彼が愛した王女はもういない

黒猫子猫

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どこに行く

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 それから、カイゼルは店に姿を見せなくなった。

 夜の散歩の時も相変わらず警邏隊とは一緒になったが、やはり会う事もなかった。毎日のように顔を合わせていたから、苦言を呈したせいで避けられているのだろうと、シュリも理解した。

 シュリは仕事を辞めた。

 店主は残念がったが、シュリの思い詰めた表情を見て、何も聞かずにいてくれた。挨拶を済ませ、部屋にあった荷物も全て処分した。明日の朝、身一つで出て行けるところまで支度を終えた頃には、夜もすっかり更けていた。

 そして、最後の散歩に出た。

「やぁ、シュリさん。今日はいつもより遅いですね!」
 大通りに出た瞬間、警邏隊の隊長が部下たちを引き連れて、駆け寄って来た。深夜で心配されたのか、表情がいつになく険しい。

「支度に手間取ってしまって」
「何のです?」
「実は⋯⋯お店を辞めたんです。ここを出ていこうと思って」

 仔細を聞かれると辛くなって決心が鈍りそうだったから、店主には口止めをしてあった。全て片づいた今なら、もう良いだろうとシュリは思ったが。警邏隊全員の顔から一気に血の気が引いた。

「な、な、なぜですか?」
「冗談ですよね?」
 隊員たちから口々に尋ねられ、シュリはうつむいた。だが、隊長も黙ってはいられない。
「当然、カイゼル様はご存じですよね⋯⋯?」
「⋯⋯何も言っていません」

 すると、今度は絶望的な顔をされ、一斉に叫んだ。

「貴女は、正気ですか!?」

 シュリはぐっと言葉に詰まる。
「そ、そうですね⋯⋯カイゼル様は色々買ってくださったお得意様でしたし、何も言わずに出ていくのは失礼でした」

 すると、全員が顔を引きつらせつつも、揃って大きく頷いた。

「えぇ、えぇ! それはもう、全財産を注ぎ込む勢いで⋯⋯っ」
「お得意様とは言わない方が良いですよ!? そんな良いものじゃないですから!」
「とにかく今すぐ話をしにいきましょう! ね!?」

 このまま帰らせれば、翌朝には間違いなくシュリはもういなくなっている。

 鋭い勘を働かせた警邏隊の面々は、シュリを連れてカイゼルのいる城へと向かった。道中、「皆さん、お仕事はいいんですか?」という彼女の疑問は、受け流した。
 自分達に課せられた仕事は町の警護ではない、と喉元まで出かかったが、もうそれどころではない。
 城に着くと、城内の人々が何事だと目を丸くするのを他所に、廊下を突き進み、カイゼルの私室に無事にたどり着くと、問答無用で彼女を部屋に押し込んで、扉を閉めた。

 カイゼルの部屋に一人放り込まれたシュリの目に飛び込んできたのは、机の上に置き去りにされた沢山の酒瓶だ。どれも全て封が切られていて、中身は空だ。

 やけ酒でもしたのだろうか。

 だが、彼の姿はどこにもなくて、シュリは部屋を横断すると、隣の部屋をそっと覗いて、頬を染めた。寝室だったからだ。しかも、カイゼルは部屋の真ん中に置かれた大きな寝台の上に仰向けで寝ていた。

 人の気配を感じたのか、ゆっくりと身体を起こす。
 シュリの姿を見て、彼は軽く目を見張ったのち、小さくため息をついて、軽く手招きした。シュリは気まずくて仕方がなかったが、寝台の手前まで歩み寄ると、足を止めた。

「⋯⋯ちょっと待て」

 カイゼルは薄いシャツとトラウザーズだけの軽装だった。胸元のボタンをいくつか開けていて、少しばかり頬が赤い。寝台に倒れ込んで寝ていた所をみると、かなり酔っているようだ。頭を軽く振る彼に、シュリは短く告げた。

「お別れを⋯⋯言いに来たわ」
「⋯⋯なに?」

 怪訝そうに問いかけるカイゼルは、それ以上何も言わないシュリを見つめ、苦々し気な顔をしながら、乱れた髪をかき上げた。

「店は」
「⋯⋯辞めたの」
「どこに行く気だ」
「⋯⋯どこかに行くわ」
「答えになっていない」

 鋭い声で言われたが、シュリはそれ以上言えなかった。天涯孤独の身であるから、あてはない。でも、ここにはいられないという想いが、失言を招いた。

「⋯⋯貴方がいないところよ」

 カイゼルの目が軽く見開かれ、そして大きく息を吐くと、彼は唸るように告げた。

「⋯⋯俺がどれだけ我慢して、待っていたと思っている」
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