騎士のオトナな秘密と新入りのオ××な秘密

黒猫子猫

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猫の悪戯

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 翌朝、猫に頬ずりをされて、ロディネは慌てて跳ね起きた。

 同時に軽く頭痛を覚え、呻く。猫が甘く泣きながら擦り寄ってきて、周囲を見回せば、すっかり朝になっていると気づく。

「あ⋯⋯ごめんね。朝ごはんね」

 いささかふらつく足取りで立ち上がり、猫に餌をやったり、トイレの始末をしたりと、一通りの世話を終えると、再び元の場所に戻って来て、座り込み、頭を抱えた。

「また⋯⋯覚えていないわ⋯⋯」

 嘆くロディネの傍の机には、空になったグラスが一つと、冷蔵庫から出してきた例の酒瓶が置かれていた。そして、自分の荷物を入れるようにとアルベルトが空けておいてくれたクローゼットは、開きっぱなしのままだ。そこから取り出した、自宅から持ってきた鞄も床に転がっている。

「ええと⋯⋯だから、つまり⋯⋯」

 クローゼットから自分の鞄を取り出して、中身を出したのだろう。そして、お酒とグラスを持って来て、一杯飲んだに違いない。そして、ここはアルベルトの部屋だ。

 まさに、以前記憶をなくした時と全く同じ状況である。違うとしたら、アルベルトがいないことくらいだ。

 自分はあの時、一体何をしたのだろう。

 ロディネは気になって仕方がなかった。アルベルトは、『コップ一杯でアレか』と呆れたような、どこか苦々し気な顔をして言っていたが、何度聞いても仔細を教えてくれなかった。

 一切、酒を飲むなとまで言われてしまっている。

 すでに一度大迷惑をかけているだけに、納得できる言い分であるが、さりとて知らぬままでいると、万が一うっかり酒を飲んでしまった時に、きっと困るに違いないと思っていた。

 それに今回は、彼が不在だから迷惑をかけない。そして、またしてもルーカスが、余計なお土産を置いていった。

「何が映っているのかしら⋯⋯」

 鞄に隠し持ってきた、手のひらほどの水晶玉を手に取り、ロディネは緊張する。

 突然押しかけてきて、一方的に説明して、去っていった兄曰く。
 世の中には自分達の性行為を見て興奮する者がいるという。そうした性癖のある恋人達のために作られたのが、この水晶玉だ。二時間ほどではあるが、映像と音を記憶できるという代物だった。

 突き返してやろうと思ったが、ロディネはふと閃いてしまった。

 これならば、酔っぱらった自分の姿がいかなるものか、記録しておいてくれるのではないか、と。

 悩みに悩んだ末、ロディネは鞄に入れて、持参してきたのだ。

 水晶玉には二つほど出っ張りがある。録画は赤、再生が青のボタンだ。
 恐る恐る青のボタンを押してみると、昨夜の自分の姿が映った。

『こ、これで良いのね⋯⋯。私、どうなるのかしら⋯⋯』

 ――――そうだわ⋯⋯。確か、そんな事を言ったわ!

 問題はその次だ。水晶玉に映るロディネは、コップに酒を一杯注ぐと、一気に飲み干した。異変は間もなく、起きた。

「ひいいいい!」

 ロディネは一人悲鳴を上げる。何しろ、水晶玉に映った自分は、なんとペラペラと、例の恋愛漫画の登場人物の魅力についてのみ、夢中で話しているものだったからだ。唯一の救いは名前を言わなかった事だが、それも恐らく時間の問題であるに違いない。

 実家で兄や姉に向かって堂々と言い放っていた事を、やはりここでもやっていたようだ。

 不幸中の幸いなのは、ほろ酔い気分で調子にのった自分が、いささか興奮気味にバシバシと床を叩いたせいで、水晶玉が転がって、スイッチを切ったことだ。映像は十分ほどで終わっていたが、ロディネにはもう十分である。慌てて映像を消した後、呻くしかない。

「も、もしかして、アルベルトさんにも⋯⋯あんな事を言っていたのかしら⋯⋯!」

 そうだとしたら恥ずかしすぎるが、不機嫌そうに仔細を教えてくれない事だろうか。

 悩んだロディネは閃いた。

 ――――実はただ吐いただけだったとか! 

 そして、迷惑な女だと思い、さりとて伝え難いことだと憐れんでくれたのだ。
 そうに違いない⋯⋯。

 ――――もっと恥ずかしいわ!

 心から嘆いたが、今更どうしようもない事である。猫の世話を頼まれているから、逃げ帰るわけにもいかない。ロディネは半泣きになりながら、食べ終わって擦り寄って来た猫を撫でた。


 その日一日、ロディネはまるで生きた心地がしなかった。それでも夕方になると、彼のために夕食を作り、猫の世話もした。お風呂を借りて、一通りの家事と身の回りのことを済ませたロディネは、また例の場所に戻った。酒とグラスはそのままだ。

「怒られる、かしら」

 何でも飲み食いしていいと許可されていたとはいえ、酒は止めろと言われた身である。だが、確実に量が減っているのは分かってしまうだろう。正直に言った上で、前回の絡み酒についても謝ろうと思っている。ただ、そうなると例の自分の秘密の趣味も、全て説明しなければならなくなる。

 ロディネは大きくため息をつき、じっと酒瓶を見つめると、今度は半分ほど注いでみた。鼻を近づけて匂いを嗅いだだけで、頭がくらりとする。

 たかがコップ半分で、これだ。

 ――――なんでこんなに弱いのかしら⋯⋯。

 うなだれていると、いつの間にか机の上に飛び乗った子猫が、グラスを覗き込んでいることに気づく。

「あ、だめよ! それはお酒なんだから!」

 慌てて止めて取り上げたが、猫はロディネが遊んでくれると思ったのか、じゃれついてきた。

「待って、待って⋯⋯零れるわ! 今、飲んじゃうから!」

 ロディネは焦って、中身が何かということも失念し、一気に飲みほした。



 日が暮れる前に家に着いたアルベルトは、鍵を開けて中に入った。

「帰ったぞ⋯⋯ロディネ?」

 出迎えはない。偵察がてら様子を見に来た子猫が、アルベルトを見て、なんだお前かとばかりにフンッと鼻を鳴らして去っていっただけだ。

「⋯⋯やっぱり可愛くねえ」

 アルベルトは苦々し気に言って、鍵をかけて部屋の奥へと進み、居間へと続く扉を開けた―――。

「⋯⋯⋯⋯」

 そして、絶句した後、彼は深いため息をついた。

 ロディネはソファーによりかかり、床に座り込んでいた。顔は真っ赤で、薄っすらと汗ばんでいる。暑くなったらしく、胸元を大きく開いてもいた。

 なぜ、彼女がそんな姿になっているか。考えずとも、アルベルトは理解した。何しろ、机の上に例の酒と空のグラスが置かれていたからだ。もう一つ、見慣れない水晶玉が置かれていたが、ルーカスからどういうものか聞いていた彼は、すぐに察しがついた。

「お前は⋯⋯また酒を飲んだな⁉」
「おいひいです!」

 滑舌悪く返した彼女に、アルベルトは呻いた。

「記憶が飛ぶからやめろと言っただろうが!」
「わかって⋯⋯ます!」
「どこがだ⁉」

 どうしても酒が飲みたかったのなら、仕方がないとは思う。だが、彼女はすっかりできあがっていて、身体に力も入っていない。長らく床に座り込んでいたようだから、身体も冷えただろう。記憶をなくすくらい弱いのだから、身体に悪影響があったらいけないと心配になる。

 小さくため息を吐く彼に、酔っ払いは目を伏せた。今にも泣きだしそうな顔をした彼女に、アルベルトは強く言い過ぎたかと焦る。

 荷物を放って、彼女の元へと歩み寄り、手を取って立たせると、まずはソファーに座らせた。

 そして、改めてなぜこんな事をしたのか尋ねてみると、彼女はぽつぽつと理由を話した。

 コップ半分ほどだったので、泥酔にまで至らなかった事もあり、まとまりのない話にはなったが、一通りの説明できた。
 全てを聞き終えたアルベルトは、「ごめんなさい」とすっかりしょげている彼女に苦笑する。

「そんなに気にしていたなら、言ってやれば良かったな」
「⋯⋯本当に、無様です⋯⋯」

 目を潤ませる彼女に、アルベルトは目を泳がせる。

 ――――それは⋯⋯違うな。

 彼女の頭を優しく撫でながら、そんな事を思っていると、ロディネの目が何やら熱を帯びた眼差しで見返してきた。

「⋯⋯酔いが回ったか」
「んー⋯⋯好きです!」

 嬉々として抱き着かれ、アルベルトは天を仰いだ。

 二度目であるから、この先が読める。

「格好良くて、優しくて、か?」
「はい! だから⋯⋯、あの人と一緒にいる姿は⋯⋯納得できないんです!」

 アルベルトは小さくため息を吐く。

 彼女はまた、別れた恋人への想いが捨てきれないようだ。ロディネは『好きだ』という事も、自分にはなかなか恥ずかしがって言ってくれなかった。だが、酒に酔っている時だけは、絶賛し、連発する。よく聞いてみれば、それが自分に対してのものでは無い事くらい、アルベルトも分かった。

「⋯⋯⋯⋯。よっぽど、俺と似ているようだな」
「そうです!」
「⋯⋯っ」

 分かっていた事とはいえ、アルベルトは苦々しくなる。ロディネがすんなり自分の告白を受け入れたのは、前の恋人の容姿がよほど好みで、似通っていたからか、と邪推したくもなった。

 だが、たとえそうだったとしても。自分から身を引くつもりは、一切ない。

「⋯⋯渡さねえよ」

 ロディネを抱き寄せてキスをした。

「あ⋯⋯」

 甘い声を漏らす彼女に、アルベルトは目を細める。先日の行為で、ロディネはようやくアルベルトに身を委ねても緊張しなくなっていた。

 彼女に女の悦びを教えたのは、自分だ。
 たとえ、まだ想いを残していたとしても、これから全て自分の記憶に塗り替えて、忘れさせてやる。

 唇が離れると、名残惜しそうにした彼女に、アルベルトは目を細めた。

「寂しかったか」

「は⋯⋯い」
「また好きにしていい」

 アルベルトの甘い言葉を、ロディネはぼうっとした頭で聞いた。

 ――――すごいわ⋯⋯本当にアルベルトさんそっくり⋯⋯。

 ロディネの愛読書の彼は、ヒロインを愛しながらも、彼女がヒーローに心惹かれているのを知って、身を引いた男だ。性描写もあるものなので、ヒーローと出会う前のヒロインと彼の行為もあった。優しい彼は『好きにしていい』と言い、与えられる快楽に溺れてもいた。あくまで漫画とはいえ、男女の事は学べるものがある。

 ロディネはいつも緊張してしまって、アルベルトを密かに落胆させているのではないかと、ずっと気になっていた。

 酔っぱらうと、ロディネは例の漫画の事でいっぱいになる。眼前の光景は、行為の一場面だろう。いけない事だと思いながらも、彼をアルベルトに置き換えてしまった。

 お話の台詞を口にして、ヒロインになりきって話を追いかける。

 ただアルベルトは以前の失態を思い出して、ロディネの顎を手で軽く引き上げた。緩く開いた彼女の口から見える鋭い歯に、前回の苦い記憶がこみ上げた。

「何をしてもいいが⋯⋯いきなり噛むなよ」
「んー?」

「噛むな。俺でもあれは流石に悲鳴を上げる」
「ふぁい」

 ソファーの背もたれにもたれかかり、息を乱していると、ふと机の上の水晶玉が薄っすらと光っているのに気づいた。

 水晶玉の傍らに座って、人間達を怪訝そうに見ている猫がいる。
 どうやら、録画のスイッチを押したらしい。

「てめえ⋯⋯」

 止めようかと思ったが、アルベルトはロディネを見つめ、
「まぁ、いいか」
 と、くすりと笑った。

 ロディネは戸惑った顔をして、彼を見あげた。こんなシーンがあっただろうか。

「アルベルト⋯⋯さん?」

 自分の名を呼んだことに、彼は満足げな笑みを浮かべて頷いた。

「ほら、続けろよ⋯⋯」

 アルベルトの甘い誘いに、ロディネは再び彼に夢中になった。
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