12 / 74
第一章
6-3.
しおりを挟む
6-3
人気の無くなった室内、男は手元に残った書類を眺めて、知らず詰めた息を吐く。ここしばらくの懸案事項が片付いたにも関わらず、感じるのは解放感ではなく、一抹の後味の悪さ。
ギシリ、男が立ち上がるに合わせて椅子が鳴った。隣室で待たせている者たちの元へ向かうが、扉を開ける手が一瞬、躊躇する。開けた扉の向こう、半ば予想していた通り、部屋には居心地の悪い沈黙が広がっている。
それでも、男の入室に、若者達は立ち上がり頭を下げた。
「ご助力に、感謝致します」
リーダー格の青年が代表して礼を述べる。男はそれには鷹揚に頷いてみせるだけで、着席を促す。青年達の中心にある少女は俯いたままだ。少女の前の机には、淡い魔力の光を放つ鏡。今は、誰もいない部屋が映し出されている。
「…何にしても、一件落着でしょ。彼女の起こした問題は酷すぎたからね。出ていってもらうしかなかった」
「…」
沈黙を破って、何てことの無いように軽口を叩く男の声。しかしそれに返る返事はない。
「…あーはい、うん、まぁ確かに?最後はちょっと変な感じになっちゃったとは思うけど」
男は一人ごちて、ヒョイと肩をすくめてみせる。並ぶ顔は皆、何を考え込んでいるのか一様に厳しい表情を浮かべている。
「…あそこでああもあっさりと身を引くとは思いませんでした」
眼鏡の奥、漆黒の瞳が揺らぐ。
「まぁ、何というか、フーバー教授のこと庇ってたよね。そんなことするタイプには見えなかったというか、あれはびっくり」
己らが、敵と見定めていたはずの少女の退場。そのあまりに鮮やかな幕引きに―最後に少女が初めて見せた表情も相まり―胸にこびりついた罪悪感。
「…もういいだろ?ディノールが言った通りなんだよ。クソ女がサリアリアにやらかしたことは、今更謝ろうが何しようが、ぜってぇ許せねえ。ここでゴチャゴチャ言ってもしょーがねえだろが」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ。って言うか、ラギアス、その顔」
「んだよ?」
「いやいや、どう見ても君が一番『全然納得してません!』って顔してるでしょ!」
「ッ!んなわけねーだろが!」
悪と断じた少女の、成したはずの追放に、けれど勝利の美酒にも酔えず。何か、見えなかった何か。自らの手から溢れ落ちていったものを想う。
人気の無くなった室内、男は手元に残った書類を眺めて、知らず詰めた息を吐く。ここしばらくの懸案事項が片付いたにも関わらず、感じるのは解放感ではなく、一抹の後味の悪さ。
ギシリ、男が立ち上がるに合わせて椅子が鳴った。隣室で待たせている者たちの元へ向かうが、扉を開ける手が一瞬、躊躇する。開けた扉の向こう、半ば予想していた通り、部屋には居心地の悪い沈黙が広がっている。
それでも、男の入室に、若者達は立ち上がり頭を下げた。
「ご助力に、感謝致します」
リーダー格の青年が代表して礼を述べる。男はそれには鷹揚に頷いてみせるだけで、着席を促す。青年達の中心にある少女は俯いたままだ。少女の前の机には、淡い魔力の光を放つ鏡。今は、誰もいない部屋が映し出されている。
「…何にしても、一件落着でしょ。彼女の起こした問題は酷すぎたからね。出ていってもらうしかなかった」
「…」
沈黙を破って、何てことの無いように軽口を叩く男の声。しかしそれに返る返事はない。
「…あーはい、うん、まぁ確かに?最後はちょっと変な感じになっちゃったとは思うけど」
男は一人ごちて、ヒョイと肩をすくめてみせる。並ぶ顔は皆、何を考え込んでいるのか一様に厳しい表情を浮かべている。
「…あそこでああもあっさりと身を引くとは思いませんでした」
眼鏡の奥、漆黒の瞳が揺らぐ。
「まぁ、何というか、フーバー教授のこと庇ってたよね。そんなことするタイプには見えなかったというか、あれはびっくり」
己らが、敵と見定めていたはずの少女の退場。そのあまりに鮮やかな幕引きに―最後に少女が初めて見せた表情も相まり―胸にこびりついた罪悪感。
「…もういいだろ?ディノールが言った通りなんだよ。クソ女がサリアリアにやらかしたことは、今更謝ろうが何しようが、ぜってぇ許せねえ。ここでゴチャゴチャ言ってもしょーがねえだろが」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ。って言うか、ラギアス、その顔」
「んだよ?」
「いやいや、どう見ても君が一番『全然納得してません!』って顔してるでしょ!」
「ッ!んなわけねーだろが!」
悪と断じた少女の、成したはずの追放に、けれど勝利の美酒にも酔えず。何か、見えなかった何か。自らの手から溢れ落ちていったものを想う。
92
あなたにおすすめの小説
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
「結婚しよう」
まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。
一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる