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第二章
3.
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3.
思い出すだけで不快になる女。二度と会うつもりなどなかった。任務での再会など悪夢でしかない、そう、思っていたはずだった―
「本日着任、特務部所属ヴィアンカ・ラスタードです」
「特務官補佐、リュクムンド・ホーンです」
「同じく、レイリア・ヘインズです」
部屋に入ってきた女が着任の挨拶をしている。目を奪われ、続く男の声が遠ざかる―
―誰だ、この女は?
―いや。この女がヴィアンカ・ラスタードであることには間違いない。こちらを見据える瞳の紅には嫌というほど記憶を刺激される。
五年ぶりに耳にした声も―あの頃と変わらず―ムカつくほどに落ち着いたもので。
「っ!」
一瞬の己の動揺が許せず立ち上がった。女との距離を詰め、間近から見下ろす。
体が触れそうな距離。制服の上からでもわかる、なだらかな曲線を持つ引き締まった身体に、スラリと延びた手足。己の肩に届くかどうかの位置にある小さな頭。
その、どこから見ても『女』の体を、己の武骨な体で威嚇する。
「よお、久し振りじゃねえか、クソ女」
「ヂアーチ大隊長もご健勝そうで」
「!」
わざと詰めた距離。振り仰いだ女の肩、編み込まれた見事な黒髪の先がさらりと流れた。鼻先、とらえた馨りが、己の身体に熱を生む。
見下ろす体は覚えていたよりもよほど華奢で、簡単に組伏せてしまえそうな気がして、その肌の柔らかさを想像したとたん、下半身に血が集まるのを自覚した。
「輸送経路の安全確保のため、遊撃で魔物討伐にあたります」
紅い唇が誘うように動き、そこから目が離せなくなる。その口を押し開いて―
「連絡の窓口はマイワット秘書官でよろしいですか?」
「…ダメだ」
興奮して上ずりそうになる声を、意識して抑える。他の男の名前がやけにイラつく。
「報告、連絡は全て俺にしろ。この場所で、口頭で、だ」
「…了解しました」
わずかに逡巡を見せた女に、愉悦がわく。再会に動揺した己と同じ、いやそれ以上にこの女の心を乱し、この顔が歪むところを見たい。屈伏させ、己に許しを乞わせ―
「ここじゃ、俺が頭だ。お前に勝手はさせねえ」
「承知しました。討伐部隊との齟齬が発生しないよう、留意しておきます」
いつぞやのように、踵を返して扉へ向かう背中を目で追う。歩み去る腰のラインに固定された視線。ガチガチに堅くなったモノの収まりが悪い。あの真っ白な手袋に包まれた手に、コレを握らせて―己の想像に背筋がふるりと震えた。
扉が閉まると同時に、呆れた副官の声がした。
「『一生会いたくなかった』んじゃなかったですっけ?」
「言うな」
「じゃあ、それは何なんですか?そんなもんおっ勃てて!帯剣してる相手に何考えてるんすか!?相手は特務なんすよ!最悪、切り捨てられてても文句言えないっすからね」
「言うなっつってんだろ」
ダグストアに指された己の下半身に視線を落とす。自分でも、何でこんな状態になっているんだか。こちらが聞きたいくらいだ。おさまる気配の無い分身にため息が出た。
「気づいて流して下さったか、奇跡的に気づかれなかったか。少なくとも、ヘインズ補佐官は気づいていたようですね」
「…誰だ?」
「はあっ!?…もうダメだ、この人」
「小柄な方の補佐官です。途中からずっとラギアス様を睨んでいましたよ。親の仇のように」
小柄な方。そう言えば少年の補佐官がいたような気がするな、とおぼろげな記憶を探る。
「…片や、義務でもないのに派遣先のトップに気を遣った対応が出来る上司。片や、協力要請に応じた特務を『クソ女』呼ばわりしてなのに何故か欲情してる意味わかんねえ上司。はぁ…あいつら、恵まれてんなあ」
「…ちょっと、出てくる」
グダグダとうるさい部下を無視して、部屋の外へと向かう。
「出てくるって、あんた!まさか!?」
「違う!訓練場で何発か魔法ぶっぱなして来んだよ」
とうとう上司を『あんた』呼ばわりし始めた副官。どんな想像をしたのかわからないが、それを即座に否定する。
魔力をいくらか消費してやれば、この昂りも己の言うことを聞くようになるだろう。もしかすると、魔力を全部使いきることになるかもしれないが。いや『もしかすると』は必要ない気がしてきた。
「ラギアス様、上衣を着用して行って下さい。それで何とか隠せるでしょう」
「…」
大人しく、椅子にかけられた詰襟に手を伸ばす。
「そう言えば、マイワットは特務官殿に学校で会ったことなかったの?噂話とかでも」
「年が六つ離れていますからね。在籍期間が重なっていません」
「そうなんだ。ああ、そう言えばマイワットって『士官学校の情報戦略コースを三年で卒業した天才』なんだっけ?なら尚更ないか」
背後で交わされる話を聞き流しながら、今度こそ本当に外へと向かう。
さて、この時間に訓練場に居る者には悪いが、己の鍛練に少々つきあってもらうとしよう。
魔力だけでなく体も酷使してやれば、この熱もどうにかなるだろう。そうでなければ困る。机の上にはまだ仕事が残っているのだ。出来れば、日のあるうちに戻って来たいところなのだが―
思い出すだけで不快になる女。二度と会うつもりなどなかった。任務での再会など悪夢でしかない、そう、思っていたはずだった―
「本日着任、特務部所属ヴィアンカ・ラスタードです」
「特務官補佐、リュクムンド・ホーンです」
「同じく、レイリア・ヘインズです」
部屋に入ってきた女が着任の挨拶をしている。目を奪われ、続く男の声が遠ざかる―
―誰だ、この女は?
―いや。この女がヴィアンカ・ラスタードであることには間違いない。こちらを見据える瞳の紅には嫌というほど記憶を刺激される。
五年ぶりに耳にした声も―あの頃と変わらず―ムカつくほどに落ち着いたもので。
「っ!」
一瞬の己の動揺が許せず立ち上がった。女との距離を詰め、間近から見下ろす。
体が触れそうな距離。制服の上からでもわかる、なだらかな曲線を持つ引き締まった身体に、スラリと延びた手足。己の肩に届くかどうかの位置にある小さな頭。
その、どこから見ても『女』の体を、己の武骨な体で威嚇する。
「よお、久し振りじゃねえか、クソ女」
「ヂアーチ大隊長もご健勝そうで」
「!」
わざと詰めた距離。振り仰いだ女の肩、編み込まれた見事な黒髪の先がさらりと流れた。鼻先、とらえた馨りが、己の身体に熱を生む。
見下ろす体は覚えていたよりもよほど華奢で、簡単に組伏せてしまえそうな気がして、その肌の柔らかさを想像したとたん、下半身に血が集まるのを自覚した。
「輸送経路の安全確保のため、遊撃で魔物討伐にあたります」
紅い唇が誘うように動き、そこから目が離せなくなる。その口を押し開いて―
「連絡の窓口はマイワット秘書官でよろしいですか?」
「…ダメだ」
興奮して上ずりそうになる声を、意識して抑える。他の男の名前がやけにイラつく。
「報告、連絡は全て俺にしろ。この場所で、口頭で、だ」
「…了解しました」
わずかに逡巡を見せた女に、愉悦がわく。再会に動揺した己と同じ、いやそれ以上にこの女の心を乱し、この顔が歪むところを見たい。屈伏させ、己に許しを乞わせ―
「ここじゃ、俺が頭だ。お前に勝手はさせねえ」
「承知しました。討伐部隊との齟齬が発生しないよう、留意しておきます」
いつぞやのように、踵を返して扉へ向かう背中を目で追う。歩み去る腰のラインに固定された視線。ガチガチに堅くなったモノの収まりが悪い。あの真っ白な手袋に包まれた手に、コレを握らせて―己の想像に背筋がふるりと震えた。
扉が閉まると同時に、呆れた副官の声がした。
「『一生会いたくなかった』んじゃなかったですっけ?」
「言うな」
「じゃあ、それは何なんですか?そんなもんおっ勃てて!帯剣してる相手に何考えてるんすか!?相手は特務なんすよ!最悪、切り捨てられてても文句言えないっすからね」
「言うなっつってんだろ」
ダグストアに指された己の下半身に視線を落とす。自分でも、何でこんな状態になっているんだか。こちらが聞きたいくらいだ。おさまる気配の無い分身にため息が出た。
「気づいて流して下さったか、奇跡的に気づかれなかったか。少なくとも、ヘインズ補佐官は気づいていたようですね」
「…誰だ?」
「はあっ!?…もうダメだ、この人」
「小柄な方の補佐官です。途中からずっとラギアス様を睨んでいましたよ。親の仇のように」
小柄な方。そう言えば少年の補佐官がいたような気がするな、とおぼろげな記憶を探る。
「…片や、義務でもないのに派遣先のトップに気を遣った対応が出来る上司。片や、協力要請に応じた特務を『クソ女』呼ばわりしてなのに何故か欲情してる意味わかんねえ上司。はぁ…あいつら、恵まれてんなあ」
「…ちょっと、出てくる」
グダグダとうるさい部下を無視して、部屋の外へと向かう。
「出てくるって、あんた!まさか!?」
「違う!訓練場で何発か魔法ぶっぱなして来んだよ」
とうとう上司を『あんた』呼ばわりし始めた副官。どんな想像をしたのかわからないが、それを即座に否定する。
魔力をいくらか消費してやれば、この昂りも己の言うことを聞くようになるだろう。もしかすると、魔力を全部使いきることになるかもしれないが。いや『もしかすると』は必要ない気がしてきた。
「ラギアス様、上衣を着用して行って下さい。それで何とか隠せるでしょう」
「…」
大人しく、椅子にかけられた詰襟に手を伸ばす。
「そう言えば、マイワットは特務官殿に学校で会ったことなかったの?噂話とかでも」
「年が六つ離れていますからね。在籍期間が重なっていません」
「そうなんだ。ああ、そう言えばマイワットって『士官学校の情報戦略コースを三年で卒業した天才』なんだっけ?なら尚更ないか」
背後で交わされる話を聞き流しながら、今度こそ本当に外へと向かう。
さて、この時間に訓練場に居る者には悪いが、己の鍛練に少々つきあってもらうとしよう。
魔力だけでなく体も酷使してやれば、この熱もどうにかなるだろう。そうでなければ困る。机の上にはまだ仕事が残っているのだ。出来れば、日のあるうちに戻って来たいところなのだが―
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