってあの人が転校してからじゃないかなって思って」



僕は苦笑して,もう一度大丈夫だと返した。

考え込みもする。

何度も和寧の言葉を思い出しては,繰り返し繰り返し。

それは僕の今後の人生を決定すると言っても過言ではない提案だ。

だけど,分かっている。

僕の心は,とっくに決まっていることを。

ふと甘い匂いが鼻をかすめた。

誰かが持ち込んだ何かだろう。

今は,もう日が落ちる,そんな時間。



「ヒメ」

「ん? なに,伊織」

「ありがとう。僕はヒメの時間とか,気持ちとかたくさん受け取って。それなのにヒメには必要ない勉強を少し見る事しか出来ない。それでも……僕には君が必要だ。毎日笑えるのは,通えるのは君がいるからだ」

「な,なに? 急に。ユリユリが勝手にしてるだけなのに。寧ろいつも一緒にいられて嬉しいよ!」



ふっと綻んで,僕はそっぽを向いた。



「ヒメ」

「な,なに?」



さっきより上擦った声色に,僕も少し緊張しながら口を開く。

僕は僕が思うよりずっと意気地がないのかもしれない。



「デート,しない? 駅前のクレープ屋さん,期間限定の新作があるんだって」



窓の外から香った甘い匂い。

ふと思い出したその存在に,僕は誘いかけた。

こんなことがお礼になるなんて驕るつもりはないけど,どうしても今,ヒメと行きたいと思ったのだ。

残り数カ月。

その全ての時間を,家族のような彼女に費やしたい。

そう思うのは,僕が彼女に抱く感謝の気持ちをおもえば当然のことだった。



「行く……!」



純粋なそのキラキラした瞳と色づいたほっぺたに,僕の頬と心までポカポカする。

僕に残った最後の善意は,ここにあるのだと感じながら,僕はヒメを連れていつもとは違うルートで下校した。

つやつやとしたマスカットの乗ったクレープ。

僕らは並んでそれを食べ,風が冷えるねと身を縮めて笑う。



「伊織,よかったの? 奢ってもらっちゃって」

「うん。この間テストの順位が上がってたお祝い。それから冬明けの受験頑張れも込めて。ささやかだけど」

「伊織が教えてくれるおかげ。でも……受験か~。模試も余裕の評定だけど,受かるってわかってても本番は緊張するな」

「ヒメが頑張ったからでしょ。僕はほとんど何もしてない。大丈夫,ヒメは本番もうまくやれるから。良かったら結果が出たら教えてほしいな」

「もちろん! ままより先に連絡しちゃう!」



満面の笑みを向けるヒメは,きっと誰より現実的に未来を見据えている。

だから


「薬剤師になりたいんだよね」

「うん。出来るだけいい大学に行って,出来るだけ大きな場所の職について,そこでままみたいにバリバリ働くの」


僕がヒメの人生に影を差すことはきっとないだろう。



「ヒメならなれるよ。ヒメがいま描くよりもっと幸せなちゃんとした大人に」

「やっぱり伊織もそう思う? ユリユリもね,自信しかないの!」



眩しい彼女は,僕なんかの存在一つでは止まらない。

だからこそ,こんなずるいともいえる甘え方をしてしまうんだ。



「ヒメ……これからも僕といてくれる?」



たくさんの選択肢の中で,僕のそばで。

ヒメは驚いた顔をして,照れたようなどや顔を向けた。


「当たり前! 伊織の彼女はユリユリだけなんだから。誰がいなくなっても,どれだけ不安でも,ユリユリが伊織を守ってあげるからね」


僕は情けなくて嬉しくて,口の端をマスクの中で上げた。

僕には一言も告げず去った和寧のことを,意外と引きずっていたのかもしれない。

あと少し,あと少し。

卒業するまでの時間を,こんな風に過ごせたらいい。

本当に,あと少し。

そんな時,僕の前に敦が再び立ちはだかった。



「話がしたい」



覚悟を決めたような顔の敦に,僕も諦めて俯く。

いつか来るんじゃないかと思っていた。

敦の受験も,順調だと聞いている。

そんな中,今更僕に声をかける理由は……

部活のある学生以外がほとんど帰宅しきったような静かな放課後。

日が落ちるスピードも上がって,気温も切なさの波を押し上げるように下がっていく。

2人きりの教室で,僕は約半年ぶりに敦と瞳を合わせた。


「敦」


そして,それは1年弱ぶりに正面から向き合うということでもある。

この世で最も恐ろしい君と,僕が。

二人きりのこの場所で。

僕は敦に気づかれないように,小さく深呼吸をして,先手を奪うように口を開いた。

リューや和寧の時とは違う。

今度こそ,真正面から向き合おう。

最後の機会だと思えば,そうする以外の選択など僕にはない。



「僕はあのこと付き合うよ」


それだけで,やはり敦には伝わる。



「何を言ってるか分かってるのか」



感情を抑えて,敦は僕に問いかけた。

そんな言葉で,僕が揺らぐはずもないのに。



「もちろん。僕が彼女に何をしてるのかも」

「なら……どうして俺じゃだめだったんだ」



本当は分かってるくせにそんなことを言う。



「今くらい……顔くらい合わせてくれよ……っ。伊織……っ!!!!!」



唇を噛んで,揺らして,すっと顔をあげる。

完璧に覚悟が決まったわけじゃない。

足も震える。

でも僕の言葉は最初から決まってた。



「すきだからだよ。……僕は君のことが,敦のことがすきだ。だからだめなんだよ。僕は,僕は好きな人とは,いつか身体を重ねるならキスがしたい」



僕の本気が伝わったのか敦が息をのむ。

唇に触れて答えると,敦は頬を染めて視線を僕から離した。



「デートの最中に,別れる前に,抱き合ったその時に。僕はキスしないなんて耐えられない。キスがしたいときっと必ず思うんだよ」



そんなの,悲しすぎるだろ。

僕はなぜ今敦が僕を繋ぎ止めようもしたのか分かっている。

僕は敦にそれを告げるか迷って,観念するように呟いた。



「でも……あんしんしてよ。僕はヒメとは,本当は何もないんだ。一緒にいて,互いを1番にしているけど……ハグ以上はもう,しない約束なんだ」



僕は誰のものにもならない。

僕の人生まるごと,君で一杯にして捧げるから。

それで満足して安心して欲しい。

関係上,ヒメと付き合いはしても,僕には女の子の彼氏なんて似合わないとしても。

僕の最後の人は,君だ。

僕の精一杯の嘘偽りない微笑みに,敦は困惑を乗せ,その後二度と話しかけては来なかった。

さあ,すべての問題が片付いたところで……

三年過ごしたこの場所とも,お別れだ。

僕はこんなところで立ち止まるわけにはいかない。




「伊織!」



卒業式後のクラスメートとの挨拶もそこそこに,ヒメは僕のもとに駆け寄った。



「ヒメ!」


もちろん,僕も笑顔で答えてその小さな体を抱きとめる。



「卒業おめでとう! 良かったね,2人とも第一希望! 卒業しても,会ってくれる?」

「もちろん。連絡には絶対応えるし,電車で見かけても声をかける」



そう,僕らの受かった大学の志望先はそこそこ近い。

僕の進学は国に指定され,引っ越しも余儀なく決定しているような場所。

交渉の末学部だけは自分で決定したけれど,当然大学自体はこの場所からもかなり離れているため,合否が出た後ヒメの話を聞いてとても驚いた。

ヒメは母親が通っていたことや校風を気に入ったこと,そして居候させてくれるという叔父一家が住んでいることもあってそこに決めたらしい。

時間によっては電車で会うこともあるだろう。

今日をもって,恋人ではなくなるけど……

一人の友人として,これからも関わることになる。

あとは……



「伊織!」



あ,と振り返る。

そこには転向してから一度も連絡一つとっていない和寧がいた。

つかつかと近寄り,ざっとその目の前で立ち止まる。

そしてジロッっと見つめると何かを察したのか,上げた右手をたらりとした汗とともに下ろした。



「あー卒業おめでとう? ひさしーぶり……」



たく,来ないつもりかと思って不安になったじゃないか。

僕は君に,自分の人生を預ける覚悟で進路まで決めたというのに。

連絡一つよこさないって,どういう了見なわけ?



「あ,おい伊織まっっ」



僕はそんな怒りを込めて



「いっっって!!!?」



力を入れた中指で,彼の額を思いきり弾いたのであった。

小さく口の端を上げると,隣でヒメも,事情を分からないなりにくすくすと笑った。


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