5 / 11
どこに行く
しおりを挟む
それから、カイゼルは店に姿を見せなくなった。
夜の散歩の時も相変わらず警邏隊とは一緒になったが、やはり会う事もなかった。毎日のように顔を合わせていたから、苦言を呈したせいで避けられているのだろうと、シュリも理解した。
シュリは仕事を辞めた。
店主は残念がったが、シュリの思い詰めた表情を見て、何も聞かずにいてくれた。挨拶を済ませ、部屋にあった荷物も全て処分した。明日の朝、身一つで出て行けるところまで支度を終えた頃には、夜もすっかり更けていた。
そして、最後の散歩に出た。
「やぁ、シュリさん。今日はいつもより遅いですね!」
大通りに出た瞬間、警邏隊の隊長が部下たちを引き連れて、駆け寄って来た。深夜で心配されたのか、表情がいつになく険しい。
「支度に手間取ってしまって」
「何のです?」
「実は⋯⋯お店を辞めたんです。ここを出ていこうと思って」
仔細を聞かれると辛くなって決心が鈍りそうだったから、店主には口止めをしてあった。全て片づいた今なら、もう良いだろうとシュリは思ったが。警邏隊全員の顔から一気に血の気が引いた。
「な、な、なぜですか?」
「冗談ですよね?」
隊員たちから口々に尋ねられ、シュリはうつむいた。だが、隊長も黙ってはいられない。
「当然、カイゼル様はご存じですよね⋯⋯?」
「⋯⋯何も言っていません」
すると、今度は絶望的な顔をされ、一斉に叫んだ。
「貴女は、正気ですか!?」
シュリはぐっと言葉に詰まる。
「そ、そうですね⋯⋯カイゼル様は色々買ってくださったお得意様でしたし、何も言わずに出ていくのは失礼でした」
すると、全員が顔を引きつらせつつも、揃って大きく頷いた。
「えぇ、えぇ! それはもう、全財産を注ぎ込む勢いで⋯⋯っ」
「お得意様とは言わない方が良いですよ!? そんな良いものじゃないですから!」
「とにかく今すぐ話をしにいきましょう! ね!?」
このまま帰らせれば、翌朝には間違いなくシュリはもういなくなっている。
鋭い勘を働かせた警邏隊の面々は、シュリを連れてカイゼルのいる城へと向かった。道中、「皆さん、お仕事はいいんですか?」という彼女の疑問は、受け流した。
自分達に課せられた仕事は町の警護ではない、と喉元まで出かかったが、もうそれどころではない。
城に着くと、城内の人々が何事だと目を丸くするのを他所に、廊下を突き進み、カイゼルの私室に無事にたどり着くと、問答無用で彼女を部屋に押し込んで、扉を閉めた。
カイゼルの部屋に一人放り込まれたシュリの目に飛び込んできたのは、机の上に置き去りにされた沢山の酒瓶だ。どれも全て封が切られていて、中身は空だ。
やけ酒でもしたのだろうか。
だが、彼の姿はどこにもなくて、シュリは部屋を横断すると、隣の部屋をそっと覗いて、頬を染めた。寝室だったからだ。しかも、カイゼルは部屋の真ん中に置かれた大きな寝台の上に仰向けで寝ていた。
人の気配を感じたのか、ゆっくりと身体を起こす。
シュリの姿を見て、彼は軽く目を見張ったのち、小さくため息をついて、軽く手招きした。シュリは気まずくて仕方がなかったが、寝台の手前まで歩み寄ると、足を止めた。
「⋯⋯ちょっと待て」
カイゼルは薄いシャツとトラウザーズだけの軽装だった。胸元のボタンをいくつか開けていて、少しばかり頬が赤い。寝台に倒れ込んで寝ていた所をみると、かなり酔っているようだ。頭を軽く振る彼に、シュリは短く告げた。
「お別れを⋯⋯言いに来たわ」
「⋯⋯なに?」
怪訝そうに問いかけるカイゼルは、それ以上何も言わないシュリを見つめ、苦々し気な顔をしながら、乱れた髪をかき上げた。
「店は」
「⋯⋯辞めたの」
「どこに行く気だ」
「⋯⋯どこかに行くわ」
「答えになっていない」
鋭い声で言われたが、シュリはそれ以上言えなかった。天涯孤独の身であるから、あてはない。でも、ここにはいられないという想いが、失言を招いた。
「⋯⋯貴方がいないところよ」
カイゼルの目が軽く見開かれ、そして大きく息を吐くと、彼は唸るように告げた。
「⋯⋯俺がどれだけ我慢して、待っていたと思っている」
夜の散歩の時も相変わらず警邏隊とは一緒になったが、やはり会う事もなかった。毎日のように顔を合わせていたから、苦言を呈したせいで避けられているのだろうと、シュリも理解した。
シュリは仕事を辞めた。
店主は残念がったが、シュリの思い詰めた表情を見て、何も聞かずにいてくれた。挨拶を済ませ、部屋にあった荷物も全て処分した。明日の朝、身一つで出て行けるところまで支度を終えた頃には、夜もすっかり更けていた。
そして、最後の散歩に出た。
「やぁ、シュリさん。今日はいつもより遅いですね!」
大通りに出た瞬間、警邏隊の隊長が部下たちを引き連れて、駆け寄って来た。深夜で心配されたのか、表情がいつになく険しい。
「支度に手間取ってしまって」
「何のです?」
「実は⋯⋯お店を辞めたんです。ここを出ていこうと思って」
仔細を聞かれると辛くなって決心が鈍りそうだったから、店主には口止めをしてあった。全て片づいた今なら、もう良いだろうとシュリは思ったが。警邏隊全員の顔から一気に血の気が引いた。
「な、な、なぜですか?」
「冗談ですよね?」
隊員たちから口々に尋ねられ、シュリはうつむいた。だが、隊長も黙ってはいられない。
「当然、カイゼル様はご存じですよね⋯⋯?」
「⋯⋯何も言っていません」
すると、今度は絶望的な顔をされ、一斉に叫んだ。
「貴女は、正気ですか!?」
シュリはぐっと言葉に詰まる。
「そ、そうですね⋯⋯カイゼル様は色々買ってくださったお得意様でしたし、何も言わずに出ていくのは失礼でした」
すると、全員が顔を引きつらせつつも、揃って大きく頷いた。
「えぇ、えぇ! それはもう、全財産を注ぎ込む勢いで⋯⋯っ」
「お得意様とは言わない方が良いですよ!? そんな良いものじゃないですから!」
「とにかく今すぐ話をしにいきましょう! ね!?」
このまま帰らせれば、翌朝には間違いなくシュリはもういなくなっている。
鋭い勘を働かせた警邏隊の面々は、シュリを連れてカイゼルのいる城へと向かった。道中、「皆さん、お仕事はいいんですか?」という彼女の疑問は、受け流した。
自分達に課せられた仕事は町の警護ではない、と喉元まで出かかったが、もうそれどころではない。
城に着くと、城内の人々が何事だと目を丸くするのを他所に、廊下を突き進み、カイゼルの私室に無事にたどり着くと、問答無用で彼女を部屋に押し込んで、扉を閉めた。
カイゼルの部屋に一人放り込まれたシュリの目に飛び込んできたのは、机の上に置き去りにされた沢山の酒瓶だ。どれも全て封が切られていて、中身は空だ。
やけ酒でもしたのだろうか。
だが、彼の姿はどこにもなくて、シュリは部屋を横断すると、隣の部屋をそっと覗いて、頬を染めた。寝室だったからだ。しかも、カイゼルは部屋の真ん中に置かれた大きな寝台の上に仰向けで寝ていた。
人の気配を感じたのか、ゆっくりと身体を起こす。
シュリの姿を見て、彼は軽く目を見張ったのち、小さくため息をついて、軽く手招きした。シュリは気まずくて仕方がなかったが、寝台の手前まで歩み寄ると、足を止めた。
「⋯⋯ちょっと待て」
カイゼルは薄いシャツとトラウザーズだけの軽装だった。胸元のボタンをいくつか開けていて、少しばかり頬が赤い。寝台に倒れ込んで寝ていた所をみると、かなり酔っているようだ。頭を軽く振る彼に、シュリは短く告げた。
「お別れを⋯⋯言いに来たわ」
「⋯⋯なに?」
怪訝そうに問いかけるカイゼルは、それ以上何も言わないシュリを見つめ、苦々し気な顔をしながら、乱れた髪をかき上げた。
「店は」
「⋯⋯辞めたの」
「どこに行く気だ」
「⋯⋯どこかに行くわ」
「答えになっていない」
鋭い声で言われたが、シュリはそれ以上言えなかった。天涯孤独の身であるから、あてはない。でも、ここにはいられないという想いが、失言を招いた。
「⋯⋯貴方がいないところよ」
カイゼルの目が軽く見開かれ、そして大きく息を吐くと、彼は唸るように告げた。
「⋯⋯俺がどれだけ我慢して、待っていたと思っている」
1,078
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
学生のうちは自由恋愛を楽しもうと彼は言った
mios
恋愛
学園を卒業したらすぐに、私は婚約者と結婚することになる。
学生の間にすることはたくさんありますのに、あろうことか、自由恋愛を楽しみたい?
良いですわ。学生のうち、と仰らなくても、今後ずっと自由にして下さって良いのですわよ。
9話で完結
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
嘘だったなんてそんな嘘は信じません
ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする?
ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
私達、政略結婚ですから。
潮海璃月
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる