彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫

文字の大きさ
4 / 11

王女の騎士

しおりを挟む
 翌日になると、町は謎の飛竜の話でもちきりだった。人々の顔には驚きと安堵が入り混じり、先行きへの不安も滲ませた。夜もやはりカイゼルと会って一緒に散歩をすることになったが、通りがかった警邏隊の人々の話題も全てそれである。

 そんな中、シュリの耳に、気になる声が届いた。

『ティナ王女が生きていたらしいぞ』
『処刑されたのではなかったのか』
『魂は守られて無事だったそうだ。だから、生き返れたんだろう』

 聞こえてきた噂はそれだけで、真偽も定かではなかったが、シュリは胸がいっぱいになった。
 ティナは、最後の王女として有名だが、もう一つ、竜語を理解する稀有な力の持ち主で、彼女に懐いた飛竜も多かった事でも知られている。
 ティナがもしも再び王として立つ決意を固めたら、去った飛竜は再び集い、混迷が続く地を安定へと導いてくれるかもしれない。そうなったら多くの人々が救われる。喜びが込み上げる中、シュリの心に再び小さな痛みが走った。

 ――カイゼルは⋯⋯どうするかしら。

 黙って前を歩く彼の背を見つめ、シュリは気になって仕方がない。だが、聞くのも怖い。王女の話題を口にすることは、終わりの始まりでもある事を、うすうす理解していた。

 そんなシュリの想いを知ってか知らずか、カイゼルの方が急に口を開いた。

「⋯⋯なぁ。一度死んだ人間が蘇るというのは、ありえる話か?」

 心臓の音が一気に跳ね上がる。
 その場に立ち止まってしまったシュリに気づき、カイゼルはゆっくりと振り返った。その眼差しはかつてない程鋭く、到底話を逸らせそうになかった。

「⋯⋯竜には《番》を転生させる力があると、聞いたことがあるわ」
「つがい?」

 なお問いかけるカイゼルに、シュリは心の疼きを堪えながら、何とか続ける。

「竜と同じ強い魂を持つ人がいるのよ。伴侶の誓いを立てれば、竜と同じ月日を生きられるとも言われている」
「⋯⋯⋯⋯」
「相手の方には手の甲へ竜の紋章が現れるそうだから、すぐに分かるわ。身体が死んでしまっても、番の竜が護りさえすれば、現世に留まって⋯⋯蘇ることもある」
「⋯⋯だからか」

 カイゼルがぽつりと漏らした言葉からは、何の感情も読み解けない。ルーフスから付け狙われる亡国の王女も、飛竜も、今では禁句に等しいものだから、無理もない話だとシュリは思う。

 でも、その本心は長年、恋焦がれた王女にすぐにでも逢いにいきたいと願っているに違いない。
 騎士として日々鍛錬を重ね、たくさんの贈り物を買い続けたのも、全ては彼女のためだ。もしかしたら、ティナ王女が竜に守られて生きていると、感じ取っていたのかもしれない。

 そこまで思い詰めていた彼に、シュリは言わなければならないことがあった。

「番は竜にとっては唯一無二の存在だそうよ。失えば、二度と現れないわ。だから⋯⋯番は竜に、すごく愛されるの。それに⋯⋯番を他人に奪われると思うと、その相手を殺してしまうこともあるわ」

 番に対する竜の執着はすさまじいものがあると、シュリは聞いたことがあった。
 ティナが処刑され、蘇ったというのが事実なら、恐らく彼女を番とした飛竜がいる。

 村で大暴れしたというのもそれが理由かもしれない。
 ならば、ティナの飛竜はカイゼルを強く警戒するだろう。

 強い竜であれば同族の雄など威圧すれば済むが、彼はティナ王女と同じ人間だ。境遇や思考も近いから互いに惹かれれば、より深く想い合うはずだ。カイゼルが彼女に求愛しようものなら、殺されかねない。

 案の定というべきか、カイゼルは苦々しい顔をした。

 恋焦がれた王女に、番という大きな壁が立ちふさがったのだ。しかも、相手は地竜を圧倒した強い飛竜である。挑んだところで勝ち目はないともなれば、面白くない話だ。

「いくら愛しても⋯⋯かなわないわ」
「そうとは限らないだろう。俺が想えば、もっと強くなれば、いつかかなうかもしれない。俺は⋯⋯王女の騎士になると誓った」

 王女の騎士、というのは特別な意味がある。かつてこの地を治めていた国は、騎士の地位が非常に高いものだった。貴族の身分制度は存在したが、騎士が大きな功績を挙げると、高位の身分の者との結婚も許されることだってあった。

 それを昔教えてくれたのはカイゼルで、随分と嬉しそうだったことを、シュリは今でも覚えていた。それが彼の心の拠り所であったのだろうし、亡国の風習だと否定したくもない。
 でも、事はそう簡単ではなくなったのだ。

「⋯⋯人間と竜よ? なにもかも、あまりに違いすぎる」

 カイゼルの顔が強張り、唇を噛み締めた。現実を突きつけられたせいだろうと、シュリは胸を痛めた。

 哀し気に顔を歪めたシュリを食い入るように見つめ、店に彼女を送り届けるまで何も言わなくなった。夜の闇の中に溶けていく彼の背は、ひどく寂しげに見えた。黙って見送ったシュリは、大きく息を吐くとともに涙を落とした。

 カイゼルを傷つけた。
 自責の念がこみ上げてきて、胸が苦しくなる。彼の長年の想いを知っていたのだから、全て否定する事もなかったのだ。
 彼を王女の飛竜から守りたいと思ったのが一番だ。しかし、番が妨げになって、カイゼルが王女と結ばれる姿をみなくて済むかもしれないと、少し安堵してしまったのも事実だ。

 ――私はなんて醜い生き物になったのだろう。

 シュリは猛烈に自分を恥じた。大好きなカイゼルの幸せだけを願っていたはずなのに、いつの間にこんなに自分勝手になっていたのだろう。こんな想いを生むくらいなら、いっそ心なんてなくなってしまえばいい。

 一度溢れた涙は止まらなくなって、シュリは何度も手で拭った。

 カイゼルとは幼少期を共に過ごしたが、彼がシュリの事を思い出す様子はない。王女に惹かれる彼に自分の想いが届く事はないと理解し、ずっと胸に秘めてきた。傍にいられるだけで良いと、戒めてきた。

 だが、カイゼルを守りたいという想いは歪みつつあり―――この先きっと迷惑になる。
 自分は彼の傍にいてはいけないのだろうと、シュリは思った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

学生のうちは自由恋愛を楽しもうと彼は言った

mios
恋愛
学園を卒業したらすぐに、私は婚約者と結婚することになる。 学生の間にすることはたくさんありますのに、あろうことか、自由恋愛を楽しみたい? 良いですわ。学生のうち、と仰らなくても、今後ずっと自由にして下さって良いのですわよ。 9話で完結

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

嘘だったなんてそんな嘘は信じません

ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする? ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。 小説家になろう様にも投稿しています。

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

処理中です...